Song bird (長編連載)
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「ひなちゃん、今度さぁ、“まいど!アイドルらすべがす”の収録の見学に来てみない?次のゲスト、おとやんとトッキーなんだよね」
嶺二のお誘いに、ぜひぜひ行きたいです!と、二つ返事で受けようと声を出しかけて一瞬止まる。
「あ、もちろん、ぼくが車で送り迎えするからね☆」
嶺二が足のことを思って、そう言ってくれているのは分かった。だが、実は問題はそこではなかった。
雛子はあの事故以来、テレビ局が苦手になっていた。
最初はどのテレビ局に行っても、事故の記憶がフラッシュバックして、動悸や吐き気などの軽いパニック発作のような症状が出てしてしまってダメだった。
でも、翔や龍也や林檎に頼んで、少しずつ何度も一緒に出入りさせてもらって、一応は何とか克服できたはずなのだが、その日のコンディションや状況によってはまだ少し不安が残った。
本当だったら、打ち合わせも嶺二の収録の合間を縫って、楽屋でした方がお互いにとって効率がいいことは分かっているのだが、不安要素が大きいため、今までそれを言い出すことができなかったのだ。
(もう、大丈夫、だよね)
一番最近行った局でも発作は起きていない。
作曲家として活動するにはテレビ局への出入りは必須になるし、収録現場には勉強になることが山程ある。
苦手だと言って、いつまでも避けている場合ではない。
「ぜひ、行かせてください!」
雛子は力強く返事をした。
◆◇◆
収録当日。
スタジオに着くと、嶺二がプロデューサーやディレクターに自分のパートナーだと紹介してくれて、今度のクリスマスライブの曲はめちゃくちゃ格好良いのでぜひ聴きに来て下さい!と宣伝まで積極的にしてくれた。
近くでその様子を見ていると、嶺二は本当にすごい。と、改めて思う。人や場の間を取り持つのがとても上手なのだ。
「やっぱり、寿さんすごいです。勉強になります」
「ひなちゃ〜ん?褒めてくれるのはとっても嬉しいんだけど、呼び方!戻ってるから!」
「……あ、つい」
「今度から“寿さん”って呼んだら、罰としてほっぺにチューしちゃおっかな〜♪」
「……えっ!」
嶺二がからかい気味にそう言って、雛子がオロオロしていると「……寿さん、セクハラですよ。止めて下さい」と後ろからクールな声が掛かった。
「もーう!トッキーったら、冗談だよ〜☆」
「まったく、桜井さんも何でこの人を選んだんだか……」
「え〜、俺はれいちゃんと桜井って合ってると思うけどな〜!」
トキヤはやや苛立ち気に、音也は明るく笑いながら言った。本当は自分で選んだわけではなく、社長の難解あみだくじで決まったのだが、何となく言いづらくてそこは黙っておいた。
嶺二と音也が何やら盛り上がって話をしている間に、トキヤにそっと「……雛子ちゃん」と呼ばれた。
トキヤとはミュージカル劇団に所属する前の、児童劇団の時に知り合った仲なので、2人の時は昔の呼び方で呼ばれることがある。
「現場、大丈夫ですか?翔も心配していましたよ」
「えっ、翔ちゃん、トキヤくんにまで連絡したの?
もうっ、過保護なんだから……」
実は、前日に翔に収録現場の見学に行く話を電話でしたら、「お前、大丈夫か?俺も付いて行こうか?!」と言い出したので丁重にお断りしていた。そもそも翔はこの時間は他の現場にいるはずだ。
「何かね、思ったよりも大丈夫そうなの。ここの現場すごく和やかで雰囲気がいいよね」
「それならいいのですが。くれぐれも無理はしないように」
「ありがとう。トキヤくん」
こうやって気にかけてくれる友人がいるだけで心強い。
「え〜!なになに?なに二人で内緒話してるの!トッキー、ひなちゃんのパートナーはぼくなんだからね!」
プンプン!とわざとらしく膨れ面する嶺二に「それがどうかしましたか?桜井さんと付き合いが長いのはこちらですよ」とトキヤが謎のマウントを取り、音也が「まあまあ」と間に入ってなだめる。
その内、蘭丸まで来てさらに騒がしくなるのを雛子はずっとニコニコしながら眺めていた。
◆◇◆
あれだけ大騒ぎしていた4人だったが、いざ収録が始まればさすがプロ。それぞれに個性を活かして番組は順調に進行していった。
しかし、恋愛相談コーナーの最後のお便りになった時に雰囲気が変わった。別れた恋人のことを10年も忘れられないという内容だった。その手紙のあとに嶺二は少しうわの空になり、代わりに蘭丸が進行していく。収録前に少し台本を読ませてもらったが、流れがそれとは違う気がする。
蘭丸が上手いことフォローして、音也とトキヤに質問を投げかける。2人が喋り終える頃には嶺二はすっかり明るい雰囲気に戻っていて、
「10年で忘れられないからって、11年目で忘れられないとは限らない」
「明日、君を救ってくれる誰かが現れるかもしれない」
「その次の日に君を愛してくれる人に出会えるかもしれない」
そんな言葉でしっかりと締めくくった。
(嶺二くん……?)
