若燕焦がれる彼の大空。


お題「アリア」
縛り「キャラ名を出さない」



アリア



今宵、悪鬼蔓延る江戸にて、また命が奪われようとしている。
地に伏す人間は虫の息、目はとうに光を失い、自らを襲った者すら視界に留めることは叶わない。

「恨まないでくださいね、僕たちだって生きるために食べなきゃいけないんです」

とても若い、しかし落ち着いた声だった。
人間を見下ろし、手にする腰刀の切っ先を払い血糊を落とす。

抗う力のない獲物に銀の刃、容易く肉を裂き骨を断つ。
声も上げられずに命を散らしたそれを一瞥、周りに他の生き物がいないことを確認して路地へと引っ張り込む。

「この人は美味しいといいな」

今回は江戸で名のある商売人、彼の元で働く一人に手を出した。
えらく主人に気に入られており評判もそこそこ。
腹が減っては何とやら、興味があったので食らおうと思った。

鬼は情に厚い、殊更人間には愛情を注げば注ぐほどに食欲が増幅される。
ならば、誰かに愛された人間も底知れない食欲に直結するほどの美味なのではないか。

彼の鬼は愛情をたんと受けて育ってきた、だがその愛情を捧げる相手を未だに見つけてはいない。
血縁とは別種の、自分がどうしようもなく恋い焦がれる相手を。
自分の身も心も満たしてくれる相手を。

今日も白鬼は食と愛に飢えて狩りをする。
自らの仮定を肯定へと導くため、危険な綱渡りをしながらも。


18/06/24
登場人物 如月 飛燕
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