●鉄火のマキちゃんとコマキちゃんと。
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……………………。
「…………へ?」
わたしは冷や水を浴びせられたように固まりました。
失格。
しっかく。
SIKKAKU──。
キッパリと下された判定が、冷えた頭に反響します。
「そんなぁ、失格ってどうしてさ! まだ一口も食べてないじゃないか! むしろここからが決めどころだってのにー!」
コマキちゃんがすかさず不平を叫び、その声で我に返ったわたしも同調します。
「そうですよ、どういうことですか、マキちゃん〜!」
せっかくの渾身の自信作が、手つかずのまま跳ね除けられるなんて。
(なんだか、裏切られた気分です……!)
厳しく腕を組んだマキちゃんに、声をそろえて異議申し立てをするわたしたちだけど。
「二人とも味以前の問題なんだ」
マキちゃんはバッサリと切り捨てて、真っ黒な瞳をコマキちゃんに向けました。
「まず、コマキちゃん。アンタは早さは文句なしだけど、作り方がとにかく雑すぎ」
「うぐっ」
言葉に詰まるコマキちゃんに、マキちゃんはスパスパと竹を割る勢いでダメ出しをしていきます。
「お酢はドバドバ入れるし、混ぜ方や巻き方も乱暴で、形もボロボロじゃないか。これじゃあお客さんも見ただけで食欲をなくしちまうよ」
「そんなにひどいんですか? どれどれ〜……」
隣を覗き、わたしは「わぁ……」と絶句します。
コマキちゃん作の鉄火巻きは、マキちゃんの言う通り、見た目からして食べられる代物じゃありませんでした。
形がグチャグチャに崩れている上、とんでもない量のお酢を入れたようで、ごはんがベチョベチョのテカテカに濡れ光っています。ボロ布のように破れたノリも相まって、その有りさまはまるで海岸に打ち上げられた死骸のようです。
……これは、口に運ぶだけでも戦場に赴くレベルの覚悟が必要でしょう。もはや食事というより度胸試し向けの一品です。
(どうりで豪快な音がしたワケです〜……)
あの滝のようなドバドバ音も、銃撃戦のようなダンダン音も、気のせいじゃなかったんですね。
「コマキちゃん、話が違うじゃないですか。あんなに大見得を切っておいて、これはないですよ〜!」
わたしは思わず文句を吐いてしまいました。
「たしかに見た目はアレだけど……でも、あたいの鉄火巻きは味で勝負なんだい!」
そう言って、なおも粘ろうとするコマキちゃんだけど。
「あんなにお酢を注いだらお酢の味しかしないよ。これじゃあ鉄火巻きとは呼べないね。コマキちゃんはまず基本からやり直し」
マキちゃんの辛口評価がワサビのようにツンと効いたみたいで。
「うぅ、またダメかぁ……」
ようやく失格を受け入れたコマキちゃんは、しょんぼりと項垂れました。
「はやくマキおねえちゃんみたいにおいしい鉄火巻きを作れるようになりたいのになぁ……」
頭の鉄火巻きもくたりと垂れ下がり、断面を晒しています。
……あまりの落ちこみように、なんだか見ているこっちまで胸が痛んできました。
(コマキちゃんは本当にマキちゃんが大好きなんですね〜)
そう思うと、彼女を責めてしまったことが申し訳なくなり、痛みの中にちょっぴり後悔が混ざります。
「……だけどマキちゃん。それならわたしはなぜ失格なんですか〜?」
わたしの作った鉄火巻きは、見た目に関しては非の打ち所がありません。
ならばあとは味で全てが決まるはずなのに、マキちゃんは味以前の問題とのこと。
いったいなぜでしょう?
