Song bird (長編連載)
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(ひなちゃん、大丈夫かな)
いつもなら約束の時間の10分前には着いている雛子だが、先程メールで“すみません!到着するのがギリギリになりそうです”と連絡があった。
前日の雛子の顔を思い出して嫌な予感がする。
目の下には青黒いクマもあり、疲れ切った顔をしていた。
それもそうだ。雛子は嶺二との約束通り、3日で曲を書き上げてきて、その翌日にはオケ録り、それから歌詞入れに振り付けも一緒になって考えた。とにかく、この10日間に詰め込めるもの全てを詰め込んだ。雛子は最後まで曲の細かな調整をしていたので、嶺二よりも寝れていないはずだ。
(やっぱり迎えに行った方がよかったな……)
嶺二はこの収録の前に他の局で仕事があったので、雛子とは現地集合にしたのだが、迎えに行けないことはなかったので今更悔やまれる。
ソワソワして気分が落ち着かないので、楽屋から廊下に出て様子をうかがう。局の出入口まで迎えに行こうかと考えていると、コツコツと廊下の床が鳴る音が聞こえて振り向く。
そこには、杖をついた雛子が居た。
「嶺二さん!ごめんなさい!遅れてしまって」
「いやいや!ちゃんと間に合ってるから!それよりも、足どうしたの?!大丈夫!?」
「……あ、えっと、いえ。……あの、今日は、ちょっと足の調子、悪くて……。でも、大丈夫なので!」
嶺二が慌てて駆け寄ると、雛子は少しバツの悪そうな顔して、しどろもどろに答える。その反応でどう考えても大丈夫じゃないことは明白だ。
だが、今さら帰れとも言えないし、実際に帰ってもらうのも困る。
「とにかく、なるべく座ってて。まだ時間あるから少し寝ててもいいし……」
「いえ、最後の調整もあるし、音響のチェックもしないといけないので。それに、今寝たら起きれる自信がありません……」
昨日よりも酷くなっている雛子のクマを見て、確かに。と妙に納得した。
◆◇◆
嶺二はスタッフの人達と控え室で打ち合わせをしている。
雛子も音源の最終チェックと音響のチェックを済ませた後、スタジオの片隅で壁に背中を預けてぼんやりと収録の準備を見ていた。
「ヒナコ、座ったら?」
どこから拝借してきたのか、藍がパイプ椅子を広げて雛子の横に置く。
「藍くん。でも……」
他のスタッフ達がバタバタと動き回っている中、新人作曲家の自分が座っているのはちょっと…。と、躊躇していると、
「ヒナコが立ってても座ってても、別に収録には何の関係もないと思うけど。足の調子、悪いんでしょ?早く座ったら」
バッサリとその通りの事を言われたので「……はい。そうだよね。ありがとう藍くん」と、雛子は素直にパイプ椅子に座った。
「なんで、ユニット曲使わなかったの?」
先程、音響チェックでスタジオに曲を流していたので、もうバレているようだ。藍の曲はその前に流していたようで、雛子は聴いていない。
「……ユニット曲はQUARTET NIGHTの4人のための曲だから。今回はどうしても嶺二さんのために作った曲で勝負したかったの」
「それで、無茶してこんなことになってるの?またショウに怒られるよ」
「どうか、翔ちゃんには内密に……!」
「まあ、ボクからはわざわざは言わないけどね」
両手を合わせて懇願する雛子に、藍は呆れたように大きく溜め息をついた。
「初めまして。調子はどうです?曲は気に入ってもらえましたか?」
雛子と藍の前に圭がやって来た。
「お疲れさまです」挨拶をして立ち上がろうとするが、その肩を藍が軽く押さえる。座っておけという事だろう。
そんな雛子には圭はまるで眼中にないようで、藍の方ばかりを見つめている。
「まあ、悪くはないね。調子も曲も」
藍は素っ気なく返すが、圭は特に気にしていないようで、その視線は親しい人物を見ているかのようだ。
「この曲は愛音以外に歌いこなせないと思っていたから驚きました。……全てが愛音のために作られていますから」
その発言に雛子はモヤモヤする。いくら藍が愛音に似てるとはいえ、そんな風に言うことはないだろう。
「こうやって間近で見ているとますます愛音にそっくりだ。貴方は本当に愛音ではないのか?」
圭が藍の肩を掴む。その眼差しは縋り付くような、どこか危うさを含んだものだった。
「音波さん!それは失礼だと思います。……藍くんは藍くん、です。愛音くんじゃない」
「ヒナコ……」
思わず立ち上がって間に入ると、2人は少し驚いた表情で雛子を見つめる。
「グッモーニン、エブリバディ!!アイアイとけーちゃんもおっはよ〜ん!…あれ、どうしたの?3人揃って怖い顔しちゃって〜!勝負はまだこれからなんだから〜。リラックスしようよ〜!」
張り詰めていた3人の空気を壊すかのように、嶺二の底なしに明るい声がスタジオに響く。
「嶺二さん」
「レイジ……うるさい」
嶺二の登場に雛子はほっとした。
あれ以上口を開いたらまた余計なことを言ってしまいそうだった。
◆◇◆
美しいピアノのイントロが流れ、藍の透明感溢れる声がスタジオに響き渡る。
「「……この曲」」
嶺二と雛子の声が重なり、思わずお互いを見る。
「ひなちゃん、知ってるの?この曲」
「愛音くんの卒業オーディションの曲ですよね?愛音くんから何度も聴かせてもらいました」
