裏僕小説その2


黄昏研究所での新たな生活が始まってから、一週間が経った。

転校先の高校にも慣れ、目立った戦闘はないものの、夕月の表情は浮かないままだ。

自室のバルコニーから見える庭を眺めてた夕月の瞳が伏せられ、長い睫毛に淋しげな影が宿る。

(ここの皆は優しいし、天白さんもいい人だ。…だけど、僕はここに来て本当によかったのかな。僕は、皆の役に立っているのだろうか)

ツヴァイジャーは基本的に二人一組で行動する。
お互いが絶対的な絆と信頼で結ばれていて、ふとした時に自分がそこに入り込めないのだと、否が応でも実感する時があった。

自分はまだ、皆の中に馴染めていないのではないか。
こうして独りになると、言いようのない不安や孤独に襲われる。

(何故だろう。あの人に逢いたい)

あの日の出会いから、忘れたことなどなかった、ツヴァイシルバーと呼ばれていた彼を思い出す。
目があった時に感じた、懐かしさの正体。

夕月はまだ、知らずにいた。

「失礼致します。夕月さん」

「あ、綾さん」

女性の声に振り向けば、研究所所属のオペレーター兼メイドの綾が、申し訳なさそうに頭を下げていた。

「勝手にお邪魔してしまって申し訳ございません。何度もお呼びしたのですが…」

「あっ、すみません気が付かなくて!何かご用ですか?」

「はい、天白所長から、皆さまに所長室に集まる様にと仰せつかりました」

「分かりました、すぐに行きます」

物思いに耽っていた思考を打ちきり、夕月は足早に所長室に向かった。






所長室に集まった全員を見渡した天白は、綾に「例の物を」と指示を出した。

テーブルの上に置かれた三十センチ四方の長方形の箱を、皆が眺める。

「これは、今巷で大人気の和菓子店、「克己屋」の新名物「黒虎焼き」ですね」

和紙で包まれた箱の中に、どら焼きが十個、詰め合わせて入っていた。

一体この菓子がどうしたのかという皆からの視線を受け、天白は深刻な面持ちで頷く。

「ここ最近、「克己屋」から菓子を買った若い女性、もしくは男性が相次いで行方不明になっている。なんでも、「黒虎焼き」を食べた者がたちまちこの菓子の虜になり、「黒虎焼き」なしでは生きられなくなるという噂まで流れているそうだ」

「麻薬の類ではないのですか?」

「博士に調べさせたがその可能性はない。愁生、一つ、手に取ってみてくれ」

手渡された「黒虎焼き」に手をかざし、愁生は目を閉じて意識を集中させた。

「…あんこから闇の波動を感じます。所長、もしや…」

「ああ、「克己屋」の二代目店主、遠間克己がアクマに憑依されているか、もしくは組織と繋がっている可能性がある。そこで君達に調査を命じたい。黒刀、千紫郎は克己屋に聞き込みに行ってくれ」

「はい、所長」

初めての本格的な捜査に、夕月は不安を隠せなかった。
これが彼らの日常であり、自分もこの中に加わらなくてはならない。
果たして皆の足を引っ張らずに捜査出来るだろうか。
知らず内に緊張していた夕月に、天白が優しく声を掛けた。

