◆短編
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「みてみてナナシー。どお? このかすみん」
休み時間の教室にて。
チャイムが鳴るなり、子犬のようにぱたぱたと駆け寄ってきて、私の席に飛びついたのは、クラスメイトのかすみちゃん。
視界の真ん中にずいっと突き出されたスマホの画面に、私は思わず釘付けになった。
「わあ、可愛い!」
そこに映っているのは、目の前にいるかすみちゃんと同じ女の子。
ただし身に纏っているのは制服ではなく、うさ耳フードの付いたふわふわのパジャマ。
ふわふわうさぎのかすみちゃんは、ベッドの上で女の子座りをし、ぎゅっと抱きしめた大きなうさぎのぬいぐるみに頬を擦り寄せ、被ったフードの下から上目遣いでこちらを見つめている。
その姿はまるで甘い砂糖菓子から生まれたかのように可愛くて、胸をキュンとさせてくれた。
「ふふーん、かわいさの暴力に参っちゃうでしょ! 何せ、かすみん秘蔵のスペシャルショットですからっ。ナナシだけに特別にお見せしちゃうよ〜」
「うん、ほんとにすっごく可愛い! 授業の疲れが一瞬で吹き飛んじゃったよー!」
ちろっと覗いている舌がまた、庇護欲を掻き立ててくれる。
あまりの可愛さに胸がくすぐったくなり、それを発散するように私はかすみちゃんを褒めちぎった。
「こんなに可愛いうさぎさんがいたら毎日なでなでして抱きしめてお菓子あげまくっちゃいそうー! もうほんと好きー!」
「でしょでしょ、かすみんラビットは世界一かわいくってプリティーでキュートな魅惑のうさちゃんだからね。目にした人はみーんな一瞬でメロメロの魔法にかかっちゃうんだよ〜」
私が褒めれば褒めるほど、かすみちゃんはフニャフニャと顔を緩ませたり、ピョコピョコと体を揺らしたりして、喜びをめいっぱいに表してくれる。
それがまた本当に小動物みたいで、可愛いくてたまらない。
「あとでナナシのスマホにも送っとくね!」
「ほんと? ありがとう!」
「にひひー、ナナシのスマホはかわいいかわいいかすみんウィルスに侵略されてるからね。この調子でどんどんかすみん成分で染めていっちゃうぞ〜」
スマホの陰からイタズラっぽい眼差しで煽られ、私は怖がる振りをした。
「えー、このまま征服されたらどうなっちゃうの?」
「さあ、どうなるでしょうね〜。そのうち持ち主の脳みそまでかすみんに染まっちゃったりして。そしたら寝ても覚めても永遠にかすみんのことしか考えられなくなっちゃうかも〜」
「きゃー、許してかすみん様ー!」
かすみちゃんは、とにかく可愛い物が大好きな女の子。
いつだって『かわいい』の追求に余念がない彼女は、こうしてよく、いろんな可愛いショットを惜しみなく見せては、私のフォルダを潤してくれるのだ。
そんなかすみちゃんに、私はいつも元気をもらっていた。
「ねえ、ところでさー」
「ん、なに?」
かすみちゃんは机にべったり伏せる姿勢でしゃがみ込み、上目遣いで尋ねた。
「ナナシはこういうかわいい服とか着ないの?」
「え、私?」
「ほら、ナナシもかすみんとおんなじで、かわいい物とか好きでしょ。この筆箱だってかわいいし」
そう言いながら、私の筆箱を手に取って眺め回す。
「なのに私服はすごーく地味じゃん。この前一緒に遊んだ時だって、黒一色の格好だったし」
無地の黒のトップスに紺のジーンズという、シンプルを極めた装いの私を思い出したのだろう。かすみちゃんの眉間に僅かな皺が寄っている。
そういえばあの日、待ち合わせ場所で対面した時も、ほんの一瞬だけ同じ顔をされたような……。
「確かに私も可愛い物は好きだけど……」
趣味でファンシーショップを巡ることも多いし、かすみちゃんが手に取っているその筆箱だって、彼女と一緒に回った店で一目惚れして買った物だ。
「でも私自身が可愛い格好をするのはさすがにキツイよ。私はかすみちゃんと違って地味で可愛くないし……」
かすみちゃんが着れば目の保養になるようなファンシー全開の服も、私が着ようものなら、モザイク必須の見苦しい絵面に成り下がってしまう。
