Song bird (長編連載)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ふぅ……」
マンションのエントランスを出て、雛子は大きく溜め息を吐いた。
車で送ると言う嶺二を“タクシーで帰るので大丈夫です!”と何とか止めて出て来た。ただでさえ自分が来て気を遣わせたのに、さすがにこれ以上世話をしてもらうわけにはいかない。
もう少し一緒にいたい気持ちもあったが、それよりも今日は色々な事がありすぎて、少し一人になって気持ちの整理をしたかった。
(いっぱい泣いちゃった……恥ずかしい)
目元に手をやると目尻がカサカサになっている。
そしてふと気付いた。そこにあるはずの眼鏡が無いことに。
(あ、料理する時に邪魔で外したままだった!)
取りに戻ろうか。でも、もう嶺二が休んでるかもしれないし…。それに、最近は眼鏡なしで行動することも増えてきたので、やっぱりまた今度嶺二に頼んで持って来てもらえばいいか。そう考えが落ち着いた所で、突然カシャっという音が聞こえた。かと思ったら、眩い光が放たれて雛子は顔を背けた。
(これって……!)
瞬間的に嫌な記憶を思い出した。カメラだ。
事故のあとに何度も何度も無神経なこの音とフラッシュを浴びた。
「やめて下さい!」
雛子が大きな声を出すと、フラッシュがやっと止んで、その人物を見ると、見覚えがあった。
ここに来る前、響に会った時に一緒に居た男だった。
「キミ、天使ことりちゃんだよね?」
「えっ?」
その声に、その話し方に覚えがあった。
今日会ったよりももっと昔、事故にあったしばらく後、世間と大勢のマスコミはもうとっくに興味を失せた後も、ずっと最後まで付き纏ってきた記者。
そのことに気付いて、ぞわりと鳥肌が立った。
「ねぇ、怪我はどうなったの?普通に歩けているみたいだけど。本当に今は作曲家なの?本当はシャイニング事務所のアイドルなんじゃないの?」
何を言ってるのか意味が分からない。
昔も、もう怪我は治らないのかとか、舞台に戻りたくないのかとか、とにかく無神経なことばかり聞いてくる記者だった事を思い出した。
(やだ、怖い)
走って逃げることもできない雛子は、とにかく誰かに助けを求めようと、バッグから携帯を取り出そうとした、その時、
「おい!!何してるんだ!!」
男を引き剥がして、雛子を背中に隠すように間に割って入って来たのは嶺二だった。
「ちっ、パートナーのお出ましか……。まぁいいや。キミの事もなかなか面白い記事にできそうだし」
「はぁ?!」
何の話かと嶺二が訝しげにすると、男はくるりと振り返って足早に去って行った。
「ひなちゃん、大丈夫?!」
「嶺二さん……なんで、」
「ひなちゃん、キッチンに眼鏡忘れてたでしょ?間に合うかと思って降りて来たんだけど。……あっ、さっきあいつ引き剥がす時に勢いで落としちゃった……ごめん」
少し先に落ちた眼鏡を取りに行く嶺二の姿を見て、急に何だか緊張の糸が切れてしまって、手がかすかに震える。
「ごめん、ひなちゃん。やっぱレンズがバキバキに割れちゃってる……。今度新しいの買ってあげるね」
「ううん。もう、大丈夫です。これ、伊達眼鏡だし。それに、もうことりってバレちゃったし」
眼鏡を受け取る雛子の手が震えていることに気付いて、嶺二はその手を優しく両手で包み込む。
「……怖かったね。もっと早く降りてくればよかった」
雛子は小さく首を横に振る。
2人の手の中に収まるほぼフレームだけの眼鏡を見て、なんだか妙に吹っ切れた気持ちになって、さっきまでの恐怖心がだんだんと晴れてくる。
「嶺二さん」
「ん?」
「さっき、ありがとうございました。……王子様みたいでした」
