Song bird (長編連載)
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その少女の事がずっと気になっていた。
スタジオの片隅に置いてあるパイプ椅子に、幼い少女が人形のようにちょこんと可愛らしく座っている。
色素の薄い長い髪の毛はハーフアップにされており、大きなリボンが付いている。パステルピンクのワンピースはお姫様のドレスのようなふわふわヒラヒラのデザインだ。
そんな華やかな服装とは裏腹に、少女の表情は不安そうに揺れている。先程までマネージャーらしき人が付いていたようだが、どこかへ行ってしまったようだ。
(あの子、大丈夫かなぁ)
ここは民放放送の子供向け教育番組の収録スタジオである。
そして、この番組は今の寿嶺二の唯一のレギュラー番組であった。
早々に子役として華々しいデビューを飾った嶺二だったが、今や14歳。ここ最近は仕事に恵まれず、いわゆる“落ち目”の時期であった。
だが、嶺二がデビューした当初から出演しているこの番組だけは、子役の旬をとっくに過ぎた嶺二を見放すことなくいまだに使ってくれている。
子供向けのこの番組は、様々な子役達が曜日ごとにコーナーを担当していて、嶺二は「新たなスター発掘☆」という、色々な才能を持つ子供たちを紹介するコーナーだった。
そして、今日のゲストが
『天使ことり』
とあるミュージカル劇団に所属する子役の少女だった。
一般にはあまり知られていないが、この業界内では割と有名な劇団で、特に今公演中のミュージカルの評判が良く、嶺二もマネージャーに勧められて、つい最近観に行ったばかりだった。
舞台の終盤で少女がピアノで弾き語りする見せ場のシーンがあり、その歌が素晴らしい、心が洗われるような歌声だ、などと、かなり話題になっていた。
確かに、嶺二もそのシーンが一番惹き込まれた。だからこそ、今日のゲストの話を聞いたときは久しぶりにワクワクしたのだった。
(舞台ではあんなに堂々としてたのになぁ)
舞台の上や、カメラが回っているところでは人が変わる役者は沢山居る。彼女もそのタイプなのかもしれない。
そんな事を思っていると、撮影準備の喧騒の隙間から、ふとスタッフ同士の会話が聞こえてきた。
「あの子、〇〇劇団の子なんでしょ?あそこって、確かテレビ嫌いで有名じゃなかった?」
「何か、あそこの代表って、舞台上がりの俳優だったらしいよ。でも、テレビじゃ全然売れなくて、それで今もテレビ嫌いであんまり取材受けないとか聞いたことある〜」
「えー!そうなんだ!なんで今回受けたんだろうね?」
「やっぱ、お客さん入れたいんじゃない?いくらこっちで評判良くても、一般のお客さん入らなきゃ意味ないでしょ!友達が行ってたけど、話題のわりには客席空いてたらしいよ〜。まあ、ミュージカルなんて、所詮そんなもんだよね」
そんな会話に嶺二は苛立ちを覚える。
ああやって、大人達は、聞こえない、聞こえても子供だから分からないだろうと思って、無神経な話を平気でするのだ。自分がデビューしたばかりの頃も散々そんな目にあってきた。
(演技ができるような子が、そんな話を理解できないわけないだろ)
冷めた目でそのスタッフ達を一瞥して、嶺二はことりにそっと近付いた。
「ことりちゃん、緊張してる?」
イスの横で目線を合わせるように、しゃがみ込んで声を掛けると、ことりはビクっと体を揺らして振り向いた。
「ことぶき、さん」
少しだけ表情が緩やかになる。先程、打ち合わせで顔を合わせた時に少し喋ったので、知った顔で安心したようだ。
「れいちゃんでいいよー!寿さんって呼びづらいでしょ!」
「……れい、ちゃん?………いえ!やっぱり、おそれおおいです…」
「恐れ多いって……。ことりちゃん、難しい言葉知ってるんだねぇ。んー、じゃあ、嶺二でも、嶺二さんでも、嶺二くんでも何でもいいよ〜!」
「えっと、………じゃあ、嶺二くんって、呼んでも、いいですか……?」
「もっちろんだよ!」
もじもじと恥ずかしそうに頬を赤らめる姿が可愛らしくて、ついニコニコとしてしまう。
「ぼくもね、舞台観に行ったんだよ。
本当は、ミュージカルって、ちょっととっつきにくいイメージがあって、あんまり観たことなかったんだけど、あの舞台を観て、ミュージカルがすごく好きになっちゃった」
これは本当の事だった。
自分のこれからの方向性を定めるためにも色々と観て勉強しろ、とマネージャーに言われて、渋々観に行ったミュージカルだったが、いつの間にかその世界に引き込まれて夢中になって観ている自分がいた。
「ほんとですか……!」
キラキラとことりの目が輝く。
「ミュージカル、好きになってくれたら、すごくうれしいです!わたしもミュージカルが大好きなんです」
だから、沢山の人に観に来て欲しいんです。と、ことりはぽつりぽつりと拙い言葉で語り出す。
どうやら、この出演のオファーが来た時にテレビ嫌いの劇団の代表は断ろうとしたらしいのだが、ことりはミュージカルを観たことがない人へのアピールのチャンスだと思って、代表に頼み込んでこの出演が決まったようだった。
