Song bird (長編連載)
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事務所に着くと、龍也が厳しい顔で待っていた。
隣りの嶺二は深く俯いていて表情が見えないが、いつもの雰囲気ではない。
「明日発売のゴシップ誌だ」
そう言って一冊の雑誌を渡される。
表紙には“独占2大スクープ!シャイニングの影、大手芸能プロダクションの光と闇”と書かれてある。
ページを捲ると、まず ことり時代の宣材写真と舞台上で弾き語りをする懐かしい写真が目に入った。
そして、その真ん中には、こないだマンションの前で撮られた写真が載っていて、見出しには大きく“天使ことり、シャイニング事務所からアイドルデビューか?!”と書いてあった。
もうこの時点でバカらしかったが、読み進めると、あの悲惨な事故から数年、ことりの怪我はすっかり良くなり、ミュージカル俳優としての復帰を目指すも、シャイニング事務所が大金を積んでアイドルデビューさせようと画策している。というような、とんだデタラメな記事だった。
「………何これ、バカバカしい」
雛子は呆れたように言った。
あの記者はマンションから出て普通に歩く姿を見て、怪我が完全に治ったと思ったのだろうか。
「その通り。記事は完全にデタラメだが、ちょっと写真がマズいんだよなぁ……」
そのマンション前で撮られた写真は、一応 目元だけモザイクがかけられているが、雛子を知る人はすぐに分かるだろう。
「本当に親しい人にはもう言ってあるし、たとえ、他の人に何か言われてももう大丈夫です」
きっぱりと言い切った雛子に、龍也は目を細める。
「お前は大丈夫そうだな。……問題は、」
龍也はちらりと嶺二の方を見る。
雛子はもう一度ページを捲ると、そこには“新人アイドル失踪事件の原因は親友?!”という見出しとともに、愛音と嶺二のことが書かれていた。
失踪の原因は、芸能界でのし上がるために親友の悩みを無視した寿嶺二にあると書かれており、最後はその上大したヒットも出せずチャラチャラと遊び歩いているような中途半端な芸能人と、もはやただの悪口のような事が書かれてあった。
「何これ!誰がこんな事……!」
そう言って、ふと響の顔が思い浮かんだ。
今日、会ったあの時の申し訳なさそうな表情。それに、この記事の内容は愛音と嶺二の関係性を知る親しい人物しか知り得ない話だ。
「……ひびきん、だろうね。多分、ぼくと愛音の事をリークして、あの記者はやっぱり元々はぼくの事を追ってたんだよ。だけど、たまたま君に会って、ことりちゃんだと気付いてマンションまで追い掛けて来たんだろうね」
「本っ当に、君にはとんだとばっちりだよ。
歌合戦の時といい、君はなんにも悪くなんてないのにさ……。全部、ぼくのせいだよ」
「嶺二さん……」
「龍也先輩にも申し訳ない。事務所にも迷惑かけて。
………罰が、下ったんだ。責任は全てぼくにある」
「おい、嶺二。内容は根と葉もねぇ事だし、失踪事件の事も証拠は無いんだ。騒ぎはすぐ収まるはずだ」
「……根も葉もなくないよ。この記事に書かれていることは本当でしょ?……ぼくは愛音を見殺しにした。だからこう書かれても仕方ないよ」
「……ぼくが、全部悪い」
そう言って、嶺二はふらりした足取りで出口に向かう。
その、ほの暗い声が怖かった。あの夜の砂浜の時のように自分を責めているのだと思った。
今のままの嶺二を一人にしておけなくて、雛子はその後をついて行く。
「おい!とにかく、2人とも、ほとぼりが冷めるまでは外に出るな!いいか?」
心配そうに声を掛ける龍也に、雛子は振り返ってコクリと小さく頷いた。
◆◇◆
結局、雛子は嶺二の自宅までついて行った。
軽率かもしれないが、どうしても今の状態の嶺二を一人にしておけなかったのだ。止められても付いて行くつもりだったが、「一緒に行ってもいいですか…?」と聞くとかすかに小さく頷いてくれた。
「どうぞ」
ソファに促されて座っていると、嶺二が紅茶を出してくれた。嶺二は自分用にコーヒーを持っている。
「ありがとうございます……」
一口紅茶を飲むと、その温かさに少しだけホッとする。
静かな部屋に飲み物の湯気がふわりと揺蕩う。
「……ひなちゃん、あのね、聞いて欲しいことがあって」
しばらくの沈黙の後、嶺二は意を決したように口を開いた。
「……さっきから、ずっと考えてたんだけど。
……ぼくとパートナーを解消して、歌謡祭は別の人と出て欲しい」
「………え?…………そんなの、嫌です!