「夕月にとっては初めての事件で色々と不安だろうが、心配いらないよ。私もツヴァイジャー達も君をサポートする」

「はい、頑張ります」

「まあ、今回は夕月の出る幕はないだろう。僕と千紫郎ですぐに片付ける」

「頼もしいなあ黒刀。すぐに解決して帰って来るよ。待っててね」

「はい。お気をつけて」

さっそく調査に向かう千紫郎と黒刀を見送り、夕月も自分に出来る事をするべくツヴァイ博士のもとに向かった。







黒刀と千紫郎は、銀座に店を構える「克己屋」を訪れていた。

老舗の和菓子店には珍しく、若い女性や男性が行列をなしている。

「すごい人気だね。入店するまでに時間が掛かりそうだ。黒刀はここで待ってて」

「なんでだ。僕も行く」

「黒刀は駄目だよ。だって君、試食を勧められたら、うっかり食べちゃいそうじゃない」

「うっ…。僕はそんなに馬鹿じゃない」

和菓子に目がない黒刀は言葉に詰まるが、すぐに心外だと反論する。


「みんな、ここのお菓子は食べちゃだめ!絶対にお店に入らないで!」

二人が行列に並びながら客の様子や店内を覗き見ていると、列をなす客達に呼びかける女の子の切迫した声が響いた。

「…なんだ?」

中学生くらいだろうか。制服を着た女の子が店に入ろうとする客達を必死に止めている。

だが、客は誰も気に留めることなく、まるで彼女の姿が見えていないかのように次々と入店していた。

「あの子、どうしたんだろう。ねえ、きみ!」

声を掛けた千紫郎に、女の子は訝しげな目線を向けた。

「ここのお菓子を買ったら駄目ってどういうことかな。きみはなにか知っているの?」

「どうもなにも、お姉ちゃんが克己屋の店主に攫われちゃったのよ!きっとあの黒虎焼きを食べたせいよ」

「この女は被害者の家族か」

「そうみたいだね。ねえ、俺は千紫郎。その話、詳しく聞かせてくれるかな。俺達はこの事件の調査をしているんだ。きっときみの力になれる」

「私の話を信じてくれるの?…いいわ。私はメイカ」

メイカの話によれば、姉は克己屋から菓子を買った翌日に姿を消したらしい。

他にも、メイカの周りでも同じような出来事が相次ぎ、メイカ自ら調べることにしたのだという。

「あの克己屋の店主が犯人よ。あんなに冴えない顔をしているくせに、女性に囲まれるなんて有り得ないもの。それに…ここのお店に来る人達はどこか様子がおかしいの」

「そう言われてみれば、どことなく目が虚ろだね」

三人が店から少し離れた場所で観察していると、店の奥から克己屋の店主が姿を見せた。

「きゃーっ!克己様~!」

「素敵~!こっち向いて~!」

「いやあ~、どうも~」

客達は一斉に黄色い歓声を上げて店主を取り囲む。
しかし客の目は人形のように光がなく、黒刀と千紫郎はなるほど、と頷き合う。

「確かに、女性にモテそうな男じゃないね」

「というか、和菓子屋なのになんでコックコートを着ているんだ?明らかに不自然だろう!」

「やはりアクマに憑かれているのか。俺、彼に弟子入りして店内を探ってみるよ。待っててメイカちゃん、きみのお姉さんを必ず助けるからね」

「本気か千紫郎?お前まで捕まったらどうする!」

もっと慎重になれと止める黒刀に、千紫郎は安心させるように笑ってみせた。

「大丈夫だよ。俺は絶対に黒虎焼きを食べないし、黒刀も毎日様子を見に来てくれるだろ?」

「…分かった。無茶はするなよ」

この時、二人はまだ敵の恐ろしさを知らなかった。

敵はすでに、動き出していたのだ。







そして、千紫郎が克己屋に潜入捜査に入り、黒刀が客として入り浸ってから数日が経過した。

だが、千紫郎は店主が犯人でアクマ憑きだという決定的な証拠を掴めずにいた。

遠間克己は弟子入りを快く受け入れ、常に優しく店の全てを案内し、表向きは隠し事や隠し部屋など、怪しいところはなにもないように思える。

しかしその間にも店を訪れた客達が次々と姿を消し、千紫郎と黒刀は焦りを募らせる一方だった。

休憩時間、千紫郎は店の裏手に黒刀を呼び出し、お互いの調査状況を確認していた。

「はい、黒刀。俺お手製のどら焼きだよ」

客を装って買った菓子を研究所に送り、箱の中身を千紫郎の作った和菓子と交換する。

「何度も言うけど、いくらおいしそうだからって克己屋のお菓子を食べないでね」

「解っている。お前の作った菓子以外は口にしていないだろう」

「それにしても…おかしいよね。いくら店主を探っても、怪しいところは見つからないんだ。一体どうなっているんだろう」

「歯痒いな。犯人の目的は一体なんだ?千紫郎でも尻尾を掴めないとなると、もしかすると敵は組織の上層部なのか」

「まさか!でもその可能性はあるかもね。まったく気配を悟らせず、しかし行方不明者は続いている。…夕月くんが加わったことに感づいて、「四天王」が動き出したのか…」

だとしたら、事は一刻を争う。
ツヴァイジャー二人ではとても太刀打ち出来ず、事件の被害は更に大きくなるだろう。

「…まあとにかく、もう少し様子をみるしかないだろう。千紫郎、頼んだぞ」

「解ってるよ。…そういえば、夕月くんとは話をした?」

「なんでだ?」

「気になってるんでしょ?ずっと彼が来るのを待っていたんだもんね。一緒にお菓子でも食べてさ、親睦を深めなよ」

「はあ!?だ、誰が…仲良くしたいと言った!」

張り詰めた空気から一転、千紫郎は朗らかな笑顔を黒刀に向ける。

「俺も気になってるんだ、彼のこと。まだ俺達に馴染んでいない…というか、遠慮をしている気がするんだ。でも俺は調査でここを離れられないし、夕月くん、きっと不安なんじゃないかな」

「……」

黒刀も同じことを思っていたのか、反論せずに押し黙った。

「俺達は皆、彼のことが大好きだからね。忠誠とか、守護の対象だけじゃなくて、深い愛情があるんだ」

「…否定は、しない…」

「もっと夕月くんの傍にいたいけど、その役は今は黒刀に譲るよ。…ああ、もう休憩時間終わっちゃうね。じゃあ黒刀、なにかあったらまた連絡するから」

「ああ、行って来い」

店に戻る千紫郎を見送り、黒刀は抱えた菓子箱を見つめる。

「…この菓子に合うお茶でも買っていくか…」

黄昏研究所に戻ろうと黒刀も踵を返したところで、思いがけなく誰かに呼び止められた。

「あの~こんにちは」

「…お前は…」

にこやかな笑みを浮かべた克己屋の店主、遠間克己が菓子箱を持って佇んでいた。

(いつの間に近くにいたんだ?まったく気が付かなかった…!)

