その瞳の名前は、
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「ねえ、“セックス1回でデッサン1枚”って話、まだ有効かな?」
寿さんの淡い瞳の色にじわりと熱っぽさがこもる。
お酒の匂いが残る甘い吐息に、私はごくりと生唾を飲んだ。
◆◇◆
築40年。リノベーションされたこの古いマンションは、見た目だけはとても綺麗だった。ただ、大雨が降れば共用廊下は雨漏りするし、部屋の水回りはいつも絶妙に臭い。このハリボテ感が私にはうってつけだといつも思っている。
家賃20万以上の部屋に住んでいそうな寿さんは、私の部屋の中を物珍しそうにキョロキョロと眺めている。
一応先に「ここ古いんで、水回りが絶妙に臭うんで、ごめんなさい」と忠告しておくと、「ぼくの実家もけっこう築年数経ってるからそんな感じだよ」とやさしくフォローしてくれて、さすがコミュ強だなと改めて思う。
とりあえず、適当にコーヒーだけ出してリビングに座ってもらうと、私は隣りのほぼ物置きと化した和室の押し入れから、画材を探す。大きな箱にぐちゃぐちゃに入れた画材から、要らないものはポイポイ投げ捨て、何とか鉛筆数本と大きめのスケッチブックを取り出した。本当は木炭デッサンがしたかったが、必要なものを探し出せる自信がなかった。
「ごめんなさい、お待たせして」
「全然大丈夫だよ〜!なんか、すごい音してたけど、大丈夫?」
「……まあ、また後で片付けます」
先程の和室の惨状を思い出して、いやな気持ちになるが、致し方ない。
「それで、ぼくはどうしたらいいのかな?ポーズとかとった方がいいの?」
イタズラっぽくウインクをされて、それがまた様になるものだから、これが芸能人か…と感心する。
そのままで大丈夫なので、適当にリラックスして下さい。そう言って、私は早速スケッチブックに鉛筆を走らせた。
私たちは無言だった。
というよりも、私が無言で集中して描いていただけで、寿さんはもしかしたら何か喋っていたのかもしれない。そうだとしたら大変申し訳ないが、私はひとつのことに集中するとそれしかできないタイプなのである。
集中力が切れた時には、もう2時間ほど経っていた。昔は5〜6時間は集中できていたのに、年だろうか。
大まかなものは描けたが、なにも納得できてはいなかった。やはり、絵は毎日描かないと腕が鈍る。もうデッサンなど2年は描いてないので当然のことだった。
絶望のため息を吐いていたら、寿さんが「できた〜?」と近寄ってスケッチブックを覗き込んできた。
がっかりされるのではないかと思って、寿さんを見ると、予想に反してその顔は嬉しそうに輝いていた。
「えっ!すごいすごい!ぼくってこんなにイケメンに見えてる?!」
「私的には全然満足できる出来じゃないんですけど……」
そう言って貰えるのはありがたいが、近くで見る彼とデッサンの彼は私の中ではまるで違う人物だ。
デッサンを嬉しそうに眺める寿さんを、じっと見つめる。垂れ目だけど、眉毛は上がり気味。まつ毛は長さよりも量が多い。すこしだけ鷲鼻だ。下唇はすこし厚め。絶妙なバランスで格好良いと色っぽいと可愛いが混ざっている。
そんな発見をしていると、私の手が、こわいくらい勝手に動いていた。その頬に手を当てて、指で頬骨をなぞる。思ったよりも高い位置にあるな。と思って、今度は下顎に触れたところでハッとする。
「これって、セクハラですかね?」
「ぼくがそう思ってないから、いいんじゃない?」
寿さんの目が、ゆるやかにカーブを描く。なんだかすこし楽しそうだ。
私はお許しを得たと思って、今度は遠慮なく両手でペタペタと触る。やはり骨と筋肉は見ただけじゃ分からないこともあるな、なんて思っていたら、寿さんが私の手首をやさしく掴んだ。
「君ばっかり、ズルいな。ぼくも触っていい?」
思ってもいなかったことを言われて、私はきょとんとしながら、「あ、はい、どうぞ」と、席を譲るくらいの感じで言った。
