Song bird (長編連載)
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「嶺二くん!」
嶺二はそう呼び止められるまで、テレビ局の廊下ですれ違ったその少女がことりだと気付かなかった。
「えっ、ことりちゃん?どしたの、その格好?!」
ことりはバレリーナの衣装にブカブカのスタッフコートを羽織っており、いつもフワフワな髪の毛はかっちりとしたバレエシニヨンに結われていた。
「今日が公演前の最後の宣伝だから、生放送で先行して劇中のワンシーンを歌うことになってるんです。
……テレビの生放送、はじめてなので、舞台よりも、もっと緊張します……」
こないだ会った時は自信満々そうに見えたが、さすがのことりも初めてのテレビの生放送となると不安そうだった。
「よし!じゃあ、れいちゃんが緊張しない魔法をかけてあげようかな〜♪」
イタズラっぽい視線を嶺二が送ると、ことりはハッとした顔になって、すぐに自分から利き手の手の平を差し出した。
そして、小さなその手の平にニコちゃんマークを指先で描いてあげる。
「はーい!これでニコニコだよ♪」
「はい!」
にっこりと、ことりはその手の平を大事そうに握りしめた。
「よく覚えてたねぇ。ことりちゃん」
「実は、あれからも一人で不安な時に、自分でニコニコマークを手に描いてました……」
照れるようにもじもじすることりに、嶺二はいじらしさを覚える。まさかこんな子供じみたおまじないが今でも助けになっているなんて思わなかった。
ことりのマネージャーらしき人がこちらを気にして見ている。そろそろ時間のようだ。
「ほら、行っておいで♪」
「はい!!」
もうその瞳に不安そうな揺らめきは無くなっていた。
笑顔で手を振って去って行くことりを嶺二は見守った。
嶺二もこれから収録があるので、残念ながらことりの生放送は見れそうにないが、愛音お兄ちゃんが可愛い妹のことを絶対に録画してるだろう。そう思って携帯を開いて愛音の連絡先を探した。
(そういえば、愛音、映画決まりそうだって、ことりちゃんに教えてあげれば良かったな)
ことりと共演したドラマ見た映画監督がぜひにと愛音を推したらしく、今日そのミーティングに行っているはずだ。
(みんな、順調だよね〜)
このままだと、3人で約束したミュージカルの夢は自分一人が置いていかれるかもしれない。少しだけ嶺二は心細さを感じた。
◆◇◆
今日の嶺二の仕事はバラエティの収録で、元々違うタレントが出る予定だったものが、何かの事情でキャンセルされたらしく、急遽嶺二が呼ばれることとなった。
愛音と違って、嶺二はまだシャイニング事務所に準所属の身ではあるが、元々子役で活動していて機転も小回りが利くこともあって、こういった事でよく呼ばれるようになっていた。
(やっぱ事務所の名前って大きいよなー)
早乙女学園に入る前が一番の落ち目で仕事がなかったので、こうやって呼ばれるだけでもありがたい。
だが、デビューして正所属にならないと、いくら細々とした仕事があってもどうしょうもない。デビューできずに解雇になってしまったら、今までの努力も水の泡だ。
親友のデビューがあまりにもトントン拍子だったので焦りを感じるが、準所属の契約終了まではあと1年以上はある。
先程のことりの強い意志のこもった瞳を思い出す。あのくらいの強い想いが自分にもあればいいのだが、どうもまだフワフワとしたままである。
「寿さん、出番でーす!」
スタッフからお呼びがかかって、セットの中に入る。
さて、上手いこと立ち回らないと。そう思って周りを見ていたら、スタジオの入口から慌てた様子で誰かが入って来た。そして、ディレクターに何やら耳打ちをして、ディレクターの顔色がさっと変わった。周りのスタッフ達に何やら指示をしているようだが。
「悪い!!ちょっとストップで!!」
焦ったような大声でディレクターが叫ぶ。
周りも困惑の表情だ。
「……あー、本っ当に悪いんだが、今日はもうバラシで!」
共演のタレント達は、なんだなんだと不服そうに楽屋へ帰って行く。仕方なしに嶺二も帰ろうとしたところに「寿くんも悪いね。こっちから急に呼んだのに」とディレクターから声を掛けられた。
「どうしたんですか?突然。なにかあったんですか?」
何もなくてこんな事になるわけがないのだが、皆に説明しないということは、大っぴらにはできない何らかの事情があるという事だ。
「あー、まあ、寿くんならいいか!どうせすぐに大騒ぎになるだろうしな……」
ディレクターは参ったように頭をガリガリ掻いた。
「さっき、別のスタジオでリハ中に事故があったんだと。照明が倒れて、子役の女の子が下敷きになったらしい」
「えっ、」
嶺二は自分の指先がサっと冷えていくのが分かった。
「あの、そのスタジオって……?」
自分で発した言葉がどこか遠くに聞こえる。頼むから違っていてくれ、そう願う。
