Song bird (長編連載)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ごめん、ひな。
わたし、やっぱり、アイドルにはなれない」
そう言って、大粒の涙をこぼすパートナーを雛子は到底責める気になれなかった。
入学してすぐにパートナーとなったその子は、すぐにかけがえのない親友になった。だからこそ、その気持ちを一番大切にしたかった。
競争率200倍という、狭き門を突破して入学してきた生徒達だが、学園生活を送るうちに様々な理由で自ら退学を選ぶ生徒も決して少なくはなかった。
そして、雛子のパートナーが自主退学した時には、すでに卒業オーディションの2カ月前を切っていて、雛子はもう卒業オーディションに挑むことを諦めていた。
オーディション用に作った曲はパートナーだけのもので、他の誰にも歌って欲しくなかった。かと言って、新しくパートナーを探しだして曲を作る時間など、もう残されてはいなかった。
とりあえず卒業だけはして、進路はそれから考えようかなんて思っていると、同じSクラスのトキヤとレンと翔が声を掛けてくれて協力を申し出てくれたのだ。
そして、一から曲を作る時間はなかったので、過去の授業で作って好評だったユニット曲をアレンジし直して、この3人に相応しい曲に仕上げたのだった。
そして、卒業オーディションで事務所に所属できる85点ギリギリを取り、なんとか事務所に所属することができた。
(なんだか、いっつもギリギリな気がする…)
雛子は自室で学生時代のことを思い出しながら、ぼんやりとそんな事を思った。
そのままぼんやりと壁に貼り付けられた沢山の写真達を眺める。学生時代のものがほとんどだ。
そして、ふと、写真の中で控えめに微笑む親友の顔が目についた。
(春ちゃんは順調そうでよかった…)
七海春歌とはクラスは違ったが、ひょんな事で仲良くなり、それから雛子のパートナーと友千香と4人で一緒にいる事が多かった。
同じ作曲家志望の春歌は一十木音也とペアを組み、卒業オーディションで優勝を勝ち取った。
事務所に所属後は、雛子も同様だったが、先輩の女性作曲家の都合でマスターコースを受けることができなかったが、音也のマスターコースの先輩である嶺二に音也とトキヤと共に指導を受けていた。
そして、マスターコース修了後に何やかんやと色々とあって、音也、真斗、那月、トキヤ、レン、翔、セシルの同期7人でST☆RISHというグループを結成することになり、春歌はST☆RISH専属の作曲家になった。
雛子は学生時代から仲の良かった同期達の活躍が純粋に嬉しかった。
(私も、しっかり頑張ろう)
いつもギリギリだが、そこから何とか這い上がれるのが自分の良さだとも思っている。
それに、今回は半年もある。卒業オーディションの時の絶望感に比べればマシなような気がしてきた。
雛子はパソコンを立ち上げて、事務所から送られて来たデータを取り込む。QUARTET NIGHTの4人それぞれのCD音源だ。4人全員となるとなかなかのデータ量なので取り込むのに時間が掛かる。
(人に曲書くのって、ひさしぶりな気がする…)
事務所に入ってからは、先輩作曲家の手伝いをしたり、事務の雑用を手伝ったりしながら、深夜番組のちょっとしたBGMや効果音などの細々とした作曲活動をしていた。
足の事もあって、色んな現場を回って仕事を取ってくるような活動的なことができず、先輩の作曲家や林檎や龍也の紹介で何とか仕事をもらっていた。
そのうち、馴染みの楽器屋でサポートギターの仕事を紹介されて、最近は作曲の仕事よりもギターの仕事の方が多いくらいだった。
作曲することは大好きだ。
でも、パートナーとのあの一件があってから、自分の曲を誰かが歌ってくれるのが想像できなくなってしまった。
(誰かを輝かせる曲を作りたい…)
嶺二の顔がふわっと脳裏をよぎって、雛子は首を振る。
今はユニット曲を作ることに集中しよう。
ピコン、とパソコンが鳴り、音源が全て取り込み完了したようだ。画面を開き、クリックすると早速嶺二の歌声が流れてきて、なんだか先程の考えを読まれたようでドキリとした。
◆◇◆◇
最初に4人の曲をそれぞれ一巡した時には、正直どうしようかと思った。実際に会った時もそうだったが、個々の個性があまりに強すぎる。
嶺二は少しクセのあるキャッチーな歌い方。
藍は透明感のある美しい歌声だがどこか機械的。
蘭丸は迫力のある重低音のロックボイス。
カミュは優雅でゴシックな雰囲気。
それぞれのキャラクターも方向性もバラバラだし、声の音域もバラバラだ。
(なんで、社長はこの4人を選んだんだろう…)
そう思いながらも、そのまま何度も何度もリピートしていると、ある時 瞬間的に雛子の頭に聞いたことのないこの4人のハモる歌声が聞こえた気がしたのだ。
(あれ、これ、もしかしたら、すごいことになるんじゃ…?)
ぶつかり合うけど重なり合う。
そんな言葉が思い浮かんだ。
雛子は慌てて机の中にあるボイスレコーダーを取り出してスイッチをオンにする。
メロディーが逃げる前に吹き込んでおかなければ。
鼻歌でメロディーを奏でる。
雛子の胸の内の不安はもうすっかり晴れていた。
◆◇◆
「はい!龍也先輩!ちゃんとサインしてきたよ〜」
事務所で書類仕事をしていた龍也に嶺二が1枚の紙を差し出した。雛子のパートナーの承諾書だ。
「あー、お前、受けるんだな。パートナー」
「えっ?なになに?断るとでも思ってたの?!」
いや、まあ…。と龍也らしくなく口籠った。
嶺二が学生の頃からの付き合いで色々とよく知っているからこそ、もしかしたら断るのではないかと思っていた。
如月愛音の一件があってから、嶺二が人間関係で壁を作るようになったのを龍也は感じていた。
今までも他の作曲家とパートナーを組む話が出たことは何度かあったがいつの間にか立ち消えていた。
「あの子の話、ST☆RISHの皆から結構色々聞いてて、実は興味津々なんだよね〜!」
「お前…好奇心だけでパートナー組むなよ。パートナーになったからにはちゃんと面倒見ろよ」
「……拾った子猫は最後まで面倒見ろよ的な?確かにひなちゃんって、ちょっと猫ちゃんっぽいよね」
「…おい」
ややふざけだした嶺二をギロリと睨む。
「冗談だよ☆ちゃんと考えたよ。あの子がデビューできるように、ぼくができることは協力するつもりだよ」
「…マジで頼むぞ。あいつには確かな才能があるんだ。……だが、それなりのハンデもある」
「…足のこと?右足ちょっと庇ってたよね」
よくあの数十分で見抜けたな。と龍也は感心する。雛子は普段は少しゆっくりだが普通に歩くので初見で足が悪いことを気づかれることは少ない。やはり嶺二は何かと勘がいいようだ。
「まあ、それもあるが……」
一瞬、天使ことりの事を言いかけて口を噤む。
雛子から「いつか自分からちゃんと言うから」と、ことりの事は口止めされていたのだ。
龍也は元々Sクラスを担当する時に生徒の経歴は聞かされていたので知っているが、どうやら嶺二はまだ気付いていないようだ。
雛子が学生の時に、何かのきっかけで嶺二の名前を出したら「昔、一度だけ共演したことがあるんです」と切なそうに微笑んだ姿を思い出す。
「まあ、とにかく、大先輩としてちゃんとフォローしてやれよ!」
「龍也先輩、“大”は余計じゃない?」