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「あー、おいしかった! こんなにおいしい料理を食べられるのは祭典の日以来だわ!」
「うん、ほんとにおいしかったね。でもピンキーちゃん、食べる時はもう少しお行儀良くした方がいいよ」
テーブルの対面、ピンキーちゃんの座る席にはナイフとフォークが手付かずのまま放置されていた。直接肉にかぶりついた主のせいで、哀れな彼らは最後まで出番を与えられなかったのだ。
「ナナシはいっつも細かいんだから。こういうのはね、しっかり味わおうという心意気が大事なのよ。マナーなんて二の次二の次!」
「もう、相変わらずなんだから」
暖炉の火がパチパチと踊り、春の陽だまりのような暖かさが部屋を包んでいる。厳寒の地として名高いサムイサムイ村も、キノピオハウスの中はポカポカの楽園だった。
暖かい宿に心地いい暖炉の音、その中で味わう豪勢なディナー。特にローストチキンの味は極め付きで、ジューシーな肉汁の旨味がまだ後を引いている。まるで夢のような贅沢だった。
「……でも、もったいないなあ。マリオさん達も来れたらよかったのにね。こんなに豪華な料理、なかなか食べられる機会ないもん」
脳裏に浮かぶのは、かつて苦楽を共にしていた仲間達。スターの杖を取り戻し、長い冒険の旅が幕を下ろしてから、わたし達はそれぞれの道に別れてしまった。そうなれば自然と集まる機会も減ってしまう。
クリスマスのこの日も一堂に会することは叶わず、結局ここにいるのはわたしとピンキーちゃんだけ。狭くなるはずだったテーブルも今はこの通り、広々とスペースが余っている。中央の席で向かい合うわたし達は、傍目に見るとぽつんと寂しげに映るのだろう。
そんな風に思いを巡らすわたしに対し、ピンキーちゃんの態度はあっけらかんとしたものだった。
「そんなの気にしたってしょうがないわよ。みんな用事があるんだからさ。あたいはむしろナナシと二人っきりで過ごせて嬉しいわ。だってデートみたいじゃない?」
「あはは、確かにこれじゃあただのデートだね」
「ポコピーとポコナとか、今頃あたいらと同じように過ごしてるわよ、きっと」
「わあ、それはすっごく想像つくな~。でもフラワーランドのクリスマスってどんな感じなんだろう?」
「確かに、あそこって年中あったかそうだものね。ちょっと想像つかないわ」
「でも、もしも雪が降ったら素敵だよね。降るのかどうかは別として」
「そこはほら、クモクモマシーンならぬユキユキマシーンで降らすのよ。たぶん」
「わあ、一気に情緒がなくなっちゃった。あと、わたし的にはユキユキマシーンよりスノスノマシーンの方がしっくりくると思うな」
「そこはどうでもいいでしょ!」
背中に纏わりついていた寂しさは、いつしか笑い合う声に溶けていた。
ピンキーちゃんの言う通りだ。今回は本当に、たまたま巡り合わせが悪かっただけ。みんなとは永遠に会えないわけじゃないし、来年でも再来年でも一緒に聖夜を祝うチャンスはこの先いくらでもある。いつまでも未練がましく後ろを振り返っていたら、せっかくの今がもったいない。
目の前にある最高の時間。それを最高の思い出にするために、わたしもピンキーちゃんもここにいるのだ。だから今夜は二人だけのクリスマスを目一杯楽しもう。
わたし達はそれからもたくさんお喋りをした。ブルースがまた変な手紙を寄越してきたとか、リップちゃんのファンクラブができたらしいとか、港のレストランの歌姫がハードロックに挑戦しているらしいとか、そんな他愛のない日常の欠片がテーブル越しにポンポンと飛び交う。いつも明るくて饒舌なピンキーちゃんは話の引き出しが豊富だから、ただお喋りするだけでも時間を忘れそうになるほど楽しい。
グラスのジュースがちょうど尽きたところで、管理人のキノピオさんがお皿を下げに来てくれた。手慣れたように回収して「ではごゆっくり」と立ち去る彼にお礼を言う。
テーブルがすっきりすると、ピンキーちゃんは満を持したように切り出した。
「さぁて、食事も終わったことで……お待ちかねのプレゼントターイム!」
「わーパチパチパチパチ」
一人分の拍手が部屋に響く。クリスマスといえばこのイベントは外せない。プレゼント交換については事前に話し合っていたから、もちろんわたしもばっちり用意済みだ。
「じゃあ早速あたいからね。はい、ナナシ!」
