幼馴染シリーズ(HE★VENS夢)
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音が、こぼれていく。
ひとつ、ひとつ、こぼれては、消えてゆく。
でも、この演奏を途中でやめるなんてことは、私のプライドが絶対に許さなかった。
聴こえないわけじゃない、でも、もはや自分の奏でるこの音が正しいのか判断できない。頭の中の楽譜と鍵盤の沈む指先の感覚を頼りに、何度も何度も数え切れないくらい弾いてきた、リストの『ラ・カンパネラ』を奏でる。
鍵盤から手を離したとき、いろんな意味で「終わった」と思った。椅子から立ち上がり、形だけのお辞儀をすると、客席から割れるような拍手が起こった。
頭を下げたまま顔を歪めて盛大に舌打ちしたけど、拍手の中、それは誰にも届かなかった。
舞台袖に下がる途中で、唯一拍手をしていない奴と目が合った。瑛一だ。訝しげというか、困惑というか、そんな顔をしていて、私は気まずくなって目を逸らして、足早に舞台袖に下がった。
「百瀬さん!あなた、やればできるじゃないの!素晴らしい演奏だったわ!」
調子よく抱きしめてきそうな
とにかく、この場に居ることが耐えられなくて、ドレスの裾を引き摺りながら階段を駆け上がって屋上に出る。
薄曇りの空からはチラチラと小さな雪が降っていた。
素肌が丸出しの両肩に、白い結晶がふわりと触れては消えてゆく。刺すように冷たいはずの空気を、不思議となにも感じなかった。
「おい!花音!」
息を切らして瑛一がやって来た。
この男はどうして私のことを見つけるのがこんなに上手いのだろう。
昔っからそうだ。小さい頃、かくれんぼでどこに隠れていようが、必ず真っ先に見つけるのは瑛一だった。
瑛一の吐く息が、白く空に舞って、ああ、寒そうだな。と思っていたら、瑛一はおもむろにジャケットを脱いで、私の肩に抱きしめるようにそれを掛けてくれた。
「……どうした。なんだ、あのお前らしくない演奏は」
あれだけ大衆からの賞賛の拍手を得たのに、どうしてこの男にはそれが分かるのだろう。
じわりと下瞼が熱くなって、私はぎゅっと目を瞑る。
「……花音」
瑛一が私の右側に立って喋る。その心地の良い、低いバリトンの声が、私の右耳には響かない。
そこだけぽっかりと空洞になってしまったみたいだ。
「花音?」
「…………そっちで、喋らないで」
普通に声を出したつもりだったけど、その声はあまりにも小さくて、雪に掻き消されてしまいそうだった。
「え?」
「…………きこえない。
…………そっち、聴こえないの!!」
瞑った目から、あたたかい涙が流れて頬を伝った。
自分の流した涙がやけに熱く感じて目を開けると、瑛一が長い付き合いのなかでも見たことのない顔をして青ざめていた。
★☆★
ーーーー3年後
目が覚めて、一瞬ここがどこだか分からなくなった。
見慣れた自分の部屋の天井なのに、なぜか、寮の部屋の天井にも見えたし、瑛一の部屋の天井にも見えた。
身体を起こして、見慣れた風景にほっとする。汗で前髪がおでこに張り付いてうっとおしい。
そういえば、昨日はシャワーも浴びていなかったことを思い出して、ついでに、そもそもベッドで寝た記憶もないのに、どうして私はベッドで寝ていたのだろうか。
寝室を出て、キッチンへ行く。
棚からミネラルウォーターを出して、常温のまま半分ほど一気飲みした。そして、ふと、ダイニングテーブルにメモが置いてあることに気づく。
『ちゃんとベッドで寝ないとダメだよ。冷蔵庫にサンドイッチが入ってるから、よかったら食べてね』
その丁寧に書かれた字で、名前は書いていなくても誰が来たかは一発で分かった。瑛二だ。
そして、昨日、私はリビングのソファで爆睡していたことをやっと思い出した。
(あー……悪いことしたな)
あの兄弟は私の母親に定期的に私の生存確認をするように頼まれていて、二人ともうちの合鍵を持っている。
