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階下から賑やかな笑い声がして、思わず気になってリビングに降りてみると、ママとアマージョがソファに並んで腰掛けていた。
二人の合間には何やら大きな書物が開かれてある。あれが笑いの元だろうか。アマージョなんてそれはもう喜色満面で、ニコニコを通り越してニンマリという風に目を細めている。
「ねえ、なに見てるの? さっきすごい笑い声がしたけど」
声をかけて近づくと、わたしに気づいて顔を上げた二人は、ただでさえ愉快そうな笑みを一層深めてわたしを見た。
……なんだか、嫌な予感がする。
「あんたちょうどいいところにきたじゃない。ほら見てよこれ」
ママはわたしに手招きし、開いたページを見せてきた。そこに映るものが目に飛び込んだ瞬間、さっきまで平熱を保っていた頬が一気に紅潮する。
「こ、これって……!」
ダーテングに憧れたのか、両手に団扇を持って暴れる女の子。スリーパーに憧れたのか、おもちゃの硬貨で催眠術の真似事をする女の子。ローブシンに憧れたのか、ピンク色の円座クッションを肩に嵌めて図鑑のポーズを取る女の子。
間違いない。これは幼い頃のわたしを収めたアルバムだ。
思春期真っ盛りな今のわたしにはとてもお披露目できない、おふざけを極めたショットの数々。それがページに一切の余白を許さず密集する様は、目を背けたくなるほどの羞恥を喚起させ、わたしは耐えきれずママに抗議した。
「ちょっと、こんな変な写真わざわざ引っ張り出さないでよ。しかもよりによってアマージョに見せるなんて!」
アマージョは恥ずかしがるわたしを見てすっかり調子が上がったらしい。目が合うとニヤリと頬を吊り上げ、これ見よがしに高笑いを始めた。
──まさか昔のあなたがこーんなにもはしたない小娘だったなんてね。また一つ弱点を知れて嬉しいわ。オーホッホッホ!
そんなセリフが聞こえてきそうだ。
わたしはがっくりと項垂れる。とうとう知られてしまった。わたしの赤裸々な幼少期が無慈悲に暴かれてしまった。穴があったら入りたい気分になり、わたしはじっとりと恨みを込めた目でママを見る。
「まあまあ、いいじゃない」
ママはわたしの不満をものともせず、嗜めるように言う。
「アマージョは小さい頃のあんたをほとんど知らなかったんだから。ちょっとくらいは見せてあげなさいよ」
「そ、それは……」
確かに、アマージョは幼い頃のわたしを今まで知らなかった。まだアマカジだった頃の彼女と、わたしが出会ったのは、五年ほど前のことだから。それよりも前の、約十年ものわたしの生い立ちの中に彼女はいないのだ。そう思えば、ママが幼いわたしをアマージョに見せたがるのも、それを見たアマージョがご機嫌になるのもよくわかる。
だけど、それでも。
アマージョは天井を突き抜けんばかりに高らかな声を上げて、わたしの過去の痴態を好き放題に笑っている。そんな彼女を見ていると、意地悪な欲望がじりじりと這い出してくる。
わたしはあえて溜息をつき、何気ない風に明後日の方向を見た。
「……そういえば、アマージョも昔と比べてすっかり変わったよね」
笑い声がピタッと止んだ。横目でアマージョを見れば、さっきまで顔面中に溢れ返っていた笑みが綺麗さっぱり抜け落ちている。マメパトが豆鉄砲を食らったよう、という有名な例えを見事なまでに体現した顔だ。
わたしは吹き出しそうになるのを堪えて続けた。
「アママイコの頃まではあんなにベタベタだったのにな~。お風呂の時も寝る時もいつもわたしにくっついてたし」
そこでママも懐かしむように便乗した。
