●プロローグ パン工場のみんなと。
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……と、そんなわけで。今はここでお世話になっているのです。
アンパンマンも、ジャムおじさんも、バタコさんも、み〜んな優しいし。
チーズはやんちゃだけど、とってもいい子だし。
毎日おいしいご飯が食べられて、あったかい布団で寝られるし。
家族がいなくても、ぜーんぜん寂しくありません。むしろ今のわたしにとっては、パン工場のみんなが家族のようなもの。
だから、毎日が幸せなのです。
「はぁ〜、満足満足〜」
朝ごはんを食べ終え、すっきり片付いたテーブルにぐでーっと突っ伏します。
「ナナシちゃんは今日、何をして過ごすの?」
バタコさんが洗い物をしながら尋ねます。釜戸ではジャムおじさんが町の人達に配るパンを焼いていました。
「う〜ん、そうですね〜……今日も一日中ここでダラダラしてようかと」
「もう、ナナシちゃん。昨日もおとといもそう言ってずっとダラダラしてなかったかしら」
「アーン」
バタコさんは苦笑し、チーズも呆れたように半目になります。
「あはは、ナナシちゃんは相変わらずマイペースだね」
笑うアンパンマンに、わたしは「えっへん」とドヤ顔。
「何事にも縛られないのがナナシちゃんの生き方ですから〜」
「だけどナナシちゃん、今日はそうは言ってられないかもしれないよ」
どこかイタズラっぽい調子でジャムおじさんが言い、釜戸をオープンしました。
取り出された鉄板の上には、きつね色のバターロールが整然と並んでいます。ふわふわと押し寄せる湯気が、焼き立ての香ばしい匂いを運んできました。
「おお〜、いい匂いですね〜。ところでジャムおじさん、さっきの意味って──」
わたしが尋ねかけた時でした。
「ごめんくださーい!」
快活な声と共に、玄関のドアが開く音。
振り返ると、そこに立っていたのは──
「げげっ……」
訪問者の顔を見た瞬間、思わず苦い声が漏れます。
「おいおい。げげっとはなんだ、げげっとは。おれが来ちゃ悪いのかよ?」
不服そうにつかつかと歩み寄るのは──黄色いマントのカレーパンマン。
「わたしも来てますよー!」
「やっほー、ナナシちゃーん!」
「ナナシちゃん、さっそくカレーパンマンに怒られてるー」
しょくぱんまんに、メロンパンナに、クリームパンダ。他のパンも続々と顔を出し、工房はあっという間にぎゅうぎゅう詰めになりました。
急な展開についていけず、おろおろするわたし。
「ひえぇ……ジャムおじさん、これはどういうことですか〜」
「今日は彼らが手伝いに来てくれる日なんだよ。パンの配達をね」
「そ、そんなの聞いてません〜……」
「あっはは、確か朝ごはんを食べてる時に伝えたんだけどねぇ」
「どーせ話聞いてなかったんだろ、ったく」
カレーパンマンはうんざりと腕を組み、畳み掛けるように詰め寄ってきます。
「まさかおまえ、今日も手伝いをサボる気じゃねえだろうな? ジャムおじさんやバタコさんが優しいからって、いつまでも甘ったれてんじゃねーぞ!」
「うぅ……」
相変わらず容赦のない辛口攻撃に、わたしは縮こまりました。
カレーパンマンは悪い人じゃないけど、厳しいからちょっと苦手です。
「助けてバタコさ〜ん。こわいお兄さんがいたいけな女の子をいぢめるんです〜……」
涙目で縋るわたしに、バタコさんは「あらあら」と困り笑い。
「いじめるとは人聞きわりぃな。おまえがやる気なさそうにダラ〜っとしてるから、こうしてピリッと活を入れてやってんだろ!」
「まあまあ、そこまでにしましょうよ。カレーパンマン」
そう宥めるのはしょくぱんまん。
「あまり言い過ぎるとナナシちゃんが可哀想ですよ。女の子にはもっと優しい言葉をかけてあげないと」
「しょくぱんまんはナナシちゃんを甘やかし過ぎなんだっつーの!」
「いえいえ、しょくぱんまんはなーんにも間違ってませんよ。もっと言ってやってくださ〜い」
わたしは白いヒーローにふれふれとエールを送りました。紳士的なしょくぱんまんは、いつだって女の子の味方だから安心です。
「ほらな。女だからって甘やかすと、すぐこうやってつけ上がるんだからよぉ、こいつァ」
呆れ果てたように両手を上げるカレーパンマン。
「もぉー、ナナシちゃんは相変わらずだらしないんだなぁ。これならぼくの方がずーっとしっかりしてるもんねー!」
クリームパンダに勝ち誇った顔で言われ、わたしはムッと眉を寄せます。
「そんなことないですよ〜。わたしだって本気を出せば、それなりに人の役に立つことだって〜」
