その瞳の名前は、
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『QUARTET NIGHT全国ツアーTABOO NIGHT XXXX』
渋谷の大きな街頭ビジョンに華々しく踊る文字を見て、私は数年前に寿さんと過ごした日々を思い返していた。
初めて出会ったあの日から、寿さんはよく私の家に来るようになった。だんだんと勘を取り戻した私は、数カ月後には満足のいくデッサンを描き上げたが、その後も寿さんは家に来たし私たちはセックスをした。
でも、それから1年も経たない頃に、寿さんは同じ事務所のメンバーとQUARTET NIGHTというユニットを組むことになり、そのユニットは大ブレイクをした。
本人いわく、“マルチタレント色が強く、アイドルとしては2流”だった寿嶺二は、それによって、アイドルとしての寿嶺二を確立させることとなった。
どんどん活躍の場が増える彼に、「私たち、もう会わない方がいいと思います」と告げたのは私だった。
一緒にごはんを食べて、たまに絵を描いて、セックスをする。そんな関係が、付き合っているのかどうかはよく分からなかったので「別れましょう」とは言わなかった。
アイドルとして輝く寿さんをそばで見ていたいと思う気持ちはあった。でも、その輝きを眩しすぎると思っている、ほの暗い自分もいた。
それに、うっかりパパラッチに嗅ぎつけられて、一流アイドル寿嶺二が築40年のマンションに足しげく通い、しかも、その相手が借金抱えたギャラ飲み女だと分かった日には大炎上必至だろう。
寿さんはいつもの笑顔であっさりと承諾してくれるかと思いきや、意外にも、見捨てられた子供みたいな潤んだ目で私を見つめてきた。なにか言いたくて、でも言えないような唇の動きをしていた。そして、すこしの間を置いたあと、「……わかった」と、ひと言だけ告げて、やさしく私を抱きしめてくれたけど、私はこの手をだらりと下げたままで、それに応えることができなかった。
その日から、私は毎日、狂った強火オタクのごとく、寿さんの絵をちょっと泣きながら描き続けた。
そのおかげで画力はすこし向上したし、その謎の熱意は仕事にもいい影響がでた。そして、だんだんと仕事が増えて、2年経つ頃には奨学金という名の借金を完済したのだった。
今の私は、職業はデザイナーだと、自己紹介で胸を張って言えるようになった。
街頭ビジョンに寿さんのドアップが映る。
私はそのきれいな顔の骨格のすべてを知っている。
そしてその衣装の下の、なめらかな素肌も、しなやかな筋肉も、うつくしい骨の形も。
すこしの優越感と気恥ずかしさを抱えて、私はその場を後にした。
◆◇◆
築45年。築年数だけは更新し続けるそのマンションに、私はいまだに住んでいる。相変わらず水回りは絶妙に臭うが、結局のところ、私はここが気に入っているのだ。
鍵を差し込もうとして、なんとなく違和感があった。
そのままドアノブを回すと、今朝たしかに鍵をかけてきたはずのドアがカチャリと開いた。
部屋に入ると、玄関には見覚えのある靴。リビングに入ると、まるで自分の家かのように寛ぐ彼の姿があった。
「…れいじさん、なんで居るんですか。まだツアー中でしたよね?」
「あっ!さくらちゃん!おっかえり〜♪今日と明日はオフだよー!明後日からまた関西方面回るんだ〜!」
そうだった。ライブツアーといえど、毎日公演があるわけじゃなかった。
寿さんはパタパタと子犬のように寄ってきて、私をぎゅっと強く抱きしめた。私は寿さんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめ返して、ついでにポンポンと軽くその背中を叩いた。
「会いたかった」
そう言って、寿さんは私の頬に、ちゅっとやわらかくキスをする。でも、私はそんなのじゃ全然物足りなくて、自分から彼の下唇をやさしく食んで、ペロリと舌先で舐め上げる。すると、お返しとばかりに彼からすこし強引なキスが返ってきて、お互いの舌が交じり合う。もうどちらの舌で、どちらの口内なのかも分からなくなるくらいの甘ったるいキスを繰り返して、すこし酸素不足になりそうなところでお互いの唇が離れた。私はすこし息を整えながら、寿さんの胸元に猫か犬が甘えるみたいに鼻先を擦り寄せる。
そして、その目の前に描かれたロゴに気付いて、すこし微笑む。
「れいじさん、ずっとそのツアーTシャツですね」
「だって、君がデザインしたロゴを着てると思ったら嬉しいんだもん。……君がずっとそばに居るみたいで、ね?」
さすがは一流アイドル。なんて気持ちのいい甘いセリフを吐いてくれるんだろう。
私はもうたまらない気持ちになって、その形のよい下顎をやさしく掴んで齧りつくようにキスをした。
◆◇◆
QUARTET NIGHT初の全国ツアーのコンセプトは、ツアータイトルにもある“タブー”を超えた新しい挑戦だった。