差し出された箱にわたしは「わお!」と歓声を上げた。真っ赤なリボンで包装された箱は、背後のピンキーちゃんが隠れるほどのビッグサイズだ。
「ありがとうピンキーちゃん……あれ?」
箱を受け取った瞬間、首を捻った。大きさの割に軽過ぎないだろうか。どちらかといえば非力なわたしでも全く手応えを感じない。
「さ、開けて開けて!」
疑問符を浮かべるわたしをピンキーちゃんはノリノリで促す。その顔は妙ににこやかだ。含みのある笑顔、といえばいいのだろうか。
……なんか引っかかるけど、違和感の正体は箱の中にあるだろう。とりあえずリボンをしゅるしゅる解き、中身をオープン──
「わきゃあ⁉」
パンパンパン、とクラッカーのような音と共に火花が炸裂した。目と鼻の先で起きたハプニングにわたしは思わず腰を浮かし、その拍子に手放した箱がテーブルに転がる。
「キャッハハハハハハハ! 今のリアクションサイッコー!」
放心状態のわたしを見て、愉快そうに笑い転げるピンキーちゃん。
「どう? あたい特製のバクハツボックスは」
「え、爆発?」
言われて我に返り、テーブルに転がった箱を引き寄せる。中を覗くと火薬の残滓がプンと鼻を突いた。肝心の中身は……ない。空っぽの空間を数秒見つめ、ようやく自分が何をされたのかを理解し、わたしはテーブルを叩いて身を乗り出す。
「もう、期待させておいて酷いよ。なんか軽い箱だなーって思ったけど!」
「ゴメンゴメン、こっちがほんとのプレゼントよ」
ピンキーちゃんは笑い混じりに言って新たな箱を差し出した。わたしはホッとしながら受け取る。
「よかったぁ、ちゃんと用意してたんだ。……また爆発したりしないよね?」
「しないってしないって。今度こそちゃんとしたプレゼントだから信じなさいよ」
「だよね~。ピンキーちゃんは本気でわたしをいじめるような子じゃないもん」
「さっすがナナシ、あたいのことをよーくわかってるじゃない!」
「でもさっきのイタズラは一生根に持ちま~す」
「キャーコワーイ、呪われちゃーう!」
冗談を言い合いながらプレゼントを開封する。箱のサイズはさっきに比べて小さいけど、手のひらに伝わる重みは段違いだ。結ばれたリボンも高級感がぐんと増し、さらさらと解けるサテンの感触が心地いい。
期待を膨らませて箱を開けると、中にふわふわした物が敷き詰められていた。
「わあ、可愛い!」
取り出して広げたそれはケープだった。真っ白なボア生地はフラワーランドの雲のようにふわふわで、襟元を飾る大人しめなフリルはさりげない気品を感じさせる。ガーリーなデザインがわたしの好みにぴったりだ。
「ふふん、良いセンスでしょ。店でそれを見かけた瞬間、ナナシが着てる姿が真っ先に浮かんだのよ。それがもうめちゃくちゃにカワイくって! ナナシ以外が着るのは絶対ありえないって思ったのよ」
「そ、そう?」
そこまで考えて選んでくれたんだと思うと、ちょっと照れ臭い。でもその百倍嬉しい。
「ありがとうピンキーちゃん、一生大切にするね。……でも、こんなに良い物をもらっちゃうと、後から渡す身としてはちょっとプレッシャーかも~」
わたしもピンキーちゃんのために選りすぐりの一品を用意したつもりだ。だけどピンキーちゃんがくれたケープと釣り合うかどうかは自信がなくて、渡すつもりの箱をついテーブルの下に引っ込めてしまう。
「なに言ってんのよ、ナナシがあたいのために選んでくれた物ならなんだって嬉しいわよ。早く見せてちょうだい!」
「……じゃあ、わたしからピンキーちゃんへ。はい、どうぞ」
意を決して箱を渡すと、ピンキーちゃんは「わーい!」と喜んで受け取った。
……と思いきや、急に訝しげな顔になり、手にした箱をまじまじと眺め回す。トラップを検知する工作員さながらの目つきは、にわかに胸騒ぎを煽った。
「どうしたの? 何か不備でもあった?」
不安に駆られて尋ねるわたしを、ピンキーちゃんはイタズラっぽい目で一瞥する。
「実はナナシも何か仕掛けてたりして」
「…………」
杞憂でした。
「もう、どっかのピンクボム兵さんと一緒にしないでほしいな」
「ジョーダンジョーダン。じゃ、開けるわね」
ピンキーちゃんは箱を開けて中身を取り出した。途端に、大きな目が更に大きく見開かれる。
「これは……⁉」
「どうかな? 最近お肌の調子に納得いかないって悩んでたみたいだから、ぴったりかなって」
