Song bird (長編連載)
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(別に、気にしなくてもいいのにな……)
嶺二の部屋の前で、かれこれ10分ほど雛子は待っていた。
ドアの向こうからは微かにドタバタと音が聞こえる。
気持ちはすごくよく分かる。自分も片付けが得意なわけではないし、作曲に夢中になると部屋は毎回酷い有様になる。だからこそ、人の部屋が多少散らかってようが気にはならないのだが。
「ひなちゃん、ごめん!お待たせ!どうぞ〜!」
招き入れてくれた嶺二の部屋は、とても綺麗に片付けられていた。
「ひとつ注意事項なんだけど、リビングとお手洗い以外は決して入っちゃダメだからねっ!」
「はい!」
雛子にはその気持ちが分かりすぎて、クスクスと笑いながら返事をした。
リビングのソファに座って、お茶をしながらぽつぽつと話をする。横目で嶺二を見ると、いつもより顔が赤いような気はするが、思ったよりも元気そうで安心する。
「嶺二さん、思ったよりも元気そうで良かったです。連絡がないから、倒れてるのかもって心配だったので……」
「……え、ぼく、ひなちゃんに連絡してなかったっけ?」
慌てた様子で携帯を取り出してメールを見る。
「うっそーん……。文章だけ打って、送信ボタン押さずに寝落ちしちゃってたみたい……」
「ということは、事務所で待っててくれてたんだよね?!結構な時間待ってたよね?!本っっ当に申し訳ない!!」
勢いよく頭を下げる嶺二を雛子は慌てて止める。
「そんなに待ってないので大丈夫ですよ!
それに、嶺二さんが無事だったので、本当に良かったです……」
「もう、何ていい子なの……。風邪が治ったら今度ひなちゃんが好きな物ご馳走させて?フレンチでもイタリアンでも中華でも、なーんでもいいからね!」
「……じゃあ、楽しみにしてます」
雛子は本当になにも気にしてないのだが、嶺二がそう言ってくれるのならと喜んで頷いた。
すっかりお茶も飲み終えて、そろそろ帰ろうかと思い、「そろそろ片付けて帰りますね」とカップを持って立ち上がろうとすると、「待って…」と、雛子の手首を嶺二の手が掴んだ。
潤んだ瞳で切なそうに見つめられて、雛子はドキリとする。
掴まれた手が熱い。すごく、熱い。そして、その顔は先程よりも赤くなっている。
(えっ?ちょっと……)
慌てて嶺二の額に手を当てると、驚くほど熱い。
「わっ、嶺二さん!すごい熱!早く寝てください!」
嶺二の手を引っ張って無理やり立たせて、寝室と思われる部屋に誘導する。「ひなちゃん、そこ、ダメ……」そう言われた時にはもう遅い。ドアを開けた先には床に服や雑誌がこんもりと積まれていた。
(ああ、すっごく、よく分かる)
こんな時なのに、共通点を見つけて何だか少しだけ嬉しくなってしまったのだった。
◆◇◆
何とか嶺二にベッドで寝てもらい、コンビニで買っていた冷却シートを額に貼り付ける。
体温計で計ってもらうと39度も熱があって、朦朧とする嶺二から何とか薬の場所を聞き出して、解熱剤を飲んでもらった。寒気もするのか、苦しそうに息をする姿が可哀想だ。
(あ、そういえば……)
小さい頃、雛子が熱を出した時は、必ず翔と薫がやって来て、両サイドから手を握ってくれていたことを思い出して、嶺二の手をそっと両手で握る。
「早くお熱が下がりますように」
ちょっと子供っぽかったかな?そう思いながらも、雛子は嶺二の手の甲を優しく撫でた。
しばらくして解熱剤が効いてきたのか、呼吸が楽そうになってぐっすりと眠ったようなので、雛子はそっと手を離して寝室を出る。
そして、キッチンの片付けに着手しつつ、嶺二が起きた時にお腹が減ってるかもしれないと思い、おかゆを作り始めた。
料理はあまり得意ではないが、一応そのくらいなら作れる。
(男の人を“かわいい”って思うのは変かな……)
鍋を混ぜながら、ふと、そんな事を思う。
いつもは嶺二に対して格好良いと思うのだが、今日はかわいいとか微笑ましいという思いしか出てこない。
(“愛おしい”は“好き”とは違う、よね……?)
