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ep.01

01


「いや、もう…これはありえない…!」

私、若槻菜々の両親はなんと、高校の入学式という一大イベントにおいて、寝坊をするという失態をおかした。
本来、こういう道は親子そろってゆっくり歩き、これからのことを話したり、また過去のことを話したりして、会場へ向かうのだろう。
しかし、今そんな余裕を若槻家は持っているはずがなかった。

「まぁ、自分で起きれない私も…悪いし」

高校に入ってからは自分で起きようと決心した時でもあった。

「それにしても、お母さんたちはちゃんと間に合うかな…?
先に行けって言ってたけど…」

化粧やなんやらで時間のかかるお母さんは、先に行けというのだ。
そんなにまだ確かでない道を、全力疾走するのは少し不安だった。

「…ふぅ、とりあえず…着いた」

目の前に広がる、これから過ごすことになる立派な校舎を見た。
いつ見ても、北波学園の校舎は素晴らしいと思う。不安な面持ちで、着慣れない制服をギュッと掴んだ。

「いっけない!早く会場探さなきゃ…!」

何回北波へ足を運んでも、なかなかどこに何があるか覚えられなかった。
とりあえず、それっぽい方向へ走ってみた。すると、突然後ろから誰かに話しかけられた。

「そこの迷子ちゃん」

「へ?わ、私ですか?」

「そうそう、君。一年生だよね?入学式、始まっちゃうよ」

そういって、話しかけてくれたのは男の先輩だった。

「あ、あの…」

「大丈夫だって!俺が会場まで連れて行ってあげる!行くよ!」

そういって、いきなり私の手を握り、会場へと走り出した。先輩の手は、女の人の手みたいに綺麗で、温かかった。

「……っセーフ!いやあ、久々に走った、走った!」

「せ、先輩早い…です…!」

全然息の切れていない先輩に対して、私は呼吸するのもままならない。

「ははは、ごめんね?でも、これで間に合ったよ!」

「本当…ありがとうございまし…!?」

先輩にお礼を言おうと横を向いたら、先輩はすでに遠くにいた。

「俺ー、難波って言うの!覚えておいてー!」

難波先輩は、遠くの方で大きく手を振っていた。

「難波…先輩かぁ」

笑顔で手を振る私に、私は小さく手を振りかえした。

「ちょっと、あなた若槻さんですか?!」

いつの間にか怖そうな女の先生が後ろに立っていた。血管がぴくぴく動いてる…!

「す、すみません…!!」


その日の入学式は間に合ったと思われていたが、そんな都合のいい話ではなく、私待ちだったという。結局、両親はちゃんと間に合ったみたいだった。

「ごめんなさいね、菜々。明日からは…」

「自分で起きて行くから」

「あら、分かっていたのね」

ちょっぴりマイペースなお母さんには少々うんざり。ずっとこうだから、慣れてもいるけれど。

「それよりね、お母さん。今日イケメンな先輩に助けられたの」

「菜々、何回も北波行ってるのに、会場分からなかったの?」

「そ、そこはいいでしょ…!でね、難波先輩ていうの」

「ふうん、先輩ねぇ…。恋にでも発展しちゃうのかしらね」

「お、お母さん!」

にやにやして私を見るお母さんを、軽く叩いた。先輩が握ってくれた、手、温かかったな…。明日お礼に行ってみようかな。


「……よし…、自分で起きれた…!」

昨日、2分おきで5回も目覚ましをセットした。…4回目でやっと起きたみたいだけれど。

「…おはよう」

「ちゃんと自分で起きてこれたみたいね」

お母さんは朝からみんなの朝食の準備をし、お父さんは新聞を読んでいた。

「もうすぐ出来るから、先に顔洗っちゃいなさい」

朝からテキパキ働くお母さんは、朝食と同時に、学校に持っていくお弁当も作っていた。

「今日からお前も高校生か」

顔を洗い、席に着くとお父さんが話しかけてきた。

「早いもんだなァ…。この前小学校卒業したみたいなのに」

「さすがに小学校はないでしょ」

「まあ、そう言うなって。悔いの残らない生活を送れよ」

「…うん」

北波に入りたくて、受験勉強頑張ったんだもん。思いっきり楽しまなくちゃ損だよね。

「さぁ、出来たわよ。急いで食べちゃって」

出された朝食を食べ、着慣れない制服に着替える。鏡の前で何度立って見ても、ぶかぶかである。

「…よし!いってきまーす!」

私は元気よく家を飛び出した。


昨日の入学式事件があってか、私はクラスのほとんどの人に名前を覚えられていた。
そんなこともあってか、席の近い子たちが話しかけてくれていたので、一人ぼっちになる心配はなかった。
クラスの友達との挨拶はそこそこに、昼休みになると私は一目散に教室を出た。
…難波先輩に会って、お礼を言うために。
もちろん、入学早々先輩の階に行くほど恐ろしいことはないが、こうでもしないと会えないと思った。

「クラス聞くの忘れちゃった…。よし、その辺の教室から聞き込み調査だ!」

私は一番近い教室から聞きまわっていくことにした。

「あのぅ…、すみません。難波先輩って何組にいるかわかりますか?」

ちょっと怖そうな男の先輩がすぐ近くにいたので、勇気を振り絞って聞いてみた。

「あぁん?…一年か。難波ならこのクラスにいるぜ。…ほら、あそこ」

見た目怖いけど、優しい人でよかった!それに、いきなり難波先輩のクラスだなんて!
先輩が指差した先には、どこからどう見てもあの難波先輩だった。

「おい、呼ぶか?」

「あ、はい。できれば…!」

「うし」

先輩は任せろ的な顔で私にグーサインをした。人は見た目じゃない!

「なーんばー、一年の女子がおめぇを呼んでるぜぇー」

先輩は大きな声でそう叫ぶと、難波先輩はこちらを振り向いた。昨日助けてくれた難波先輩にまた会える…!

「はいよ、一年。あとはごゆっくり」

ゆっくりと歩いてくる難波先輩の背中をどんと押した。

「…んで、俺に何の用…?」

「難波先輩!昨日のお礼を言いにきました!」

「は…お礼?」

「そうですよ、お礼です!」

よく見ると難波先輩、疲れているのか昨日とテンションがずいぶん違う。今忙しかったかな…?

「俺さ、そこまで記憶力悪くないと思ったんだけどな」

「はい?」

「…君さ、誰?」

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