基本的には来る前に二人ともメールをくれるので、おおかた昨日は爆睡してメールに気付かなかった私を心配して瑛二が来てくれたんだろう。
冷蔵庫からサンドイッチを出して頬張る。卵の甘さとハムの塩気がちょうどいい。瑛二と結婚できる子は絶対に幸せになれるに違いない。
それにしても、あの子はいつの間に私をベッドまで運べるまで大きくなったのだろう。そんな事を一瞬思って、自分でその考えに苦笑いする。
もう、あれから3年も経ったのに。
自分はまだそこに取り残されたままなのだろうか。
耳鳴りが、聞こえた気がした。
私は自分の右耳をそっと手で塞ぐ。やはり、ただの気のせいだ。
久しぶりにあの日の夢を見て、ナーバスにでもなっているのだろうか。今はなんのストレスもない生活をしているというのに。
★☆★
あの日、すぐに冷静さを取り戻した瑛一に、速攻で車で病院に連れて行かれて、重度の突発性難聴だと診断された。
鳳のおじさんがとても良い病院を紹介してくれて、幸いにも2週間ほど入院して聴力は戻った。
でも、私はもうピアノに対する情熱を失っていた。
当時、名門の音楽学校に在学していて寮生活をしていたけど、退院してからは寮には一度も戻らずそのまま自主退学した。
“名門”という、古き良き時代の腐ったところを詰め合わせたような学校だった。
医者から「過度なストレスが原因です。なにか心当たりはありますか?」と言われて、「心当たりがありすぎて、どれかが分からないです」とはっきり答えた。
なにもかもが、合わなかっただけだ。
その、古い風習も。それに見合った陰湿なライバル達も。
そして、私はそこで初めて気付いたのだ。
幼馴染の兄弟がどれだけ私の心の拠り所となっていたのかを。
昔から学校には馴染めなかったけど、私にはピアノのいう最大の武器があったし、瑛一と瑛二という理解者がいてくれた。それを当たり前に享受していて、2人と離れることが、こんなに私の心を弱くさせるなんて思ってもなかったのだ。
私の無駄に高いプライドのせいで、2人にはなにも言えなかった。それに、やさしいこの兄弟の心配する顔も見たくなかった。
★☆★
退院して、せっかく聴力が戻ったというのに、私はもう音というものが怖くなっていて、しばらくはろくに部屋から出ることも出来なかった。
そんな私を見かねた瑛一に、これまた鳳のおじさんが紹介してくれた精神科に、半ば無理やり連れて行かれて、適切なカウンセリングを受けて、適切な薬を飲んで、半年後には何とか外に出れるようになった。
外に出れるようになってすぐに、瑛一がなぜか車で海に連れて行ってくれた。
まだ少しぼんやりしていた私は、瑛一に手を取られて、そのまま手を繋いで砂浜をザクザク踏み締めながら歩いた。
きれいな夕日を眺めながら、小さい頃はよくこうやって学校帰りに瑛一が私の手を引いて、私が瑛二の手を引いて、夕日の中で他愛もない話をしながら3人で家まで帰ったことを思い出す。どうしてだか、胸が痛くなって、ポロポロと涙がこぼれた。
瑛一が足を止めて、振り向く。
「ごめん、なんか、小さい時のこと思い出しちゃった」
気恥ずかしくて自分でゴシゴシ涙を拭っていたら、その手を瑛一に取られて、そのまま抱き寄せられた。
「……あの頃は、なんでも言い合えていたのにな」
後頭部をぐっと引き寄せられて、私の顔は瑛一の胸元に埋まる。瑛一のいつもの香水の匂いが私を安心させる。
「……お前の、俺達に言えなかった気持ちも、理解できる。……だが、俺は、言って欲しかった。あんな事になる前にお前のことを助けてやりたかった」
穏やかなバリトンの声が頭の上で響く。
「ちがうっ!……そんな、言うようなことじゃなかったの……。わたしが、ちゃんと、出来なかっただけだよ。……ただ、わたしの努力が足りなかっただけだよ…わたしが、悪いんだよ…」
そう。全部私のせいだ。
指が飛んだり跳ねたりして、きっちり楽譜通りに演奏することがなかなか出来なかった。学校に入る前は個性や多彩な音が評価されて天才ピアニストだなんて言われていたが、厳格な名門学校でそれはマイナスだった。