わたしからピンキーちゃんへのプレゼントは、ボム兵専用のちょっとレアなスキンケア用品だ。何とか酸とか、何とかオイルとか、よくわからない成分で構成されているけど、その効き目は「これ一本で水晶玉になれるボム」と美容家にお墨付きをいただくレベル。水晶玉という例えが丸い身体のボム兵ならではだ。
おまけにデザインもとっても可愛い。ボム兵を模した形の容器は、頭の円盤にあたる部分が蓋になっていて、使用後はそのまま小物入れにも流用できる。もちろんインテリアとして飾るのも有りだ。
人間のわたしでも思わず欲しくなるほどの魅力が詰まったそのアイテムは、お年頃のボム兵ガールの間ではもはや垂涎の的といっても過言でない。それはピンキーちゃんも例外でなく、パッケージを見つめる目は宝石のように輝いている。
「ありがとうありがとうナナシ! あんたは女神よ!」
「そこまで喜んでくれたならよかった」
導火線をピョコピョコ踊らせて喜ぶ姿が可愛くて、わたしもつられてにっこり笑う。
しばらくプレゼントを堪能すると、ふと窓の方を見た。ピンキーちゃんも同じように目を移す。やっぱり、考えていることは同じみたい。
「そろそろ時間じゃない?」
「そうだね、じゃあ行こっか」
わたしは椅子から立ち上がると、ピンキーちゃんにもらったケープを羽織った。
「あ、早速着てくれるのね」
「えへへ、せっかくピンキーちゃんがくれたんだもん」
上半身がふわふわになったわたしを眺め、ピンキーちゃんは満足そうに頷いた。
「うんうん、サイコーに似合ってるわ。やっぱりナナシは世界一カワイイわね!」
「せ、世界一って、さすがに大袈裟だよ」
「ちなみに二番目にカワイイのはあたいね」
「わあ、ちゃっかりしてるー」
口先では呆れるわたしだけど、心は羽が生えたように浮き立っていた。好きな子からのプレゼントを身に纏い、それを好きな子に可愛いと褒めてもらえたのだ。その相乗効果はウルトラキノコを食べても味わえない幸せをもたらしてくれる。
見送ってくれるキノピオさんに「いってきます」と手を振り、わたし達は弾む足取りでキノピオハウスを後にした。
外に出ると、忘れていた寒さが一気に押し寄せる。ちらちらと降る雪が顔に張り付き、冷たい痺れに身を震わせた。
「うう、寒い~……さっきまでの暖かさが幻に思えてきちゃうよ……」
「ナナシ、大丈夫?」
「大丈夫~。さっきとの温度差に慣れないだけだから。ピンキーちゃんがくれたケープがあればすぐあったかくなるよ」
ピンキーちゃんは得意げに顎を上げた。
「あたいのプレゼントが早速役に立ったってワケね!」
「ほんとだね。夏が来るまではこれ無しじゃ生きていけないかも」
ケープの肩周りに頬を寄せると、ふわふわの感触が気持ちいい。これならすぐに身体も温まりそうだ。
「……それにしても」
前方に目を向けると、目映い煌めきが視界を満たした。虹彩に押し寄せる光の波に心臓が騒ぎ、わたしは溜息を吐いて鼓動を鎮める。
「きれいだねー……」
「ねー……」
サムイサムイ村は毎年、クリスマスの時期になると村中にイルミネーションが施される。夜になると大規模に点灯する光は、村の景色を一瞬の間に別世界へと塗り替えるのだ。
漆黒の夜空、純白の雪景色、その境目を彩るイルミネーション。その美しさに魅了された観光客は後を絶たず、その証拠に村を行き交うのは住民のペンギン達だけでない。クリボーやノコノコなど様々な種も混じり、誰もが幻想的な世界に目を奪われていた。
わたしとピンキーちゃんは「わー」「きれいー」と感嘆を漏らしながら、様変わりした村の中を歩いていく。一歩一歩と視点が変わるたびに、違う輝きを見せる光。まるで命を宿しているかのように躍動する姿は、わたし達の心まで躍らせた。
「ナナシ、あそこ!」
ピンキーちゃんが示した先は、村の中心地。そこにはたくさんの光が寄り集まり、一つの像を形成していた。御神木のようにどんと佇む集合体は、遠目に見ても異彩を放ち、わたし達の足を吸い寄せていく。靴底にザクザクと響く雪の音は、徐々にリズムが速まっていた。
近づいて見上げた途端、わたし達は揃って高い声を上げた。
目の前に聳えるのは、天に届くほど巨大なクリスマスツリー。色とりどりの光を全身に纏った聖なる大樹は、宇宙までもを照らすような圧巻の輝きで周囲の心を奪っていた。頂点を飾る金の星も、本物の星のように瞬いている。
華やかで幻想的な冬のアート。キラキラと弾ける光の乱舞は雪が溶けてしまいそうなほどに眩しく、わたしは胸に手のひらを押し当てる。