「ああ、前はそんな感じだったわね、あんたたち。あんたが他のポケモンを可愛いって褒めただけでワーワー泣き出したりしてたっけ」
「そうそう、あの頃は本当にやきもち焼きでね。迂闊に他のポケモンを褒めたりできなくて大変だったんだよ。でも甘えん坊で可愛かったな~」
わたしとママが語る思い出は全て、一切の脚色も誇張も含まれていない純然たる事実だ。その証拠にアマージョはみるみる焦燥した顔になり、身振りもおろおろと落ち着きを失っている。
効いている。これはかなり効いている。さっきまでの高慢な態度とは一転した慌てぶりを見て、興が乗ったわたしはここで追い討ちに出た。
「それが今では、こんなに生意気な女王様になっちゃって……進化というのはなんて儚いの……くすん」
わざとらしく涙を拭う動作をしたところで、我慢が臨界点を超えたらしい。アマージョは顔を真っ赤にしてわたしに飛びかかり、膝のあたりに蹴りをお見舞いしてきた。
「ああ、女王様がご立腹なすったわ。どうしましょうお母様!」
怒り狂うアマージョ、ふざけるわたし、それを見て笑い出すママ。リビングはあっという間に騒がしくなった。アマージョは過去を掘り返されたことがよっぽど屈辱なのか、キーキーと叫びながら蹴りを繰り返す。
だけどわたしはちっとも痛くない。アマージョの蹴りは本来キックボクサーも唸る威力のはずだから、きっと手加減をしてくれているのだろう。こんなに怒っている状態であってもだ。
わたしは復讐をぽいと放り出し、目の前で暴れる優しい女の子を思いっきり抱きしめた。
「ごめんね。わたしは昔の甘えん坊なあなたも、今の強いあなたも、全部だいすきだよ」
蹴りの動きが止まり、しなやかな足がゆっくりと床に下ろされる。
アマージョは「しょうがないわね」というように鳴くと、華奢な腕でぎゅっとわたしを抱きしめ返した。フルーツの香りがふわっと広がり、心地よい甘さが全身を満たしていく。
わたしはアマージョが大好きで、アマージョもわたしが大好き。
どんなに時が経って、姿や性格が変わっても、この想いだけは永遠に変わらない。
二人の合間には何やら大きな書物が開かれてある。あれが笑いの元だろうか。アマージョなんてそれはもう喜色満面で、ニコニコを通り越してニンマリという風に目を細めている。
「ねえ、なに見てるの? さっきすごい笑い声がしたけど」
声をかけて近づくと、わたしに気づいて顔を上げた二人は、ただでさえ愉快そうな笑みを一層深めてわたしを見た。
……なんだか、嫌な予感がする。
「あんたちょうどいいところにきたじゃない。ほら見てよこれ」
ママはわたしに手招きし、開いたページを見せてきた。そこに映るものが目に飛び込んだ瞬間、さっきまで平熱を保っていた頬が一気に紅潮する。
「こ、これって……!」
ダーテングに憧れたのか、両手に団扇を持って暴れる女の子。スリーパーに憧れたのか、おもちゃの硬貨で催眠術の真似事をする女の子。ローブシンに憧れたのか、ピンク色の円座クッションを肩に嵌めて図鑑のポーズを取る女の子。
間違いない。これは幼い頃のわたしを収めたアルバムだ。
思春期真っ盛りな今のわたしにはとてもお披露目できない、おふざけを極めたショットの数々。それがページに一切の余白を許さず密集する様は、目を背けたくなるほどの羞恥を喚起させ、わたしは耐えきれずママに抗議した。
「ちょっと、こんな変な写真わざわざ引っ張り出さないでよ。しかもよりによってアマージョに見せるなんて!」
アマージョは恥ずかしがるわたしを見てすっかり調子が上がったらしい。目が合うとニヤリと頬を吊り上げ、これ見よがしに高笑いを始めた。
──まさか昔のあなたがこーんなにもはしたない小娘だったなんてね。また一つ弱点を知れて嬉しいわ。オーホッホッホ!
