Song bird (長編連載)
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嶺二のよく伸びる甘やかな声がスタジオ内を満たしていく。
スタッフも観客もそれぞれ切ないようなうっとりするような表情で聞き入っている。
嶺二はこの収録まで歌詞を雛子に教えてくれなかった。
『メロディーに乗せて伝えるから、その時に聴いて』
そう言われて、今日のこの日を楽しみにしていた。
それは、心が震えるような愛の歌だった。
今までの嶺二とはガラリとイメージの変わるこのバラードは、作る時に2人で何度も何度も話し合って、たまに意見が衝突したりもした。
(でも、やっぱり、この曲で良かった)
今までの固定された明るいキャライメージを覆して、大人の寂しさや切なさを表現する。
これは、アイドル“寿嶺二”の新しい可能性を開いた曲だ。
これからきっと、歌にも演技にももっともっと幅が広がっていくことを感じさせてくれた。
曲が終わっても、スタジオ内は余韻に浸っているかのように静まり返っていた。
そんな中、
パン、パンパン、パンパンパン……
と、徐々に音を増やしていく拍手が聞こえた。
(この拍手……愛音くん……?)
はっとして、観客席の方を見渡すが、暗くて一人一人の顔まではよく分からない。
そして、その拍手につられるように、スタジオ内には大きな拍手が広がる。観客やスタッフの拍手に紛れて、もうあの拍手の音を聞き分けることはできなかった。
カットがかかり、カメラが止まると、さらに大きな拍手が起こった。セットの照明が戻され、周囲が明るくなると、雛子は観客席の方に行って、愛音の姿を探した。
(居ない……でも、絶対にあれは愛音くんだった!)
あの特徴的な拍手を聞き間違えるはずはない。
このスタジオから出て行ったとしても、まだそう遠くには行っていないはずだと思い、雛子はスタジオから廊下へ出る。まだ収録が終わっていないため、そこには誰もいない。
(愛音くん……)
走ろうにも走れないのがもどかしい。
長い廊下の先の曲がり角に、ふっと人影が見えた気がした。
「お兄ちゃんっ!!!」
雛子の声が廊下に響く。
「……待って!ねぇっ……愛音くん!!」
できるだけ早く足を動かすが、思う通りには進まない。
曲がり角に近づいた時に、焦って足が何もない床に引っ掛かり、キュッと靴底が擦れる音がした。前のめりになって倒れそうになった所を、ちょうど曲がり角から出てきた人物に肩を支えられる。
「おやおや、危なっかしいね。お嬢さん」
「あっ!すみません!……ありがとうございます」
慌てて雛子はお礼を言って、体勢を整える。
そして、その人を見ると、くしゃくしゃ頭に眼鏡をかけた白衣を着た男の人だった。
(あれ……この人……?)
「ひなちゃん!!!」
どこかで見たような気がする。
そう思っていると、後ろから嶺二の声が聞こえて、振り向くと、慌てて駆け寄って来る姿が見えた。
「ひなちゃん、大丈夫?
…………っ、博士……どうしてここに……」
転けそうになった所を見ていたのか、嶺二は心配そうな顔で雛子を見て、そして、その助けてくれた人物を見ると大きく目を見開いた。
「嶺二さん、お知り合い、ですか?」
「…………愛音の、叔父さんだよ」
「えっ、」
そう言われて、遠い記憶がふと蘇った。
愛音に一度だけ写真を見せてもらったことがある。
「はじめまして、かな。“ことり”ちゃん。
君の事は知っているよ。話を聞いていたからね」
誰に、と問うまでもない。
それはきっと愛音しかいない。
「なんでここにいるのかって、顔をしてるね」
博士は飄々とそう言って、嶺二の方を見る。
嶺二はずっと何か言いたそうで、でも、それをなかなか声に出すことができないようだった。
叔父さんが居るということは、やはり愛音もここに居るんじゃないかと思って、雛子は辺りをキョロキョロと見るが、それらしい人物はいない。
「……これを、君に」
博士はそう言って、嶺二に白い封筒を差し出した。
嶺二は訝しげにしながらもそれを受け取る。
「そして、これは、君に」
「……えっ?」
雛子には薄ピンクの封筒が渡される。
雛子もまた不思議に思いながらもそれを受け取った。
「見知らぬ男性から、さっき預かったんだ」
