Song bird (長編連載)
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あれから2日で何とか曲を修正して仕上げた雛子はその旨を伝えるメールを嶺二に送った。
すると、すぐに『ごめんね!ここ数日仕事が立て込んでいてすぐには聴いてあげられないかも。予定が空き次第また連絡するね』というメールが嶺二らしい絵文字満載で返ってきた。
(やっぱり、忙しいよね)
ふぅ、と小さく溜め息を吐いて、もう一度曲のチェックをするためにパソコンを開いた。
◆◇◆
次の日、雛子は馴染みの楽器屋の店主から紹介された、サポートギターの仕事でレコーディングスタジオに来ていた。
サポートギターの仕事はもちろん本職ではないが、ドラマや映画の劇伴やアニメやゲームのBGMのような様々なジャンルの曲に触れることができて、作曲の勉強にもなるので紹介されたら積極的に受けるようにしていた。
「お疲れ様でした!それでは、失礼します」
レコーディングは滞りなく終わって、スタジオを出るとタイミング良く携帯が鳴った。
「え!嶺二くん……?」
着信画面には寿嶺二と出ていて、慌てて電話に出る。
「あっ!ひなちゃん?ごめんね!急に電話して」
「いえ、大丈夫です!どうかされましたか?」
「あのねー、今日の収録が急に別日になっちゃって、今からなら空いてるんだけど、あの曲聴けたりするかな?君の都合が良ければなんだけど!」
「あっ、私も今 仕事が終わったので大丈夫です!音源も持っているのでこのまま行けます!どこに向かえばいいですか?」
「待って待って!今、車だから、ぼくがそっちに行くよ!ひなちゃんどこに居るの?」
「△△町の〇〇スタジオです」
「オッケー!そこなら15分くらいで行けると思うから!ちょっち待っててね〜☆」
「分かりました!ありがとうございます」
(パソコン持って来ててよかった!)
今日の仕事には必要なかったが、何となく気になって持ち歩いていたのだ。嶺二に聴いてもらえるまでもう少し掛かるかと思っていたので、想定外だったが嬉しい気持ちの方が大きく、少しソワソワした気分でロビーで嶺二の到着を待った。
◆◇◆
「ひなちゃん、ほんとにエレキ弾くんだね。ぼくも演奏する所見たかったな〜」
「そんな、お見せするようなものじゃないです……」
ミラーで後部座席をチラリと見れば、雛子のエレキギターがシートベルトでしっかりと固定されて積まれている。
あれからすぐに嶺二は愛車でやって来て、2人ともまだ晩御飯を食べていないということで、嶺二のおすすめのお店に向かっている所だった。
「でも、ランランが“ギターの腕は悪くない”って言ってるくらいだから相当だよ!あれ、ランラン的に褒め言葉だからね」
ランランってば素直じゃないからさ〜!と付け加えて嶺二は笑った。
「ギター、いつからやってるの?」
「13歳くらいからです。母とイギリスに行った時に初めて本場のロックライブに行って、もうその時のギタープレイが素晴らしくて…。それで影響されて」
「えっ!イギリス!ぼくもイギリス大好きなんだよね〜!」
「もしかしたら、そうかなって。車の中、ユニオンジャックがたくさんあるので…」
「ついつい集めちゃうんだよね☆えー、ひなちゃんはイギリスのどこ行った?!」
それから、イギリスのどこのお店が良かった、あの場所が良かった、あれが美味しかった、などとイギリス談議をしていると、あっという間に店に到着していたのだった。
◆◇◆
“業界人御用達”という言葉が、その部屋に入った時に真っ先に思い浮かんだ。
地下の駐車場から建物に入り、嶺二がお店の人にカードを見せると最上階まで直通のエレベーターに案内され、一般の客には会うことなく部屋に通された。
部屋は広々としていて、大きな窓からは都内のキラキラとした夜景が眼下に望めた。俗にいうVIPルームというやつである。
雛子が物珍しそうにキョロキョロしていると、嶺二に「ひなちゃん、ここどうぞ」とソファに促されて座ると、思った以上にフカフカの座り心地だったので思わず「……すごく、フカフカですね」とシンプルな感想を口にしてしまい、嶺二が「感想、そこなんだ?!」と面白そうに笑った。
2人して好きな物を頼み、料理を待っている間に、嶺二がテーブルにあるリモコンを手にとって何やら操作をすると、壁が動いて中からカラオケセットが出てくる。
「ここ、こんなのもあるんだ!防音もバッチリだから、大きな音で音源流しても大丈夫だよ」
なるほど、だからこのお店を選んでくれたのかと納得した。部屋に入った時に、あまりのきらびやかさに妙にドギマギしてしまった自分が恥ずかしい。
食事を済ませ、一息ついた後に嶺二にクリスマスライブの曲を聴いてもらう。
「うんうん!いいんじゃない?こないだ言った所も全部良くなってるし!これならあとの3人も納得してくれると思うよ☆」
「本当ですか?……よかったぁ」
嶺二からお墨付きをもらって、雛子は心底ホッとして胸を撫で下ろす。
「よしよし!じゃあ、頑張ったひなちゃんに、れいちゃんがご褒美をあげちゃおうかな〜!」
ローテーブルの下から何やらゴソゴソと取り出す。
カラオケの操作端末だ。
「リクエストをどうぞ?マイガール」
嶺二にうやうやしく端末を渡され、雛子は一瞬戸惑うが、またとないチャンスに手が勝手にその曲を検索していた。
(あった!)
