Song bird (長編連載)
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「嶺二、天使ことりちゃんって知ってる?」
嶺二がその名前を聞いたのは、随分と久しぶりのことだった。
そして、その名前を口にしたのは、早乙女学園時代からの親友の如月愛音である。
「え?知ってる知ってる!前に共演したこともあるし」
最初に共演したのはいつだっただろうか。
自分が早乙女学園に入学する前の話だから、もう2年くらい前になるのか。
彼女はあのテレビ出演後に世間でかなり話題になり、その時に公演していた舞台もミュージカルとしては異例のロングランヒットしていた。
ただ、その後はやはりテレビ嫌いと言われる劇団の代表の意向なのか、彼女がテレビに出演することは無く、それからの舞台もメインの配役ではなく端役が多かった。
嶺二もあれから何度か舞台を観に行って、その度に楽屋に挨拶をしに行った。ことりはいつも嬉しそうにキラキラとした満面の笑顔で出迎えてくれたが、その顔には若干の疲れが滲み出ていたのを嶺二はよく覚えている。
それから、次の春には嶺二は早乙女学園に入学し、目まぐるしい日々を送っていたこともあって、ことりの出演する舞台を観に行く機会がなかった。ただ、たまに気になって出演情報をチェックしていたのだが、
「最近、舞台にも出てないよね。あの子」
しばらくは端役で出ていたようだが、最近の公演には名前すら無くて、どうしたものかと気になっていたところだった。
「あー、何かね、劇団の代表が“子供は子供らしく学校行け!”って、舞台にあんまり出させて貰えなかったらしいよ」
「へー……って、何で愛音がそんな事知ってんの?!」
「あれ、言ってなかったっけ?今度のドラマの共演者、ことりちゃんだよ」
愛音は早乙女学園の卒業オーディションで見事に優勝を勝ち取り、シャイニング事務所に所属後は同期では一番早くデビューをしていた。
そして、その愛音が出演するドラマの話は前に本人から聞いていた。
コアなファンがいる作家の小説が原作の特別2時間ドラマだった。愛音もその作家のファンだったようで、その主役のオーディションの話があった時は、並々ならぬ意欲で望んでいた。
そして、これまた見事に主役を勝ち取り、この3ヶ月ほどずっと撮影のために泊まり込みで現場に籠もっていて、嶺二が愛音に会ったのも今日が久しぶりのことだった。
「え、じゃあ、妹役の子って、ことりちゃんなんだ?」
この原作は高校生の兄と小学生の妹が主役の話だった。
病気で幼くして亡くなった妹が、悲しむ兄の元に幽霊として出てきて不思議な共同生活をする。という、何ともその作家らしい、不思議だけど心温まるようなストーリーだった。
愛音が撮影中に一度、“キラキラ星歌いすぎてわけが分からなくなってきた”という、謎のメールを送ってきて、意味が分からなくて原作の小説を読んだら、終盤に幽霊の妹が消えていなくなるその前に、妹が大好きだったキラキラ星をピアノを連弾しながら歌うというシーンがあって、なるほど…これか。と思った記憶がある。
「実は、撮影で籠もってる間、ずっとことりちゃんと共同生活してたんだよね」
監督の意向で本当の兄妹らしさを出すために共同生活をし、カメラが回ってない所でも仲のいい兄妹のようにずっと一緒に過ごしていたらしい。
「それで、なにかの話の時に、ふと嶺二の名前を出したんだよね。そしたら、ことりちゃんがすっごく食いついてきてね。
……でも、あの子が話す嶺二像が僕の知ってる嶺二とあまりにも違うから、同姓同名のもっと格好良い寿嶺二がいるのかなって思ってたんだよね」
「なわけあるかーい!!」
嶺二が思わず大声で突っ込むと、愛音は本気なのか冗談なのか、掴みどころのない笑みを浮かべた。
「ことりちゃん、嶺二の話聞きたがってたから、学園での色んな話を聞かせてあげたんだ。そしたら、大ウケで、それから一気に打ち解けたんだよね。あっ!だから、今更言うけど、ありがとね嶺二」
「いや、別にいいんだけどさ……。絶対、恥ずかしい話だよね、それ」
今でもさして変わらないが、学園にいた頃は本当に4人でバカばかりしていたので、何を話されても恥でしかないような気がする。正直、ことりと接する時はお兄さんらしく格好良く振る舞っていたので、あんな話を聞いたら幻滅する可能性はおおいにある。
「嶺二はちょっとおバカかもしれないけど、ちゃんと優しい人だよって、一応フォローしておいたからね」
ふふ、と薄く笑う愛音を見て、こいつのこーいう憎めない所が人たらしなんだよなぁ。と嶺二は思った。
「ちょっとバカは余計だよう!」
◆◇◆
「あれ、でもさー、あの子の所の代表って、テレビ嫌いだったよね?よくドラマ出演オッケーしたよね」
「この原作の作家さんが前にことりちゃんの舞台を観てたらしくて、直々のオファーだったらしいよ。というか、そもそも、あの時の舞台にインスピレーション受けて書いたお話なんだって」
「あと、……んーっと、これ言っていいやつなのかな……」
愛音が携帯を出して何やら調べている。
「あっ!もう公式で出てる。これ見て嶺二」