「こんなに大きなクリスマスツリー、初めてだよ……なんだか中から妖精が飛び出してきそうだよね」
「ナナシって結構メルヘンな思考してるわよね。あたいにはマネできない発想だわ」
「だ、だって、こんなにロマンチックなんだもん。メルヘンな想像の一つや二つは浮かんでくるよ」
「確かにすごくロマンチックよね。けど……」
ピンキーちゃんはふと我に返ったような顔をした。
「こういう壮大な芸術を見るとさ……なんかこう、身体がウズウズするっていうか、バクハツでどかーんってしたい衝動に駆られるのよね」
「なっ⁉」
まさかの発言に面食らい、わたしは咄嗟にピンキーちゃんに抱き着いた。
「待って待って絶対ダメ! そんなことしたらお縄どころじゃ済まないよ!」
「もう、ナナシったら慌てすぎ。今のは単なるジョーダンよジョーダン」
「ピンキーちゃんが言うと冗談に聞こえないよー……」
「うふふふ、ゴメンゴメン」
「……なんか今日のピンキーちゃん、いつも以上に浮かれてない?」
プレゼント交換でイタズラした時といい、今日のピンキーちゃんはいつにも増してテンションが高い気がする。明るくて元気なピンキーちゃんとはいえ、いつもはこんなにふざける子じゃないのに。むしろふざける子にツッコミを入れる方が得意な姉御キャラだったはずだ。
わたしの疑問にピンキーちゃんは笑顔のまま答えた。
「だって、浮かれるに決まってるじゃない。ナナシと一緒に過ごすクリスマスなんだもの。一緒にいてこんなにはしゃげるのはナナシだけなんだから!」
クリスマスツリーが照らす笑顔には、抱えきれないほどの喜びや楽しさが溢れていた。その眩しさにわたしは呆気に取られ、すぐに口元を綻ばせる。こんなに幸せそうに笑われたら敵わない。
「もう、しょうがないなあ。……でも、わたしもピンキーちゃんと一緒にいる時間が一番楽しいよ」
振り回されるのも楽しいと思えるぐらいに、と言いかけて飲み込んだ。なんとなく恥ずかしいから。
「当然よね。あたいがナナシのこと大好きなのと同じぐらい、ナナシもあたいのことが大好きなんだから!」
「相変わらず大層な自信をお持ちですねえ」
でも、ピンキーちゃんの言ったことは嘘じゃない。わたし達はひとしきり笑い合い、前に向き直った。
クリスマスツリーは数拍置きに表情を変えていく。象徴的な緑に始まり、そこから燃える炎のような赤、氷のドレスを思わせる青、夜空に映えるオーロラのような銀と様々な色を見せ、最後は虹色に染まる。鮮やかに移り変わる色彩に誰もが足を止め、溜息混じりの歓声が細波となって響いていた。
隣をチラッと見て、わたしは息を呑む。
輝く世界というのは、もっと身近な場所──わたしのすぐ隣にもあった。
ボム兵には珍しい真っ黒な瞳。そこに映り込む小さなイルミネーションは、周囲のどの光よりも儚く揺れていて、だからこそ目が離せない。
溺れるように見つめていると、不意に視線がかち合った。
「どうしたの、急にあたいを見つめちゃって」
心臓がドキリと跳ねる。熱烈な眼差しを送り過ぎたみたいだ。
「あ、えーっと、綺麗だなって……」
「なになに、それって『イルミネーションよりキミの横顔の方がキレイだよ』ってヤツ? ナナシってばベタなんだから」
「ち、違うよ! そうじゃなくて、瞳がね……すごく綺麗だったの」
「瞳?」
ピンキーちゃんはわたしの瞳を覗き込む。
「あら、ほんとだわ。ナナシの瞳もとってもきれい」
真っ直ぐな視線に息が止まりそうになった。わたし達はそのまま何も言わず、互いの景色に見入る。
周囲の音は知らぬ間に遠のいていた。ピンキーちゃんは目を逸らさない。視線はどこまでも深く、海の底に手を伸ばすようにわたしの光を捉える。
耳の中がうるさい。自分の呼吸と鼓動の音だ。あまりにも強い視線にドキドキが止まらず、わたしは慌ててクリスマスツリーに目を戻した。
「ちょっと、なんで目逸らすのよ。こっち見なさいよ!」
「だって、その……恥ずかしくなってきちゃって」
「そっちが先に見つめてきたんじゃない。ナナシってばすぐ照れちゃって、カワイイー!」
「もう、からかわないでってば」
名残惜しい気持ちはあった。あのアクアリウムのように透明な光は、周囲のどのイルミネーションにもないから。
だけど今の視線はよくない。思い出すだけで心臓が高鳴り、全身を熱くさせる。クリスマスツリーはちょうど赤に染まっていた。まるで今のわたしみたいだ。
