Song bird (長編連載)
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ラジオ収録の翌日、雛子とトキヤと音也は事務所に呼び出されて、龍也からお説教を受けていた。
天使ことりがゲスト出演する件は、ラジオ番組のプロデューサーやディレクターからは二つ返事で許可を貰ったが、実は事務所に許可取りをするのをすっかり忘れていたのである。
「お前らなぁ、嶺二と似てきたぞ。まったく、悪いところばっかり真似しやがって」
そう龍也が言うと、トキヤは少し不服そうに眉間に皺を寄せたが、音也と雛子は顔を見合わせて「れいちゃんに似てきたって〜!」「ふふっ」と顔を見合わせて笑った。
「……ったく、喜ぶなよ、お前ら」
こつん、こつん、と二人の頭を軽く小突いて、龍也は呆れたように笑った。
「それと、桜井。お前のあの曲がすげーリスナーからの反響があって、“また聴きたい”とか“CD出して”とかっていうリクエストが、ラジオ局にわんさか来てるようなんだが……」
「えっ、」
「うちの上層部じゃCD化したらどうかって話が出てる」
「えっ、それってさ……」
「桜井さんがCDデビューできるということですか」
トキヤと音也が期待の目で雛子を見つめるが、雛子は大きく首を横に振った。
「それは、できません。あの曲は、私が、私のために作ったようなものだから……。音源化の要望が多いようなら、デジタル音源で無料配信とかしてもらっていいので……」
「そう言うと思ったぜ。お前、あんだけ“嶺二くんと一緒じゃなきゃ意味ない!”って、啖呵切ってたもんな」
「……っ!日向先生…、それは、もう、言わないで下さい。はずかしい……」
気恥ずかしくて俯くと、龍也はハハッと豪快に笑って、雛子の肩をポンと叩いた。
◆◇◆
「でもさー、桜井、本当によかったの?」
「私も、断るのは少々勿体ない気はしましたが」
龍也から解放されて、事務所の廊下を3人で歩いていた。
「いいの。もし、それでデビューできなかったとしても、もう後悔はないよ」
そうあっさりと言い放つ雛子に、音也とトキヤは顔を見合わせて、仕方のなさそうな顔で笑った。
「桜井、学生の時とちょっと変わったよね」
「えっ?そうかな?」
「なんか、いい感じになったっていうか……。
いや、学生の時が悪かったって意味じゃないんだよ!
でも、桜井って誰にでも優しいけど、少しだけ遠く感じることがあったから……」
「最近、やっと、色々と吹っ切れたからかなぁ?
ことりのことも、自分の足のことも、作曲のことも……」
「でも、雛子ちゃんは元々こうでしたよ。初対面の時からグイグイ来て、質問責めにされましたからね」
「……えっ、そうだった?覚えてないなぁ」
「そうですよ。……好きな食べ物は何?好きなテレビは何?好きな音楽は何?って……まるで、音也みたいでしたよ」
「えっ!俺ってそんなだった?!覚えてないなぁ」
「なんで、2人とも覚えていないんですか……」
「俺たちって意外と似た所あるんだね!」
「ふふっ、本当だね」
「まったく……」
そう言って、雛子と音也は顔を見合わせて笑って、トキヤもまた仕方なさそうに笑った。
そうやって、他愛もない話で盛り上がりながら廊下を歩いていると、ふと雛子の一歩前にいる2人の足が止まった。
「……?」
雛子は不思議に思って、2人の隙間から前を見ると、同時に音也とトキヤが小さく息を呑む音が聞こえた。
「………あ、」
廊下の先に、少し気まずそうな顔をした嶺二が立っていた。
それは、もうほとんどただの衝動だった。
頭で何か考えようとする間もなく、雛子は音也とトキヤの間をすり抜け、大きく一歩を踏み出して、走っていた。
あの事故以来、走ったことなんて無かった。そもそも、医者から止められていて、走ろうとすら思ったこともないので、走れるかすら分からなかった。
二歩、三歩、四歩で右足を床に着いた時に、足から力が抜けるのがわかった。
あっ、と思った時にはもう体制が崩れていた。
「ひなちゃん!!」「雛子ちゃん!」「桜井!」
3人がそれぞれ違う呼び名で叫んだのが聞こえた。
来るべき衝撃にきゅっと目を瞑ると、少しの衝撃があったが、そこにあったのは想像していた冷たい床ではなく、やわらかな温かさだった。
「……イッテテ……って!ひなちゃん大丈夫?!」
抱きとめられた、というよりも、雛子が床にぶつかる寸前に嶺二が何とかその間に滑り込んで受け止めたのだった。
嶺二はしこたま床に背中を打ちつけたようだったが、おかげで雛子は傷ひとつない。
雛子が嶺二を押し倒すような形になっていたが、嶺二が上体を起こして、2人して廊下の床に座り込む。
「ひなちゃん、足、大丈夫?どこも怪我してない?」