その一環として、タイトルロゴをプロアマ問わず、公募から決めるという企画があった。
あの日、私はテレビを買った。
奨学金も返し終え、そこそこ貯金もできて、そろそろ某局に受信料を払ってやってもいいかな、と心の余裕が持てるようになったのだ。
そして、偶然にも初めてつけたテレビに映ったのが、QUARTET NIGHTの冠番組で、偶然にもその募集をしているところだった。さらに偶然は重なり、奇跡的にも私のデザインは採用されることとなったのだった。
私はタイトルロゴをデザインしただけなので、直接ライブにもグッズ制作にも関わることはなかったが、一応、挨拶だけでもと、シャイニング事務所の方に呼ばれたので、のこのこと行ったら、もちろんそこに彼はいた。
人間ってあんなに目が開くんだ。と思うくらい、寿さんはその大きな目をさらにまん丸にさせて、私を見つめていた。なんだったら、立ち上がろうとして、思いっきり机の裏に太ももをぶつけて悶絶していた。
そして、そのあまりの動揺っぷりに、そこにいる全員(QUARTET NIGHTの皆さんと寿さんの先輩だという人と作曲家の女の子)何となく私たちの関係に気づいたらしかった。
そんなこんなで再会した私たちは、つまるところ、よりを戻したというか、焼け木杭に火が付いたというか。まあ、そんな感じで、前のように、一緒にごはんを食べて、時々 絵を描いて、セックスをする、そんな仲に戻ったというわけだった。
でも、以前のような関係とは違うように思う。
以前はふたりとも どこかほの暗いものを抱えていた。
私は過去の挫折に囚われていたし、寿さんもまた過去のなにかに囚われていたようだった。多分、前の私たちはそんなほの暗いなにかに共感して繋がり合っていたのだ。
その時に比べたら、今の私たちはすこしだけ健全だ。
私は今の仕事に自信を持っていて、もう過去の挫折の苦しさを思い出すことはなくなった。
寿さんもきっとそうだ。今のQUARTET NIGHTのメンバーと信頼関係が築けたおかげで、過去のほの暗いなにかが払拭されたような気がする。
ただし、私たちがやってることが、健全かどうかは別の話である。
ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、と夢中になってキスをしていたら、いつの間にか私が寿さんを押し倒していた。
「……ちょっとっ!さくらちゃん?!」すこし焦ったような寿さんをよそに、私はその胸元に手を置いて口を開く。
「何か、れいじさん、筋肉量増えてませんか?」
何だかパーソナルトレーナーみたいなことを言ってるな、と思ったけど、私のこれはただ単なる趣味である。
実は、先程抱きしめられた時から、すこし違和感を覚えていたのだ。いつもよりもすこし圧迫感があることに。
そのTシャツの胸元のロゴを、人差し指でつぅっと わざとらしくなぞると、寿さんがピクリと反応する。
「…っ!……多分、ツアー中ランランに合わせてトレーニングしてたからかも」
「なるほど…。黒崎さんって立派な胸筋してますもんね」
黒崎さんの姿を思い出して納得する。あの人は鋭さのある男らしい顔つきだからあの胸筋が似合っているが、寿さんの甘めの顔にこれ以上の胸筋がついたらバランスが崩れる気がする。これは何とか阻止しないといけないか?と無言で考えていると、寿さんはすこし慌てたように、ガバッと上半身を起こして、私の肩を掴んだ。
「もしかして、さくらちゃん!ランランのこと描きたいとか思ってる?!」
少しだけうるっとした、子犬みたいな目で見つめられて、私はふふっと笑った。
「黒崎さんも、美風さんもカミュさんも、みんな骨格きれいだし素敵ですけど、私が描きたいって思うのは、いつだってれいじさんだけですよ」
さも当然のようにそう言って、その頬にそっとキスをする。すると、寿さんは大変満足そうに笑って、私の唇にキスをした。
そして、私たちはまた甘ったるいキスを夢中になって繰り返す。ちゅぱっ、と音を立てて唇が離れたと思ったら、私は寿さんにやさしく押し倒されていた。
「形勢逆転、だね」
私に覆いかぶさる寿さんは、唇の端にすこし残った唾液をペロリと舐め、にんまりと楽しそうに笑って耳元で囁いた。
私も彼に見えないように、そっと口だけで笑う。どうせまた、形勢逆転する時が来るのだ。
甘く溶けるような視線で見つめ合う。
その瞳の色に、色番も名前もつけられない。
私は何種類もの絵の具を使って、そのうつくしい瞳の色を表現する。なにをどう混ぜればいいのかは、もう一発で分かる。
私だけの大好きなその瞳の色。
私はその虹彩をうっとりと見つめたあと、今度はその形のよい耳たぶを、かぷりと噛んで、やさしく舐めあげた。寿さんの力の抜けた声が小さくこぼれる。
「れいじさんって、耳の形もきれいですね」
くすぐるような甘い声で耳元でそっと囁いて、そのやわらかな襟足を慈しむように撫でた。