自分達に気配を悟らせず、ずっと会話を聞いていたのだろうか。
警戒した黒刀は店主と間合いを取るべく、じりじりと後退する。

「よかったら、ご試食いかがですか?この和菓子、僕の自信作なんです!」

そう言って差し出した箱の中には、黒刀の好物、抹茶のどら焼きと羊羹が詰め合わせて入っていた。

「黒虎焼きの新シリーズなんですよぉ。是非味見をしてください!」

さあさあと迫る店主に気圧されながらも、黒刀の視線は菓子に釘付けになる。

「この抹茶を混ぜ込んだ生地は僕のこだわりで、宇治の抹茶をふんだんに使って作業工程にもこだわりが……」

唐突に始まった菓子作りの熱弁に、黒刀は口を挟む隙もない。

じりじりと迫る店主に、黒刀はとうとう壁際まで追い詰められた。

「……という企業秘密のあれを仕上げに振りかけて、この黒虎焼き新バージョンが出来上がるんです!さあ、ご試食してみてください、絶対美味しいですから!僕はあなたを裏切りません!」

「いや…遠慮しておく…」

暑苦しい熱弁に若干引きながら、話半分で聞いていた黒刀は試食の勧めを断った。

「ど、どうしてですかっ…。僕のお菓子は、やっぱりお、美味しくないからですか!?…っうわああああ~~ん!!」

「お、おい、泣くな!」

突然大声で泣き出した店主に、黒刀はいよいよ困惑する。

(感情の起伏が激しいな。やはりアクマに憑かれて人格もおかしくなってしまったのか)

「ほ、僕のお菓子なんてえ、あなたに食べてもらう価値もないんですう!もう、もう実家に帰りたいです~!」

「わかった、食べる、食べるから泣くな。みっともない」

「ううっ…ほんとですか?」

「ああ、一口だけだぞ」

「えへへ、嬉しいです」

ぴたりと泣き止み満面の笑みを浮かべた店主は、試食用に小さく切った黒虎焼きを黒刀に差し出した。

(まあ、一口くらいだったら問題ないだろう)

千紫郎の忠告を無視し、黒刀は菓子を口に入れた。

「…こ、これは…!」

「ねっ、おいしいでしょう!だってこれは…」





あなたの為に作ったお菓子なんですから。





ぐらりと視界が揺れ、黒刀はその場に倒れた。


黒刀が敵にさらわれた―。
報せを受けた夕月は、皆の待つ所長室へと急ぐ。

「ど、どういうことなんですか?黒刀くんがさらわれたって…」

皆は一様に緊迫した表情で、事の経緯を伝える千紫郎を見つめている。

「俺のせいだ。黒刀は大好物の和菓子の誘惑に勝てずに…。俺の作る和菓子は、やはり克巳屋には及ばなかったというのかっ…」

こうなったのは自分の菓子作りの技術が未熟なせいだったと、責め苛む千紫郎の肩を、夕月が支える。

「しっかりしてください、千紫郎さんのせいじゃありません」

「黒刀をさらうと同時に店主は姿を消した。とうとう、敵は素性を隠す気がなくなったらしい」

天白は懐から、丁寧に折り畳まれた便箋を取り出した。

「黒刀がさらわれた後、黒虎焼きと一緒にこの手紙が届いた」

広げられた便箋を、全員が覗き込む。

そこには、几帳面な字で丁寧な犯行声明文が書かれていた。


『拝啓。 黄昏研究所の皆様。
暖かな日差しが降り注ぐこの季節、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
さて、私、遠間克巳はこの度、ツヴァイジャーである黒刀くんをお預かり致しました。
黒刀くんは、克己屋の地下牢にて、大人しく捕まっております。
つきましては、ツヴァイホワイトと引き換えに、黒刀くんをお返ししたいと存じます。
もし連れて来て戴けないのであれば、まこと残念ながら黒刀くんは僕の奴隷(性的な意味ではありません)にさせて戴きます。
皆様の猶予は二日ございます。
それでは、皆様のご多幸とご武運をお祈りしております。 敬具。』


「んだあ、これ!ふざけた野郎だぜ」

「天白所長。もしや敵の狙いはこれだったのでは?」

愁生の核心めいた問いに、天白は頷いた。

「迂闊だったな。敵はおそらく、陰踏餌瑠縫棲の四天王だろう」

「まさか、黒刀を狙ってきたということは…カーデンツァ!?」

「四天王?カーデンツァというのは?」

「陰踏餌瑠縫棲には、四天王と呼ばれる強い力を持つ幹部がいる。その一人がカーデンツァだ。奴は黒刀と千紫郎を必要に追っていて、何度も激しい戦いを繰り広げてきた、二人にとっての宿敵でもある」

「そして、四天王の一人に、ルカ…ツヴァイシルバーがいた」

「ルカさん、あのひとが幹部だったんですか…」

「とにかく、夕月を行かせるわけにはいかない。彼はツヴァイジャーの要だ。万一なにかあれば、この世界は滅びてしまう」

「でもっ、僕が行かなければ黒刀くんが!」

耐える様に瞳を伏せた天白は、所長としての判断を告げる。

「…彼も世界を守るツヴァイジャーだ。相応の覚悟も出来ている」

天白は言外に、黒刀を切り捨てることを示唆していた。

全員が押し黙り、その場に重い空気が流れる。

(どうして?仲間を見捨てるなんて、僕には出来ない)