そう言われて、どうしようかと思って、嶺二を見ると、嶺二は迷いもなくその封筒を開けて便箋を取り出した。
そして、じっと、その便箋に書かれた文字を見つめている。雛子が様子を伺っていると、その瞳にみるみるうちに涙が溜まっていくのが分かった。
「嶺二さん……?」
「……まったく、」
「…………自分のために生きろ……ってさ」
嶺二がそう言って、瞬きをすると、はらりと音もなく涙がこぼれて便箋に落ちる。
便箋を持つその手はかすかに震えていて、雛子はそっと嶺二の腕を掴む。
「……見て」
便箋を見せてもらうと、そこには中央にぽつりと2行だけ美しく流れるような文字が書かれていた。
『自分のために生きて。
これが僕の一生に一度のお願い』
「愛音くん……」
その文字を見て、愛音が楽しそうに嬉しそうに学生時代の話をしていた姿を思い出して胸が熱くなる。
「一生に一度のお願いって、ホントずるいよ。断れないじゃない」
はは、と嶺二は少し笑って、便箋を丁寧に折りたたむ。
その手はもう震えてはいなかった。
「愛音に許される日がくるなんて、思ってもみなかった」
深く息を吐き出して、天を仰ぐ嶺二は心から満ち足りたような顔をしていた。
(よかった……)
嶺二のその顔を見て、雛子も安心する。
そして、自分の手の中にある薄ピンクの封筒を見つめる。
「ひなちゃんも、開けてみなよ」
「……はい」
嶺二に促されて、雛子はおずおずとその封筒を開けて、中から同じ色の便箋を取り出す。
少しドキドキしながらその便箋を開くと、中央に一言だけ文字が書かれていた。
『僕の大好きな妹へ、
誰よりもしあわせになってね』
「…………っ!!」
その言葉で遠い記憶が鮮明に蘇る。
『わたしの大好きなお兄ちゃん、
誰よりもしあわせになってね』
それは、愛音と共演したドラマのクライマックスシーンの、妹役である雛子のセリフだった。
消えていく自分が、残されて生きて行く兄に向けた、切なる願いであり、深い愛の言葉だった。
もし、愛音がその時の自分の役と同じような気持ちでこの言葉を残してくれたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
「……もう、愛音くんったら」
まさか、あの時のドラマのセリフをオマージュされるなんて思わなかった。
嶺二に便箋を見せると、やさしく笑って雛子の頭を撫でてくれたが、この言葉の本当の意味には気付いていないはずだ。
雛子は一瞬 嶺二にその事を言おうかと迷って、でも、やっぱりこれは愛音と自分の2人だけの秘密にしておこうと唇を結ぶ。
そして、丁寧に便箋を折りたたんで、胸にぎゅっと抱いた。
(ありがとう……お兄ちゃん)
◆◇◆
「なにも、聞かないんだね。君たちは」
博士が2人を見つめて、ふっと笑いながらそう言った。
「聞いたって教えてくれないでしょ?博士は。
……それに、もう、答えはここにあるから」
やさしい眼差しで嶺二は2枚の封筒を見つめる。
「愛音はきっと、どこにいて、どうしていようと、幸せだって。自分が生きたいように生きるって……。
ぼくは……いや、ぼく達は、そう信じてるよ」
嶺二のその言葉に雛子もコクリと大きく頷く。
愛音もきっと自分達と同じ気持ちのはずだ。
だから、お互いにお互いを信じて別々の道を歩いて行くのだ。
博士は嶺二のその答えを聞いて、どこか嬉しそうな穏やかな笑みを浮かべて、何も言わずに去って行った。
(……でも、いつか、きっと……)
別々の道が交差する日が来るかもしれない。
それは、10年後、20年後、もっと先の話かもしれないけれど、でも、いつかまた、昔ミュージカルの話を3人でした時のように、笑い合える日が来るような気がした。
「ひなちゃん、行こっか」
嶺二にそっと手を差し出されて、雛子は戸惑う。
ここはテレビ局の廊下だ。
「誰もいないから。ちょっとだけ。ね?」
すこし悪戯っぽく笑う顔に、雛子は仕方なさそうに小さく笑ってその手を取った。
指先が触れた瞬間、きゅっとやさしく握り込まれる。
歩き出す瞬間、雛子はふと振り返って廊下の曲がり角を見つめる。
気のせいかもしれないが、そこにやさしい気配を感じてふっと微笑む。
(またね、お兄ちゃん)
心の中でそっと手を振って、雛子は前を向く。
そして、そのまま2人でゆっくりと歩き出した。