愛音の歌声が好きだった。だからドラマの収録の間にせがんで歌ってもらう事もあったし、CD化されていない音源を聞かせてもらうこともあった。
その中でもとりわけこの卒業オーディションの曲が好きだったのでよく覚えている。
あの頃は、ただ綺麗なメロディが好きというだけだったが、今改めて聞くと、この曲がどれだけ緻密に作り込まれていて完成度が高いかが分かる。
穏やかに打ち寄せる波のような静かで繊細な曲は愛音そのもののようだと思った。
少し離れた場所で圭と響が何の感情も見せずに藍のことを見つめている。
あの2人は何を思っているのだろうか。
この曲を歌う藍を見て、やはり愛音ではないと思う。
藍の歌は完璧だ。でも、そこには感情が乗っていない。愛音がどんな想いでこの曲を歌っているのかを雛子は知っていた。
「ありがとうございました」
曲が終わり、藍がお辞儀をするとスタジオから拍手が起こる。
「やっぱ上手いなぁアイアイ。あの曲をこの短期間でモノにするなんてねぇ」
横でのんびりそう言う嶺二にはあまり緊張感がない。
「でも、この勝負、ぼくが貰ったよ」
親指をグッと立てる嶺二に、雛子は力強く頷く。
嶺二が自信満々にそう言う理由が分かる。自分も同じ気持ちだった。
作り込みや完成度では藍の曲には到底敵わない。
でも、この曲は嶺二のために作って、振り付けやセットも考えた。
アイドルが一番輝くのは全ての要素が一体になった時なのだ。
◆◇◆
スタジオの空気が変わった。
藍のしっとりとした歌の余韻に浸っているように静かだったスタジオが、明るいイントロではっと目覚めたかのようになる。
そして、嶺二が投げキッスやウインクをしながらスタジオの空気を煽ると、徐々に盛り上がりどんどん明るい雰囲気に変わっていく。自然と手拍子が起こった。
カメラワークを考え、嶺二はテレビの前の視聴者に向かってバッチリ決め顔を作る。
「センキュー!」
最後に嶺二がジャンプターンを決めて歓声が起こる。
アイドルが一番輝く瞬間。
雛子が何よりも見たかった光景だ。
(やっぱり、この道を選んでよかった)
作曲家の道に迷いがないわけではなかった。
歌でもギターでも表現する手段は他にもあった。
でも、自分が一番欲しかったのはこの瞬間だったのだと確信できた。
鳴りやまない拍手の中、雛子ももう一度大きく拍手を送った。
結局、視聴者投票では同点になり、藍のその場の一票を持って嶺二の勝ちが決まり、無事に収録は終わった。
「お疲れ様でした」
各々解散していく中、藍と圭が何やら話している。
圭にどうしても言いたい事があって、近付くとちょうど話し終えたようで藍はすれ違った雛子に「お疲れ。ちゃんと休みなよ」と言って去って行った。
「あのっ、音波さん……。私、あの曲を聞いて、思い出したんです。愛音くんが“この曲を歌う時いつも胸がいっぱいになる”って言ってたことを……」
「卒業オーディションのために必死で頑張ったこと。4人で徹夜してバカ騒ぎしたこと。曲の事で圭と言い合いになったこと。この曲を歌うと色んなことを思い出して胸がいっぱいになって泣きそうになる時があるって……愛音くんが、そう話してくれたことがあるんです」
「愛音が、そんなことを……」
「どうしても伝えておきたくて。……余計な事だったならすみません」
お疲れ様でした。と、最後に付け加えてスタジオの出入口へ向かうと嶺二が待っていた。多分、今の会話は聞こえていただろうが、その事は何も言わず「帰ろっか。ひなちゃん」と優しく微笑んだ。
◆◇◆
「それで、あのアクセルターンの所も良くって……、」
完全にハイになっている。
夜道を走る車内で珍しく雛子は饒舌だった。
ろくに寝ていない上に疲労のピークだろう。でも、そんな時に何故だか逆にテンションがハイになってしまうのは嶺二自身にも覚えがある。
先程から雛子はステージのここが良かった、あそこが良かったと、事細かにやや早口で語っている。普段は圧倒的に嶺二の方が口数が多いが、今はうんうんと微笑ましくずっと雛子の話を聞いている。
「最後に嶺二くんがジャンプターン決めて、歓声がわっとなった所ですごく胸が熱くなったんです。私、作曲家の道を選んでよかったって、本当にそう思えて……、」
「学生の時に、パートナーの子に“ひなは自分が叶えられなかった夢を人に託したいだけじゃないの?”って言われて……その時ははっきり違うって言えなかった……」
雛子が自分のことを語り出すのは珍しい。嶺二は静かに耳を傾ける。
「でも…、今は、今だったら、はっきり違うって言える。私は、私の作る曲で人を輝かせたい。それで、沢山の人が笑顔になってくれたら嬉しい……」
「………大好きな人が、私の曲でキラキラ輝いてくれるなんて……これ以上の幸せ、なんて……ない、です……」
言葉尻がだんだん消えて、最後には寝息になった。
「雛子ちゃん?」
ちらりと横目で見ると、完全に寝落ちしてしまったようだ
大事なことを言い逃げられたような気がする。
(その“大好き”は、どの大好きなんだろうね?)
昔からあれだけ懐いてくれていたので、何かしらの好意を持たれているのは分かっている。
それが、人としての“大好き”か、憧れとしての“大好き”か、それとも、恋愛感情の“大好き”か……。
「その言い逃げはちょっとズルいなぁ……」
嶺二は自分の耳がじわりと熱を持つのを感じて、車のウインドウを少しだけ開けた。