そんな恐れを込めて否定すると、かすみちゃんは口をぽかーんと開き、信じられない物を見る目で私を凝視した。
「んな──なぁにを言ってるんですかぁー!」
「ひゃっ⁉︎」
飛びかかる勢いで身を乗り出され、頬をむんずと両手で挟まれる。
「ナナシだってこーんなにかわいいじゃん! 肌だってプニプニスベスベで、ずーっと触っていたいぐらいだし!」
「ひゃわ、か、かしゅみひゃん⁉︎」
「それなのに誰が地味で可愛くないだってぇ〜⁉︎ そんなことを言う連中はワンとしか言えない子犬になっちゃえばいいんですよー!」
息がかかるほどに顔を近づけて、頬をむにむに、さわさわ。なすがままに顔を撫で回され、私の口からは変な悲鳴ばかりが漏れてしまう。
あまりの急接近に頭が茹で上がりそうになった時、かすみちゃんはハッと手を離して身を引いた。
「ま、まあ、ナナシが着たくないって言うんなら別にいいんだけど。むしろ地味な格好でいてくれた方が、かわいいかすみんの引き立て役としてはありがたいしー……」
済ました風に笑いながら、いかにも悪女めいたセリフを吐くかすみちゃん。
だけど時折チラチラと送るその視線には、未練の気配が感じられて。
「……ふふ」
私はつい笑みをこぼした。
かすみちゃんは本当にわかりやすくて、そんなところもまた可愛い。
「かすみちゃんが可愛いって言ってくれるなら……私もちょっとだけ挑戦してみようかな」
「ほんとっ⁉︎」
かすみちゃんは目を輝かせて私に迫り、今度はぎゅっと両手を握ってくる。凄まじい食いつき様に、私は二度目の悲鳴を上げそうになった。
「じゃあじゃあ、今夜かすみん家に泊まりに来てよ。服飾同好会からいーっぱい衣装を借りて、一晩中ナナシを着せ替え人形にしてやるんだから!」
「え、今夜? 特に予定はないけど……」
「なら決定ー! ナナシの時間はかすみんワールドが乗っ取ってるからね、拒否権はないよ〜」
「えー⁉︎」
こちらの都合もお構いなしに、予定を勝手に決められてしまう。
だけど──
「ナナシにはどんな服が似合うかな〜。どうせならとびっきりかわいいのを着せたいし、ここはいっそロリータ系とか」
ルンルンと期待に体を躍らせるかすみちゃんを見ていると、戸惑いはあっという間に吹き飛んでいて。
「うん、いいよ。家族にもすぐ連絡しておくね」
「やったあー!」
笑顔で承諾した途端、机越しにガバッとハグされる。私はとうとう「ひゃあ⁉︎」と二度目の悲鳴を上げてしまった。
「ふふふー、これでナナシはかすみんのものだからね。今夜は寝かせませんよー」
ぎゅーっと閉じ込めるように腕を回し、頬を擦り合わせてくる。
「もう、かすみちゃんってば」
困ったふりをする私だけど、内心はかすみちゃんと同じぐらい──ううん、きっとそれ以上に浮かれていた。
自分の「かわいい」だけじゃなく、誰かの「かわいい」も全力で応援してくれる。
かすみちゃんと一緒なら、今まで恥ずかしくて着れなかった可愛い服も、自信を持って着れる気がしてきた。
「かすみちゃん、あーん」
おやつのチョコをつまんで差し出すと、かすみちゃんは顔を寄せて「はむっ」と口にする。
その拍子に柔らかいものが指先を掠め、心臓がドキッと跳ねた。
「ん〜、このチョコおいし〜! ナナシ、もっと食べさせてー」
「あ、うん! まだいっぱいあるよ」
慌てて次のチョコをつまみ、かすみちゃんの口に運んだ。
その間も柔らかい感触は、いつまでも人差し指から離れてくれない。
「服だけじゃなくて髪型もいろいろ試したいよねー。それからあとは〜」
かすみちゃんは気づいていないのか、ウキウキした様子で今夜に思いを馳せている。
私は熱を帯びた人差し指を、さりげなく自分の唇に持っていった。
── そのうち持ち主の脳みそまでかすみんに染まっちゃったりして。
口にした本人にとっては、三日後にはもう忘れているような、他愛のない冗談かもしれない。
ならば今、私の脳を侵している、じんじんと溶けるようなこの熱は──。
その正体はきっと、今夜の中に潜んでいる。