手を止めてぼんやりそんな事を考えていると、鍋底がジュッと焼ける音がして慌てて火を止める。お玉で混ぜると焦げてはいないようで安心する。さすがにお粥を焦がすくらいの料理下手と思われるわけにはいかない。
◆◇◆
小一時間ほどして嶺二が寝室から出てきた。
「汗かいたから、ちょっとシャワー浴びてくるね」と浴室に行って、出てきた後は心なしか顔色が良くなっているような気がした。
「ひなちゃん、ごめんね。心配かけちゃって」
「熱、下がりましたか?」
ソファに座る嶺二の横に雛子も座り、そっとその額に手を当てる。触れた感じではだいぶ下がってそうだが、なぜか嶺二の視線がふらりと泳ぎ、少し顔が赤い。やっぱりまだ熱があるのだろうか。
「ちょっと体温計を……」
「ひなちゃん!大丈夫、だから……」
嶺二に手を掴まれ、立ち上がりかけた腰をもう一度下ろすが、その手はずっと掴まれたままだ。
「……?」
不思議に思い、首を傾げて嶺二を見つめる。
少し、戸惑ったような瞳と目が合う。
熱のせいか、やはりいつもの嶺二とは違う気がする。
「ねぇ、さっき、ぼくの手握っててくれた?
……あれ、ぼくの夢かな?」
「あ……はい。昔、私が熱出した時はいつも翔ちゃんと薫ちゃんがやってくれてたんです。だから……」
気付かれていたと思うと、気恥ずかしくなって、それを誤魔化すように俯く。
「すっごく嬉しかったし、安心した。ありがとう」
掴まれた手に嶺二のもう片方の手が重なる。
まだ少し熱を持ったその手がじんじんと熱い。その熱さで、急に変に意識してしまって、今度は雛子の視線がふらふらと泳いだ。
「ぼくの家はね、小さい頃から家族みんな働いてて、自分のことは自分でって教育だったから、病気の時も強がって一人で治してたんだ」
「嶺二さん……」
そうぽつりと漏らす嶺二の瞳は少しだけ寂しそうで、雛子はもう片方の手を嶺二の手にそっと重ねた。
「ひなちゃんは優しいね。ぼくに無いものをいっぱい持ってるよ」
それは嶺二だって同じじゃないだろうか。
雛子からしたら嶺二の方がずっと優しいし、自分に無いものを沢山持っていると思う。
不思議に思って嶺二を見つめる。そのベージュにもグレーにも見える淡い瞳の色がゆらゆらと揺らめいて惹き込まれる。ずっとその揺らめきを見ていたいと思った。
「……ふふ、そんなに見つめられたら穴が開いちゃうよ」
いたずらっぽく笑われて、雛子ははっとして目を反らした。
◆◇◆
雛子の作ったおかゆを嶺二は全て食べ切ってくれた。
その顔色はだいぶ良くなっていて、元気そうに見えたので雛子は安心する。
「だいぶ復活してきたし、ちょっと歌謡祭の打ち合わせしよっか?」
「えっ!いいんですか?」
今日は本当に打ち合わせの予定だったので、音源はそのまま持ってきている。実はこの曲のデモができた時から嶺二に聞いてもらいたくてウズウズしていたのだ。
「うんっ!いいんじゃない?バリバリのアイドルソング!ひなちゃん、ぼくの好み分かってるね〜!」
昭和の王道アイドルソングの要素を取り入れつつも、古くなりすぎないようにアレンジした。
歌合戦の時は視聴者ウケを考えて作ったが、これは純粋に嶺二に楽しんで歌ってもらおうと思って作った曲だった。
(喜んでもらえてよかった)
他の出場者の曲とはテイストは異なるかもしれない。
