墨の絵よ、永久にあれ。


支樹おしんへのお題は『この関係に名前を付けるとするならば』です。

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『この関係に名前を付けるとするならば』



久しぶりに外に出た。こんなにも暑い日だとは思わなかった。
盂蘭盆会の準備は従業員に任せていたが、送り火のためのおがらが足りなかったらしい。帰郷間際だったから自分で用意する、と返事をしてぎりぎりになってしまった。

先代、墨廼江九重の墓は存在しない。報われない死を遂げた彼女を安置する仏壇も、ない。あるのは絵びら屋の一角に小さな手製の位牌だけ。

綺麗に掃除され盆棚に供物と一緒に鎮座する姿に、後ろ姿が見えたのは無事に戻ってきているからだろうか。

「失礼、こちらにおがらは置いていますでしょうか」
「おや!墨廼江の。あるよ、見ていってちょうだいな」

やはりその道に精通した審美眼の持ち主が揃えた品物に間違いはない。気さくな女主人が次々出してくれるので十和は目を走らせる。
時間に余裕はある、しかしいいものを前にすべて目に焼き付けようとするのはもはや職業病だろう。

「こんなところでまでお前に出会すとは」

舌打ちとともに、何度も聞いたこの不満を隠さない声。
顔を合わせたくなければ無視をすればいいものを。喉まで出たが、一瞥だけくれて品物に目を向ける。それが気に食わなかったようで、かの軍人殿、中村なかむらたまきの威圧的な様子は変わらなかった。

「壱の御仁、そんなに目鯨を立てていらしてはご先祖様を気持ちよくお送りできませんよ。それにこちらの店主殿にもご迷惑。場を弁えるべきでは?」

反論があれば受けて立つ、と構えたが、十和の思惑は外れた。憤慨することなく、邪魔したな、と言葉を投げて環は立ち去っていった。女主人は空返事しか返せず、これを一つ、と普通に買い物をする十和にも目を丸くした。

「もしかしてあれかい?お役人か、それとも」
「討鬼隊の方ですね」
「あんた何でそんな……不倶戴天の敵にでも会った形相だったよ?目をつけられてるようだけど、大丈夫なのかい?」
「えぇ、この通りです」

面食らったのか黙ってしまった彼女に代金を渡し、一礼して十和も去った。
不倶戴天の敵とは、言い得て妙。そこに収まってしまうほどに、自分たちは関わりを持ってしまったのだ。いつか、どちらかが途絶えるその瞬間まで、この関係は続くだろう。


23/08/16
*Thanks*
中村 環さん
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