短編
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「本当に、いいの?」
そう問いかけたのは、ライムグリーン色の髪の毛が腰の辺りまである女性だった。
その女性の目の前には、手を繋ぎ合った二人の少女がいた。二人は背丈も年頃も同じくらいで東洋系の顔立ちをしていた。
二人の少女はお互いに顔を見合わせて、同時にこくりと小さく頷いた。
「
白、と呼ばれたのは、黒い髪の毛をポニーテールにした青い瞳を持つ少女。表情のない顔が印象的だった。
「お兄ちゃんには、何も知らないままでいて欲しいから」
白の顔は無表情のままだったが、お兄ちゃん、と言ったその声にはどこか温かさが感じられた。
問いかけた女性は少し寂しそうな顔をして「そっか」と呟き、それ以上は何も言わずに、もう一人の少女の方を向く。
「あなたも、本当に……いいの?」
コードネームを呼ばれたのは、黒髪に緑の瞳を持つもう片方の少女だった。少女はしっかりと女性の目を見て、小さく頷いた。
「全て覚悟の上でこの計画に乗ったんですから」
決意を固めたその眼差しに、女性はもう何も言わなかった。
「アンバーは、いいんですか?」
今度は逆に少女がそう問うと、アンバーと呼ばれた女性は、その質問には何も答えずに、にっこりと綺麗に笑った。
「さぁ、始めようか」
そう言って、アンバーがポケットから丸く平べったい硝子の欠片のような物を取り出して、そのまま白の目の前へ差し出した。
白が躊躇いもなくその物質に手を置いたその瞬間、そこから一気に光があふれ出し、目の前が真っ白になった。
「ばいばい」
光の渦の中でそんな声が聞こえたような気がした。
***
「………ゆめ」
アリアはぽつりとそう呟いて、ベッドの上で体を起こした。深く眠り込んでいたせいか、妙に頭が重くてベッドから立ち上がるのが面倒くさい。もう断片的にしか覚えていないが、何だかやけに現実的な夢を見ていたような気がする。まるで過去に本当にあった
ことのような…。そう考えてアリアはその考えを振り切るように、髪を掻き上げ頭を振った。
(わからない…何も思い出せない…)
アリアには過去の記憶が無かった。
5年前、アリアは記憶のない状態でイギリスの片田舎にある孤児院のシスターに拾われた。拾われたときは体中傷だらけでボロボロの瀕死状態だったのだと、後でシスターから聞かされた。
なぜそんな状態になっていたのか、なぜそんな所で倒れていたのか、自分は誰なのか、何も思い出せないアリアにシスターも孤児院の子供達も優しく接してくれて、そこでの時は穏やかに流れていった。
だが、その一年後、孤児院での生活にも慣れてきたアリアの元へ、突然ある一人の男が訪れて、転機を迎えることとなった。
「やっとお目覚めかな?お嬢さん」
アリアがその男との出会いを思い出していたら、やわらかく低い声が掛かった。その方向へ目を向けると、いつのまにか寝室の扉が開いていて、そこには思い出と変わらない、相変わらずの白いスーツに身を包んだ、金髪碧眼の男性が立ってきた。
「ノーベンバー」
その男の名前を呼ぶ。
もちろん、ノーベンバーというのは本名ではない。“ジャック・サイモン”という、彼のもう一つの呼び名もあるが、これもまた本名ではないことは分かっているので、アリアは好きな方で呼んでいる。
アリアは先程までの気怠さを放り投げて、ベッドから立ち上がり、ノーベンバーの胸元に甘えるようにぎゅっと抱きついた。ノーベンバーもそんな彼女を優しく抱きしめて、愛おしげに頭を撫でてから額に唇を寄せた。
「おかえりなさい。今回の任務は早く終わったんですね」
「少々手間取ったがね。君の顔が早く見たくて急いで戻ってきたんだ」
「うそつき」
アリアがくすくすと笑いながら冗談めかしてそう言うと、ノーベンバーは「本当だよ」と少し困ったような顔をして、もう一度額に、そして鼻先に、頬に、唇に、啄むようなキスを落とした。くすぐったくてその腕から逃れようとするアリアを強く抱きしめて閉じこめる。
その温かさに心が満たされるのと同時に不安に駆られる。彼は契約者。契約者は嘘吐きだ。そして、彼等は基本的に合理的判断の元でしか行動しない、冷静冷酷な人間だということをアリアは知っている。
そして、自分もまた、そんな契約者の中の一人だということもアリアは分かっていた。
だが、今の自分には契約者としての感情はなく、合理的判断もできなければ、冷静に人を殺すこともできない。
ただ、契約者の能力を持っただけの一人の少女だった。
優しい腕の中でアリアはもう一度ノーベンバーとの出会いを思い出していた。
「君を迎えに来た」
彼は開口一番そう言った。
白いスーツにキラキラ輝く金髪。そしてその手にはなぜだか赤い薔薇の花束が握られていて、アリアは何が何だか分からずにポカンと彼を見つめていた。
彼が去った後は、孤児院の子供達が「王子様がアリアちゃんを迎えに来た!」と大騒ぎだったことを思い出して内心苦笑した。
(どうして私ノーベンバーに付いて行ったんだろう)
孤児院で過ごした日々は穏やかで幸せだったのに、それを捨てて彼に付いて行きMI6に入った。最前線で戦うようなことはないが、血生臭い任務に関わることもあるし、やむにやまれず能力を使ったことも何度かある。それでもあの時付いて行ったことを後悔をしたことはなかった。
(惹かれてたのかな……私)
あの時の、胸を焦がすような衝動をアリアは覚えている。
理由なんて何もなく、ただその衝動のままに付いて行った。あまりに非合理的で契約者らしくないにもほどがある、と、今になってそう思う。
過去の記憶と共に契約者の感情も失ったことは自分にとって幸せなことだったのだろうか。
自分が契約者だと分かってから、何度も何度もそのことを考える。普通の契約者だったら、こんなことで苦しむことなどなく、無駄な感情は切って捨て、合理的に生きていくのだろう。
でも、きっと、誰かを想う苦しさも切なさも幸せも分からなかったはずだ。
「アリア」
少し骨張った大きな手がアリアの頬を包み込む。
そこから伝わるあたたかさに、低くて優しい自分の名を呼ぶ声に、胸がじりじりと痺れて、幸せなのになぜだか泣きたいような気分になって、アリアはノーベンバーの背中に腕を回し、その白いスーツをぎゅっときつく握りしめた。
ノーベンバーの優しい手も甘い言葉も嘘なのかもしれない。自分に契約者としての感情が戻れば、あの時の衝動もこの気持ちも感傷のひとつも残さずに消えてしまうのかもしれない。
それでも、今はまだこのまま、この甘い恋に浸っていたい、と思ってしまうのだ。
「ノーベンバー、好き」
アリアの唇から呟かれた言葉は、もう一つの唇によって掻き消された。
初稿2010.2.3