Song bird (長編連載)
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その、キラキラと輝く色とりどりの宝石みたいな思い出たちは、胸の奥の小さな宝石箱に大事に大事にしまってある。
時折、そっとその蓋を開けてみては、その輝きがあまりに眩しくて、悲しいような、苦しいような、泣きたいような気持ちになるのだった。
◆◇◆
桜井雛子はその日シャイニング事務所にいた。
社長であるシャイニング早乙女から直々に呼び出しのメールをもらって、その指定されたミーティングルームのドアを、少し緊張しながらノックすると、「どうぞ〜!」と中から朗らかな男性の声が返ってきた。
(えっ、なんで)
ドアを開けて、部屋の中に先に居たその人物と目が合った時に、その胸の奥に大事にしまってある宝石箱はなんの前ぶれもなくパカっと開いた。
そして、その開いたままの宝石箱からは色とりどりの思い出たちがぶわっと一気に溢れ出してきて、雛子は慌ててその心の中の宝石箱の蓋を閉めると同時に、思わずその開いたドアまでそっと閉めてしまった。
(いや…、間違えちゃったかな)
その扉の横には“ミーティングルーム③”の札が掛かっている。雛子はカバンから携帯電話を出し、もう一度メールをチェックする。
『本日、14時!ミーティングルーム③に集合デース!』
と、何度読み返してもそう書いてある。やはり部屋は間違えてはいないようだ。
(なんで……ここにいるの)
◆◇◆
そもそも、今日社長から呼び出された事に関しては、雛子には十分に心当たりがあった。
事の発端はつい数日前に、ひょんな事からシャイニング事務所の準所属期間に2年という期限が設けられているということを初めて知ったことに始まる。
事務所に入所する際にはそんなことは一つも聞かされておらず、すでに所属して1年半になる雛子にとっては青天の霹靂であった。
慌てて社長に確かめに行くと、
「oh…ミーとしたことが、ウッカリウッカリ〜!!」
あっさりと説明するのを忘れていたことを認めたので、せめて、あと1年でも半年でも延長できないかと頼み込んだが、「それは無理デース!」と、これまたあっさり却下された。
すると、隣りにいた元担任の日向龍也が、元教え子をあまりに不憫に思ったのか、
「親父ぃ、ちょっとは融通効かせてやれよ」
と、抗議してくれて、そのまた隣りにいた月宮林檎も、
「そうよぅ、シャイニー!ひなちゃんが可哀想じゃない!まあ、私達もとっくにシャイニーが伝えてると思って確認しなかったのも悪いんだけどぉ」
と、加勢してくれたので、風向きが変わるかも!と期待の目で見つめる雛子に、早乙女はふっと唇だけで笑った。
「ノンノン!特別扱いはノーグッドよー!」
……ただ、ミーの過ちは過ち。と、いうことで、ミス桜井にはチャンスをあげまショウ!」
「えっ!本当ですか!」
「ミーは今ベリーベリーグッドな案をヒラメキましたヨー!詳細は追って連絡しマース!!!」
そう言って、早乙女は地上10階以上あるこの部屋の窓から大胆に飛び降りて去っていったのだった。
◆◇◆
そんなわけで、今日の朝、突然早乙女からメールが来た時にも雛子はそこまで驚かなかった。ただ、早朝5時はさすがに少し迷惑だとは思ったが。
雛子がそんな事を次々に思い出していると、ガチャリとドアが開いてその人物が顔を出す。
やわらかそうな明るい茶色の髪の毛、人懐っこそうな大きなたれ目がにこりと笑った。
「部屋、間違ってないと思うよ〜!」
ほら、とポケットから携帯電話を取り出して、その画面を見せてくれた。そこには雛子に来たメールと同じく『本日、14時!ミーティングルーム③に集合デース!』という文字が躍っていた。
「ね?だから、入っておいでよ」
どうぞー!と、ドアを大きく開いて雛子を手招く。
その仕草とやさしい声に雛子は少し泣きそうな気持ちになった。
