松並八尽と


弁論大会



毎年、冬の寒さが飛んでいくほど白熱した論争により、収拾がつかなくなる生徒主体の弁論大会。
生徒だけでなく、教師陣も気合いの入り方が違うと察したのは、松並まつなみ八尽やつきが魔法勤務要員特別研究開発機関、通称魔法研究機関に属し、第三者として参加するからであろう。要するに周りに目をやる余裕があるわけだ。

今回の発表課題は『魔法』と事前に告知されている。壇上で繰り広げられる議論や実演は一般的なものから独特な趣向のものまで様々だった。興味を惹かれる弁論もあり、松並は自身の学生時代に思いを馳せながら持ち時間いっぱい語り尽くす彼らに称賛の拍手を送る。

いよいよ大取り、最後の演説は投げ掛けから始まった。

「君たちは、我ら魔法師の在り方に疑問を持ったことはないか」

会場の空気が変わった。そこかしこで異変が生じる。
一様に分かったのは、これが予期せぬ事態である事だろう。

「我らは、魔法師である君たちに危害を加えるつもりはない。我らは魔法師の味方だ」
「今こそ人々に、そしてこの国に、魔法師の価値を、存在意義を、知らしめる時だ」

ここまで誰にも邪魔されずに計画を遂行してきたのだろう。最後の発表者である彼らの表情は満ち足りていた。体育館唯一の出入口は瞳を濁した者、自ら協力者に回った者、彼らに阻まれる者でごった返していた。
これからの魔法師たるべき理想論を語った雄弁な様は誰が見ても憧憬と畏怖を覚えるだろう。内容はどうであれ、弁論大会に参加する生徒諸君は揺れ動くだろう。

最後の演説者は多数決でこちら側に意見を求めてきた。簡素にして粗悪な強行採決である。質疑応答をしたところで議論が覆りはしない。
賛成か反対、もしくはどっちつかずの中立か。三択で未来を決めようと言うのだ。

あれほど息巻いて語り掛け、己の意見を主張するばかりか、押し付けるような言い草では不信感を与えるのではなかろうか。情に訴え、情に流され、これでは公平な結果は得られないだろう。松並は達観視する。

松並はあやふやが好きではない。
人間は人として一個の人格があり、思考する機能を持つ。考える事を放棄する、それは彼女が生み出す無機物と同等、それ以下になると推測する。

松並は指南しない。
未来ある有望な魔法師ならば、何事にも何者にも左右されず、あるがままに自己顕示すべきだと思っている。白黒はっきりしないのは卑怯ではないか、と考える。のっぴきならない事情を抱える者がいるのは視界の端に捉えながらも、彼女は彼女の信念の為に曲がらない。

あくまでも個人の意見だ、と彼女は言うだろう。
感情的にならないでほしい、とも。その上で自分自身の答えを示せ、とも。

だから彼女は声には出さずとも、すでに心に決めている。

松並八尽は、この最後の主張を“否定”しよう。


20/02/17
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