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Episode1. はじまりの朝

Episode1.はじまりの朝

「おはよう」

朝早くから玄関のチャイムが鳴り、見覚えのある顔が玄関先でニコニコと立っていた。
何年も一緒にいて見慣れている顔のはずなのに、この日だけは一瞬驚いた。

「…もう来ないと思ってた」

「あはは、なんで?今日からまた同じ学校に通うんだよ?」

…今日からまた3年間、今までのようなことが続くのだろうか。

「それより早くしないと遅刻するよ?俺、入学早々遅刻は嫌だよ」

例えるなら子犬のような顔立ち。それに似合わず、体は中学の頃ずっと続けていたバスケで、体格がとてもいい。背は193cmとなかなかの高身長である。その身長から、バスケ部ではセンターをつとめていた。

「ああ、わかってる」

俺は残りの仕度を終えて再び玄関へ行くと、中学の時のように、あいつは玄関先で野良猫と戯れながら待っていた。俺が来たのに気付くと、立ち上がって俺に笑いかけた。

「俺たち、今日から高校生なのに、この感じは中学の頃と変わらないね」

そりゃお前が来たからだろう、そう思ったがあえて口には出さなかった。

「これからまた3年間、よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

子犬のような顔が、笑うとさらにそんな風に見える。背が高く、フレンドリーなため男女共に人気がある。…少し天然な部分も見られるが。俺たちは、3年間通って来た道とは反対の、駅の方へ向かって歩き出す。今日から3年間、片桐高校へ通う。そのためには、電車での通学を余儀無くされた。

「電車は嫌いだ。混むって言うし、遅延だってあるらしいし」

「俺はまた一緒に通えるから、なんだって嬉しいけどね。それに田舎じゃ、あんまり遅延もないと思うよ。乗り遅れたら大変だけど」

「…あっそ」

本気なのか冗談なのか、…こいつの場合はきっと本気なのだろう。天然のせいか、こういう恥ずかしいことを普通に言ってくる。

「お前はまたバスケ部に入るのか?」

俺、成瀬瞬は、隣を歩く鈴井陽向へ質問をした。陽向は一瞬、この話題を話すのにためらう素振りを見せたが、またいつものようにニコニコして言った。

「…うん、そうだね。…瞬は、どうするの?」

「俺は何も入らない。中学の時と一緒」

「あはは、そっか」

俺は中学の頃からずっと帰宅部だった。特に入りたい部活があるわけではないし、それに俺は…。

「じゃあ、また俺の試合見に来てくれるのかなあ」

陽向がバスケをしているのを見ているのが、何より好きだった。そんなにバスケが好きならやればいいのに、と何度か言われたこともあった。

「ああ、行くよ」

俺は中学の頃、バスケをする陽向を誰より一番近くで応援してきた。陽向は、バスケをやらせたら途端に人が変わる。誰よりも一生懸命で、人にも自分にも厳しく、部活後の自主練を欠かしたことはなかった。…そんな陽向を、俺はいつの日からか好きになっていた。バスケは好きだが、それは陽向がやっているからである。自分では決してやろうとは思わない。陽向を誰よりも近くで応援出来ればそれでよかった。

「あ!ねぇ、瞬!あの電車に乗らないと、次来るのは大分後になっちゃう…!」

「なら悠長なこと言ってないで、走らないと…」

「あ、あぁそうだよね…!」

随分とゆっくり歩いて来てしまったのか、ホームに着くと、既に電車は駅に着いていた。俺が先に走り出そうとすると、陽向は俺の手を掴んで走り出した。

「あ、おいお前っ…!」

陽向に俺の言葉は届かず、俺たちは改札を急いで通過し、扉の開いている電車へ向かって一直線に走った。

「ーー危険ですので、駆け込み乗車はおやめください」

まるで俺たちへ向けられたかのように、アナウンスはタイミングよく流れた。電車に駆け込み、程なく電車は動き出した。

「はぁっ…ギリギリ、間に合ったね…」

陽向に手を引かれながら、無我夢中で電車へ駆け込んだ。

「っ…はぁっ…はぁっ…」

それでもなお、ニコニコとしている陽向とは対象的に、俺は言葉を発する余裕がなかった。

「瞬…、大丈夫?」

「…おま…えな…っ!バスケ部で…1番足速え…やつと…!一緒に走れる…わきゃねえだろっ…!」

「…あ、ごめん…つい」

陽向は、バスケ部で1番足が速かった。そんな男に手を掴まれ走った俺は、体育くらいの時間でしか体を動かしてこなかったために、引きずられるようにして走るのがやっとだった。