やさしく頭を撫でられて、その心配そうな声を聞いた時に、ようやく本当にその人が嶺二だということを実感して、目頭がじわりじわりと熱くなる。
微かに震える雛子の肩に嶺二がそっと触れた瞬間、今まで俯いていた顔が勢いよく上がる。
「…………嶺二くんの、ばかっっ!!!」
ここでも雛子の昔鍛えた発声は健在で、事務所の廊下にその声はよく響き渡った。
「……なんで!なんで……なにも言わずにいなくなったりするの……」
雛子はボロボロと大粒の涙を流しながら、嶺二の首に腕を回してきゅっと抱きついた。
「もう、いなくなったりしないで……」
嶺二の肩に顔を埋めて、ぽつりとこぼした声に応えるように雛子の背中を抱きしめた。
「…………うん。ごめん……ごめんね、ひなちゃん」
「……今さら、もう遅いかもしれないけど……もう、許してもらえないかもしれないけど……でも、あの曲をぼくに歌わせて欲しいんだ」
「……歌って、下さい。あれは嶺二くんのための曲なんです。他の誰にも歌えない……ううん、私が、嶺二くん以外の人には、歌って欲しくないんです」
雛子がそんな独占欲じみた言葉を言うのは珍しく、それが嶺二にとっては嬉しかった。
嶺二は抱きしめていた雛子の体をそっと離して、正面から向かい合う。そして、その手をぎゅっと握る。
「もう、二度と逃げたりしない。
君の想いに絶対に応えてみせるよ。
……二人で一緒に、歌謡祭 優勝しよう!」
「はいっ!勿論です!」
雛子はコクリと大きく頷いたあと、もう一度嶺二に抱きついた。
抱き合う2人の後ろから、わざとらしい咳払いと、大きな溜め息が聞こえてくるのはそのすぐ後のことだった。
◆◇◆
その後、早乙女に会いに行き、嶺二の誠心誠意の謝罪のおかげか、それとも寿弁当特製 冠婚葬祭用5段重のおかげか、どうにか事務所に残ることを許されて、改めて雛子と嶺二は歌謡祭に向けて曲の最終調整を重ねていった。
幸か不幸か、嶺二の仕事がいくつかキャンセルされたこともあって、練習時間は遅れを取り戻せるくらいには存分にあった。会えなかった時間を埋めるように、毎日のように2人で一緒に過ごして、曲と振り付けを完成させた。
そして、
「嶺二さん!そこ、軸足がずれてます!」
「そこの腕の振りはもっと大きく!」
レッスンルームに雛子の張りのある声が響く。
2人の様子を見に来た音也とトキヤは部屋に入った途端に聞こえてきたその声にぴくりと肩を揺らした。
「あっ、音也くん、トキヤくん!」
2人に気付いた雛子はいつも通りの笑顔を見せた。
「……お、おつかれ〜。
なんか、すっごく気合入ってるね!」
「……あ、えっと、……これは……」
「ぼくがひなちゃんに厳しめに言ってって頼んだんだよ〜!」
すこし恥ずかしそうにオロオロする雛子の後ろから、嶺二が汗を拭いながら出てくる。
「前にひなちゃんがいた劇団、練習がすっごい厳しいことで有名だったから、そのくらいのつもりで指導してってお願いしたんだけど、これが、結構なかなか……」
「……嶺二さんっ」
「確かに、あの劇団は体育会系で有名でしたね……練習の前に走り込みから始まるとか……」
「あっ、うさぎ跳びもやってたかな」
「……桜井が根性ある理由が分かった気がする」
「ひなちゃんって意外と体育会系なんだよね〜」
◆◇◆
歌謡祭の前日。
いつものように嶺二に部屋の玄関まで送ってもらう。
時々、部屋に上がってもらいお茶をすることもあったが、さすがに明日が本番なので雛子も誘うことができなかった。
この数週間は練習のため毎日のように会っていたので、それが今日で最後になると思うと少しだけ寂しさを感じてしまって、嶺二のシャツの袖口をきゅっと掴む。
「ひなちゃん、不安?」
袖口を掴む雛子の手を嶺二の手がやさしく包み込む。
雛子はちらりと伺うような目で見て、小さく首を振る。
「……この数日、ずっと嶺二くんと一緒に音楽を作ってきたことが、夢みたいに楽しくって……これで、最後かと思ったら、すこしだけ寂しくて……」
「最後なんかじゃないよ。ぼくはこれからも君と一緒に音楽を作っていきたい。だから、そのためには絶対に歌謡祭で優勝しないと……。
それで、あのさ…明日、歌謡祭で優勝したら、その時は……」
「……??」
「…………やーめた!こーいうのは優勝してから言った方がいいよ。うんっそうしよう!
……明日に備えて、ひなちゃんも早く寝るんだよ」
玄関の扉を開ける前、嶺二は一度立ち止まり、振り返る。
そして、ほんの一瞬だけ距離を詰めて、雛子の耳元にそっと囁いた。
「おやすみ、マイガール」
低く落とされた声が、耳に、胸に、じわりと染み込んで、雛子の頬が赤く染まる。
扉が閉まったあとも、その火照りはなかなか収まることはなかった。
「……嶺二くん、ずるい」