これなら当分寒さに困らない。聖夜はまだ始まったばかりだ。
「うん、ほんとにおいしかったね。でもピンキーちゃん、食べる時はもう少しお行儀良くした方がいいよ」
テーブルの対面、ピンキーちゃんの座る席にはナイフとフォークが手付かずのまま放置されていた。直接肉にかぶりついた主のせいで、哀れな彼らは最後まで出番を与えられなかったのだ。
「ナナシはいっつも細かいんだから。こういうのはね、しっかり味わおうという心意気が大事なのよ。マナーなんて二の次二の次!」
「もう、相変わらずなんだから」
暖炉の火がパチパチと踊り、春の陽だまりのような暖かさが部屋を包んでいる。厳寒の地として名高いサムイサムイ村も、キノピオハウスの中はポカポカの楽園だった。
暖かい宿に心地いい暖炉の音、その中で味わう豪勢なディナー。特にローストチキンの味は極め付きで、ジューシーな肉汁の旨味がまだ後を引いている。まるで夢のような贅沢だった。
「……でも、もったいないなあ。マリオさん達も来れたらよかったのにね。こんなに豪華な料理、なかなか食べられる機会ないもん」
脳裏に浮かぶのは、かつて苦楽を共にしていた仲間達。スターの杖を取り戻し、長い冒険の旅が幕を下ろしてから、わたし達はそれぞれの道に別れてしまった。そうなれば自然と集まる機会も減ってしまう。
クリスマスのこの日も一堂に会することは叶わず、結局ここにいるのはわたしとピンキーちゃんだけ。狭くなるはずだったテーブルも今はこの通り、広々とスペースが余っている。中央の席で向かい合うわたし達は、傍目に見るとぽつんと寂しげに映るのだろう。
そんな風に思いを巡らすわたしに対し、ピンキーちゃんの態度はあっけらかんとしたものだった。
「そんなの気にしたってしょうがないわよ。みんな用事があるんだからさ。あたいはむしろナナシと二人っきりで過ごせて嬉しいわ。だってデートみたいじゃない?」
「あはは、確かにこれじゃあただのデートだね」
「ポコピーとポコナとか、今頃あたいらと同じように過ごしてるわよ、きっと」
「わあ、それはすっごく想像つくな~。でもフラワーランドのクリスマスってどんな感じなんだろう?」
「確かに、あそこって年中あったかそうだものね。ちょっと想像つかないわ」
「でも、もしも雪が降ったら素敵だよね。降るのかどうかは別として」
「そこはほら、クモクモマシーンならぬユキユキマシーンで降らすのよ。たぶん」
「わあ、一気に情緒がなくなっちゃった。あと、わたし的にはユキユキマシーンよりスノスノマシーンの方がしっくりくると思うな」
「そこはどうでもいいでしょ!」
背中に纏わりついていた寂しさは、いつしか笑い合う声に溶けていた。
ピンキーちゃんの言う通りだ。今回は本当に、たまたま巡り合わせが悪かっただけ。みんなとは永遠に会えないわけじゃないし、来年でも再来年でも一緒に聖夜を祝うチャンスはこの先いくらでもある。いつまでも未練がましく後ろを振り返っていたら、せっかくの今がもったいない。
目の前にある最高の時間。それを最高の思い出にするために、わたしもピンキーちゃんもここにいるのだ。だから今夜は二人だけのクリスマスを目一杯楽しもう。
わたし達はそれからもたくさんお喋りをした。ブルースがまた変な手紙を寄越してきたとか、リップちゃんのファンクラブができたらしいとか、港のレストランの歌姫がハードロックに挑戦しているらしいとか、そんな他愛のない日常の欠片がテーブル越しにポンポンと飛び交う。いつも明るくて饒舌なピンキーちゃんは話の引き出しが豊富だから、ただお喋りするだけでも時間を忘れそうになるほど楽しい。
グラスのジュースがちょうど尽きたところで、管理人のキノピオさんがお皿を下げに来てくれた。手慣れたように回収して「ではごゆっくり」と立ち去る彼にお礼を言う。
テーブルがすっきりすると、ピンキーちゃんは満を持したように切り出した。
「さぁて、食事も終わったことで……お待ちかねのプレゼントターイム!」
「わーパチパチパチパチ」
一人分の拍手が部屋に響く。クリスマスといえばこのイベントは外せない。プレゼント交換については事前に話し合っていたから、もちろんわたしもばっちり用意済みだ。
「じゃあ早速あたいからね。はい、ナナシ!」
差し出された箱にわたしは「わお!」と歓声を上げた。真っ赤なリボンで包装された箱は、背後のピンキーちゃんが隠れるほどのビッグサイズだ。
「ありがとうピンキーちゃん……あれ?」