「だから、今日はぜったいに、上手に歌いたい、です」
さっきまでの不安そうに揺らめいていた瞳が一瞬で変わった。幼い瞳にちらちらと炎のようなものが宿ったように見えた。
(この子、強いなぁ…)
確か、まだ7〜8歳だったはず。自分がその歳の頃はまだデビューもしておらず、ただ子供らしく遊び回ってたような気がする。
「そっかそっか。でもね、あんまり気負いすぎないようにね。いつものことりちゃんでね」
ほーら、スマイルスマイル!と、
その柔らかな頬をつんつんと指先で優しく突くと、ふにゃりとことりの表情が和らいだ。
「でも、テレビのお仕事はじめてなので、すごく、きんちょうします…」
「よし!じゃあ、れいちゃんが緊張しない魔法をかけてあげよう〜♪」
そう言って、そっとことりの小さな手を開かせて、その手の平に指でニコちゃんマークを描く。
「これでいつでもニコニコだよ♪」
ことりの表情が、ぱあっと明るい笑顔になる。
子供騙しだと、やっている嶺二も思うのだが、これが本当に子供には意外と効くのである。
このコーナーはテレビに出たことのない一般の子も紹介することも多く、ガチガチに緊張する子供達をどうにかほぐしてあげようと考えた、おまじないみたいなものだった。
「寿くーん!そろそろ本番だよー!」
スタッフに呼ばれて、嶺二は「じゃあ、また後でね」と、一つウインクを送ってその場を離れた。
(この子、“来る”な、絶対)
このコーナーを受け持って数年、番組を出た後に有名になった子は何人もいる。スポーツ、勉強、芸能、ジャンルはバラバラでも何かしら共通する気配というか雰囲気があって、嶺二はことりにもそれを感じていた。
表舞台に出てくる人間はやはり何かが違うのだ。
あんなに緊張で不安そうにしていた彼女だったが、カメラが回った瞬間に目が変わった。
「天使ことりです!よろしくお願いします!」と、ふわりと無邪気な笑顔を見せたことりは、その場の大人達が求める“天使ことり”という天真爛漫な少女のイメージそのものだった。
そして、ピアノを弾き歌い始めた瞬間、周りのスタッフ達が息を呑む音が聞こえた。あの小さい体のどこから出るのか、伸びやかで感情豊かな歌声。そして楽しそうに輝く表情に、そこに居る全員がその少女に惹きつけられていたのだ。
「ありがとうございました」
ピアノ椅子から降りて、深くお辞儀をして顔を上げて、にっこりと微笑んだ瞬間にカットがかかった。
そして、周りのスタッフ達から自然と拍手が送られる。
「いや〜!良かったよ!ことりちゃん!」
真っ先にプロデューサーがことりの元に飛んできて褒めちぎる。それに釣られて他のスタッフ達もことりを囲んでそれぞれ褒め言葉を掛けるので、少し離れた場所に居た嶺二は声を掛けるタイミングを何となく失ってしまった。
(まあ、いっか…後でも)
ここで大人達の間に入るのも違うだろうと、空気を呼んでその光景を見ていると、大人達の隙間から小さなその顔が見え、目が合った。
「嶺二くん!!」
えっ、と思った瞬間、その隙間から小さな体が飛び出てきて嶺二に勢いよく駆け寄って来る。勢い余って躓きそうになったその肩を慌てて受け止める。
「嶺二くん!嶺二くんのおかげで、きんちょうしなかったです!ありがとうございました!」
多分、自分が声を掛けなくても、この子はちゃんとパフォーマンスをやり遂げただろう、そう心の片隅で思ったが、見上げてくるキラキラとした純粋無垢なその瞳を前にして嶺二はその余計な考えを振り払った。
「すごかったよー!ことりちゃん!お兄さんビックリしちゃった」
本当にすごいと語彙が出てこないもので、何かしら気の利いた褒め言葉を掛けてあげたいのだが、上手い言葉が見つからない。
それでもことりは嬉しそうに頬を紅潮させて、ずっとニコニコしている。
「そろそろ行くよ」と、マネージャーらしき人に声を掛けられると、ことりは明らかにしゅんとした寂しそうな顔になる。そのいじらしさがなんとも可愛らしくて、嶺二は思わずその小さな頭をポンポンと撫でていた。
「また、舞台観に行くよ。楽しみにしてるね」
そう言うと、ことりはにっこりと笑顔を見せた。
じゃあね。と優しく背中を押して促してやる。
ことりは名残惜しそうな顔でちらりと嶺二を見る。そして、歩き出そうと一歩を踏み出してピタリと止まった。そして振り返る。
「あのっ、嶺二くん!わたし……」
「嶺二くんとまた一緒にお仕事したいです!だから、わたし、いっぱいがんばります!」
そう言い切って、笑顔で手を振って去って行くことりに、嶺二も笑顔でやさしく手を振り返した。
去って行く小さな背中を見つめながら、嶺二の中で複雑な感情が過る。
(頑張らないといけないのは、ぼくの方だよ。ことりちゃん)
次の春で中学を卒業する。その時にこの番組も卒業することはもう決まっている。
おそらくこれから有名になっていくであろう彼女の行く先に、果たして自分は立っているのだろうか。
(さて、どうするかなぁ)
ジリジリと焦燥感が嶺二を追い詰める。
そんな彼の元に、母親が早乙女学園の入学パンフレットを持ってくるのはこの数日後の話だった。