「天白さん。行かせてください」

「夕月…。気持ちは分かるが、ツヴァイホワイトとしての自覚を持ちなさい」

「ごめんなさい。僕は、僕は仲間一人を護れないと言うのなら、ツヴァイホワイトになる資格など、ないと思います。世界の為に黒刀くんを犠牲にするなんて間違っている」

「しかし夕月、きみが捕まれば、この世界は滅びてしまうんだよ」

「…誰かの犠牲のために滅びる世界ならば、滅べばいいと思います」

「夕月…」

「夕月ちゃん」

「僕は皆と生きるこの世界が好きだ。皆のいるこの世界を護るために、僕は戦いたい。必ず黒刀くんと一緒に帰って来ます。だから、行かせてください、天白さん」

その場に居る全員が、凛と響く夕月の声に聴き入っていた。

そして、千紫郎が天白に頭を下げたのに続いて、他のツヴァイジャー達も同じように頭を下げる。

「夕月は必ず俺達が護ります。お願いします、所長」

天白はひとりひとりを見つめ、やがて静かに微笑んだ。

「分かった。では君達に命じよう。敵に捕まったツヴァイブラックの救出、及び事件の解決とツヴァイホワイトを、身命を賭して護るように」

天白の声にも、どこか穏やかに安堵した響きが混じっていた。

「ありがとうございます!必ずや命令を遂行致します」

「気を付けなさい。四天王が動き出したということは、陰踏餌瑠縫棲の親玉、レイーガが動き出したということだ」

夕月はその名を何度も聞いていた。
大和が憑かれた時も、レイーガの命令だと言っていたのだ。

「私も君達を追って応援に駆け付ける。決して無茶はしないように」











その頃―。

克己屋の地下牢で、黒刀は意識を取り戻していた。
身体の自由は奪われていないが、薄暗く湿った地下牢は広く、周辺は鉄の柵で囲まれている。

「くそっ…迂闊だった。この僕が和菓子に心奪われるとはっ」

軽率な行動をしてしまった自分を恥じ、黒刀は脱出の手段はないかと視線を巡らせる。

「失礼しますぅ~。お食事をお持ちしましたー…」

「なっ!お、お前はっ!?」

ぎいっと、どこからか軋んだ音を立てて扉が開かれ、薄闇の中に光が射し込む。
扉から現れた人物に、黒刀は目を疑い、すぐに鋭い視線を向けた。

黒刀を攫った張本人、遠間克己が食事を載せた盆を持ってこちらに近付いて来ていた。

「貴様…。攫った人々はどこへいる?」

「催眠状態になっていない…。と、いうことは、あなたがツヴァイジャーの黒刀くんですね!?」

「そうだと言ったら?言っておくが、僕はお前の言い成りにはならないぞ」

遠間は瞳を輝かせ、鉄の柵に掛かっている鍵を外して黒刀の前に跪いた。

「うわあぁぁ~ん!助けてください!僕は、僕はずっとここに監禁されていたんですう~」

わあわあと泣き出した遠間に、黒刀は思わず後ずさる。

「もうその手には乗らないぞ。お前が犯人なんだろう!」

「違うんです!あなたを攫った僕は、僕じゃないんです。カーデンツァという悪魔が、僕に化けて克己屋を乗っ取ってしまったんですぅ~」

「なっ、カーデンツァだと!?」

黒刀がツヴァイジャーとして戦い始めてから何度となく聞いたその名に、黒刀はこの事件の真の狙いが自分だったことに気付いた。

あの男はいつも執拗に自分を狙っていた。
そしてこの事件に自分が関わり、ここへ攫われてきたことは、とても偶然とは思えない。

「おい、僕はお前を信じてやる。絶対に助けてやるから、詳しく話せ」

おいおいと泣く遠間を落ち着かせ、黒刀は事件に至る経緯を聞き出した。


遠間が語った事の真相は、こうだった。

克己屋の二代目店主として店を継いだものの、経営は不振で客足はまばらだった。
このままでは先代の名に傷がつき、店を畳まなければならないと危惧していた時、店の地下で偶然、アクマを呼び出す魔導書を見つけたのだという。

「その本は埃を被っていて、先代の書いた文字でこう書かれていました。

『困った時はこれを開いてネ。でも後でどうなっても責任はとらないよン』

初めは何かの冗談かと思い、半信半疑でした。でも僕は、先代の残してくれたこのお店を潰すわけにはいかなかったんです。僕はこの店を継ぐために、三年もイタリアで修業を積んだんですから。もう藁にもすがる思いでアクマを喚び出したんです」

