Song bird (長編連載)
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雛子の記事の件はあまりにもデタラメだったので、謹慎は数日で解けて事務所へ行くと、嶺二が姿を消したという事を聞かされた。
一応、一言だけ「無事だから探さないで欲しい」と連絡があったようで、事情が事情なだけに大っぴらには探せないという事だった。
(嶺二くん……戻って来るよね?)
電話も掛けたが出ることはなく、メールの返事もない。
愛音の事で傷ついた嶺二がそれと同じ事をするとも思えないので、ただ少しの間休みたいだけかもしれない、そう自分に言い聞かせて、雛子は嶺二を待つことにした。
しょげて帰ろうとする雛子の背中に「桜井!」と声が掛かった。
振り返ると龍也がいて手招きをされる。「ちょっと茶でも飲んでけ」と、言われて事務室に行くと、何やらスタッフの人達が電話対応で忙しそうだ。嶺二の件だろうか。
「あの雑誌の件なんだがな、実は、嶺二の事よりもお前の事の方が問い合わせが多いんだ」
「……えっ?何で、ですか?」
「お前の元ファンが“ことりちゃんアイドルデビューって本当ですか?!”とか、“ことりちゃんは元気なんですか?”とか、まあ、そんな感じだ。一応、記事は事実無根で天使ことりはうちの事務所には所属してないって言い切ってるがな。実際に所属しているのは“桜井雛子”なわけだし」
「そう、なんですか……」
雛子は少しだけ胸が温かくなった。いまだにそうやってことりの事を思っている人がいるとは思わなかったのだ。
今後も問い合わせが増えるようなら事務所のホームページにその旨を載せるがいいか?と言われて、雛子は了承して事務所を後にした。
◆◇◆
幸か不幸か、仕事の量は今までで一番多かった。
クリスマスライブ以降はテレビ関係の仕事も増えて、今まで苦手だったテレビ局への出入りも一人で大丈夫になっていた。
家に帰ると、縋り付くような気持ちで深夜まで嶺二の歌謡祭の曲を作った。この曲が完成すれば、嶺二が戻って来てくれような気がしたのだ。
眠ろうとしてベッドで目を瞑れば、あの日の嶺二に強く抱き締められた感触を思い出した。
大好きなその人が、自分の肩で声を押し殺して泣いている姿に、一体自分にはなにができたのだろう。何度考えても正解が分からなくて、なかなか眠ることができなかった。
一気に仕事量が増えたことと、あまり寝れていないことも重なって、ずっと雛子の足の調子は良くなかった。
朝起きて、痛む足を引きずるように杖をついて、また仕事に出る。その繰り返しをこの数日続けていた。
そして、
「……できた!」
とうとう嶺二のソロ曲が完成した。
最初から音源を流してみる。嶺二の好きな昭和レトロ感も入れつつ、大人の格好良さもある。嶺二にピッタリなキラキラのアイドルソングだ。この曲に歌詞と振り付けが付いたら、どんなに素敵に仕上がるだろうか。
(どうか、届きますように……)
パソコンから嶺二のメールアドレスに音源と譜面を添付する。そして祈るような気持ちで送信ボタンを押した。
◆◇◆
それから2日経っても嶺二からの返事もなく、嶺二が戻って来ることもなかった。
今日も杖をついて仕事に出る。
ろくに寝れてもいないし、あまり食べれてもいない。足の痛みが引かないのは当然のことだった。
今日はドラマの挿入歌の打ち合わせで△△局に来ていた。
打ち合わせはスムーズに終わり、とあるスタジオの前を通った時に、そういえぱ今日が“まいど!あいどるらすべがす”の収録日だという事に気付く。
嶺二は居ないと分かりつつも、ついスタジオを覗き込んでしまう。すると、見知ったADの男の子と目が合い、手招きされる。
「桜井さん、今日は珍しいものが見れますよ」
そう言われてセットの中を見ると、蘭丸と、藍が居た。
「えっ、藍くん……?」
「寿さんの代わりに、急遽代役を頼まれたみたいですよ」
しかも、よりによって恋愛相談のコーナーである。