「ひなちゃん……」
嶺二は珍しく少し照れたように笑った。
◆◇◆
結局、例の記者がまた戻って来ないとも限らないので、念の為に嶺二がタクシーで送ってくれることになった。
「えっ、じゃあ、あいつ、そんな前から君を追いかけてたの?」
「でも、海外に行って戻ってからは全然だったので……。それで、実は今日、うちの事務所の近くで響くんと一緒に居たのを見たんです。私も気付かなくて、普通に響くんに話し掛けて、嶺二さんの所にお見舞いに行くって言ってしまって……不用意でした」
「いやいや、それはひなちゃんは悪くないよ!てか、何でひびきんがあんな奴と……」
「そういえば、あいつ、ぼくの事も“なかなか面白い記事にできそうだし”って最後に言ったんだよね。
……もしかしたら、元々ぼくの事を追い掛けてたのかもしれないな」
「えっ?どうして……」
「それが謎なんだよね〜!こんな2流アイドル追いかけたって、大していいことないのにねっ!」
そんな事を話していたら、あっという間にタクシーは寮の前に着いた。
「寮のセキュリティなら安全だと思うんだけど、ちょっと今日は君を一人にさせるのは怖いから、後輩ちゃんの所に泊まってくれる?後輩ちゃんにはさっきメールしておいたから」
いつの間に…。そして、遠慮する雛子を春歌の部屋の前まで送り届けてくれた。
「ひなちゃん!大丈夫ですか?!」
迎え出てくれた春歌に嶺二が事情をかい摘んで説明する。
「とりあえず、龍也先輩にあとで連絡しておくから。明日また事務所の指示を仰いだ方がいいと思う。もしかしたら、しばらくは2人で一緒にはいられないかも……」
「……えっ!」
あからさまにしょげた顔になった雛子の頭を、嶺二が優しく撫でる。
「大丈夫だよ。その内また一緒に仕事できるようになるよ。なんの記事を書く気か知らないけど、ぼく達はなにもしていないわけだし」
「……はい」
離れるのが名残惜しく、お互いに見つめ合う。
すると、カタンと小さな音が鳴ってそちらを見ると、なぜか春歌が真っ赤な顔であたふたしていた。
「あのっ、私の事はお構いなくっ!空気だと思っていただければ!」
「はるちゃん……」「後輩ちゃん……」
◆◇◆
春歌のベッドの下に布団を引いてもらって、寝転がったはいいが、今日は色々な事がありすぎて、なかなか寝れそうにない。
嬉しことも、悲しいことも、怖いことも、本当に色々あった。
「はるちゃん、起きてる?」
「はい、起きてますよ」
「……一緒に寝てもいい?」
「ふふっ、いいですよ」
「ありがとう」
許可を得たので、春歌のベッドに潜り込む。
2人とも小柄なので、シングルベッドでもそこまで狭さは気にならない。
学生時代もこんなことがあった事を思い出す。
パートナーが去って行ったあの日は、春歌と友千香が雛子を挟んで川の字になって3人で泣きながら寝た。
自分はいつだってこうやって誰かに沢山甘えて助けられて生きている。でも、嶺二はきっとそうじゃない。小さい頃は家族が忙しくて病気でも我慢して、子役の頃は物分かりのいい子を求められたはずだ。そして愛音がいなくなってからは……。そう思うと、あの人の小さな心を抱きしめてあげたいと思うのだ。
「あのね、はるちゃん」
「はい」
「……わたし、嶺二くんのことが、好き、なの」
「はい」
「憧れじゃなくって、ね」
「はい」
「………大好き……なの」
「はい。……知ってましたよ?」
「なんで……」
「ふふ、だって親友ですから」
「……はるちゃん、だいすき」
「それは寿先輩に言ってあげて下さい」
「……うん」
半分涙声になっている親友を春歌は優しく抱きしめて、2人で寄り添い合うようにして眠りについた。