「いやお前、和菓子の修行でなんでイタリアに行くんだ?」

「そして、僕はアクマを召喚することに成功しました。召喚したアクマはカーデンツァと名乗り、それはもう物凄い美形で…じゃなくて。カーデンツァは僕に言ったんです。

『私に従えば、お前を超イケメンのカリスマ店主にしてやろう。このレシピ通りに和菓子を作れ』

僕は甘い言葉に騙され、カーデンツァに身体を乗っ取られて、ここに監禁されていたんです」

「初めに気付くべきだった。奴の狙いはこの僕。ずっと機会を窺っていたんだろう」

「それはどういうことですか?」

「いや、とにかくお前はここから逃げろ。今、変身して…」

「その必要はないぞ。ブラック」

黒刀が指輪をかざしたその時、背後から声が響いた。
咄嗟に黒刀が遠間を庇い、振り向くと、紅い髪を腰まで伸ばした全身タイツのアクマが、怜悧な口許を上げて笑んでいた。

「カーデンツァ!やはりお前の仕業だったのか!」

鋭い眼差しでカーデンツァを睨む黒刀の双眸は、憎しみに駆られ底の無い、昏く濁った漆黒の色を宿していた。

「また逢えて嬉しいぞ。まさかこんなに早く撒いた餌に喰らいついてくれるとは、ツヴァイジャーも地に墜ちたものだ」

くつくつと嘲笑するカーデンツァの姿に、黒刀は唇を噛み締める。

「黙れ。攫った人間たちは何処へやった」

「この地下牢に捨て置いているぞ。安心しろ、俺の狙いはブラックただひとり。他の虫けらどもがどうなろうとも、知ったことではない。それなりの暇潰しにはなったがな」

「ここに連れて来られた皆さんは、僕がお世話をしていましたので無事です」

「そうか…」

皮肉にもカーデンツァが自分以外に興味を示さなかったことで救われた命に、黒刀は胸を撫で下ろす。

「お前の狙いは僕一人だろう。他の人間は解放しろ」

「そうだな…。あの時のように、お前が俺と楽しいひと時を過ごしてくれたなら、考えよう」

「ふざけるな!僕は今度こそお前を倒す!変身!」

自分一人ではカーデンツァと互角に戦えないことは解っている。
だが、きっと仲間は自分を助けに来るだろう。それまではせめて自分が時間を稼ぎ、捕まった人々を逃がさなくては。

「あ、あなたは一体?」

「僕はツヴァイジャー。この世界を護る正義の味方だ。僕がこいつを足止めする間に、お前はさっさと逃げろ」

自分を庇う少年の背中から、鬼気迫る感情と、この人ならば助けてくれるのではないかという不思議な安堵が生まれる。
震える足を動かして、遠間は別の地下牢に監禁されている被害者達も逃がすべく、黒刀に背を向けて走り出した。



「ここが克己屋…。どうやら結界が張ってあるみたいですね」

「奴は当初の目的を達成した。もう客を攫う必要はなくなったんだろう」

だが、結界が張ってあることで、一般人がこれ以上被害を受けることは無い筈だ。
人気が無くなり、不気味な気配を放つ店に潜入しようとした時、克己屋の店主と、攫われた人々が店内から現れた。

「あ、あなた達は、黒刀くんのお仲間ですか!?」

「下がって、夕月くん」

しかし店主から禍々しい気配を感じないことを確認した千紫郎は、息を切らした様子の店主に事情を訊く。

「助けてください、黒刀くんがひとりでカーデンツァと戦っているんです!」

自分と客を逃がしてくれた黒刀を助けて欲しいと懇願し、遠間は力尽きる。

「分かった。後は俺達に任せて、お前らはどこかに隠れていろ。すぐに家に返してやる」

ツヴァイジャー達は黒刀が戦っている地下牢への道を聞き、仲間を救出すべく走り出した。





地下牢では、黒刀とカーデンツァの戦闘が始まっていた。
しかし、全員揃わないと力を発揮出来ないツヴァイジャーに対して、組織の四天王でもあるカーデンツァの攻撃は黒刀を圧倒する。

(くそっ、やはり僕ではカーデンツァに敵わないのか!)