そのまましばらく見ていると、視聴者の恋愛相談をバッサリと辛口で切っていて、最初はどうにかフォローしようとしていた蘭丸も、その内フォローする事を放棄したようだった。
「……寿さんも災難ですよね。あんなデタラメな記事、うちのスタッフは誰も信じてないですよ。早く謹慎明けるといいですね」
「……そう、ですね」
「それに、もうひとつのあの記事……」
「えっ?」
「桜井さん、ですよね。………俺、実は小さい頃にことりちゃんのファンで!寿さんから最初に紹介された時ちょっと似てるなぁって思ってたんですけど……。まさか本人だなんて……めっちゃ嬉しくて!」
「……えっ、あ、ありがとう、ございます?」
「歌謡祭、寿さんと頑張って下さい!応援してます!」
そう言って、少し恥ずかしそうに言い逃げるように去って行った。
ポカンとその背中を見送っていると「ヒナコ、来てたの」と声が掛かった。どうやらいつの間にか収録が終わっていたらしい。
藍が何も言わずにジロジロと雛子の顔を見ている。
何だろうと思っていると、藍はおろむろに自分のポケットから何かを取り出して雛子に渡す。個包装のチョコレートだった。
「さっき、スタッフに貰ったんだけど、キミにあげる」
「え……藍くん、ありがとう」
不思議そうにその顔を見ていると、藍の手が、雛子の頭にすっと伸びてきて、ポンポンと軽く頭を撫でられた。
「…………あい、くん?」
その意外な行動に雛子が目をぱちくりさせていると、藍もまた不思議そうな顔で自分の手のひらを見つめている。
「どうしてだろう……手が、勝手に動いてた」
首を傾げながらも「ちゃんと休みなよ」と、一言付け加えて藍は去って行った。
「おい、ちびっこ」
藍の背中を見送っていると、今度は蘭丸に声を掛けられた。
「蘭丸さん、お疲れ様です」と、お辞儀をすると、すっと目の前に何かを差し出された。バナナだ。一体どこから持って来たのだろうか。
「お前、ひでー顔してるぞ。
……何があっても、飯だけはちゃんと食え」
「蘭丸さん……」
蘭丸も嶺二の件は色々と聞いているだろうが、そこには何も触れないのが彼なりの優しさだと雛子は思った。
バナナを押し付けるように渡して、蘭丸も去って行った。
そして、廊下を歩いていると、途中の自販機コーナーで、見知った後ろ姿を見つけた。
「カミュさん、お疲れ様です」と、後ろから声を掛けると、振り向いたカミュにマジマジと顔を見られて、深いため息をつかれた。
「……間違って買ってしまった。貴様にやろう」
「えっ?これって、カミュさんの好きな……」
それは缶のおしるこだった。
この冬に幾度となくカミュがそれを飲んでいる姿を見かけていたので、間違って買ったなんてことはないはずだった。
まだ温かさの残る缶をグイッと押し付けて、カミュは去って行った。
局の長い廊下を、雛子はチョコレートとバナナとおしるこを持ったまま、何やら不思議な気持ちで歩いていた。
先程のADの子もだが、実はこの数日で何人かにテレビ局でことりの件で声を掛けられていたが、そのどれもが好意的なものだった。
(私が、変わったのかな……?)
事故の後はずっとナーバスになっていて、人の目が怖かった。憐憫や同情の目だと思っていた中にも、本当に心配してくれていた人も居たのかもしれない。ただ、自分に余裕がなくて、その事に気付かなかっただけかもしれない。
痛む足が、朝よりも少し軽くなった気がした。
嶺二に話したいと思った。スタッフの人達が嶺二を信じていること。ことりのファンがいてくれたこと。嶺二の代わりに藍が恋愛相談をしてたこと。蘭丸やカミュが好物をくれたこと。
嬉しかったことを全部聞いてほしい。
そして、また いつものやさしい瞳で笑ってほしい。
やっぱり、嶺二のことがどうしようもなく大好きなのだ。
(今日はちゃんとご飯を作ろう……)
貰った物たちを大事に抱えて、雛子は家路を急いだ。
そして、早乙女から直々に呼び出されたのは、その翌日のことだった。