Song bird (長編連載)
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ふーっ、と、大きく一つ息を吐き出す。
前の出番の藍が歌い終え、会場の拍手は鳴り止まない。
舞台裏で聞いていた嶺二も素晴らしい歌だと思った。
(さっすが、アイアイだね)
ハイトーンの透明感のある歌声は自分には無いものだ。
自分の歌が負けているなんて思わないが、藍の歌で上がりきった会場のボルテージには少しだけ胸がざわつく。
「さすがのぼくちんも、ちょーっとだけ緊張してるかも」
嶺二は冗談めいて胸の内を吐露する。
隣りに居るのが雛子でなければ、冗談でもこんな弱みを見せるようなことは言わなかっただろう。
すると、雛子は「え、嶺二さん、緊張してるんですか?」と、きょとんとした顔で見つめてくる。
「えー!ひなちゃんは緊張してないの?この結果次第で君の進路も決まるんだよ?」
「え、だって、嶺二さんが優勝しますもん」
雛子はあっさりとそんな事を言い放って、疑うことのない純度100%の澄んだ瞳で見つめてくるので、逆に嶺二の方がたじろいでしまう。
「嶺二さん、手を出して下さい」
「???」
言われるがままに利き手の手の平を差し出す。
嶺二の手をふわりと両手で包み込むように触れる雛子の指先はひんやりと冷たく、(あれ、やっぱり、ひなちゃんも緊張してるのかな)と思っていると、
「緊張しなくなる魔法です」
そう言って、雛子は嶺二の手の平に指先でニコニコマークを描いた。
「これで、いつでもニコニコですよ!」
そのままぎゅっと嶺二の手を握って、雛子は照れくさそうに頬を赤らめながらにっこりと笑った。
「!!」
「………もう、もう!本っっ当に、ひなちゃんってば!!」
あまりにも可愛らしい表情と、その懐かしいおまじないに、胸から込み上げる想いが止まらず、そのままその手を引き寄せて、ぎゅっとぎゅっと強く抱きしめる。
その子供めいたおまじないは、ずっと昔に自分が子役時代の雛子にしてあげたものだ。いまだに雛子が覚えているとは思わなかった。そして、10年も前の出来事がこんな形で返ってくるなんて、それこそ本当に魔法のように思えてきて、雛子の華奢な肩に顔を埋めながら、嶺二は泣きたいような気持ちになった。
「信じてます。嶺二くん」
耳に響くやわらかな声。
背中に回った小さな手がそっと背筋をやさしく撫でた。
嶺二は顔を上げて、雛子の頬にちゅっとわざと音を立ててキスをした。本当は唇にしたかったが、それはまだ我慢しておく。全て終わった後のご褒美として取っておこう。
出番を告げるスタッフの声が聞こえて、名残惜しいが雛子の体をそっと離す。
「まかせて、マイガール」
パチリと華麗にウインクを送って、嶺二はステージに向かって行った。
(ぜったいに、大丈夫)
その背中を見送る雛子には自信があった。
アイドルとしての寿嶺二を信じている。そして、自分の曲も。アイドルとしての寿嶺二を今一番輝かせられるのはあの曲だ。そして、あの曲を輝かせられるのも嶺二しかいない。
嶺二がステージに出ると、観客からわぁっと大きな拍手が巻き起こる。
「寿嶺二っ!『溺愛テンプテーション』!
みんなの笑顔、奪いに来たよ!!」
雛子は祈るような気持ちでそのステージを見つめた。
◆◇◆
その光景は雛子がずっと見たかったものだった。
アイドルとしての“寿嶺二”が一番輝く瞬間。
この瞬間を作り上げているのは自分の曲だけではない。
嶺二の歌とパフォーマンス、舞台の演出、そして客席の盛り上がりと歓声。すべてがひとつになって会場を盛り上げる。
アイドルが一番輝くのは全ての要素が一体になった時。
今、この瞬間がまさしくそうだった。
スポットライトを浴びて輝く嶺二のその姿には、憂いや陰りなんて一つもない。
心から楽しんでいる嶺二の笑顔が観客を惹きつけて、その人もまた笑顔になる。観客のみんながキラキラした顔で楽しんでいるのが分かった。
最後にターンを決めて、雛子の方に目線を送る。
「愛してるよ!」
観客全員に投げたであろうその言葉を、どうしてだか、自分ひとりに言われたような気分になって、雛子は胸がいっぱいになった。
◆◇◆
ステージ上でズラリと出演者が並ぶ。
壇上に上がった早乙女が手元の封筒を破り、その紙を取り出す。そして、一息置いて、大きく口を開いた。
「最優秀賞の受賞者は……寿嶺二!!!」
並んでいた嶺二に効果音とともに眩いスポットライトが当たると、その瞳がほんの一瞬だけ泣き出しそうに揺れる。
だが、次の瞬間にはとびきりの笑顔になった。
前に出て、早乙女からトロフィーを受け取る。
早乙女からの激励の言葉に強く頷いて、観客の方に向く。
「誰よりも光り輝く星に……アイドルになるよ!