「ふははは!どうした、グリーンがいなければ俺に指一本触れる事さえ出来ないではないか。失望させるな、ブラック」

カーデンツァの攻撃は苛烈を極め、黒刀は傷ついていく。
とどめの一撃が黒刀に向かって刃を立て、もう駄目かと覚悟を決めた途端、閃光と銃弾がカーデンツァの刃を弾いた。

「ネルネル!」

「ブラック、大丈夫!?」

「お前たち…来たのか」

戦闘服に変身したツヴァイジャーが、黒刀を護るようにして立っていた。

「黒刀、遅れてごめん。助けに来たよ」

千紫郎が手を差しだすと、黒刀はぷいとそっぽを向く。

「別に助けなんかいらない。僕のことは、捨て置けば良かったんだ…」

千紫郎は取ろうとしない黒刀の両手を取り、傷つき、血で汚れた顔をハンカチで拭う。

「言っただろ、生きるも死ぬも、君と一緒。君がピンチなら、俺はどこまでだって助けに行くよ」

黒刀は照れたように、やはり顔を背け、ぼそりと呟く。

「…ありがとう」

聴き取れないほどの小さな声だったが、千紫郎は笑顔で頷いた。

二人の様子を見ていたツヴァイジャー達も、安心したように見つめていた。

「感動の再会はここまでだ。祈りの時間は終わったか?ならば、ここからはお前たち全員を抹殺するために、本気で戦おうではないか」

「そうはさせません!」

一歩前に出た夕月を、カーデンツァは驚きながらも瞳を細める。

「ほほう。これはこれは、お前がツヴァイホワイトか。ブラックだけではなく、ホワイトまで誘き出せるとは…。なかなかいたぶりがいがありそうだ」

「夕月くんには触れさせない。カーデンツァ、天白様の命を受け、お前を倒す!」

「やれるものならば、な。では、戦闘の再開といこうではないか」

カーデンツァが攻撃を仕掛けたのを合図に、ツヴァイジャー達は一斉に向かっていった。

夕月は皆を援護する為、離れた場所から力を注ぐ。

だが、カーデンツァの他にももう一人、背後から近付いて来た敵に、夕月は気付けなかったのだ。

「うわあっ!?」

「夕月!」

背後からの衝撃を受け、夕月は壁際に吹き飛ばされた。
背を打ち付け、痛みに顔を顰めながらも立ち上がり…夕月は目の前の人物に驚愕した。

新たな敵…、それは。

「か、奏多さん?」

そこに悠然と佇んでいたのは、今まで連絡が着かなかった、最愛の幼馴染、若宮奏多だった。

しかし夕月を見下ろす瞳は光を宿さず、氷のような冷たさを放っている。

カーデンツァと同じ装飾を施した戦闘タイツは虹色で、それは彼が、紛れもない敵だと物語っていた。

「夕月…。久しぶりだね」

「奏多さん、どうして?今までどこに…。それに、その服は?」

「これはレイーガ殿。登場を待ちきれなかった様子だが?」

「れっ、レイーガって…奏多さんが?」

大和に憑りついたアクマ、そして天白の言っていた悪の親玉こそ、目の前の人物レイーガだった。

夕月はとてもその事実が受け入れられず、ただ立ち尽くすばかりだった。

「そうだ。私は陰踏瑠餌縫棲の最高指導者、レイーガだ。ツヴァイホワイト」

冷酷な事実を、若宮奏多否、レイーガは淡々と口にする。

その間にも、レイーガは優美な歩みで夕月と距離を詰めていった。

「離れろ!夕月!」

仲間が叫び、駆け付けて来るのも夕月には届かない。
ただ、呆然と目の前の彼を見つめるばかりだ。

「奏多さん…僕はあなたと戦わなくちゃいけないんですか?ずっとずっと、僕の傍にいてくれたのに」

「君がツヴァイホワイトとして覚醒したその日から、僕は君の敵だった。君が東京に来たあの日、手下に君を襲わせたのは僕だよ。他の奴らが僕を研究所に招いてくれたおかげで、そちらの大事なデータも盗むことが出来た」

あの日から、奏多は奏多ではなかったのか。
自分の運命の歯車が、大きく狂っていたことに、どうして気付けなかったのだろう。

「残念だよ。君がホワイトとして目覚めなければ、僕はずっと君の傍にいられたのに。これも全て、天白の思惑通り、ということか」

「天白さんの…?」

「随分な言い草だな。レイーガ」

振り向けば、ゴールドの戦闘タイツに身を包んだ天白が、悠然と立っていた。

「遅くなってすまない、夕月」

天白は夕月を庇うように、レイーガと対峙する。

「天白さんも…ツヴァイジャーだったんですか…?」

「ああ、私は所長でありながら、ツヴァイゴールドとしても戦っている。そしてレイーガ…いや、ツヴァイレインボーも、かつては私達の仲間だった」

「か、奏多さんがツヴァイレインボー!?」

「昔の話だ」

レイーガは仲間を裏切り敵側についた。
そういうことだろうか。

何故、と夕月が訊く前に、レイーガと天白は共に戦闘態勢に入る。

「夕月は下がっていなさい。レイーガは私が倒す」

「ふん、やれるものならば…な」

「待って下さい、倒すなんてっ!」

「愚かだなツヴァイホワイト。お前は何の為にホワイトの道を選んだ。長きに渡るこの戦いを終わらせるのは、私を倒すか、君が倒されるか、二つに一つだ」

レイーガは冷酷に、夕月に覚悟を突き付ける。
解っていた筈だ。自分がツヴァイジャーの道を選んだ時から、普通の日常には戻れないということを。

だが、突き付けられた真実はあまりに残酷で、夕月の心は一瞬にして揺らいだ。

「そんな…もう、あの頃の優しかった奏多さんはいないんですか?二人で笑いあって、いつも僕を助けてくれた、あの日々には、もう戻れないんですか?」

レイーガは顔を背けて答えない。

二人の会話を、天白は無表情に見つめている。

「奏多さん!」

「終わりだ夕月!」

レイーガは夕月の叫びを振り切るように、攻撃を開始した。

呪文と共に、氷の刃が夕月に向かって迸る。
だがすぐさま天白が夕月を庇い、反撃を喰らわせる。

「今の君に戦うのは無理だ。下がっていなさい」

天白の言葉も耳に入らず、夕月はその場に立ち尽くした。

「ツヴァイレインボー、いや、レイーガ!私は陰踏餌瑠縫棲からこの世界を守り、お前を倒す!」

遠くでは、ツヴァイジャー達がカーデンツァを相手に戦っている。

八人揃っても尚、カーデンツァの戦闘能力は強大で、皆は劣勢に追いやられていた。

(どうすればいい?僕はなんの為に此処にいる?僕はどうすればっ)