箱を受け取った瞬間、首を捻った。大きさの割に軽過ぎないだろうか。どちらかといえば非力なわたしでも全く手応えを感じない。
「さ、開けて開けて!」
疑問符を浮かべるわたしをピンキーちゃんはノリノリで促す。その顔は妙ににこやかだ。含みのある笑顔、といえばいいのだろうか。
……なんか引っかかるけど、違和感の正体は箱の中にあるだろう。とりあえずリボンをしゅるしゅる解き、中身をオープン──
「わきゃあ⁉」
パンパンパン、とクラッカーのような音と共に火花が炸裂した。目と鼻の先で起きたハプニングにわたしは思わず腰を浮かし、その拍子に手放した箱がテーブルに転がる。
「キャッハハハハハハハ! 今のリアクションサイッコー!」
放心状態のわたしを見て、愉快そうに笑い転げるピンキーちゃん。
「どう? あたい特製のバクハツボックスは」
「え、爆発?」
言われて我に返り、テーブルに転がった箱を引き寄せる。中を覗くと火薬の残滓がプンと鼻を突いた。肝心の中身は……ない。空っぽの空間を数秒見つめ、ようやく自分が何をされたのかを理解し、わたしはテーブルを叩いて身を乗り出す。
「もう、期待させておいて酷いよ。なんか軽い箱だなーって思ったけど!」
「ゴメンゴメン、こっちがほんとのプレゼントよ」
ピンキーちゃんは笑い混じりに言って新たな箱を差し出した。わたしはホッとしながら受け取る。
「よかったぁ、ちゃんと用意してたんだ。……また爆発したりしないよね?」
「しないってしないって。今度こそちゃんとしたプレゼントだから信じなさいよ」
「だよね~。ピンキーちゃんは本気でわたしをいじめるような子じゃないもん」
「さっすがナナシ、あたいのことをよーくわかってるじゃない!」
「でもさっきのイタズラは一生根に持ちま~す」
「キャーコワーイ、呪われちゃーう!」
冗談を言い合いながらプレゼントを開封する。箱のサイズはさっきに比べて小さいけど、手のひらに伝わる重みは段違いだ。結ばれたリボンも高級感がぐんと増し、さらさらと解けるサテンの感触が心地いい。
期待を膨らませて箱を開けると、中にふわふわした物が敷き詰められていた。
「わあ、可愛い!」
取り出して広げたそれはケープだった。真っ白なボア生地はフラワーランドの雲のようにふわふわで、襟元を飾る大人しめなフリルはさりげない気品を感じさせる。ガーリーなデザインがわたしの好みにぴったりだ。
「ふふん、良いセンスでしょ。店でそれを見かけた瞬間、ナナシが着てる姿が真っ先に浮かんだのよ。それがもうめちゃくちゃにカワイくって! ナナシ以外が着るのは絶対ありえないって思ったのよ」
「そ、そう?」
そこまで考えて選んでくれたんだと思うと、ちょっと照れ臭い。でもその百倍嬉しい。
「ありがとうピンキーちゃん、一生大切にするね。……でも、こんなに良い物をもらっちゃうと、後から渡す身としてはちょっとプレッシャーかも~」
わたしもピンキーちゃんのために選りすぐりの一品を用意したつもりだ。だけどピンキーちゃんがくれたケープと釣り合うかどうかは自信がなくて、渡すつもりの箱をついテーブルの下に引っ込めてしまう。
「なに言ってんのよ、ナナシがあたいのために選んでくれた物ならなんだって嬉しいわよ。早く見せてちょうだい!」
「……じゃあ、わたしからピンキーちゃんへ。はい、どうぞ」
意を決して箱を渡すと、ピンキーちゃんは「わーい!」と喜んで受け取った。
……と思いきや、急に訝しげな顔になり、手にした箱をまじまじと眺め回す。トラップを検知する工作員さながらの目つきは、にわかに胸騒ぎを煽った。
「どうしたの? 何か不備でもあった?」
不安に駆られて尋ねるわたしを、ピンキーちゃんはイタズラっぽい目で一瞥する。
「実はナナシも何か仕掛けてたりして」
「…………」
杞憂でした。
「もう、どっかのピンクボム兵さんと一緒にしないでほしいな」
「ジョーダンジョーダン。じゃ、開けるわね」
ピンキーちゃんは箱を開けて中身を取り出した。途端に、大きな目が更に大きく見開かれる。
「これは……⁉」
「どうかな? 最近お肌の調子に納得いかないって悩んでたみたいだから、ぴったりかなって」
わたしからピンキーちゃんへのプレゼントは、ボム兵専用のちょっとレアなスキンケア用品だ。何とか酸とか、何とかオイルとか、よくわからない成分で構成されているけど、その効き目は「これ一本で水晶玉になれるボム」と美容家にお墨付きをいただくレベル。水晶玉という例えが丸い身体のボム兵ならではだ。