真っ黒な視線をわたしに移して、マキちゃんは答えます。
「ナナシちゃんは、とにかく遅すぎ」
「……遅すぎ〜?」
いまいち実感の湧かない答えに、首を傾げるわたしですが。
「そうだよ! やっぱりマキおねえちゃんもそう思うよね⁉︎」
コマキちゃんがシャキッと顔を上げて同意しました。獲物の匂いを嗅ぎつけた獅子のように、すさまじい食いつきっぷりです。
「ナナシちゃんってば、ほんっとーーに作るのが遅くて遅くって、あたいもう待ちくたびれてイライラしてウガーってなったんだからー!」
さっきまでのしおらしさは見る影もなく、元気に地団駄を踏んで苛立ちを叫ぶコマキちゃん。頭の鉄火巻きもツノのようにピーンと屹立し、不満を主張しています。
……文句をぶつけられるのは、お互いさまだからいいとして。
「でもそれはコマキちゃんがせっかちさんなだけでは〜? 確かにちょっとお待たせしちゃったかな〜、とは思いますけど……」
「いいや、ちょっとどころじゃないね。アタイの目から見てもアンタは間違いなく遅い」
「うぐっ……」
マキちゃんにスパッと両断され、あえなく黙らされるわたしでした。コマキちゃんが「ほらみろ!」と威張ります。
「作り方はほぼ間違ってないさ。だけど一つ一つの作業にムダな時間をかけすぎ。ていねいなのはけっこうだけど、それでノロノロと完成を延ばすばかりじゃあ本末転倒だ。おすしは鮮度が命だからね」
「そんなぁ……」
とにかくていねいに作るのが大事だと思っていたわたしにとって、あまりにも耳の痛い言葉です。
「それに、お客さんもあまり待たされたら機嫌を悪くしちまうだろう? まさに今のコマキちゃんみたいにね。ナナシちゃんはマイペースだから自覚がないかもしれないけど、誰もがアンタみたいにのんびり待ってくれるわけじゃないんだ」
「なるほど〜……」
マキちゃんのくれたアドバイスが、身に染みます。
わたしはのんびり屋さんなので、待たされることを苦には思いません。だから時間もぜんぜん気にしてませんでした。
だけど世の中には、コマキちゃんみたいなせっかちさんや、マキちゃんみたいな忙しい働き者さんだってたくさんいます。
わたしは改めて、自分の作った鉄火巻きを眺めました。
こうして見ると、見た目は本当によくできています。
ですが……こんなにも美しい出来栄えなのに、どれだけ眺めても、おいしそう、とは思えません。
それも当然です。美しい見た目の裏側にあるのは、とても美しいとはいえない下心や見栄ばかり。
わたしの作る鉄火巻きは、食べる人の心に寄り添えていない、身勝手な気持ちの塊だったのです。
「とにかく二人は、もっと食べる相手の気持ちを考えないとダメだ」
マキちゃんは諭すような目で、わたしとコマキちゃんを交互に見ます。
「てばやくおいしく、がマキちゃん流の鉄火巻きだからね。お客さんに気持ちよく食べてもらうこと。それを常に肝に銘じておくことが、何よりも大事だよ!」
そう言って厳しい表情を解くと、最後は爽やかな笑顔で締めたのでした。
「……やっぱりマキちゃんには敵わないです〜」
わたしは深いため息と共に肩をすくめました。
マキちゃんの言ったことは簡単なことではありません。
早く作ろうとすると見た目や味がおろそかになるし、おいしく作ろうとすると時間がかかります。板挟みの条件とうまく折り合いをつけるのは、マイペースなわたしには至難の業です。
「鉄火巻きというのは一筋縄じゃないんですね〜」
「うん……そう思うと、マキおねえちゃんってやっぱりすごいや」
コマキちゃんが感慨深げに呟きました。つぶらな瞳はキラキラと憧憬の色に輝いています。
「マキおねえちゃんの鉄火巻きは、はやいし、おいしいし、食べると幸せな気持ちでいっぱいになるんだもん! あたい、やっぱりマキおねえちゃんの鉄火巻きが世界でいちばんダーイスキ!」
ひたむきな叫びに、わたしもつられて口元を綻ばせます。
「ですよね、わたしももっとマキちゃんが好きになりました〜」
わたしとコマキちゃんは顔を合わせて笑いました。
思えばマキちゃんはいつもそうです。
どんなに忙しくキビキビ働いている時でも、人を思いやる気持ちを決して忘れない。
本当にすごい人なんだと、改めて実感させられます。
「よぉし! あたい、もっともっと修行して、マキおねえちゃん流を身につけるぞー!」
「お〜、コマキちゃん燃えてますね〜」
「あはは、何はともあれ、この勝負を機に二人が仲良くなれたんならよかったよ」
照れながら笑うマキちゃんに、わたしは「はて?」と目を丸くします。
「勝負なんてしてましたっけ〜?」
「忘れたのかい? もともとアンタら二人が、アタイの妹の座がどうのこうので始めたことじゃないか」
「あーー! そうだったーー!」
ハッとして叫ぶコマキちゃんに、マキちゃんは「アンタもかい」と呆れたご様子。
わたしもコマキちゃんも、マキちゃんのアドバイスに耳を傾けるうちに、いつの間にかお互いの中に燃えていた競争心が立ち消えていたようです。
「そういえば失格とか言われましたね〜」
「あたいもナナシちゃんも失格だから……つまり、引き分けってこと?」
「そういうことになるね」
マキちゃんに言われて、コマキちゃんは考えこむように視線を落としました。
「そっかー。引き分けかぁー……」
自分のと、わたしの、それぞれの作った鉄火巻きを見比べて。
「ま、いっか!」
吹っ切れたように、ニパッと笑いました。
「ナナシちゃん!」
コマキちゃんはわたしに向き直り、ビシッとまきすを突きつけます。