Song bird (長編連載)
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弁当屋の朝は早い。
早朝から仕込みで動き回り、11時〜13時までは配達と店頭販売のピークだ。後片付けが終わって、やっとホッと一息つけるのは14時過ぎてからだった。
(弁当屋の仕事って、アイドルよりキツくない?)
ふう、ため息をひとつ吐く。
嶺二が軽く昼食を済まし、一旦部屋に戻って来たのは15時前であった。あと1時間もすれば、また夜の営業の準備をしなくてはいけない。
時計を見て、はっとする。
今日は直属の後輩である音也とトキヤのラジオ番組の日だ。嶺二は彼らがこのラジオのレギュラーに決まった時から毎週欠かさずに聞いていた。
学習机に置かれた小さなラジカセにスイッチを入れると、ちょうどオープニングのテーマ曲が流れてきた所だった。
そして、音也とトキヤが交互に喋りだす。
事務所を離れてからまだ1ヶ月も経っていないのに、後輩たちの元気な声がすでに懐かしく感じて、胸がチクリと痛んだ。
『さーて、今日は、なんと!特別なゲストを呼んでまーす!ねっ?トキヤ?!』
『はい。今日のゲストは本当に特別な方ですよ』
「……ゲストって誰だろ?」
思わず声が出ていた。自分がいた時はそんな話は聞いていなかったが、この番組は生放送なので、急遽決まったのだろうか?だとしたら、ほかのST☆RISHのメンバーかな?なんて考えていると、
『じゃあ、登場してもらうね!』
『どうぞ』
二人の声のあとに軽やかなBGMがかかり、小さくマイクが擦れる音が聞こえた。
『こんにちは。天使ことりです』
「………えっ、」
嶺二が持っていたペットボトルが手から滑り落ちた。
ゴトリ、床に転がる音がやけに部屋に響いた。
◆◇◆
それは、嶺二の知る“桜井雛子”ではなく、完璧に“天使ことり”だった。
子役のことりを知る人間がイメージするであろう18歳になった彼女を雛子が演じているのが分かった。
「……なに、やってんの……ひなちゃん」
ハラハラする嶺二の気持ちを他所に、音也とトキヤが交互に話して穏やかな雰囲気で番組は進行していく。
『どうして、この番組に出ようと思って下さったのですか?』
3人で軽い雑談を交わした後、トキヤが核心に触れる質問をする。
『……事故のあと、わたしは自分の事でいっぱいいっぱいで、それまでに好きだと言って応援してくれてたファンの方たちの事まで考えることができませんでした。
すこし、皮肉な話ですが、この度の週刊誌の件で、わたしの名前が出た時に、ファンだった方たちから沢山の声を頂きました。……もう何年も前に引退した子役のわたしのことを覚えていて、気にかけてくれている方がこんなにもいるなんて……本当に嬉しかったんです。
…だからこそ、自分の口からちゃんと話したいと思いました』
すっと、少し震えるような息を吸う音が聞こえる。
『天使ことりが芸能界に復帰することはもうありません。……今日で本当に最後になります』
それから、雛子は事故の経緯や怪我のことを落ち着いた口調で語った。
舞台に戻れないと分かった時の絶望。そこから音楽に救われて小さな光を見つけたこと。そして、今は新たな夢を持っていることを。
『今日は話しづらいことも沢山話してくれてありがとう。君の勇気はきっと誰かにも届いていると思う!』
『本当に、ありがとうございます。
最後に、この生放送で一曲歌って頂きますが、ひと言お願いします』
『昔のわたしみたいに、今は希望も見えなくて、苦しい気持ちを抱えている人は沢山いると思います。
……それでも、ほんの少しでも、この曲が誰かの光になればいいな、と思って歌わせてもらいます。今日は本当にありがとうございました』
CMが流れて、緊張感が少しゆるんだ。
ろくに瞬きもせずに集中してラジオに聞き入っていたせいでやけに目が乾いていた。
ふう、とひとつ大きなため息をつく。
雛子は一体どんな気持ちで喋っていたのだろうか。
落ち着いて話している様子だったが、かすかに、時折声や吐息が震えていた。過去のことだと納得できていても、あんな公の場で事故のことを話すことが辛くないわけがない。
(なんで、君はそんなにも強くいられるの?)