おまけにデザインもとっても可愛い。ボム兵を模した形の容器は、頭の円盤にあたる部分が蓋になっていて、使用後はそのまま小物入れにも流用できる。もちろんインテリアとして飾るのも有りだ。
人間のわたしでも思わず欲しくなるほどの魅力が詰まったそのアイテムは、お年頃のボム兵ガールの間ではもはや垂涎の的といっても過言でない。それはピンキーちゃんも例外でなく、パッケージを見つめる目は宝石のように輝いている。
「ありがとうありがとうナナシ! あんたは女神よ!」
「そこまで喜んでくれたならよかった」
導火線をピョコピョコ踊らせて喜ぶ姿が可愛くて、わたしもつられてにっこり笑う。
しばらくプレゼントを堪能すると、ふと窓の方を見た。ピンキーちゃんも同じように目を移す。やっぱり、考えていることは同じみたい。
「そろそろ時間じゃない?」
「そうだね、じゃあ行こっか」
わたしは椅子から立ち上がると、ピンキーちゃんにもらったケープを羽織った。
「あ、早速着てくれるのね」
「えへへ、せっかくピンキーちゃんがくれたんだもん」
上半身がふわふわになったわたしを眺め、ピンキーちゃんは満足そうに頷いた。
「うんうん、サイコーに似合ってるわ。やっぱりナナシは世界一カワイイわね!」
「せ、世界一って、さすがに大袈裟だよ」
「ちなみに二番目にカワイイのはあたいね」
「わあ、ちゃっかりしてるー」
口先では呆れるわたしだけど、心は羽が生えたように浮き立っていた。好きな子からのプレゼントを身に纏い、それを好きな子に可愛いと褒めてもらえたのだ。その相乗効果はウルトラキノコを食べても味わえない幸せをもたらしてくれる。
見送ってくれるキノピオさんに「いってきます」と手を振り、わたし達は弾む足取りでキノピオハウスを後にした。
外に出ると、忘れていた寒さが一気に押し寄せる。ちらちらと降る雪が顔に張り付き、冷たい痺れに身を震わせた。
「うう、寒い~……さっきまでの暖かさが幻に思えてきちゃうよ……」
「ナナシ、大丈夫?」
「大丈夫~。さっきとの温度差に慣れないだけだから。ピンキーちゃんがくれたケープがあればすぐあったかくなるよ」
ピンキーちゃんは得意げに顎を上げた。
「あたいのプレゼントが早速役に立ったってワケね!」
「ほんとだね。夏が来るまではこれ無しじゃ生きていけないかも」
ケープの肩周りに頬を寄せると、ふわふわの感触が気持ちいい。これならすぐに身体も温まりそうだ。
「……それにしても」
前方に目を向けると、目映い煌めきが視界を満たした。虹彩に押し寄せる光の波に心臓が騒ぎ、わたしは溜息を吐いて鼓動を鎮める。
「きれいだねー……」
「ねー……」
サムイサムイ村は毎年、クリスマスの時期になると村中にイルミネーションが施される。夜になると大規模に点灯する光は、村の景色を一瞬の間に別世界へと塗り替えるのだ。
漆黒の夜空、純白の雪景色、その境目を彩るイルミネーション。その美しさに魅了された観光客は後を絶たず、その証拠に村を行き交うのは住民のペンギン達だけでない。クリボーやノコノコなど様々な種も混じり、誰もが幻想的な世界に目を奪われていた。
わたしとピンキーちゃんは「わー」「きれいー」と感嘆を漏らしながら、様変わりした村の中を歩いていく。一歩一歩と視点が変わるたびに、違う輝きを見せる光。まるで命を宿しているかのように躍動する姿は、わたし達の心まで躍らせた。
「ナナシ、あそこ!」
ピンキーちゃんが示した先は、村の中心地。そこにはたくさんの光が寄り集まり、一つの像を形成していた。御神木のようにどんと佇む集合体は、遠目に見ても異彩を放ち、わたし達の足を吸い寄せていく。靴底にザクザクと響く雪の音は、徐々にリズムが速まっていた。
近づいて見上げた途端、わたし達は揃って高い声を上げた。
目の前に聳えるのは、天に届くほど巨大なクリスマスツリー。色とりどりの光を全身に纏った聖なる大樹は、宇宙までもを照らすような圧巻の輝きで周囲の心を奪っていた。頂点を飾る金の星も、本物の星のように瞬いている。
華やかで幻想的な冬のアート。キラキラと弾ける光の乱舞は雪が溶けてしまいそうなほどに眩しく、わたしは胸に手のひらを押し当てる。
「こんなに大きなクリスマスツリー、初めてだよ……なんだか中から妖精が飛び出してきそうだよね」
「ナナシって結構メルヘンな思考してるわよね。あたいにはマネできない発想だわ」