見つけたと同時に確定ボタンを素早く押す。
イントロが流れると、嶺二は、ん?という顔になってディスプレイを見る。そこには懐かしい曲名と自分の名前があった。10年も前の嶺二が一番落ち目の時に出した歌だった。
「えっ!ちょっと?!なんでこの曲知ってるの?!これ、すんごい売れなかったんだけど」
「え?でも、私大好きなんです。この曲」
「もー!仕方ないなぁ。今回だけ特別だよ☆」
パチッとウインクを送って、嶺二が歌い出す。小さい頃に何度も何度も聞いたそのメロディーに今の嶺二の声が重なると何とも感慨深いものがあった。
「センキュー♪」
歌い終えると嶺二はもう一度ウインクを飛ばして、くるりと華麗に一回転した。
あまりに贅沢なステージに雛子は大興奮で拍手を送った。
「いや〜ビックリしちゃった!まさかこの曲リクエストされるとは……よく知ってたねえ」
「小さい頃に何度も聞いてました!」
「ち、小さい頃かぁ」
確かに嶺二と雛子は7歳離れているのでそれはそうなのだが、そのワードに嶺二は少しショックを受ける。
そして、飲み物を飲み干して、ふぅと一息つく。
「よし!じゃーあ、次はぼくちんがリクエストしちゃおっかな☆」
「………え?いえ、私は、そんな」
「何言ってんの〜!あんなに歌が上手いのに〜!」
嶺二は喋りながらも手早く端末を操作していく。
「は、はずかしい、です……」
子役時代に散々舞台やテレビで歌ってきたが、嶺二と二人きりという、このシチュエーションの方が雛子にとってはよっぽど恥ずかしかった。
「じゃあ、ぼくちんも一緒に歌うから〜!ね?お願い」
上目遣いで可愛らしくおねだりポーズをされて「じゃあ、一曲だけ…」と承諾すると、嶺二は素早く確定ボタンを押した。
明るいイントロが流れてくる。
2〜3年前に大ヒットした女性アイドルグループの曲だった。雛子も学生時代に春歌達とカラオケに行った時も定番で皆でよく歌っていた曲で、何だったら振り付けまで覚えている。
「はい!ひなちゃん!」
嶺二にマイクを渡され、雛子は一度スーっと大きく息を吸って歌い出した。
(ノリノリで歌っちゃった。恥ずかしい……)
雛子はマイクを置いた瞬間からすでに後悔していた。
昔から本番前はとんでもなく緊張しているのに、いざ本番になると、楽しくなってきて緊張が吹っ飛ぶという性質だった。
しかも、今回は嶺二も一緒に歌ってくれたので、そのテンションに引っ張られて、途中からノリノリで振り付けも披露してしまった。
「ひなちゃん、可愛いかったよ〜!振りも完っ璧だね!」
嶺二が大きく拍手をすると、ますます冷静になって縮こまった。
「喉乾いたでしょ?どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
いつの間に頼んだのか新しいドリンクを渡され、それを素直に受け取り口を付ける。冷たい飲み物が乾いた喉を潤して、ふぅと一息つく。
静かな空間にカランとグラスの氷の音が小さく響く。
「ひなちゃん」
ふいに名前を呼ばれて振り向くと、思った以上に嶺二の顔がすぐ近くにあり、ドキリと心臓が大きく跳ねる。
「……ごめんね」
そう囁かれたかと思うと、そっと眼鏡を取り上げられる。
「……え?」
雛子は驚いて大きく目を見開いて嶺二を見つめると、その顔はやさしく微笑んでいた。
「……やっぱり。……ことりちゃん、だね」
「!!!」