人差し指からは、そんな予感がした。
休み時間の教室にて。
チャイムが鳴るなり、子犬のようにぱたぱたと駆け寄ってきて、私の席に飛びついたのは、クラスメイトのかすみちゃん。
視界の真ん中にずいっと突き出されたスマホの画面に、私は思わず釘付けになった。
「わあ、可愛い!」
そこに映っているのは、目の前にいるかすみちゃんと同じ女の子。
ただし身に纏っているのは制服ではなく、うさ耳フードの付いたふわふわのパジャマ。
ふわふわうさぎのかすみちゃんは、ベッドの上で女の子座りをし、ぎゅっと抱きしめた大きなうさぎのぬいぐるみに頬を擦り寄せ、被ったフードの下から上目遣いでこちらを見つめている。
その姿はまるで甘い砂糖菓子から生まれたかのように可愛くて、胸をキュンとさせてくれた。
「ふふーん、かわいさの暴力に参っちゃうでしょ! 何せ、かすみん秘蔵のスペシャルショットですからっ。ナナシだけに特別にお見せしちゃうよ〜」
「うん、ほんとにすっごく可愛い! 授業の疲れが一瞬で吹き飛んじゃったよー!」
ちろっと覗いている舌がまた、庇護欲を掻き立ててくれる。
あまりの可愛さに胸がくすぐったくなり、それを発散するように私はかすみちゃんを褒めちぎった。
「こんなに可愛いうさぎさんがいたら毎日なでなでして抱きしめてお菓子あげまくっちゃいそうー! もうほんと好きー!」
「でしょでしょ、かすみんラビットは世界一かわいくってプリティーでキュートな魅惑のうさちゃんだからね。目にした人はみーんな一瞬でメロメロの魔法にかかっちゃうんだよ〜」
私が褒めれば褒めるほど、かすみちゃんはフニャフニャと顔を緩ませたり、ピョコピョコと体を揺らしたりして、喜びをめいっぱいに表してくれる。
それがまた本当に小動物みたいで、可愛いくてたまらない。
「あとでナナシのスマホにも送っとくね!」
「ほんと? ありがとう!」
「にひひー、ナナシのスマホはかわいいかわいいかすみんウィルスに侵略されてるからね。この調子でどんどんかすみん成分で染めていっちゃうぞ〜」
スマホの陰からイタズラっぽい眼差しで煽られ、私は怖がる振りをした。
「えー、このまま征服されたらどうなっちゃうの?」
「さあ、どうなるでしょうね〜。そのうち持ち主の脳みそまでかすみんに染まっちゃったりして。そしたら寝ても覚めても永遠にかすみんのことしか考えられなくなっちゃうかも〜」
「きゃー、許してかすみん様ー!」
かすみちゃんは、とにかく可愛い物が大好きな女の子。
いつだって『かわいい』の追求に余念がない彼女は、こうしてよく、いろんな可愛いショットを惜しみなく見せては、私のフォルダを潤してくれるのだ。
そんなかすみちゃんに、私はいつも元気をもらっていた。
「ねえ、ところでさー」
「ん、なに?」
かすみちゃんは机にべったり伏せる姿勢でしゃがみ込み、上目遣いで尋ねた。
「ナナシはこういうかわいい服とか着ないの?」
「え、私?」
「ほら、ナナシもかすみんとおんなじで、かわいい物とか好きでしょ。この筆箱だってかわいいし」
そう言いながら、私の筆箱を手に取って眺め回す。
「なのに私服はすごーく地味じゃん。この前一緒に遊んだ時だって、黒一色の格好だったし」
無地の黒のトップスに紺のジーンズという、シンプルを極めた装いの私を思い出したのだろう。かすみちゃんの眉間に僅かな皺が寄っている。
そういえばあの日、待ち合わせ場所で対面した時も、ほんの一瞬だけ同じ顔をされたような……。
「確かに私も可愛い物は好きだけど……」
趣味でファンシーショップを巡ることも多いし、かすみちゃんが手に取っているその筆箱だって、彼女と一緒に回った店で一目惚れして買った物だ。
「でも私自身が可愛い格好をするのはさすがにキツイよ。私はかすみちゃんと違って地味で可愛くないし……」
かすみちゃんが着れば目の保養になるようなファンシー全開の服も、私が着ようものなら、モザイク必須の見苦しい絵面に成り下がってしまう。
そんな恐れを込めて否定すると、かすみちゃんは口をぽかーんと開き、信じられない物を見る目で私を凝視した。
