Song bird (長編連載)
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あれから数週間経ってもどこにも記事が出回ることは無かったが、龍也に言われて、なるべく嶺二と2人きりで行動しないように気をつけていた。
男はフリーで活動する記者のようで所在が掴めず、一緒に居た響に嶺二が連絡をしようとしたが、昔の電話番号はもう使われておらず、前のようにたまたま局で会うような事もなかった。
雛子は前に付け狙われていた経緯もあるので、できるだけ自宅や事務所でできる仕事を回してもらっていた。
嶺二とはこの間ずっと会っていないが、たまに電話やメールでやり取りをしていて、前に張り切って挑んだドラマのオーディションに受かったようで、もう撮影が始まっていると言っていた。
「なんか、モヤモヤするな……」
昼下がりの事務所で雛子が書類をまとめていると、龍也がそうぼやいた。
「あんなにお前を追い掛けていた奴が、何の記事も書かずに大人しく引き下がるとは思えんのだが」
「うーん……。記事にしてもしょうがないって思ったんじゃないですか?だって、そんな7年も前に引退した子役の事なんて、世間はもう興味ないと思うんですけど」
そうあっさりと言う雛子に、龍也は少し意外そうな顔をする。
「桜井、お前、少し変わったな」
「えっ?」
「いい意味で肩の力が抜けてきたんじゃないか?嶺二も同じだな。あいつもずっと気を張ってた所があったが、最近は少し気が抜けて軽くなったっつーか……」
まあ、あいつは元々軽いか。と、ハハっと笑う。
「おっさんのクソあみだで決まった時はどうなるかと思ってたが、お前達、いいパートナーになったな」
「本当ですか!」
元担任の龍也にそんな風に言われると素直に嬉しかった。
それに、龍也から見ても嶺二といいパートナーになれているのならそれは何よりも嬉しいことだ。
「ありがとうございます」
何だか、少しだけ照れ臭くなってしまって、雛は雛子頬をピンク色に染めて笑った。
◆◇◆
(えーっと、確かこの階だよね?)
雛子は、△△局に来ていた。
事務仕事を終え、そろそろ帰ろうかと思っていた時に、春歌から電話があった。
何でも、音也の新曲の打ち合わせで局まで来たが、譜面を事務所に忘れて来てしまったという事だった。
確かに、今日の午前中に春歌が事務所に資料を取りに来ていたので、その時だろうか。
『ひなちゃん、持って来てもらってもいいですか……?』
申し訳なさそうに頼む春歌に、雛子は快く返事をした。
春歌が自分になにか頼み事をするのは珍しいので、頼ってくれたことが嬉しかった。
テレビ局の廊下は長い。
キョロキョロと楽屋を探していると、「ひなちゃん!こっちです!」と、声が掛かって手招きされる。
部屋の前まで行くと、なぜか春歌が慌てたように雛子の手を掴んで中に引き入れる。
「どしたの?はるちゃん、そんなに急いで……」
そう言って、部屋の中を見ると、「桜井、おつかれ〜!」と、ひらひらと手を振る音也と、驚いた顔でこちらを見る嶺二が居た。
「えっ……なんで……?」
雛子もまた驚いていると、春歌が雛子の持っていた譜面の入った封筒をがしっと掴んだ。
「ひなちゃん!本当に、本っ当に!ありがとうございました!音也くん!早速打ち合わせしましょう!今すぐに!」
と、やや早口でまくし立てた。
「うんうん!俺の楽屋で打ち合わせしよっ!
あっ、桜井はせっかく来てくれたんだから、もうちょっとここでゆっくりして行きなよ〜!まだ撮影まで時間あるし!」
やや棒読み気味で音也が言った。
「「じゃ!お二人とも、ごゆっくり〜!」」
こうして、2人はそそくさと部屋から出て行った。
雛子は閉じられたドアを呆然と見た。
これは一体……。
「くくっ……あの2人に図られちゃったねぇ!
急にぼくの楽屋に来て、さっきから2人してずっとソワソワしてるから、何かと思ってたんだよね〜」
あ、なるほど。そう言われて、先程の春歌と音也の不自然な行動が何となく理解できた。
春歌にはあの夜に嶺二が好きだと告白した。そして、その後につい会えなくて寂しいと、言ってしまったことがある。
不憫に思った春歌が提案して、音也もそれに付き合ってくれたのかもしれない。
(はるちゃん、ありがとう……!)
心の中でしっかり手を合わせて感謝した。
◆◇◆
「ひなちゃん、こっちにおいで」
嶺二は手招きして、自分の座るソファの横をポンポンと軽く叩く。雛子は素直にそこに腰を掛けた。
改めて嶺二の方を見ると、ドラマの衣装であろう黒いスーツ。シャツは少しだけ着崩していて鎖骨が見える。そして、珍しく前髪は横に流していて、いつもと雰囲気が違う。
(……えっ、……かっこいい。嶺二くん)
ただでさえ久しぶりの再会でドキドキしているのに、こんな格好を見たら、ますますドキドキしてしまう。
“好き”だと一度自覚してしまったら、もはや それはもう止めることはできないのである。
「久しぶりだね。……会いたかった」
やや低めの声で囁かれて、雛子の心臓はドキドキを通り越して止まってしまうんじゃないかと思った。頬から耳にかけてじわじわ熱を持っていくのが自分で分かる。
「ひなちゃんは?ぼくに会いたくなかった?」
「そんなことは!……私も、会いたかった、です」
「それなら良かった〜!だって、ひなちゃん、さっきからぼくの方見てくれないんだもーん」
そう言われて、はっとして嶺二の顔を見ると、「やっと見てくれた」とやさしく微笑んだ。
「……だって、久しぶりすぎて、何だか緊張してしまって。……嶺二さん、いつもの嶺二さんじゃないみたいだし……」
「あっ、これ?いいでしょ〜!ホストの格好なんだ♪
………“君の瞳に、乾杯”」
クイッと指で軽く顎を引かれて、嶺二の顔が近付く。
雛子の顔がボンっ!と効果音が出そうなくらい赤くなった。あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆い隠す。
「ひなちゃんってば、かーわいいっ!」
頭をポンポンと優しく撫でられて、雛子は両手の隙間から嶺二を見ると、いたずらっぽい顔で楽しそうに笑っている。
「嶺二さん、ズルイ、です……」
◆◇◆
結局、その後は何とか普通にしばらく話をして、嶺二はドラマの収録に戻って行った。
嶺二を見送った後、雛子も帰ろうと局の長い廊下を歩く。
すると、ふと廊下の隅の自販機の前に立っている人物が目に入った。
「片桐さん!」
近付いて服の裾を掴む。逃げられたら雛子は追いかけることができない。
「あー……、ことりちゃんか」
「あの!この間の、あの男の人なんですけどっ!」
「君には悪い事したと思ってるよ……。知らなかったんだ、あの人が昔ことりちゃんを追いかけてたなんて」
響はバツが悪そうに頭を掻く。
「あの時、本当にたまたま会わなければ……。いや、ただの言い訳だな。君のことをまた巻き込んでしまって申し訳ないが……もう、遅いんだ。……もう、俺には止めることができない……すまない」
一体何のことだろう。雛子が疑問に思っている内に、響は足早に去って行った。
(なんか、いやな感じがする……)
その予感は的中して、龍也から急遽呼び出しをくらったのはその日の夜のことであった。