「Cスタジオだよ。あそこ、生放送の予定だったから今大変なことになってるだろうよ。これから、全部のスタジオに安全確認の点検が入るから、今日はもうどこも収録できんよ。ほんとにタイミング悪かったな君も」
ディレクターはポンポンと嶺二の肩を軽く叩いて去って行くが、それどころでは無かった。
指先や足先は震えそうなくらい冷たいのに、全身から嫌な汗が吹き出してきた。
「ことりちゃん」
いや、まだ、彼女だと決まったわけではない。
嶺二はノロノロとCスタジオに向かう。Cスタジオは上の階だったはずだ。
階段で上のフロアに着くと、一つ階が違うだけなのに、そこはもう混乱に包まれていた。すれ違う人は皆オロオロしていて動きが定まらない。
すでにCスタジオは立ち入り禁止になっているようで、スタッフ達は廊下で散らばっている。
その中で見知ったADを見つけて声を掛ける。
「あのさ、事故にあった子って…」
「あー、今日生放送で歌う予定だったミュージカルの子だよ。ことりちゃんだったかな。本当、大変なことになっちゃったよ……」
もうとっくに救急車で運ばれているようだったが、どんな様子だったのか、怖くて聞くことができない。
そんな嶺二の耳に少し離れた場所からスタッフ同士の会話が聞こえる。
「………可哀想だけど、ありゃあ、ちょっと厳しいかもしれんな」
「命だけは、助かればいいんですけどねぇ」
そこから、どこか夢のような、ふわふわとした感覚でいつの間にか自宅に辿り着いていた。ふと携帯を見ると、愛音から何件か着信が入っていたが、すぐに折り返す気にはどうしてもなれなかった。
どうして。ずっとその言葉が頭の中で反復している。
ことりと直接会った回数は多くはない。
でも、最後に会ったあの嬉しそうな笑顔と、振り返って何度も何度も手を振る可愛らしい姿を、どうしたって忘れることなんてできそうになかった。
◆◇◆
「ことりちゃん、復帰はもう厳しいかもって…」
そう告げた愛音の瞳にはじわりと涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちてしまいそうだった。
あの事故から3ヶ月が経った。
現役子役のテレビ局での不慮の事故ということで、マスコミはこぞって取り上げ、各テレビ局もライバル局の失態をここぞとばかりに叩き上げた。
だがそれも、1ヶ月を過ぎた辺りから急に沈静化して、テレビでは取り上げられることも無くなった。それに対して週刊誌の記者達がどこどこの圧力だなんて勝手に取り上げて騒いでいたが、それはもうゴシップ好き以外の一般人には目にすることのない話題だった。
ことりは芸能事務所には所属しておらず、劇団所属のままで活動していたので、事故以降のことりの様子については劇団が完全に遮断していて、一切公表されていなかった。
事故直後のマスコミだらけの劇団事務所に行くことはさすがにできなかったので、状況が落ち着いたこの時に、愛音は一人で劇団に出向いた。
最初は怪訝な顔で見られたが、ことりちゃんとドラマで共演した如月です。と言ったら、その場の人達は少し和やかな顔になり愛音を迎え入れてくれた。
「君が如月くんか。ことりが世話になったね。あいつ、ここでも“お兄ちゃんお兄ちゃん”って嬉しそうに話してたよ」
ははっ、と乾いた笑いの中に、どこか切なさが混ざっているように聞こえた。
タバコの煙を纏った、どこかくすんだ雰囲気のその中年の男性がこの劇団の代表だった。
「あの、ことりちゃんは…?」
「まあ、ことりが信用してた君ならいいか。
……多分、あいつはもうこの世界には戻って来れんよ」
「え……」
「足、がな。……普通の生活に戻れるかも分からんらしい。話せることはそれだけだ。こっちも色々とてんやわんやでな。悪いけど帰ってくれるか」
「あ、はい……。すみません!ありがとうございました」
今聞いた衝撃を頭が理解しきる前に、代表にトンっと肩を叩かれて、愛音は慌ててその場を去ろうとする。
「……まあ、ことりの分まで頑張ってくれ」と力のない声で見送られた。
◆◇◆
愛音が思い出すようにギュッと目をつむると、ポロリと一粒の涙が落ちた。
「……あいね、」
嶺二は自分よりも少し高いその背中を慰めるようにそっと叩いた。
危惧していた通りだった。と嶺二は思った。
愛音は役にはまり込みやすい。そして、あのドラマからしばらく経っても、まだそれが抜け切れてないような節があった。元々繊細で敏感なところがあることも加わって、今回のことりの一件は相当に感情移入しているように思えた。
嶺二もことりの件には胸を痛めていたが、愛音の本当の兄のように憔悴しきった様子を見ると、こちらの危うさの方が心配になってくる。
「……ぼく達はぼく達で頑張るしかないよ」
「……うん。わかってる」
もう一度開いた愛音の瞳にはもう涙は浮かんでいなかった。
ただ、その瞳の揺らめきはひどく不安定なものに見えた。