だが、嶺二が純粋に楽しんでパフォーマンスをすれば、おのずと結果が出ると思ったのだ。
「ぼくが小さい頃に好きだった曲みたいだな。
……小さい頃からアイドルが好きでね、よくマネしたなぁ」
懐かしそうに語るその瞳には、少しの憂いを帯びている。
それから嶺二はポツリポツリと過去の話をしてくれた。
近所でドラマのロケがあって、そこでプロデューサーに気に入られドラマ出演をしたこと、それがきっかけでCDデビューして大ヒットしたこと、でもその人気は長くは続かなかったこと。
「……ひなちゃんと最初に出会ったのは、ぼくが一番落ち目の時だったんだよね。大して見向きもされなくなってたぼくを君はキラキラした目で追いかけてくれて、嬉しかったなぁ」
「ちっちゃいひなちゃん、お人形さんみたいで可愛かったな。もちろん今も可愛いけどね!」
そう言って、子供をあやすみたいに頭をポンポンされて、嬉しいが、その子供扱いに少しだけ目で抗議した。
「あの時、君が、ぼくとまた一緒にお仕事したいって、だからいっぱい頑張ります!って言ってくれて、僕もちゃんと頑張らないとって思ったんだよね」
「そんなこと、覚えててくれてたんですか……」
まさか嶺二がそんな幼い自分が言った戯言みたいな事を覚えているとは思わなくて、目頭がじわりと熱くなる。
「……愛音とも、ミュージカル共演しようねって3人で話したよね。あの時、楽しかったなぁ」
こくりと大きく頷くと、ポロリと一粒の涙がこぼれてソファに小さな染みを作った。
その夢の話をした時には、そう遠くない未来にそれが本当に叶うような気がしていたのだ。
でも、その夢はもう叶うことはない。
「……夢を、叶えられなかった人もいる。夢を諦めた人も、夢に破れた人も……。そんな中でこうして自分の夢を叶えて、それで生きていけるだけで幸せだって思わないといけないんだ。本当は……」
「……でもね、その幸せな輝きの中でも心から楽しめない自分がいるんだ」
嶺二の顔が切なそうに歪む。
泣きたくても泣けないような顔だった。
「アイドルとして活躍すればするほど心が囚われていく。光が強くなれば影が濃くなるように、自分が黒く汚れていくような気がする」
「なのに、もっと幸せになろうって欲張っちゃう。あまりに幸せすぎて舞い上がっちゃったのかな」
嶺二の目を見つめる。
そのベージュにもグレーにもならない虹彩は嶺二そのもののような気がした。
明るい笑顔の裏で、いつだってほの暗い感情をそっとしまい込んでいたのだろうか。
雛子が嶺二の手をおずおずと握ると、少し戸惑ったように握り返してくれる。さっき握った時は熱いくらいだったのに、今は指先が冷たい。もしかして、この話をしてくれるのに緊張していたのだろうか。嶺二がこれだけ自分の胸の内を話してくれたのは初めてだ。
少しだけ、その心の奥の、いちばんやわらかい所に触れられた気がした。やさしくて、悲しい、その心に。
「ひなちゃん、また泣いてる」
気付いたらまたポロポロと涙が溢れていた。
止めようと思ってもなかなか止まらず、困ったように嶺二を見る。
「泣き虫さんだね。君は」
そっと目尻を拭う その少し骨張った長い指を、
その仕方のなさそうに笑う やわらかな声を、
こちらを見つめて優しく
愛おしくて愛おしくて、
そして、この人のことが大好きなのだと気付いてしまった。