化かし 化かされ 騙し合い


ふかい、おもい、貴方の体温



目の前の彼はゆっくりと、遠慮がちに、だがしっかりとした意志を持って手を動かしている。掌のクリームが溶けるのを見て知らず腰が引けた。
情けない。情けないが、どうしようもない。これまで避けてきた、目を背けてきた事だ。見つかって言い訳が朧気だった自分を呪っても遅い。

「コクリ。手、出して」

用意は出来た。だから手袋外して。
腹を括るべきか。まだ抗うべきか。出来れば後者を選択したかったのだが。不毛な押し問答ばかりではどちらにも転べない。
こちらもゆっくりと、迷いながらも、しかし催促する視線に負けて、覚悟を決めて。指が震えないよう強張りながらも手首の留め具を外し、普段人には決して見せない真白な筈の両手をさらけ出す。

「どうして、ここまで我慢してたの?」
「……仕方ないデショウ」

我慢した覚えはない。これが毎年恒例、当たり前だったのだから。指の腹はかさつき、背は割れ、指先は赤く熟れ、手の甲は元の色が分からないほどに細かな傷にまみれていた。
ふぅ、と一息ついて。彼は、屑守鴒はぼろぼろな手に触れる。肌の質感、熱、それを凌駕する強迫観念に覆われた。自ずと手を引く。簡単には逃げ出せない。ぐっと握り込まれれば滑りが増す。

「ちょっと、待ち、ナサイ」
「もう少しだから」

お願い、と言われたら言葉を引っ込めるしかなかった。どうにかしたい、その気持ちと必死な視線を無下に出来るほど馬鹿にはなれなかった。

動きが止まり、終わった、と思った。ならばどうしてまだ互いの手は繋がったままなのか。名を呼ぼうと口を開いた、が早かったのは彼のほうだった。

「馴染むまで、馴染むまでだから」

離れると思ったのか、少々力が籠った手に委ねる他なかった。
どこまでも真っ直ぐで一途な彼を受け止めるのは、何故だか、それほど、不思議なことに、嫌ではなかった。


20/01/21
*Thanks*
屑守 鴒さん
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