Song bird (長編連載)
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歌謡祭から数日後、嶺二からドライブに誘われて、たどり着いたのは、クリスマスライブ後に来たあの砂浜だった。
歌謡祭直後はお互いにバタバタ忙しくしていたので、優勝後に二人きりでちゃんと会うのは初めてだった。
海風がふわりと頬を撫でる。
以前来た時は痛いくらいの冷たさだったが、今は少し春の気配を含んだやさしい風だった。
水平線にはまだかすかな夕日のオレンジ色が残っていて、それが夜の紺色と溶け合って、境界のないグラデーションを描いていた。
「足元、気を付けてね」
当たり前のように嶺二が雛子の手を取って、手を繋いだまましばらく砂浜を歩く。
繋いだ手のあたたかさと、夕方と夜の狭間みたいな空が、世界に自分達だけのような錯覚をさせた。
「この辺でちょっと座ろっか」
嶺二が砂浜にハンカチを敷き、うやうやしくエスコートして座らせて、本人はなにも気にすることなく直接隣りに座った。そして、缶のコーヒーとミルクティーを出して、ミルクティーの方は蓋を開けて雛子に渡した。
「これは、とりあえずの前祝いだからね!デビューおめでとう♪かんぱーい!」
「ありがとうございます!」
カツンと缶を合わせて乾杯をする。
2人で飲み物を飲みながら、寄せては返す穏やかな波打ち際を眺めていると、雛子はふと卒業オーディションの曲を歌う愛音の姿が頭をよぎった。
「……愛音にさ、優勝の報告しなきゃって思ってさ」
「私も、今ちょうど愛音くんのこと考えてました」
ぼくたち気が合うね。と嶺二は目尻をゆるめて笑った。
「あとさ!愛音の可愛い可愛い“妹”ちゃんは、ぼくの“彼女”になったからね!って。文句があるなら早く戻ってこーい!!」
最後は海に向かって叫ぶように大きな声を出す。
“彼女”というワードに雛子は驚いて、目を丸くして嶺二を見た。
「…………かの、じょ」
思わず口に出して今聞いた言葉を反復してしまった。
動揺してパチパチとまばたきを繰り返す雛子を、のぞき込むようにして嶺二が見つめる。
「……だめ?」
上目遣いでねだるような顔で問われて、ドキリと胸が高鳴る。
そんなの、ダメなわけがない。
嬉しいに決まっている。
でも、少しだけ引っかかっている、心のつかえで素直になることができなかった。
「…………でも、あの時、嶺二くん、言わせてくれなかったから」
雛子は少し唇を尖らせて、拗ねたような態度でそっぽを向いた。
ゴシップ誌が出たあの日、雛子が『好き』だと言おうとして遮られたことを、いまだにほんの少しだけ根に持っているのだ。
それが、どの時のことなのかは、嶺二にもすぐに分かった。あの時に、雛子が言いたかった言葉を自分のエゴで無理やり封じた。
その時の罪悪感はもちろんあるけれど、でも、今の嶺二にとっては、その少しむくれた仕草さえも、どうしようもなく可愛らしくて愛おしく感じる。
雛子の顔にそっと触れて、優しくこちらに振り向かせると、潤んだ瞳が、チラリとこちらを見上げる。
「あの時は、君をたくさん傷つけてしまって、本当にごめんね。……でも、怖かったんだ。あの時、君からその言葉を聞いてしまったら、理性なんて飛んで、アイドルっていう立場も何もかも捨てて、君を巻き込んで堕ちてしまいそうで……」
嶺二の瞳が切なげに揺らめいて、雛子はきゅっと胸が痛くなって、また視線を逸らした。
すると、おでこにそっと柔らかいものが触れる。
音もなく、やさしくキスされていた。
驚いて目を見開いていると、もう一度、今度はちゅっと音を立てて、おでこにキスされた。
じわじわと頬が熱を持ってゆくのが分かる。
「ねえ、……どうしたら、許してくれる?」
吐息交じりに耳元で囁かれて、耳がかぁっと熱くなる。
あまりの恥ずかしさに逃げるように身をよじると、嶺二の手が、その細い腰をがっしり掴んで動けなくなった。
「……教えて?ひなちゃん」
くすぐるような吐息に、耳がぞわぞわした。
「…っ!も、もう、そんなのとっくに許してますから……」
「じゃーあ、君の気持ち、聞かせて?」
「……ぼくはね、君のことが大好きだよ。愛してる。
何よりも、誰よりも、ね。一度は手放そうとしたけど、もう二度とそんなことはしない。もう、君のことを離すつもりなんてないよ」
その言葉を聞いて、もう胸がいっぱいになってしまって、心の奥から溢れ出るものを止めることができなかった。
「……わ、私だって!嶺二くんのことが大好きです!