寿さんの指が、まるで壊れものを触るみたいに、そっと私の頬に触れる。男の人なのに、ひとつもかさついてない滑らかな指だった。指で撫でられたあとは、その大きな手のひらで私の頬を包み込んだ。じわり、熱が伝わって、私は自分の頬がはずかしさで赤くなっているような錯覚に陥る。
楽しそうに私の顔を触る寿さんの瞳をじっと見つめる。
ああ、やっぱり、この不思議な虹彩を水彩で表してみたい。箱の中のきっともうカピカピであろう水彩絵の具を恨めしく思う。ギャラ飲みのお金は肉を買わずに絵の具を買おうか。
「そんなに見つめられたら、ドキドキしちゃうよ」
「だって、ことぶきさんの瞳の色、私、好きです。ずっと、見ていられそう」
私が思ったままのことを言うと、寿さんはすこし驚いたような顔をして目を逸らしたあと、なんとも言えない、むず痒そうな表情をした。こころなしか頬の血色がよくなったような気がする。
私の腰に、寿さんの手がすっと回される。
「……さくらちゃんって、ズルいよね。ぼくに全然興味なさそうなのに、そんなこと言うんだもん」
「本当に興味がなかったら、デッサンなんて描きたくなりませんよ」
デッサンなんて昔吐くほど描いたから本当は嫌いなのだと、デッサンを描きたくなったのは本当に久しぶりなのだと、そう伝えたら、寿さんは一瞬きょとんとして、そして子供が笑うみたいに嬉しそうに笑った。
腰に回った手が、ぐいっと力強く引かれて、私はバランスを崩して寿さんの胸にもたれ掛かる。
耳元にやわらかな髪の毛が掛かったと思ったら、甘噛みするようなやさしさで、その言葉を囁かれた。
そして、話は冒頭に戻るのである。
◆◇◆
その問いに、私はなにも答えずに、寿さんのすこし厚めの下唇をめがけてそっとキスをした。
正直、ずっと欲しかった。デッサンを描いている時から実は欲情してたなんて言えるわけがない。
そもそも、デッサンを描かせてもらう対価としてセックスを提案したのに、これじゃあ対価じゃなくてご褒美では?そんなことを思っていたら、寿さんからやさしく啄むようなキスが返ってきて、私たちはしばらく小鳥が遊ぶようなキスをした。
唇が離れて目が合うと、お互いに悪戯っぽい笑みを浮かべる。
私は体勢を直して、はしたなくも寿さんの両膝に跨がった。膝に座るような形になり、顔と顔の距離がぐっと近くなる。彼の形のよい下顎に手を添えて、その唇にちゅっと音を立ててキスをした。その淡い瞳の色に欲情の火が灯るのが見えた。
どちらが先に口を開けたかなんて、もう分からなかった。
気付いたら、もうお互いの舌が絡まっていて、いやらしく水音を立てていた。私の舌が導かれるように彼の口の中に吸い込まれたのをいいことに、私はここぞとばかりに舌で彼の歯列をなぞる。やっぱり骨格がいい人って歯並びもいいよね。と、妙に納得してその形よい前歯の裏を舐めていると、彼の舌で口の中から追い出された。すこしだけ抗議の目で見ると、「ねぇ、いま絶対なにかチェックしてたよね」と、寿さんは、私の頬をむにむにっと指で軽くつついた。
「だって、ことぶきさん、顎の形もきれいだから、歯並びもきれいかなって…」
それがなにか?くらいの感じで、なんの悪びれもなくそう言うと、寿さんはすこしあきれたように笑った。私はその首に腕を回して、吐息がこぼれるように耳元で囁く。
「わたし、ことぶきさんの全部を知りたいんです」
その、なめらかな肌を、きれいな形の骨を、しなやかに動く筋肉を。せんぶ触って、舐めて、キスをしたい。
おねだりするように、その耳たぶをやさしく噛んでちろりと舐める。寿さんはぴくりと一瞬震えて、私のやわらかい内股に熱をもった固いものが当たった。
寿さんは、お返しとばかりに私の耳たぶの裏を舐めあげて、甘噛みするようなやさしさで囁いた。
「……いいよ。ぼくの全部を君にあげる」
お互いに熱っぽく見つめ合って、どちらともなくキスをした。