とうしてだろう。雛子にはその言葉が嶺二本人の願いのように聞こえたのだ。
◆◇◆
一度カットが掛かって、最後の締めのコーナーの撮影のため、一旦出演者のメイク直しが始まる。
ぼんやりとその光景を眺めていたその時、ガシャン!!と、大きな金属音が鳴り響いて、雛子の心臓がドキリと大きく跳ねる。
「すみません!!」スタッフの一人がどうやら裏に置いてあったマイクスタンドを引っ掛けて倒してしまったようだった。一瞬スタジオ内がざわつくが、すぐに収まってそれぞれの仕事を再開させる。
その内にメイク直しも終わり収録が再開されたが、雛子の動悸は収まらなかった。
(ちがう……。落ち着け落ち着け)
金属が倒れる大きな音に、事故の時の照明が倒れる音が重なる。
(大丈夫、大丈夫だから)
心の中で自分に言い聞かせるが、不安感で胸がザワザワして落ち着かない。だんだん気持ちが悪くなってきて背中には妙に冷たい汗が一筋流れた。
ここで倒れるわけにはいかない。現場で迷惑をかけるなんて、せっかく連れてきてくれた嶺二に申し訳が立たない。
そっとスタジオを抜け出して、ふらつく体で何とか楽屋まで向かった。
◆◇◆
最後の締めのコーナーを撮っている時に、雛子がそっとスタジオから抜けて行く姿が横目でちらりと見えた。
(ひなちゃん?)
足取りが少しふらついているように見えた気がする。
気になりつつも収録途中なので、表向きはなんとか明るく振る舞って締めたが内心はソワソワしていた。
カットが掛かって、早々にチェックを済ませ、出演者やスタッフ達に失礼のない程度に挨拶をして楽屋へ向かう。途中で音也とトキヤが声を掛けてきたが「ごめん!ちょっとひなちゃんが気になるから先に楽屋に戻るね!」と足早に楽屋に戻った。
「ひなちゃん?」
楽屋のドアをそっと開けると、雛子はソファに力なくうなだれるように座っていた。
「…………れいじ、さん」
自分の名前を呼ぶその声が、まるで迷子になって途方に暮れている子供のようだった。
その白さを通り越して青ざめている顔色を見て、嶺二は慌てて雛子に駆け寄る。
「ひなちゃん、大丈夫?!気持ち悪い?お水飲む?」
そう言って水のペットボトルを探すと、すでにそれは雛子の手に握られていたが、蓋を開けようとしたまま固まっている。
「…………お水、開けれなくて……」
雛子のその手は蓋を開けられないくらいに震えていた。
嶺二はそっとペットボトルを取り上げ、フタを開けて雛子に差し出す。「…ありがとう、ございます」力なくお礼を言って震える手で水を飲んだ。
「ごめんなさい。収録、最後まで見れなくて」
「そんな事、全然いいよ。これからまた何度でも見に来ればいいんだし」
雛子は小さく首を振る。
「……もう、大丈夫だって、思ってたのに。大きな音聞いたらビックリして……思い出してしまって」
何を、と聞くまでもない。
あの事故は収録中に照明機材が倒れてきて、雛子が下敷きになったのだ。
直接その事故を見たわけではないが、事故のあとに関係者から話を聞いた嶺二はその悲惨さを知っている。
「ひなちゃん……」
掛けるべき言葉の正解が見つからなくて、嶺二はその華奢な背中をそっと優しく撫でる。
「手、握ってもいい?嫌じゃないなら」
コクリと小さく頷くのを確認して、そっと震える雛子の手を包み込むように握る。その指先の冷たさに少し怖くなって、祈るような気持ちで握る手に力を込めた。
◆◇◆
「桜井、大丈夫かな……?」
足早に楽屋に戻って行った嶺二を気にかけて追ってきた音也とトキヤだったが、少し開いた楽屋のドアから見える重苦しい雰囲気に、そのまま入ることができなかった。
「……寿さんに任せておきましょう」
悔しいが自分があそこに居たとしても、狼狽えてしまって彼女の手を握ってやることすらできなかっただろう。
そう思って、そっとドアを閉めた。