「そうかそうか、なら今から本気出せ。せっかく居候させてもらってんだから、ちったぁパン工場のために働けっつーの」
「わたしのやる気には波があるんです。今はまだその時じゃないんですよ〜」
「だー、ああ言えばこう言う!」
カレーパンマンとやいやい言い合っていると、ふわりと甘い風が頬をくすぐりました。
「ナナシちゃん、ファイト」
とろけるメロンのような声が、頭の芯に響きます。
それは、寄り添うようにわたしの傍に来た彼女のものでした。
「メロンパンナ……」
目を合わせると、メロンパンナはにっこりと笑います。
「今日はあたしもついてるから、一緒にがんばろ!」
背中に触れるのは、あたたかくて小さな手。
「あたしはナナシちゃんと一緒がいいな! その方がもっと楽しいし、せっかく会えたのにすぐお別れなんてイヤだもの。だから、ねっ、行きましょーよ!」
あたたかい眼差しに、あたたかい言葉。
それは、わたしの心を動かす魔法でした。
「……メロンパンナがそう言うなら、今日はナナシちゃん、頑張ってみます〜」
ガッツポーズで応えると、メロンパンナは「わーい!」とわたしに抱き着きました。
「昨日ね、すっごくきれいなお花畑を見つけたの。ナナシちゃんにも見せたいから、パンの配達が終わったら案内してあげる!」
「おお、いいですね〜。お花畑に着いたら一緒にお昼寝しましょう〜」
「うん、楽しみにしてて!」
お花畑に囲まれて、メロンパンナとのんびりお昼寝。
想像するだけで、心が陽だまりのようにほんわかします。
……うん。なんだかやる気が出てきました。
「すげえ……あのナナシちゃんにこうも簡単に火をつけるなんてよぉ」
「ナナシちゃんってメロンパンナおねえちゃんには弱いんだあ……」
カレーパンマンとクリームパンダが感心したように目を見張ります。
「おお、お二人の間には、まるで宝石のように固く、誰にも割って入れない絆があるのですね。なんと美しい!」
天井を仰いで賛美するしょくぱんまん。
「ふふ、ナナシちゃんがやる気になったならよかった」
微笑ましそうにアンパンマンが笑い。
「それじゃあバタコ、チーズ。わたし達も出発の準備をしよう」
「ええ」
「アン!」
ジャムおじさん、バタコさん、チーズがアンパンマン号の準備に入り。
こうして今日も、一日が始まるのでした──。
いつだって、雲のように、気まぐれに。
これは、そんなマイペースなわたしの日常です。
アンパンマンも、ジャムおじさんも、バタコさんも、み〜んな優しいし。
チーズはやんちゃだけど、とってもいい子だし。
毎日おいしいご飯が食べられて、あったかい布団で寝られるし。
家族がいなくても、ぜーんぜん寂しくありません。むしろ今のわたしにとっては、パン工場のみんなが家族のようなもの。
だから、毎日が幸せなのです。
「はぁ〜、満足満足〜」
朝ごはんを食べ終え、すっきり片付いたテーブルにぐでーっと突っ伏します。
「ナナシちゃんは今日、何をして過ごすの?」
バタコさんが洗い物をしながら尋ねます。釜戸ではジャムおじさんが町の人達に配るパンを焼いていました。
「う〜ん、そうですね〜……今日も一日中ここでダラダラしてようかと」
「もう、ナナシちゃん。昨日もおとといもそう言ってずっとダラダラしてなかったかしら」
「アーン」
バタコさんは苦笑し、チーズも呆れたように半目になります。
「あはは、ナナシちゃんは相変わらずマイペースだね」
笑うアンパンマンに、わたしは「えっへん」とドヤ顔。
「何事にも縛られないのがナナシちゃんの生き方ですから〜」
「だけどナナシちゃん、今日はそうは言ってられないかもしれないよ」
どこかイタズラっぽい調子でジャムおじさんが言い、釜戸をオープンしました。
取り出された鉄板の上には、きつね色のバターロールが整然と並んでいます。ふわふわと押し寄せる湯気が、焼き立ての香ばしい匂いを運んできました。
「おお〜、いい匂いですね〜。ところでジャムおじさん、さっきの意味って──」
わたしが尋ねかけた時でした。
「ごめんくださーい!」
快活な声と共に、玄関のドアが開く音。
振り返ると、そこに立っていたのは──
「げげっ……」
訪問者の顔を見た瞬間、思わず苦い声が漏れます。
「おいおい。げげっとはなんだ、げげっとは。おれが来ちゃ悪いのかよ?」
不服そうにつかつかと歩み寄るのは──黄色いマントのカレーパンマン。
「わたしも来てますよー!」
「やっほー、ナナシちゃーん!」
「ナナシちゃん、さっそくカレーパンマンに怒られてるー」
しょくぱんまんに、メロンパンナに、クリームパンダ。他のパンも続々と顔を出し、工房はあっという間にぎゅうぎゅう詰めになりました。