「んな──なぁにを言ってるんですかぁー!」
「ひゃっ⁉︎」
飛びかかる勢いで身を乗り出され、頬をむんずと両手で挟まれる。
「ナナシだってこーんなにかわいいじゃん! 肌だってプニプニスベスベで、ずーっと触っていたいぐらいだし!」
「ひゃわ、か、かしゅみひゃん⁉︎」
「それなのに誰が地味で可愛くないだってぇ〜⁉︎ そんなことを言う連中はワンとしか言えない子犬になっちゃえばいいんですよー!」
息がかかるほどに顔を近づけて、頬をむにむに、さわさわ。なすがままに顔を撫で回され、私の口からは変な悲鳴ばかりが漏れてしまう。
あまりの急接近に頭が茹で上がりそうになった時、かすみちゃんはハッと手を離して身を引いた。
「ま、まあ、ナナシが着たくないって言うんなら別にいいんだけど。むしろ地味な格好でいてくれた方が、かわいいかすみんの引き立て役としてはありがたいしー……」
済ました風に笑いながら、いかにも悪女めいたセリフを吐くかすみちゃん。
だけど時折チラチラと送るその視線には、未練の気配が感じられて。
「……ふふ」
私はつい笑みをこぼした。
かすみちゃんは本当にわかりやすくて、そんなところもまた可愛い。
「かすみちゃんが可愛いって言ってくれるなら……私もちょっとだけ挑戦してみようかな」
「ほんとっ⁉︎」
かすみちゃんは目を輝かせて私に迫り、今度はぎゅっと両手を握ってくる。凄まじい食いつき様に、私は二度目の悲鳴を上げそうになった。
「じゃあじゃあ、今夜かすみん家に泊まりに来てよ。服飾同好会からいーっぱい衣装を借りて、一晩中ナナシを着せ替え人形にしてやるんだから!」
「え、今夜? 特に予定はないけど……」
「なら決定ー! ナナシの時間はかすみんワールドが乗っ取ってるからね、拒否権はないよ〜」
「えー⁉︎」
こちらの都合もお構いなしに、予定を勝手に決められてしまう。
だけど──
「ナナシにはどんな服が似合うかな〜。どうせならとびっきりかわいいのを着せたいし、ここはいっそロリータ系とか」
ルンルンと期待に体を躍らせるかすみちゃんを見ていると、戸惑いはあっという間に吹き飛んでいて。
「うん、いいよ。家族にもすぐ連絡しておくね」
「やったあー!」
笑顔で承諾した途端、机越しにガバッとハグされる。私はとうとう「ひゃあ⁉︎」と二度目の悲鳴を上げてしまった。
「ふふふー、これでナナシはかすみんのものだからね。今夜は寝かせませんよー」
ぎゅーっと閉じ込めるように腕を回し、頬を擦り合わせてくる。
「もう、かすみちゃんってば」
困ったふりをする私だけど、内心はかすみちゃんと同じぐらい──ううん、きっとそれ以上に浮かれていた。
自分の「かわいい」だけじゃなく、誰かの「かわいい」も全力で応援してくれる。
かすみちゃんと一緒なら、今まで恥ずかしくて着れなかった可愛い服も、自信を持って着れる気がしてきた。
「かすみちゃん、あーん」
おやつのチョコをつまんで差し出すと、かすみちゃんは顔を寄せて「はむっ」と口にする。
その拍子に柔らかいものが指先を掠め、心臓がドキッと跳ねた。
「ん〜、このチョコおいし〜! ナナシ、もっと食べさせてー」
「あ、うん! まだいっぱいあるよ」
慌てて次のチョコをつまみ、かすみちゃんの口に運んだ。
その間も柔らかい感触は、いつまでも人差し指から離れてくれない。
「服だけじゃなくて髪型もいろいろ試したいよねー。それからあとは〜」
かすみちゃんは気づいていないのか、ウキウキした様子で今夜に思いを馳せている。
私は熱を帯びた人差し指を、さりげなく自分の唇に持っていった。
── そのうち持ち主の脳みそまでかすみんに染まっちゃったりして。
口にした本人にとっては、三日後にはもう忘れているような、他愛のない冗談かもしれない。
ならば今、私の脳を侵している、じんじんと溶けるようなこの熱は──。
その正体はきっと、今夜の中に潜んでいる。
人差し指からは、そんな予感がした。
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