思わず両手で顔を隠すが、すぐにそれも意味のないことだと思って力なくその手を下げた。
コクリと小さく頷く。
「………ごめんなさい。ずっと言えなくて」
気まずさで嶺二の顔が見れない。雛子が俯いたままでいると、そっと頭を撫でられる。
「ぼくの方こそごめんね。すぐに気付いてあげられなくて」
「……あの、いつから?」
「最初は本当に全然気づいてなかったんだよね。でも、なんとなーく既視感っていうの?ちょっとモヤモヤしてて。でも、こないだの仮歌と即興で歌ってくれた時に、線と線が急に繋がった感じがして、そう思って見たら、顔も小さい頃の面影があるし、それに怪我したのも足だったって聞いてたから……」
「なんで、足のこと……?公表してなかったはず……」
「…………愛音だよ」
「え、」
「あいつ、ことりちゃんのことが心配で、事故の少し後に劇団に直接様子を聞きに行ったんだ」
「……お兄ちゃん」
愛音の顔が思い浮かんだ時に、7年も経った今でも自然とその呼び方がこぼれ出た。
「君にとってもまだ愛音は“お兄ちゃん”なんだね。愛音もそうだった。ことりちゃんの事をずっと“妹”だと思ってたみたいだよ」
「……あの、愛音くんのこと、……聞いてもいいですか?」
「何かで調べたりした?」
コクコクと小さく頷く。
雛子は事故の後しばらくはテレビを見るのも辛くて、ずっと見ないまま海外へ行ったので、日本の芸能界情報には触れていなかった。そして、入学のために日本に帰って来た時に久しぶりにテレビを見ると、嶺二が活躍する姿が映っていた。それなら愛音も活躍してるはずと思って、チャンネルを変えるも見つからず、新聞のテレビ欄で探しても名前が無く、気になってインターネットで調べると6年も前に失踪したという記事が出てきたのだ。
「記事にあったことは本当だよ。ことりちゃんの事故の1年後くらいかな?映画の撮影中に突然居なくなって、もう、ずっとそのまま……」
うつむく嶺二の重く沈んだ声に雛子は何で?どうして?と問うことはとてもじゃないができなかった。
「愛音も君の元気な姿見たら、絶対喜んだと思う。なんせ、ことりちゃんの“お兄ちゃん”だからね」
顔を上げた嶺二の声はもう明るくなっていた。
「……あの!私、頑張ります!歌謡祭で嶺二くんが優勝したら愛音くんもビックリして出てきてくれるかもだし…」
何だか子供みたいな事を言ってしまった。と、言ったあとに急に恥ずかしくなる。
「うん、一緒に頑張ろうね。ひなちゃんが事務所に残れなかったら、ぼくが愛音お兄ちゃんに怒られちゃうよ」
冗談めいて笑う嶺二はもう完全にいつもの明るい姿に戻ってきた。
◆◇◆
車で寮の前まで送ってもらった雛子は「寿さん、今日は本当にありがとうございました!」とペコリと頭を下げた。
「ちょっとちょっと!ひなちゃん!?何で“寿さん”呼びに戻ってるの?!さっき嶺二くんって呼んでくれたじゃん!」
「えっ?私、そう呼んでましたか?ごめんなさい、失礼なことを」
「いやいや!なんで!?ぼく、昔みたいに“嶺二くん”って呼んでほしいな〜?」
「え!無理です!あの時は子供だったから、あんな失礼な呼び方してしまって……」
「全っ然!失礼じゃないから!むしろ“寿さん”って他人行儀に呼ばれる方がぼくちんツラい〜!」
「えぇ、でも……今はちょっと無理かも、です」
「ガビーン!!!」
結局、それから紆余曲折あり、中間をとって“嶺二さん”呼びで落ち着くことになったのである。