柳葉凪いで龍はなく。


二つの灯篭



江戸の夏、といえばやはり夏祭りだろう。
賑やかしい囃子には胸踊り、芳しい出店には心誘われて、日頃の忙しさや日中の蒸し暑さを忘れさせてくれる。

もう一つの風物詩、といえば灯篭流しであろう。
死者の魂を彼方へと送る道標に人々はさまざまな願いを込める。

墨廼江の五代目店主、墨廼江柳吾も川縁の群衆に溶け込んでいた。

「やァっぱり、今年も来てたか」

自分にかけられたものだと判別するに容易い声色に振り返れば、普段と様相の異なる粋呼と目が合う。
涼やかな青藤の浴衣に華やかな髪飾りが一層映えていた。

「粋呼も、やな?」
「仕事柄なァ、弔う相手は多いんでィ」

からからと下駄を鳴らし、一足先に灯した火が消えてしまわないうちに粋呼は水面に灯篭を置き流した。

「我らが同輩も、敵方の鬼共も、どうかどうか、安らかに……」

この小さな身体に、幾人もの魂を背負ってきたのか。
悪鬼討伐改組として、音羽班の参謀として、幾度の戦線を渡り歩いてきたのか。
年に一度とはいえ、言葉にすれば少しでも何かを削ぎ落とせるのではないか、そんな思いが彼女からは感じられた。

穏やかな流れに乗り見えなくなるまでしばらく、粋呼が立ち上がることはなかった。

「それ、初代の爺さんのか?」

一緒に眺めていた柳吾の隣、いつの間にか並ぶ粋呼に指差された薄墨にはまだ火がない。

「そやねぇ、あと亡くなった二代目と三代目も一緒にな」
「柳吾が継いで親父さん自由になったらほとんど帰って来ねェしな」

粋呼に案内されて火付け役を見つけ、橙を灯してもらう。じりりと芯が燃える音や匂いとは裏腹に、ほわっと暖かな光は灯篭の絵柄を浮かび上がらせる。

「今年は登り竜かァ」
「縁起悪いんやないかって言われそうやけどね?うちにはこれが一番やで」

柳吾はまた川と向かい合い、恭しげにそっと手を離した。くるくると回りながらゆっくりと二人から遠ざかっていく。

「この夏もまた生き抜けたなぁ」
「次は大晦日が楽しみだなァ?」
「もう先の話なん?」
「あっしらにしちゃァ、楽しみがなくなりゃ仕事に身も入らねェ」
「それ粋呼だけやないの?」

憎まれ口だったらしい、膨れる粋呼の頬を柳吾が押せばすぐに萎んだ。

「冗談やって、うちも暮れが待ち遠しいわ」
「餅の用意は任せるからな?」
「じゃあしめ飾りは手作りで頼むわ」

あれ面倒じゃねェか?などと宣うくせにいつも綺麗に仕上げてくるのは彼女の器用さ故か。

先祖を見送り、年の瀬に思いを馳せ、柳吾と粋呼の夏は終わりを告げる。

願わくば、どうかまた来年もこの時期を迎えられますように。


18/09/30
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