「すみません……、失礼します」
遠慮がちに部屋に入ると、長い会議テーブルに何脚かイスが置いてある。
「好きなところに座りなよ〜」と促されたので、出入口に近い下座のイスに腰掛けると、続いてその人物もすぐ隣に座ってきたので、しまった、と思った。先に座ってもらって、後から自分が少し離れた所に座れば良かった!と思うも、時すでに遅し。今から移動するのは逆に失礼だ。
「あのメール、一斉送信されてたから、あと何人か来るみたいだよ。あっ、自己紹介がまだだったよね!はじめまして、だよね?寿嶺二でっす♪」
そう言われて、はっと我に返る。
先輩から先に挨拶をさせるなんて!子役時代だったらとんだ大失態だ。大人からあとで絶対怒られるやつだ。
「すみません!挨拶が遅れて!大変失礼致しました…。
はじめまして、桜井雛子と申します。作曲家として所属しています」
イスから立ち上がり勢いよく頭を下げると、「真面目なんだねぇ。いいよいいよ!座って?」と朗らかに声を掛けられ、雛子はそっとまたイスに腰掛けた。
そう、はじめまして、だ。
“桜井雛子”としては。
天使ことりとして、最後に嶺二に会ったのは11歳。
今は18歳なので、もう7年も前の話だ。さして身長は伸びなかったが、小学生から成人女性になれば顔つきも変わる。それに、今は学生時代から愛用している縁の太い眼鏡をかけているので、さらに分からないはずだ。
◆◇◆
雛子がその伊達眼鏡を掛けるようになったきっかけは、早乙女学園入学前に、「ことりだってバレるのが怖い」と母親にふと漏らしたことからだった。
天使ことりという子役を、いまだ覚えてる人は多くはないとは分かっていた。劇団で活躍していた時期も長くはないし、テレビに出演したのは本当に一時期だけで、ドラマも話題にはなったがあの作品だけである。
ただ、雛子はどうしても不安を拭えなかった。
事故から一応は歩けるようになって、杖をつきながら学校に復帰すると、同情や憐憫の目が纏わりついて離れなかった。
世間ではあの事故のことはもう風化しつつあったが、それでも最後までしつこく追いかけて来る記者もいて、小学校の帰り道に張られていたこともあり、雛子は学校に行くことが怖くなった。
それを見かねた母親が「ひな、ママと海外で暮らそっか」と日本から連れ出してくれ、それからは世間の目を気にすることなく伸び伸びと過ごすことができたのだが。
早乙女学園の受験の時から日本に戻って来てはいたが、バレたことはない。でも、入学したら関わる人も増えてくる。それに、この学園は芸能系の専門学校なので、そういった芸能活動をしていた子達も多いと聞いた。
「また、なにか言われるの、やだな……」
いじいじする雛子を前に、母親が「もー!しょうがないわねぇ。これでも掛けてなさいな」と縁の太い伊達眼鏡をお守り代わりにくれた。
その眼鏡の効果かは分からないが、結局、ことりだとバレたのは今でも仲のいいほんの数人だけであった。
◆◇◆
落ち着かない気持ちで、眼鏡のフレームにそっと触れる。
同級生たちからも“寿嶺二”の話はよく聞いていたし、同じ事務所に所属していて、会わないわけはないと思っていたが、不思議とこの1年半はその機会がなかったので、完全に油断していた。
(よかった……。気付いてなくて。
……気付くわけ、ないよね。あの時の私は、まだまだ子供だったんだから)
決して寂しくない気持ちがないわけではないが、安堵の気持ちの方が大きかった。
今の自分に「嶺二くん、ことりです!覚えていますか?」と言える自信がまったく無いのだ。
(嶺二くんは、変わってないな)
人懐こく朗らかに話しかけてくれる嶺二は、雛子の知っている昔の寿嶺二のそのままだった。小さい頃に憧れて夢中になって追いかけていたことを思い出す。
そして、その頃とはあまりに色んなことが変わってしまった自分と比べてしまい、チリチリと小さく胸が疼くのだった。