携帯を渡されて、そこに出ているページを見ると、ことりの所属する劇団のホームページで、そこには次回公演の予告で『天使ことり主演!』と大々的に書かれていた。
「この舞台が半年後でしょ。で、ドラマのオンエアは再来月。舞台の大がかりな宣伝活動も兼ねてるみたい。
……詳しくは知らないけど、色々と大人の事情もあって、劇団もこの作品に賭けてるみたいなんだよね。だから、ドラマに乗っかって宣伝活動を精力的にしてるみたいだよ」
「ことりちゃんもこの舞台に相当気合入ってて、これバレリーナの役なんだけど、撮影期間もずーっとバレエの練習を頑張ってたんだよね。だから、上手いこといってほしいな」
あのテレビ出演の時に見せた、絶対に成功させたいという幼い瞳に宿った炎を思い出して、嶺二は何となくその気迫を想像できた。
「あっ、それでね、ドラマ放送から公演まで結構テレビに出るみたいだから、そのうち嶺二も会えるんじゃないかな」
今までの愛音の話を聞いて、嶺二は少し複雑な心境だ。
今更いくらお兄さんぶって格好つけても何となく決まらないような気がするのだった。
◆◇◆
後日、嶺二と愛音はたまたま同じテレビ局にいた。
愛音に「ジュースでも奢るよ」と何気なしに誘われて、廊下の自販機の前で他愛もない話をダラダラ喋っていると、
「お兄ちゃん!」
可愛らしい声が聞こえて、一人の少女が愛音に駆け寄って来た。
「ことりちゃん!久しぶりだね。元気にしてた?」
「お兄ちゃんも…、あ、違う。愛音くんも元気でしたか?」
「お兄ちゃんのままでもいいのに」
ふふ、とやさしい眼差しで楽しそうに笑う愛音。
和やかな2人の会話の間に嶺二がひょこっと顔を出すと、ことりは驚いた顔になる。嶺二より愛音の方が身長が高いので、その陰で気付いていなかったようだ。
「嶺二くん?!わっ、嶺二くんだ!」
パァァァと効果音が付きそうなくらい、目に見えてことりの顔が笑顔で弾けて、瞳がキラキラと輝く。
「ことりちゃん、久しぶりだねー!」
前のような幼い子供にするように、ポンポンと優しく頭を撫でると、その頬が分かりやすくポッと紅潮した。
隣りの愛音がやや咎めるような目で見てきたが、この様子だと、とりあえずは幻滅はされていないようである。
「ことりちゃん、ちょっと大きくなったね?」
「もうあれから2年も経っているんですよ!ことりだって、ちょっとは大人になりました」
前に会った時には言葉遣いも少したどたどしくて、本当に幼い子供のイメージがあったが、2年ですっかり大人みたいな喋り方になっていることに驚く。
(うーん、子供の成長って早い…)
「ことりちゃんも来年は高学年だもんね。もうお姉さんだよね」
愛音が頭を撫でて優しく声を掛けると、ことりはうんうんと嬉しそうに大きく頷いた。この扱いに慣れている感じが本当に兄妹のようだと嶺二は思った。
「あっ!そうだ!ことりちゃん、今度の舞台主演なんだって?すごいよねー!ぼく、絶対に観に行くよ」
「本当ですか?!ぜひ観に来てほしいです!
あっ、チケット……。楽屋にあるからすぐ取ってきます!少し待ってて下さい!」
えっ、いいよ自分で買うから、と言おうとした瞬間、すでにことりは楽屋まで走り出していた。
「早いねー」
「あの子、運動が得意なんだよ。本当は歌よりダンスの方が好きだって言ってたし」
何だか、ちょいちょい兄マウントを取られているような気がするのは気のせいだろうか。
そして、ことりは本当にすぐに戻ってきて、愛音と嶺二にチケットを渡した。楽屋で急いで書いたのか、チケットの裏には“れいじくんへ”、“あいねくんへ”と、それぞれ可愛いらしい字で書かれている。
「よかったら…。来てくれたら嬉しいです」
「絶対に行くに決まってるよ!ねー?愛音!」
「もちろん!現場でずっとことりちゃんのバレエ頑張る姿を見てきたんだからね。すごく楽しみにしてるよ」
2人がそう言うと、ことりは安心したようににっこりと笑った。そして、すぐに決意したような顔つきになる。
「わたし、この公演が絶対に成功するように頑張ります!」
ああ、この目だ。
瞳にちらちらと静かな炎が宿る。
最初のテレビ出演の時と同様に、この子は絶対にパフォーマンスを成功させるだろうと分かった。
すると、ふっと、ことりの目が伏せられ、少しだけ揺らぐ。
「あの……」
「えっと、こんな事言ったら迷惑かもなんですけど……」
「「???」」
「わたし、愛音くんからお二人が文化祭でミュージカルしたって聞いて、すごくいいなって思って!だから、わたし、いつかお二人とミュージカルで共演したいんです!劇団で頑張ってえらくなって、愛音くんと嶺二くんをゲストに呼べるようになります!」
堂々と宣言することりに、嶺二と愛音は一瞬きょとんとして、それから顔を見合わせて笑った。
「それ、すっごくいいね!この3人で共演なんて、絶対楽しいに決まってるよ!」
「うん。すごく素敵だな。でも、嶺二はことりちゃんに負けないように発声の練習頑張らないとね」
「だったら、愛音ももうちょっとダンス頑張らないとじゃなーい?」
「わたしもお二人に負けないように、いっぱい頑張ります!」
それから、3人でどんなミュージカルがいいか、配役はこうだなんて楽しく話をして解散した。
その時は、3人ともそう遠くはない未来に本当にその夢が叶うような気がしていたのだった。