「お前本当に足、速ぇよな…」

「受験勉強で最近はろくに運動してなかったけどね。久々にこんなに走ったかも」

陽向は、久々に体を動かすことの喜びを感じ、余裕そうに笑った。まだ見慣れない制服で別人かのようにも見えるが、やはり笑った顔は、俺の好きな陽向のままだった。

「瞬のブレザー姿は見慣れないね」

「それは、お前もだろ。…まあ、それなりに背も高いし俺よりは似合ってるんじゃね?」

「へへ、ありがとう。瞬だって平均以上はあるんだし、かっこいいと思うよ。というか、実際部活に入ったら制服よりも、ユニフォームやジャージばっかり着てるんだろうな」

「中学の頃と一緒だな」

俺たちが3年間通った榛日野中学校は、バスケがなかなか強い学校で、練習はもちろん毎日夜遅くまであった。そのため、中学の頃の陽向はジャージかユニフォームばかり着ていた印象が強い。榛日野のバスケ部員の多くは、推薦によって多方面の強豪校へ進学した。もちろん陽向も強豪校から推薦を貰える程の実力があるものの、何故か一般受験で片桐を受けた。片桐のバスケ部は、弱くはないが強豪校と張り合える程ではない。

「受験勉強で体鈍ってるんだろうな。早く取り戻さないと、いきなりは危ないな。」

「お前ならすぐ戻れんだろ」

「はは、さすがにそれはどうかな…。でも、きっと他の人も同じような感じだよね。焦らず徐々に調子取り戻していくよ」

「ああ、そうしておけ。怪我しちゃ意味が無いからな。…そういや、何でお前は強豪校よりも、一般で片桐を受けたんだ?」

中学であれだけ活躍をしていたら、強豪校からの声もかかるはずだ。なのに、陽向は一般受験で、強豪校ではない片桐を受験した。片桐を受験すると聞いた時は、もちろん驚いた。理由も聞いた。しかし、陽向から理由を聞ける日はなかった。その時既に俺は片桐を受験する事を決めていた。片桐の偏差値はそこそこ高いが、自分に合っていない訳ではなかった。帰宅部である俺は、人並み以上には勉強が出来たからだ。

「次はーー」

「…あ、降りる駅だ」

タイミング悪く、理由を聞く前に降りる駅になってしまった。またも、陽向が片桐を受験した理由を聞きそびれてしまった。陽向は、毎日バスケの練習に時間を費やしていたが、それでも勉強は怠らなかった。しかし、片桐を一般受験するということは、陽向にとって多少の挑戦校ではあった。そうまでして、何故陽向は片桐にこだわったのだろうか。

「あ!鈴井くんに成瀬くんだ!おはよう」

改札を出てすぐに、聞き覚えのある声に話しかけられた。

「あ、おはよう。栗林さん」

「…はよ」

「2人とも同じ高校だったんだね!相変わらず、仲良く登校しているみたいだし」

「陽向が勝手に来たんだよ」

栗林千尋とは、同じ榛日野中学出身で、最後の1年間だけ同じクラスであった。その時栗林は、クラス委員を務めていた。栗林は、メガネに二つ縛りという如何にもクラス委員という奴だ。ちなみに、俺と陽向は3年間一緒だった。

「え、もしかして瞬迷惑だったの?!」

「何だかんだ言って、成瀬くんのこの顔は満更でもないでしょ。心配しなくても大丈夫だよ」

「お前ら勝手なことばっかいうな」

「「…はーい」」

片桐高校は、駅を降りてすぐという、とてもいい場所に建っていた。俺は、うるさい2人を放っておいてクラス分けの表を見に行く。

「(成瀬…成瀬…成瀬っと…)」

「…あ!B組!また俺たち一緒だ!!」

後から来たくせに、陽向は先に見つけ、そう叫んだ。そして例の笑顔を俺に向けてくる。

「また1年よろしくね、瞬」

「うるさくなりそうだけどな」

そう言って俺は、ある人物の名前を指差す。

「?…ああ!栗林さんも一緒なんだね」

栗林は、人混みをかき分けてやっと俺たちの横に来た。

「クラスどうだった?…え!2人と一緒?知ってる人がいてよかったあ」

栗林もまた陽向と似たような笑顔を向けてきた。

「栗林さんは、またクラス委員やるの?」

「そうだね。クラス委員になると、顔と名前覚えてもらえるし、新学期だからこそチャンスだなとは思ってるかな!!」

「…お前は、本当朝から元気だな」

「成瀬くんは、朝だからって元気なさすぎだよ。朝苦手なの?」

「誰かさんの所為で、朝から体育してきた気分でヘトヘトなんだよ」

そう言って、ちらりと隣を見る。

「えぇ?!俺の所為なの?!瞬こそ遅刻しそうなくらいギリギリまで支度してなかったじゃん!遅刻しないようにって、俺迎えに行ったのに…」

「…家まで迎えに行ったのね、鈴井くん…」

「いいんだよ、俺は。遅刻したら電車が遅延しましたって言やーいいんだろ」

「あのね、瞬。電車が遅延したって言うには遅延証明が必要で、電車が遅延した時にしか貰えないんだよ…」

「………」

「この様子じゃ、成瀬くんはこれからも鈴井くんのお世話になるしかないみたいね…」

「…うるせぇ」
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