2014年
最後の夏休み。〔一〕
もうすぐ、帰省する生徒を乗せた列車が駅から出発する。久瀬比奈轍は窓際の座席に落ち着き、見送りにきた教職員たちを横目で見ていた。
夢路に来てからただの一度も実家に帰らず、いつも見送る側だった彼が行動を起こしたのはある人物からの一言がきっかけとなった。
「轍君。今回の帰省の予定は?」
「あー、ないけど?」
轍が即答するとそっか、と幾分か拍子抜けした様子の返答だった。
詳しく聞けば友人、
学園都市である夢路には娯楽施設の類いは存在しない。もうすぐやってくる長期休暇を利用して思い切りエンジョイしよう!とまで話も進んでいるらしい。
「いいよいいいよ、ジェラードさんとは約束してたけど、うん。轍君が帰らないなら仕方ないよね。
「いや、ちょっとそれは……」
「大丈夫だから気にしないでほしいな。轍君だって夏休みの予定があるだろうし、ここに残る理由を曲げてまで誘うというのは申し訳ないよ」
「予定ってほどのものは、特には……」
歯切れの悪さに首を傾げる志貴が、じゃあどうして帰らないの?と聞いてきたときに上手く返せなかったのは今思えば不自然極まりなかっただろう。続いて「覚悟決めるから半日だけ待ってくれないか」と頼んだことも。
彼女はきっと不審に思っただろうが了承して待ってくれた。決心して帰省を決め連絡すると、早速予定を立てようか、とまたしばらく話し合ったものだった。
罪悪感に駆られたとはいえ即答しなかった、出来なかった自分は弱いと思い知らされた。
たかだか夏休みに家に帰るだけ。それだけが出来ずに暇を持て余した五年間とは違う今年に自分は、家族はどんな反応を示すのか。
「考えたって始まらないよな……」
諦観の声色に反応して体勢を変える茶伍を撫でる顔は夏空に反して些か曇っていった。
――――――――――
列車が止まる。
生徒が流れ降り立つ。再会を喜び合ったり労ったり。
列車が出発する。
また止まる。
景色と時間とが過ぎ去り、懐かしい空気と風景が轍にも感じられる頃には太陽は傾き始めていた。厳格で律儀な学校からの通達を受け、駅で待ち構えていた両親からの熱い抱擁に少しだけ安堵したのは秘密だ。
こまめに連絡は取り合っていたが、数年見ないうちに立派に成長した自分たちの息子と肩を並べて歩くのは嬉しさと気恥ずかしさがあるらしい。
轍が夢路に行ってからのこと、下二人も追いかけて入学したこと、家族はみんな変わらず元気なこと。二人からの会話は尽きることを知らなかった。
「それにしても珍しいことがあるものね、周と麗が向こうに残って轍が帰ってくるなんて」
「母さん、お前に会えるの首を長くして待ってたんだぞ。学校のこと色々聞かせてほしいってさ」
「あらやだ、貴方もそうでしょ?」
仲睦まじく話す両親に挟まれ相槌を打ちながら歩く。五年離れても記憶は褪せないものだと自分の足取りが物語る。辺りを木々に覆われた一本道は夏の日差しを遮り適度な木漏れ日が心地良い。
出口が見え自然のトンネルを抜けると、そこには昔と変わらず我が家があった。違ったのは集う猫たちの数くらいか。
「また増えたのか?」
「まさか!いつも通りよ?貴方が帰ってくるのが分かったから総出なんじゃない?」
冗談だろ、と思いながらも冗談で片付けられないくらいに揉みくちゃに歓迎された。茶伍も同じく、きょうだいや仲間に囲まれて喉を鳴らしている。
「茶伍ちゃんも嬉しいのね」
「ほら、他にも出迎えがあるから」
父親に猫の群生地から引っ張り出されると玄関先に人影が二人。轍は自然と姿勢が正された。穏やかに手を振る祖母、その隣で腕組みをする祖父。
「挨拶しておいで、二人もずっと待ってたんだから」
背中を押されて一歩、つんのめりつつも踏み出した。ランサーに情けなくも目配せをして一緒に進む。
目の前まで来て、こんなにも祖母が小柄で、祖父と目線が近かっただろうか、と困惑した。それだけ自分がこの地から離れていたのだと実感もした。
「轍、お帰りなさい。ばぁばは元気なうちにまた会えて嬉しいわ」
「大げさな事を……しかしだ、親には連絡寄越してジジババには何年も声も聞かせんとは感心せんぞ?」
「まあまあ、それだけ元気にやっていた証拠でしょう?じいさんは厳しいわねえ」
ごめんなさい、と謝れば、ただいまが先よ、と頬を撫でる祖母のかさついた手の感触にふと幼少を思い起こされほっこりした。束の間、祖父の咳払いで空気は変わる。恐る恐る視線を動かし、目が合った。
「何にせよ今日はもう遅い。話したいことは山々だがの……疲れを取って明朝、道場に来なさい。そちらの御仁もお連れしてな」
にっと歯を見せて笑う祖父に頷くことしか出来なかったが、久方ぶりの突風のような強く猛々しい魔力と日溜まりのような温かく優しい雰囲気にようやく肩の力が抜けたのを感じた。
帰ってきてんだ、と実感した。
19/10/05
*Thanks*
御調 志貴さん
ジェラードさん/学徒協定ランサーさん
壬生くん/生徒会セイバーさん
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