「だ、だって、こんなにロマンチックなんだもん。メルヘンな想像の一つや二つは浮かんでくるよ」
「確かにすごくロマンチックよね。けど……」
ピンキーちゃんはふと我に返ったような顔をした。
「こういう壮大な芸術を見るとさ……なんかこう、身体がウズウズするっていうか、バクハツでどかーんってしたい衝動に駆られるのよね」
「なっ⁉」
まさかの発言に面食らい、わたしは咄嗟にピンキーちゃんに抱き着いた。
「待って待って絶対ダメ! そんなことしたらお縄どころじゃ済まないよ!」
「もう、ナナシったら慌てすぎ。今のは単なるジョーダンよジョーダン」
「ピンキーちゃんが言うと冗談に聞こえないよー……」
「うふふふ、ゴメンゴメン」
「……なんか今日のピンキーちゃん、いつも以上に浮かれてない?」
プレゼント交換でイタズラした時といい、今日のピンキーちゃんはいつにも増してテンションが高い気がする。明るくて元気なピンキーちゃんとはいえ、いつもはこんなにふざける子じゃないのに。むしろふざける子にツッコミを入れる方が得意な姉御キャラだったはずだ。
わたしの疑問にピンキーちゃんは笑顔のまま答えた。
「だって、浮かれるに決まってるじゃない。ナナシと一緒に過ごすクリスマスなんだもの。一緒にいてこんなにはしゃげるのはナナシだけなんだから!」
クリスマスツリーが照らす笑顔には、抱えきれないほどの喜びや楽しさが溢れていた。その眩しさにわたしは呆気に取られ、すぐに口元を綻ばせる。こんなに幸せそうに笑われたら敵わない。
「もう、しょうがないなあ。……でも、わたしもピンキーちゃんと一緒にいる時間が一番楽しいよ」
振り回されるのも楽しいと思えるぐらいに、と言いかけて飲み込んだ。なんとなく恥ずかしいから。
「当然よね。あたいがナナシのこと大好きなのと同じぐらい、ナナシもあたいのことが大好きなんだから!」
「相変わらず大層な自信をお持ちですねえ」
でも、ピンキーちゃんの言ったことは嘘じゃない。わたし達はひとしきり笑い合い、前に向き直った。
クリスマスツリーは数拍置きに表情を変えていく。象徴的な緑に始まり、そこから燃える炎のような赤、氷のドレスを思わせる青、夜空に映えるオーロラのような銀と様々な色を見せ、最後は虹色に染まる。鮮やかに移り変わる色彩に誰もが足を止め、溜息混じりの歓声が細波となって響いていた。
隣をチラッと見て、わたしは息を呑む。
輝く世界というのは、もっと身近な場所──わたしのすぐ隣にもあった。
ボム兵には珍しい真っ黒な瞳。そこに映り込む小さなイルミネーションは、周囲のどの光よりも儚く揺れていて、だからこそ目が離せない。
溺れるように見つめていると、不意に視線がかち合った。
「どうしたの、急にあたいを見つめちゃって」
心臓がドキリと跳ねる。熱烈な眼差しを送り過ぎたみたいだ。
「あ、えーっと、綺麗だなって……」
「なになに、それって『イルミネーションよりキミの横顔の方がキレイだよ』ってヤツ? ナナシってばベタなんだから」
「ち、違うよ! そうじゃなくて、瞳がね……すごく綺麗だったの」
「瞳?」
ピンキーちゃんはわたしの瞳を覗き込む。
「あら、ほんとだわ。ナナシの瞳もとってもきれい」
真っ直ぐな視線に息が止まりそうになった。わたし達はそのまま何も言わず、互いの景色に見入る。
周囲の音は知らぬ間に遠のいていた。ピンキーちゃんは目を逸らさない。視線はどこまでも深く、海の底に手を伸ばすようにわたしの光を捉える。
耳の中がうるさい。自分の呼吸と鼓動の音だ。あまりにも強い視線にドキドキが止まらず、わたしは慌ててクリスマスツリーに目を戻した。
「ちょっと、なんで目逸らすのよ。こっち見なさいよ!」
「だって、その……恥ずかしくなってきちゃって」
「そっちが先に見つめてきたんじゃない。ナナシってばすぐ照れちゃって、カワイイー!」
「もう、からかわないでってば」
名残惜しい気持ちはあった。あのアクアリウムのように透明な光は、周囲のどのイルミネーションにもないから。
だけど今の視線はよくない。思い出すだけで心臓が高鳴り、全身を熱くさせる。クリスマスツリーはちょうど赤に染まっていた。まるで今のわたしみたいだ。
これなら当分寒さに困らない。聖夜はまだ始まったばかりだ。
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