基本中の基本を叩き込まれて、朝から夜まで練習した。それでもなかなか癖が直らなかったのは私の努力が足りなかったせいだ。
「……何を言っているんだ。花音。
俺は、お前ほどの努力する人間を他に知らないぞ」
抱き寄せる手が離れて、私はその胸元から顔を離して、瑛一の顔を見上げた。
なにひとつ嘘のない瞳だった。昔っから瑛一は私に嘘なんてついたことがない。
私はもうどうしようもない気持ちになって、子供みたいにしゃくり上げてわんわん泣いた。
瑛一は子供の頃にそうしてくれたように、私が泣き止むまでずっと頭や背中をやさしく撫でてくれた。
★✩★
何だか、今日は昔のことばかり思い出してしまうのは、瑛一が突然私に持って来た話のせいだろう。
「花音、頼む。HE★VENSの曲を書いてくれ」
そう言って、瑛一は90度以上頭を下げて頼み込んできた。
「えっ、嫌だよ。別に、レイジングに良い作曲家なんていくらでもいるでしょ?」
私はゲーミングチェアに座って、足をプラプラさせながら、あっさりと断った。
現に、HE★VENSのデビュー曲はレイジングの一番の売れっ子作曲家が作ったはずだ。私も聞いたが、とても良くできた曲だと思ったし、実際にヒットしている。
「……今のHE★VENSには何かが足りないんだ。
俺は、お前の曲ならばそれを埋められると思っている」
「……いやいや、私、他のメンバーの事もよく知らないし。それに、人間相手に曲書いたことないし」
実を言うと、去年、私は作曲家としてデビューした。
けど、それは、ボカロPとしてだった。
私の精神状態がだいぶ良くなってきた時に、瑛二が当時学校で流行っているというそれを教えてくれた。
その時まだ少し楽器の音に抵抗があった私は、その電子音の世界に魅力を感じてハマっていった。そして、それから自分でも曲を作るようになったのだ。
その後、とある一曲が大ヒットして、その後に出した曲も何曲もヒットした。そして、去年、鳳のおじさんに声を掛けられて、レイジングに作曲家としての籍を置いた。
鳳のおじさんは私には大変甘いので、基本的には私の自由にさせてもらっていて、たまにBGMなどの依頼が来るくらいだった。
「……悪いけど、私にはちょっと荷が重いよ」
コミュニケーション能力のなさには自信がある。
それに、きっと、彼らは音声合成ソフトのように、私の指示に正確に応えられると思わない。
「そこを何とか頼む……お前しか居ないんだ」
「……えっ、ちょっと!やめてよ!」
瑛一の長身が膝を折って、さらに身を屈めた時に、なにをしようとしてるか分かって慌てて止める。
幼馴染の土下座などさすがの私だって見たくはない。
椅子から下りて、跪く瑛一に近寄ると、がっしりと手を取られた。そして、懇願するような瞳で見上げられる。
(……うっ、 )
さすがに、ここまでされると少し気持ちが揺れる。
今までに、私が瑛一にお願いすることは数あれど、その逆は滅多にない。HE★VENSには瑛二もいるし、大切な幼馴染のためにどうにかしてあげたい気持ちはあった。
「……あー、もうっ!一曲だけ、だからね!」
「本当か?!……ありがとう!花音」
瑛一は私の手を取ったまま立ち上がり、そのまま私をぎゅっと強く抱きしめた。私は抱きしめられた胸の中で、はぁっとため息を吐く。結局、幼馴染に甘いのは、私だって同じなのだ。
「そうと決まったら、早速メンバーを紹介しよう!
音楽に対して志の高い者ばかりだから、お前もきっと気に入るはずだ!」
「はっ?今から?!……ちょっと!えっ、 」
結局、そのまま瑛一にひょいと担がれて、HE★VENSの寮に連行された私は、部屋着の初◯ミクTシャツに短パンでスッピンという姿をメンバーの前で晒し上げて、その後もことあるごとにその時の事をネタにされることになるのだった。
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