柳葉凪いで龍はなく。
モノクロキャンバス
綺麗なものが好き。
美しいものが好き。
自分の目で見て、頭で理解して。その前に手が勝手に再現する。キャンバスを彩る作業は端から見れば単調だが、心は踊るし夢中になれる。
真白な世界に独りで悠々と浸る。世界が色付き、鮮やかに艶めき変化する時間に溺れる。
清閑が破られるのはいつだって突然のことだ。坊主頭の一境はつむじ風のように荒々しく、そよ風のようにさらりと誘いかけてくる。
鉛筆とスケッチブックを持つのは許された。それ以外は部屋に残して久方ぶりの屋外に出る。
靴を履くのも鍵を閉めるのも疎かなほど性急に手を引かれ、どこに行くのか尋ねても「そりゃァ良いところに決まってる」としか教えてもらえず。年齢も身長も自分とは大差のある男についていくには、経験も体力までも足りなかった。
そろそろ本当に足が棒になる、早く止まれ、と念じて体重を思い切り後ろにかけた頃。道から外れて土手に引っ張り上げられ、目の前に広がった光景に息をするのも忘れてしまった。
夕暮れ特有の橙が空と雲を染め上げ、川の流れは緩急があり飛沫が輝く。河川敷には季節を感じさせる草花が絶妙な具合で散りばめられていた。
偶然に通りかかって見つけた、とても綺麗だと思った、見せたいから連れてきた、らしいのだが。
「なら、先にそう言えば良かったんやろ?」
「見れば気に入ると思ったからよォ」
急いだから間に合ったろ?と自信たっぷりに答える笑顔に、いつも返す言葉がなくなってしまう。
描かねェの?と催促をされては、礼を素直に口にするより手を動かすことに専念せざるを得なかった。
太陽がとっぷりと沈む瞬間まで、一境の嬉しそうな話し声と、相槌を打ちながら柳吾が鉛筆を走らせる音は止まなかった。
20/01/13
*Thanks*
一境さん