急な展開についていけず、おろおろするわたし。
「ひえぇ……ジャムおじさん、これはどういうことですか〜」
「今日は彼らが手伝いに来てくれる日なんだよ。パンの配達をね」
「そ、そんなの聞いてません〜……」
「あっはは、確か朝ごはんを食べてる時に伝えたんだけどねぇ」
「どーせ話聞いてなかったんだろ、ったく」
カレーパンマンはうんざりと腕を組み、畳み掛けるように詰め寄ってきます。
「まさかおまえ、今日も手伝いをサボる気じゃねえだろうな? ジャムおじさんやバタコさんが優しいからって、いつまでも甘ったれてんじゃねーぞ!」
「うぅ……」
相変わらず容赦のない辛口攻撃に、わたしは縮こまりました。
カレーパンマンは悪い人じゃないけど、厳しいからちょっと苦手です。
「助けてバタコさ〜ん。こわいお兄さんがいたいけな女の子をいぢめるんです〜……」
涙目で縋るわたしに、バタコさんは「あらあら」と困り笑い。
「いじめるとは人聞きわりぃな。おまえがやる気なさそうにダラ〜っとしてるから、こうしてピリッと活を入れてやってんだろ!」
「まあまあ、そこまでにしましょうよ。カレーパンマン」
そう宥めるのはしょくぱんまん。
「あまり言い過ぎるとナナシちゃんが可哀想ですよ。女の子にはもっと優しい言葉をかけてあげないと」
「しょくぱんまんはナナシちゃんを甘やかし過ぎなんだっつーの!」
「いえいえ、しょくぱんまんはなーんにも間違ってませんよ。もっと言ってやってくださ〜い」
わたしは白いヒーローにふれふれとエールを送りました。紳士的なしょくぱんまんは、いつだって女の子の味方だから安心です。
「ほらな。女だからって甘やかすと、すぐこうやってつけ上がるんだからよぉ、こいつァ」
呆れ果てたように両手を上げるカレーパンマン。
「もぉー、ナナシちゃんは相変わらずだらしないんだなぁ。これならぼくの方がずーっとしっかりしてるもんねー!」
クリームパンダに勝ち誇った顔で言われ、わたしはムッと眉を寄せます。
「そんなことないですよ〜。わたしだって本気を出せば、それなりに人の役に立つことだって〜」
「そうかそうか、なら今から本気出せ。せっかく居候させてもらってんだから、ちったぁパン工場のために働けっつーの」
「わたしのやる気には波があるんです。今はまだその時じゃないんですよ〜」
「だー、ああ言えばこう言う!」
カレーパンマンとやいやい言い合っていると、ふわりと甘い風が頬をくすぐりました。
「ナナシちゃん、ファイト」
とろけるメロンのような声が、頭の芯に響きます。
それは、寄り添うようにわたしの傍に来た彼女のものでした。
「メロンパンナ……」
目を合わせると、メロンパンナはにっこりと笑います。
「今日はあたしもついてるから、一緒にがんばろ!」
背中に触れるのは、あたたかくて小さな手。
「あたしはナナシちゃんと一緒がいいな! その方がもっと楽しいし、せっかく会えたのにすぐお別れなんてイヤだもの。だから、ねっ、行きましょーよ!」
あたたかい眼差しに、あたたかい言葉。
それは、わたしの心を動かす魔法でした。
「……メロンパンナがそう言うなら、今日はナナシちゃん、頑張ってみます〜」
ガッツポーズで応えると、メロンパンナは「わーい!」とわたしに抱き着きました。
「昨日ね、すっごくきれいなお花畑を見つけたの。ナナシちゃんにも見せたいから、パンの配達が終わったら案内してあげる!」
「おお、いいですね〜。お花畑に着いたら一緒にお昼寝しましょう〜」
「うん、楽しみにしてて!」
お花畑に囲まれて、メロンパンナとのんびりお昼寝。
想像するだけで、心が陽だまりのようにほんわかします。
……うん。なんだかやる気が出てきました。
「すげえ……あのナナシちゃんにこうも簡単に火をつけるなんてよぉ」
「ナナシちゃんってメロンパンナおねえちゃんには弱いんだあ……」
カレーパンマンとクリームパンダが感心したように目を見張ります。
「おお、お二人の間には、まるで宝石のように固く、誰にも割って入れない絆があるのですね。なんと美しい!」
天井を仰いで賛美するしょくぱんまん。
「ふふ、ナナシちゃんがやる気になったならよかった」
微笑ましそうにアンパンマンが笑い。
「それじゃあバタコ、チーズ。わたし達も出発の準備をしよう」
「ええ」
「アン!」
ジャムおじさん、バタコさん、チーズがアンパンマン号の準備に入り。
こうして今日も、一日が始まるのでした──。
いつだって、雲のように、気まぐれに。
これは、そんなマイペースなわたしの日常です。