はじめて会ったあの日から、ずっと……ずっと……」
ポロポロと涙が溢れ出るのを止められない。
涙で濡れた頬に嶺二がやさしく口付ける。
そして、雛子の体をぎゅっと強く抱きしめた。
「……こんなに嬉しいことってないよ」
もっとたくさん嶺二に言いたいことがあった気がするのに、言葉の代わりにまた涙がこぼれた。
雛子は、嶺二の背中に手を回して、ぎゅっと抱きつく。
抱き合っているのはあの時と同じだが、あの時の、心が冷えていくような悲しさは何もない。
やさしい温かさで満たされていくのを感じた。
「嶺二くん……大好きです」
「ぼくも、大好きだよ」
そっと、やさしく体を離されて、正面から向き合う。
嶺二の両手が雛子の顔を包み込んで、目が合うと、その表情が、やさしく、甘やかに溶けた。
自分だけを見つめるその表情が、たまらなく好きだと思った。
嶺二の顔が近づいて、おでこにまたキスをされる。
それから、右頬、左頬、鼻先へと、悪戯みたいに口づけが落ちる。
そして、最後に唇に触れるだけのやさしいキスをされた。
不思議ともう涙は止まっていた。
「……雛子」
はじめてそう呼ばれて、胸が高鳴る。
熱っぽく少し潤んだ瞳が近づいてきて、雛子がそっと目を閉じると、やさしく唇が触れた。
唇が離れて、雛子がおずおずと目を開けると、愛おしそうに見つめる瞳と目が合って、たまらない気持ちになる。
「……ねえ、もっとキスしてもいい?」
熱っぽい吐息で囁かれて、雛子は真っ赤になりながらも、コクリと小さく頷く。
そして、それから何度も角度を変えてキスをされ、時にわざとらしくリップ音が響く。いっぱいいっぱいになりながらも受け入れていると、少しして唇が離れた。
ぽやんと、潤んだ瞳で見上げると、嶺二が心底嬉しそうに笑った。
「ひなちゃん、可愛すぎ」
頬を指先でつんと優しく突かれて、もう一度ぎゅうっと強く抱きしめられる。
嶺二のやわらかな髪の毛が頬をくすぐって、しあわせな気持ちで満たされる。
(……どうしよう、今すごく幸せ)
心地のよい温かさに身を預けながら、ふと視線を上げると、まだ暗くなりきっていない紺色の空の中に、キラリと光る一番星を見つけた。
そのきらめきが、まるで合図みたいに胸の奥へすとんと落ちてきた。
そして、次の瞬間、世界が色とりどりの音楽に変わる。
「!!」
「……ひなちゃん?」
もう一度、唇を近付けようとした嶺二が、その瞳の中に星が浮かんだかのようにキラキラ輝いていることに気付く。
「……いま、すっごく、いいフレーズが浮かんだんです!
えっと、ボイスレコーダーは……あっ、バッグ、車に置いてきちゃった……嶺二くん!すぐ戻りましょう!」
「えっ?えっ?!」
雛子はすっと立ち上がって、嶺二の手を急かすように掴む。そして、来た時とは反対に、雛子が嶺二の手を取って先に歩き出す。
「ひなちゃん!ゆっくり歩かないと危ないよ!」
「だって、早く作りたいんです!この曲を!」
頭の中はキラキラときらめく音でいっぱいだ。
この曲を早く嶺二に歌って欲しい。
そして、これからもずっと自分の曲で嶺二にキラキラと輝いていて欲しい。
「嶺二くん!これからもずっとずっと、私の曲を歌って下さいね!」
「もちろんだよ!マイガール!」
嶺二は心からの笑顔で答えた。
雛子もにっこりと笑って、二人はじゃれ合うようにして、
手を繋いで砂浜を歩いていった。
二人の足元には、並んだ足跡が続いていく。
きっとこれからも、迷う日もある。
またすれ違うこともあるかもしれない。
傷つくことも無くなるわけじゃない。
それでも、
大好きな人の声があって、
自分の曲があって、
こうやって、ふたりで並んで歩いていけるなら。
繋いだ手に、雛子はぎゅっと力を込める。
嶺二もそれに気付いて、同じ力で握り返す。
ふと立ち止まって見上げると、目が合って、
どちらからともなく笑みがこぼれた。
まだ暗くなりきらない空の下、
二人の影が寄り添って、ひとつに伸びて、
そのままゆっくりと歩きだした。
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