混乱と焦燥が頭を駆け巡る。

その時だった。


銀色の閃光が、夕月とレイーガ、天白の間に迸る。

眩しさに目を細めた瞬間、夕月の目の前に、自分を庇うようにして立ちはだかる、銀の戦闘タイツの後姿が見えた。

「…っ、ルカ、さん?」

心の中で彼に助けを求めたら、呼応するように姿が現れた。

ルカはゆっくりと夕月を顧みて、銀の瞳を僅かに細める。

まるで、もう大丈夫だと、夕月を安心させるように。

「貴様…我々を裏切ったばかりか、今度はツヴァイジャーの手足になるとは…」

レイーガの侮蔑にもルカは顔色を変えず、夕月を悲しませるかつての同胞に敵意を向けた。

「お前こそ、自分の事を言えた立場か。それに、俺は初めからユキの味方だ」

迷いのないルカの断言は、夕月をひどく混乱させる。

「僕の味方…?四天王だったあなたが何故?」

ルカに逢って感じた、あの懐かしい違和感のヒントが、今の彼の言葉に隠されている気がした。

「今は知らなくていいんだ、夕月。だが…これだけは信じてくれ。俺は必ずお前の助けになる」

「大した忠誠心だ。ルカ…いや、ツヴァイシルバー。お前にもここで消えてもらおうか」

「ルカと私を相手に、勝てるとでも思っているのか?」

余裕じみた天白の挑発に、レイーガは不愉快そうに眉を顰める。

「もうじき四天王の一人、ルーゼが駆け付ける。思い切り殺りあって、この場所を最後の戦いにしようではないか」

素早く戦闘態勢に入るレイーガからは、壮絶な覚悟が感じられた。
自分の身の全てを懸けて、レイーガは戦いを終わらせようとしている。
こちらも本気で戦わなければ、レイーガに勝てる見込みはない。

勝負の行方は全て、ツヴァイホワイトである夕月に掛かっている。

彼は戦える状態なのか。天白がレイーガから視線を逸らさずに彼を窺うと、夕月はしっかりと自分の足で立ち上がり、レイーガを見据えていた。

夕月の心は揺れている。戸惑いの拭い去れない弱々しい瞳で、しかし彼から湧き上がる決意のような空気に、天白もルカも目を見開いた。

「ルカ…ここはいいから、皆を助けに行ってくれる?」

「ユキ…だが…」

「お願い。僕は大丈夫。あのね…」

夕月はおもむろにルカの耳に顔を寄せ、なにかをひそひそと囁く。

ルカは一度、小さく頷いて、素早くツヴァイジャー達のもとに駆けて行った。

それと同時に、天白とレイーガの肉弾戦が開始される。

目にも留まらぬ速さのレイーガの強烈な一撃で、天白は後方に飛ばされる。

天白も夕月を庇いながら、リーチの長い体をレイーガに向かって体当たる。

ゴールドとレインボーのタイツが宙を舞い、鮮やかな軌跡を描く。

「ははははっ!レイーガ、お前の技は見切っている!新しい器は、どうも運動神経に欠けるようだな」

「ふん、お前こそ、体の衰えを自覚しているのではないか?無理な若作りは滑稽だな!」


夕月は二人の戦闘を見守りながら、戦っているルカとツヴァイジャー達に、心の中で祈りを送った。

夕月の祈りはツヴァイジャーの能力を上げる。
心の中で甘い言葉を特定の人物に向かって囁いてやることで、その人物に夕月の声が届き、能力を飛躍的に上げる。
夕月はツヴァイ博士に教わった通り、一人一人に励ましの言葉を送っていった。

(頼りにしています!頑張って、焔椎真くん!)

「っしゃああ!俺に任せろ夕月!」

(千紫郎さん。大好きです。僕のこと、全力で守ってください!)

「わかったよ、夕月くん!愛してる!」

(十瑚ちゃん、戦っている姿がとてもカッコいいです!)

