Song bird (長編連載)
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「ひなちゃん、ミルクティーでよかったかな?」
「あ、はい!ありがとうございます」
テレビ局から少し車を走らせて、海浜公園の駐車場に車を停めると、嶺二が自販機で飲み物を買って来てくれた。
何も言っていないのに、雛子の好きなメーカーのミルクティーを嶺二が持っていることに少し驚く。この短期間の付き合いで、ある程度好きな物を把握しているマメさが何とも嶺二らしいと思った。
「どうぞ」缶の蓋を開けて渡されて、それを受け取る。
一口飲むとその温かさと優しい甘さでホッとする。
移動中、珍しく嶺二はほとんど喋らなかった。雛子も何からどう喋ればいいのか分からなくて、ずっと流れる窓からの風景を眺めていた。
辺りはもう真っ暗で、海を挟んだ駐車場の向こう側には大きな観覧車がキラキラと輝いている。
真っ黒な海には反射した都会の夜景がゆらゆらと煌めいていて、今はそれが妙に眩しく感じて、雛子はそっと目を逸らした。
「………あの時、愛音から、電話があったんだ」
ぽつり、と、零すように嶺二が口を開いた。
いつもはしっかりと人の目を見て話すのに、その視線は遠くの海面の揺らめきに注がれている。
「……失踪の直前に何度か掛かってきたんだ。
でも、ぼくは、その時デビューをかけたオーディションの最中で、その電話に出れなかった」
「……いや、出れなかったんじゃないな。出なかったんだよ。ぼくはその時の自分を最優先してしまったんだ。愛音が……、親友が傷ついて辛い思いをしていたっていうのにさ」
「そして、気付いた時にはもう遅かった。愛音はもういなくなってた。…………助けられなかった」
「嶺二さん……」
その声が、その横顔が、泣いているように思えた。
愛音のその時の追い詰められた気持ちも、嶺二のどうしようもない後悔も、どちらも想像するだけで胸が苦しくなる。
「だからさ、さっき、けーちゃんが言った事は本当だよ。ぼくみたいな男をパートナーに選ばないほうがいい。
…って、まあ、ひなちゃんが選んだわけじゃないんだけどさ!あんな難解なあみだくじでよくぼくが当たっちゃったよねぇ」
はは、と、嶺二はどこか自嘲気味な笑みを浮かべる。
「君の事は小さい頃から知ってるし、それに、愛音にとっても大事な“妹”だったから……。ひなちゃんには、幸せになってほしいんだよ」
やっと嶺二と目が合った。嘘のない優しいまなざしだった。
でも、雛子にとっては、その突き放すような優しさが悲しかった。
「今からでも遅くないよ。ひなちゃんなら、他の3人の誰がパートナーでも上手くやっていけると思うし……」
「嫌です!」
今日は何だか怒ってばかりな気がする。
怒気を含んだ自分の声を聞いた時に冷静にそう思った。
「そんな事、言わないで下さい。確かに、決まったのは社長のあみだくじだったけど、でも、私も、そう望んでいたんです……」
嶺二は小さい頃の憧れで、初恋の人だった。
初めてのテレビの現場で優しくしてくれて、勇気をくれた人。
時が経ってもその姿は変わらず、あの時の気持ちを思い出させた。
『いつかまた一緒に仕事がしたい』そう言ったあの時の自分とはほど遠いけど、それでも、あのあみだくじに自分の名前を書く瞬間に望んでしまったのだ。
「選べる立場じゃないって分かってたし、誰がパートナーになっても頑張るだけだって、そう思ってた、けど。
……でも、本当は、パートナーになるなら嶺二くんがいいなって、嶺二くんだったら嬉しいなって、思ってたから……」
少し驚いた表情の嶺二が見つめている。
自分の頬がじわじわと熱を持つのが分かる。恥ずかしいことを言っているのは分かっていたが、ここで本当の気持ちを伝えなければ、嶺二がどんどん離れて行ってしまうような気がして怖かった。
「私は、嶺二くんと一緒に歌謡祭で優勝したいです」
言ってしまった。勢いにまかせて。
そんな事を言ったら、嶺二にプレッシャーをかけてしまうかもしれないという不安もあって、自分の思いをはっきりと口にすることができなかった。
それに、嶺二とパートナーだということも、今までは何となく現実感がないようなふわふわした感じだったが、ようやくしっかりと地に足が着いたような気がする。
「……本当に、そう思ってくれてるの?」
「はい!」
迷いなどもうなにもない。
嶺二の目を真っ直ぐに見つめて、雛子は大きく頷いた。
「……ひなちゃん、ありがとう。
君がそう望んでくれるなら、ぼくはその想いに応えるだけだよ」
◆◇◆
「ひなちゃん」
やさしい声がかかり、目を開ける。
窓の外を見ると、そこはもう寮の前だった。
帰り道にいつの間にかウトウト眠っていたようで「私、寝てましたよね……ごめんなさい!」と慌てて謝った。
「いいのいいの!寝顔、可愛かったよ。それに、今日は色々あったから疲れたでしょ?ひなちゃん珍しく怒ってたし」
少しからかうようにニヤリと嶺二が笑う。
改めてそう言われると、今日は色んな恥ずかしい所を見せてしまったことを思い出して、急に照れ臭くなってしまう。
「すみません……。恥ずかしい所をお見せしてしまって……」
「なんでー?ぼくの事庇ってくれて嬉しかったよ!それに、けーちゃんの嫌味にニッコリ返したとこ、最高に格好良かったよ!」
嶺二にニコニコそう言われて、雛子は何だかもういたたまれない気分になって、「あの、そろそろ、失礼しますね……」とシートベルトを外した。
「ひなちゃん」
車から降りようとして呼び止められる。
嶺二の方を振り返ると、すっと手が差し出された。
「?」
「改めて、これからもよろしくね!ぼくのパートナーさん♪」
「はいっ!こちらこそ宜しくお願いします!」
雛子は差し出された嶺二の手をぎゅっと強く握って、笑顔で返事をした。