愛の音をこれからも歌い続けていくから、見守っていて欲しい」
嶺二の挨拶にひときわ大きな拍手を送っている人物を見ると、それは圭だった。隣りには響もいて、大きな拍手を送っている。
(響くんも圭くんも、来てくれたんだ)
その心からの賛辞の拍手は、前のような遺恨はなにもない。わだかまりはまだ少しは残っているかもしれない。でも、きっとそれはこれからの時間が解決してくれるように思えた。
嶺二が大きな優勝トロフィーを掲げながら、ステージの端から端まで歩いて観客に手を振る。
スポットライトが、キラキラと彼を誰よりも輝かせていた。
(ああ、本当に……よかった……)
優勝してデビューできたことももちろん嬉しいが、それよりも何よりも、嶺二がああやって心からの笑顔で自分がアイドルであることを楽しんでくれていることが本当に嬉しかった。
雛子は今までの嬉しかったことも辛かったことも、全部思い出して、もう感極まってしまって、さっきまで何とか我慢していた涙がもう溢れて止まらなかった。
「ちょっと、ひなちゃん?!どしたの?!」
舞台から戻ってきた嶺二は、舞台裏でひっそりと雛子がしゃがみ込んで子供みたいにしゃくり上げて泣く姿を見て、さすがに狼狽えた。
オロオロする嶺二を横目に、
「あーあ、レイジがヒナコを泣かせてる」
「お前、女泣かすなんて最低だな」
「うむ、男の風上にも置けぬな」
ステージから撤収してきた3人が、口々に言いたいように去って行った。
辛辣な言葉のわりには3人ともなぜか少し楽しそうな表情だった。
「ちょっと?!3人とも!酷くないっ?!」
「……ご、ごめんなさいっ……こんなっ、子供みたいに泣いてしまって……」
「いいの、いいの!ひなちゃんは!感極まっちゃったんだよねぇ?」
コクコクと頷く雛子の背中をトントントンと子供をあやすようにやさしく叩く。だんだん震える呼吸が収まってきたところで、嶺二はそっと雛子のおでこにキスをした。
雛子は驚いて嶺二を見つめる。
「ビックリして涙止まったかな?」
雛子は目を見開いたまま、コクリと大きく頷いた。
嶺二は雛子の手を取って立ち上がらせると、そのままぎゅっと抱きしめた。
「デビューおめでとう。ひなちゃん」
「……嶺二くんも、優勝おめでとうございます」
雛子もまた嶺二の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
少しの間そうやって抱き合っていると、
「……お前らなぁ、なに堂々とイチャついてんだよ」
聞き慣れた呆れ声が掛かって、雛子は慌てて嶺二から離れた。
「龍也せんぱーい!邪魔しないでよー!
これは、優勝の喜びのハグなんだからねっ!やましい事なんて一切ないよ☆」
「お前は下心しかねえだろ。
……桜井、お疲れだったな。色々と大変だっただろうが、あの状況からよく頑張ったな」
「龍也先輩!ぼくは?ぼくはっ?!」という嶺二の声を無視して、龍也は雛子の頭をポンポンと優しく叩いて、ニカッと笑った。
「日向先生っ!ありがとうございますっ!」
元担任からの労いの言葉に、雛子は嬉しくなって思わず龍也の分厚い胸元に抱きついた。
「ちょっっ!ズルい!!龍也先輩!!」
「何言ってんだ?これこそ、喜びのハグだろうが」
龍也は、はっ、とわざとらしく笑って、見せつけるように雛子の肩を抱くと、嶺二が慌てて雛子を引き剥がした。
「龍也先輩!それ、セクハラだからねっ!」
「……お前にセクハラとか言われたくねーよ」
普段はあまり見られない、年上の男2人の先輩後輩の姿に雛子は微笑ましくなって、くすくすと笑った。
そして、ふとステージに目を向ける。
ステージの熱気はもうすっかり消えているのに、雛子の胸の奥だけはじんわりと熱を持ったままだ。
(これからも、嶺二くんと一緒に音楽を作っていけるんだ……)
まだ残る胸の温かさの心地よさに、雛子はそっと目を閉じた。
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