幼い頃からの意志の強い瞳を思い出す。
今だってきっと、ああやって瞳にゆらゆらと炎が揺らめいているはずだ。
◆◇◆
マイクの前で、あの事故に遭った日のことを思い出す。
テレビの生放送で歌唱するのはあの日が初めてだった。
舞台とは違う緊張感。リハーサルの時にガチガチに緊張していて、手は微かに震えていた。でも、直前に会った嶺二の顔が思い浮かんで、ふっと自然と力が抜けたことを覚えている。
雛子は、あの頃よりも大きくなった自分の手のひらに、そっとニコニコマークを描いて、ぎゅっと胸元で握りしめた。
『これでいつでもニコニコだよ』
そう言ってくれた、嶺二の声を思い出す。
きっと自分はあの時に恋に落ちたのだ。
幼い日の小さな小さな初恋が、大人になってこんな大きな想いになるなんて思ってもいなかった。
事故の後、日本から離れ、少し気持ちが落ち着いた時に、愛音と嶺二のことを思い出すことがあった。
でも、3人で交わしたミュージカルの約束は叶えられなくなった。それに、自分は2人と同じ場所に立つことは二度とない。そう思うと胸が苦しくて、なるべくあの頃のことは考えないようにしていた。
それなのに、再会してしまった。
それは、憧れのような、思慕のような、そんなどこか遠い感情だったはずなのに。
嶺二が熱を出したあの日。
アイドルじゃない、本当の“寿嶺二”の、やさしくて、悲しい、心の奥のいちばんやわらかい所に触れた時に、その感情は変わってしまったのだ。
でも、自分が強くなれたのは嶺二に恋をしたからだ。
恋をして、辛いことも、悲しいことも、苦しいこともあったけど、それ以上の沢山の喜びやしあわせがあった。
(嶺二くんのことが好き。
だから、どうしてもこの気持ちを届けたい)
CMが明ける。
ガラス越しのスタッフからキューの合図がかかる。
雛子はちいさく息を吸った。
「……いま、暗いところでひとりで居るあなたへ、どうか、この歌が届きますように……」
その曲ははじめて雛子が作曲したものだった。
作曲がなにかも分からず、技術もなにもない頃に作った拙くて幼いその曲を、今の自分が編曲して歌詞を入れた。
昔の自分と今の自分が入り混じった、率直な曲。
軽やかなピアノのイントロが流れる。
ピアノは親友の春歌にお願いして弾いてもらった。
春の陽だまりのような、やさしくてあたたかな音色が雛子の背中をそっと後押ししてくれる。
雛子は祈るような気持ちでその歌を歌った。
◆◇◆
嶺二は、音もなく溢れ出る自分の涙を止めることができなかった。子供の時だってこんなに泣いた記憶はない。
その歌が、幼い自分ごとやさしく抱きしめてくれているようだった。
「こんなの……ズルいよ、ひなちゃん」
頑なな自分の気持ちが解けていくのを感じた。
そして、思い出す。
幼いことりが嬉しそうに駆け寄る姿。学生時代に4人で笑い合ったこと。愛音のしあわせそうな笑顔。楽しかった後輩たちとの共同生活。歌合戦の時の喜び。クリスマスライブの高揚感。雛子のキラキラ輝く嬉しそうな顔。
いつもどこかでほの暗い気持ちがあった。
でも、そんなことも一瞬忘れるくらいの大きな喜びや楽しみだってあったのだ。
(……歌いたい)
乱暴に涙を拭って、机の上のパソコンを開く。
以前、雛子が送ってくれた歌謡祭の曲を流す。送られてきてから何度も何度も聞いた。この曲を歌いたいと思った。でも、そんな権利は自分には無いと思った。
ゴミ箱から、くしゃくしゃに丸めて捨てた紙を取り出して、机の上で丁寧に広げる。
本当はずっとその歌詞を考えていた。書きかけのその譜面の上に、嶺二はもう一度ペンを走らせた。
※※※本編ネタバレ↓
「Songbird」というタイトルはマクロスFのランカちゃんの曲からとってます。
ヒロインが歌っているのもこの曲をイメージしているので、ご興味がある方はぜひ聞いてみてください。