寛大な器量は晩期に形成す。


お題「冷たい手」
縛り なし



冷たい手



母親の手はいつも温かかった。柔らかみがあって、水で少し荒れてて。
ハンドクリームの匂いは良かった。あのべたつく感じはどうしても好きじゃなかったけど。
その手はいつでも俺を撫でた。頭を頬を、そっとなぞるように。くすぐったくて困ったのを覚えてる。

父親の手はいつも熱かった。力強くて痛みしか生まなくて。
本当に嫌いだった。今の俺があれに似てきたのがショックでしかない。
あの手はいつでも母親を殴った。頭を顔を、心と身体すべてを。
胸に燻った感情は俺の中で言葉にならなかったのを思い出す。

二人に反して俺の、家守いえもり大成たいせいの手はいつも冷たかった。今もそう、すごく冷たい。
この手は熱を生み出さなくて、破壊と衝動、それらと共にある。唯一、頭痛を慰めるにはちょうどよかった。

今日もまた喧嘩の日々。
殴って殴って、殴られて。どちらかが倒れるまで終わらない。絶対に終わらせない。

ふらつく頭を押さえて通り過ぎようとしたゴミ溜め、奇怪な人形を見つけた。
自分とは正反対、薄っぺらな服と真っ白な容姿と幸せそうな表情。まるで羽毛布団に包まれてぬくぬくと、ここが室内であるみたいに。こちらが着込んでるのが馬鹿みたいな、そんな雰囲気まであった。

悪臭の中にあるのにそこだけがクリアにクリーンに見えるのが不思議だった。

「ねぇ」
「ちょっと手貸してよ」

びっくり、した。いつの間にか視線がかち合ってたのも、自分が何かに気を止めてたことも。
催促の音はすごく繊細で、だけどはっきりと感じられた。白雪みたいに溶けるようで、波紋みたいに広がるようで。なのに、消えずに鼓膜を揺るがした。

動かない俺に痺れてきたのか、また声が通る。
この不良の街に似つかわしくない、少々高く喧騒に紛れそうな。それなのに夜に溶け込んで上手く運ばれる、そんな不思議な。

「俺に、黒じゃない奴を助ける理由がない」

口ではそう言えたのに、どうしてか手を伸ばしてしまった。
関わる必要はない、それなのに。向けられたこの手を、俺のとは違うこの人、田中たなか隆城りゅうじの手を、どうしても知りたくなった。


19/02/01
*Thanks*
田中 隆城さん
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