そんなセリフが聞こえてきそうだ。
わたしはがっくりと項垂れる。とうとう知られてしまった。わたしの赤裸々な幼少期が無慈悲に暴かれてしまった。穴があったら入りたい気分になり、わたしはじっとりと恨みを込めた目でママを見る。
「まあまあ、いいじゃない」
ママはわたしの不満をものともせず、嗜めるように言う。
「アマージョは小さい頃のあんたをほとんど知らなかったんだから。ちょっとくらいは見せてあげなさいよ」
「そ、それは……」
確かに、アマージョは幼い頃のわたしを今まで知らなかった。まだアマカジだった頃の彼女と、わたしが出会ったのは、五年ほど前のことだから。それよりも前の、約十年ものわたしの生い立ちの中に彼女はいないのだ。そう思えば、ママが幼いわたしをアマージョに見せたがるのも、それを見たアマージョがご機嫌になるのもよくわかる。
だけど、それでも。
アマージョは天井を突き抜けんばかりに高らかな声を上げて、わたしの過去の痴態を好き放題に笑っている。そんな彼女を見ていると、意地悪な欲望がじりじりと這い出してくる。
わたしはあえて溜息をつき、何気ない風に明後日の方向を見た。
「……そういえば、アマージョも昔と比べてすっかり変わったよね」
笑い声がピタッと止んだ。横目でアマージョを見れば、さっきまで顔面中に溢れ返っていた笑みが綺麗さっぱり抜け落ちている。マメパトが豆鉄砲を食らったよう、という有名な例えを見事なまでに体現した顔だ。
わたしは吹き出しそうになるのを堪えて続けた。
「アママイコの頃まではあんなにベタベタだったのにな~。お風呂の時も寝る時もいつもわたしにくっついてたし」
そこでママも懐かしむように便乗した。
「ああ、前はそんな感じだったわね、あんたたち。あんたが他のポケモンを可愛いって褒めただけでワーワー泣き出したりしてたっけ」
「そうそう、あの頃は本当にやきもち焼きでね。迂闊に他のポケモンを褒めたりできなくて大変だったんだよ。でも甘えん坊で可愛かったな~」
わたしとママが語る思い出は全て、一切の脚色も誇張も含まれていない純然たる事実だ。その証拠にアマージョはみるみる焦燥した顔になり、身振りもおろおろと落ち着きを失っている。
効いている。これはかなり効いている。さっきまでの高慢な態度とは一転した慌てぶりを見て、興が乗ったわたしはここで追い討ちに出た。
「それが今では、こんなに生意気な女王様になっちゃって……進化というのはなんて儚いの……くすん」
わざとらしく涙を拭う動作をしたところで、我慢が臨界点を超えたらしい。アマージョは顔を真っ赤にしてわたしに飛びかかり、膝のあたりに蹴りをお見舞いしてきた。
「ああ、女王様がご立腹なすったわ。どうしましょうお母様!」
怒り狂うアマージョ、ふざけるわたし、それを見て笑い出すママ。リビングはあっという間に騒がしくなった。アマージョは過去を掘り返されたことがよっぽど屈辱なのか、キーキーと叫びながら蹴りを繰り返す。
だけどわたしはちっとも痛くない。アマージョの蹴りは本来キックボクサーも唸る威力のはずだから、きっと手加減をしてくれているのだろう。こんなに怒っている状態であってもだ。
わたしは復讐をぽいと放り出し、目の前で暴れる優しい女の子を思いっきり抱きしめた。
「ごめんね。わたしは昔の甘えん坊なあなたも、今の強いあなたも、全部だいすきだよ」
蹴りの動きが止まり、しなやかな足がゆっくりと床に下ろされる。
アマージョは「しょうがないわね」というように鳴くと、華奢な腕でぎゅっとわたしを抱きしめ返した。フルーツの香りがふわっと広がり、心地よい甘さが全身を満たしていく。
わたしはアマージョが大好きで、アマージョもわたしが大好き。
どんなに時が経って、姿や性格が変わっても、この想いだけは永遠に変わらない。
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