前にも言いましたよね?私は、嶺二くんと歌謡祭で優勝したいって。それとも、………嶺二くん、私のこと、イヤ、ですか?」
「そんなわけない!ひなちゃんは最高のパートナーだよ!ぼくだって、許されるなら君と一緒に居たい。
でも、歌謡祭の優勝は視聴者投票で決まる。こんなゴシップあったら、絶対的に不利になる。
……ぼくのせいで、君がデビューできなかったらと思うと……怖いんだ」
「そんなの!私がデビューできなかったら、それは、私の責任です。嶺二くんのせいじゃないです」
雛子ははっきり否定するが、嶺二は大きく首を振った。
「これは、天罰が下ったんだよ。ぼくが欲を出したから、さらに幸せを望んでしまったから……」
「そんなこと、ないです。……絶対に」
「あるんだ。一緒にいたらダメなんだよ……」
「嶺二くん……なんで……!」
「……君に、もうひとつ黙ってた事があるんだ」
嶺二は一度大きく息を吐いて、すこしだけ間を置いて、口を開いた。
「愛音から最後の電話があった、それよりも少し前にもあいつから電話が掛かってきたことがあったんだ。
その時、普段は絶対に弱音を吐かない愛音が、悩みを打ち明けてきたんだ。……でも、その時のぼくは自分のことで手一杯でその気持ちに気付いてあげれなかった……」
「そして、何の気なしに“そんな事言ってないでただ楽しみなよ”って言ってしまった。それができないから相談してきたのにね……その一言がどれだけ残酷だっただろう……」
大切な親友の気持ちに気付かず、軽くあしらってしまった自分。そして、結局、その後の愛音からの最後の電話も取れず、愛音は失踪してしまった。
だから、嶺二はずっと自分を責め続けて、今も苦しんでいるのだろう。
やっと、嶺二の心の奥底に触れられた。
でも、そこには途方も無い暗闇が広がっている。
この人はずっとそんな寂しくて悲しい所にひとりで居たのだと思うと、胸が張り裂けそうだった。
雛子の目から静かに涙が溢れる。
「……愛音のことがあってから、仕事でも恋愛でも特別な誰かを作らないようにしていたんだ…。それなのに、ぼくは……」
嶺二の手が雛子の頬にそっと触れる。
「君は、ちっちゃな頃からずっと変わらないキラキラした瞳でぼくのことを見てくれていたよね。……君の好意が、ぼくに小さな幸せをくれた……」
「近付きすぎてはいけない、好きになってはいけない。
……君は、愛音にとっての大事な“妹”で、ぼくが代わりに守ってあげないとって、そう思っていたけど……。
でも、君は、いつの間にかもう子供じゃなくなってて、あれだけ辛い経験をしてもひたむきで、しなやかな強さを持っていて、そして、そうやって人のために泣いてくれる優しい心を持っている……」
雛子の頬に触れていた手が離れ、肩に置かれたかと思ったらそのまま引き寄せられて、強く抱き締められる。
背中に回されたその手が縋り付くように震えている気がした。
「そんな君が、いつの間にか大切で特別な存在になってたんだ」
「嶺二、くん」
「君の事を考えれば、早々に諦めれば良かったんだ。
歌合戦の時も、今回のことも、迷惑ばかりかけて……。
ぼくは、いつだって一番大事な人を傷付けてしまう」
「そんな事ない!私はそんな事で傷付いたりなんてしないです!
……だって!……だって、私も、嶺二くんのことが……」
「ひなちゃん」
『好きなんです』
そう言いかけた言葉を遮られる。
「ごめん、お願いだから………
それ以上、言わないで……」
涙が混じった声で懇願されて、雛子は口をつぐんだ。
きつく、きつく、痛いくらいに抱き締められる。
雛子の肩に、ポタポタと涙の雨が降り、小さな染みを作る。
嶺二は雛子の肩に顔を埋め、声を押し殺して泣いていた。
「れいじ、くん」
もう、何の言葉をかけていいのか分からなかった。
雛子はそっと嶺二の背中に手を回す。大好きな人に抱き締められているというのに、こんなに悲しくて寂しい気持ちになるなんて思わなかった。
「ごめん、もう少しだけ、このままでいさせて……」
雛子は言葉の代わりに、嶺二の背中に回した手にぎゅっと強く力を込めた。
◆◇◆
どのくらいそうしていただろう。
お互いの体温のあたたかさだけが、辛くて悲しい気持ちを慰めてくれている気がした。このまま時間が止まればいいのに、そう思っていると、ふいに嶺二の手が離れた。
「ごめんね、遅くなっちゃったね。もう、帰った方がいい」
そう言った嶺二の顔には“いつもの寿嶺二”の表情が貼り付けられていた。
「……でも、、 」
「ひなちゃん。タクシー呼んであげるから、早く帰りな。
……また、記事にでもなったら困るしね」
そう言って、すこし自嘲気味に笑った嶺二は、携帯電話を取り出してタクシー会社に電話を掛けている。
その突き放すような気遣いが、雛子にとってはどうしようもなく悲しかった。
「5分くらいで来れるって。もう降りてた方がいいよ」
腕を優しく掴まれ、玄関まで促される。
「あの、嶺二さんっ……」
「……気を付けて帰るんだよ」
そっとドアを開けて帰ることを促される。
その表情からは何の感情も読み取れなかった。
「……ひなちゃんの夢、叶えられなくてごめんね」
ドアが閉まる前にボソリとそう聞こえた。
そして、嶺二が忽然と姿を消したのは、その数日後の話だった。