「ありがと夕月ちゃん!ちょー嬉しい!」

全員の動きが格段に上がり、劇的な変化にカーデンツァは怯み始めた。

「ちっ…なんだ、こいつらの動きは…先程とはまるで別人だな」

「愛よ!愛!あたしだけに、夕月ちゃんが囁いてくれるんだから!もうあなたには負けないわ!」

「隙が出来たな、カーデンツァ」

いつの間にか、ツヴァイジャー達に気を取られていたカーデンツァの背後に、ルカが距離を詰めていた。

「なにっ…くそっ!」

ルカはカーデンツァを羽交い絞めにして、動きを封じる。

「ユキ、いいぞ!」

ルカの合図に、夕月は頷いた。
両手を高く掲げ、ツヴァイジャー達に呼びかける。

「皆さん、僕にパワーを送ってください!あの技を発動します!」

「夕月、まさかあの技を?いつの間に」

いち早く黒刀が皆に鼓舞を送り、全員が手を繋ぎながらカーデンツァを囲み、円陣を作った。

「いきます!ツヴァイパワーレボリューション!!」

夕月が天に向かって叫ぶと、頭上に白い光が集まった。

「ツヴァイパワー!」

続いてツヴァイジャー達がそれぞれに叫びながら夕月にツヴァイパワーを送ると、光の集合体は巨大化し、カーデンツァとレイーガの周りにも纏わり始めた。

「ツヴァイスペシャルフィーバー、発動します!」

光は一直線にカーデンツァとレイーガに向けて直撃した。

「うわあっ!」


『ツヴァイスペシャルフィーバー』とは、ツヴァイ博士が開発した、ツヴァイルト全員と皆の心がひとつにならなければ発動しない、最大にして最強の夕月の必殺技である。

この聖なる光を身に浴びた邪悪なものは、全ての能力を低下させ、下位のアクマならば消滅してしまう強力な力を持っている。
byツヴァイ博士。


「くそっ…やられたか。だが、目覚めたばかりのホワイトでは、まだまだ力が及ばなかったようだな…」

「そんな、どうして!?まだ動けるなんて…僕の力が足りなかったから…」

「ユキ、お前のせいじゃない。悪いのは、気持ちにばらつきがあったツヴァイジャーのやつらだ」

がくりと肩を落とす夕月を、ルカが肩に手を置いて慰める。

「お前のせいだぞ焔椎真!声は揃えろと言っただろう!」

「ああ!?んだとこのやろー!斎悧が恰好つけて語尾を伸ばすからだろうが!」

わあわあと相手を罵りあうツヴァイジャー達を、レイーガは嘲笑した。

「どうやら、お前たちの絆はまだ深くはないようだな。一気に潰せそうだ」

「レイーガ…その傷付いた体でまだ戦うと言うのか」

「いや、今回はこの位にしておいてやろう。…私は疲れた。ルーゼ」

「…遅くなった。召喚主よ」

レイーガの視線の先から、ワインレッドの戦闘タイツを纏った男が現れた。

ルーゼと呼ばれたその人物は、ルカと容姿がひどく似ていた。

夕月が驚きにルカを見上げると、ルカはルーゼを複雑な表情で睨みつけていた。

「遅刻だルーゼ。これで何回目だ。職務はきちんと遂行しろ」

「別にさぼっていたわけではない。召喚主が『ラジエル号』を発進させるかと思い、整備していた。…だが、今回は必要なかったようだな」

「ああ。『ラジエル号』は操縦要員のアマッデーウスが不在だ。『ソドム号』の天才操縦士、ツヴァイ博士とやり合うのは不利だろう」

「懸命な判断だ。…今日のところは引くぞ」

レイーガに肩を貸し、ルーゼはルカと天白、夕月を見やる。

「世話になったな。だが次は、ホワイトを抹殺する」

「ユキは俺が護る」

ルカとルーゼの間で、静かな交錯が交わされる。

夕月は二人のことを問いたかったが、動揺したまま見守ることしか出来ずにいた。

「では、行くぞ」

カーデンツァと共に、レイーガはツヴァイジャーに背を向ける。

「待って、奏多さん!」

夕月は堪らずに声を上げたが、レイーガは夕月を一瞥しただけで、姿を完全に消した。

ただ、その光のない双眸は、夕月に無言の決別を示していた。

そして…傍にいたルカも、気が付けば姿を消していた。


辺りには、なにもなかった。

ツヴァイジャーも、夕月も、天白でさえ、ただ敵の去って行った虚空を見つめていた。



世間を騒がせた、「和菓子屋失踪事件」から数日が経った。

攫われていた客たちは全て家族のもとに帰され、事件の記憶はツヴァイ博士の薬と、斎悧の催眠技術によって消され、何事もなかったように全員が日常に戻っていた。


事件の後処理に追われていた皆にも、ようやく穏やかな時が訪れる。

「みなさーん!ご飯が出来ましたよー!」

「遅いわよ遠間さん。もうおなかペコペコ~」

店主の遠間克己は自身の未熟さを恥じ、記憶の消去を拒否し、天白に土下座をして黄昏研究所のお抱えコック兼パティシエ(臨時職員、常勤)として再就職することとなった。

ここで皆に尽くしながら、もう一度店を再開する為に和菓子の修行をするという。


ツヴァイジャー達が賑やかに食卓を囲んでいると、綾から、所長室に来るようにとの連絡が入る。







「皆、今回の事件、よくやってくれた。おそらくはレイーガも、当分仕掛けては来ないだろう」

レイーガと聞いて、ツヴァイジャーの何人かが夕月に気遣わしげな視線を向ける。
夕月は微かに微笑んで見せ、大丈夫だと頷いてみせた。

レイーガとホワイトの邂逅は、ツヴァイジャーにとっても衝撃だった。

心も傷付いた夕月を少しでも慰めようと、ツヴァイジャー達は知恵を絞った。

笑わせるようなことをしてみたり、遊びに誘ったり、添い寝をしたり…だが、表面上は大丈夫だと気を張る夕月を本当に救えるのは、あの人だということも、ツヴァイジャー達は知っていた。

「だが、下位のアクマに憑りつかれる者は、この先も出て来るだろう。しばらくは地区の監視を君達に命ずる」

「はい、所長」

「そしてもうひとつ…夕月。特に君に大きな任務を任せたい。まだ君の心が癒えていない時に、酷なことを言うと思うが…」

「いえっ、僕は大丈夫です。僕に出来ることならばなんでもします!」

「そうか…。実は、ルカ…我々がツヴァイシルバーと勝手に呼んでいるあの男を、正式にツヴァイジャーに加入させようと思う」

天白の決断に、夕月も含めたツヴァイジャー達は一様に騒めき出す。

特に顕著な動揺を見せたのは斎悧で、明らかに不満げな表情で天白に視線を向けた。

「お言葉ですが…あいつを加入させるほど、俺達は頼りないとお思いですか」

「誤解しないでくれ。君達のことは信頼している。だが、この戦いはこれから激しくなるのは皆も承知だろう。夕月が加わったことで、陰踏餌瑠縫棲、とりわけレイーガは更に力をつけ、夕月を倒しに来るだろう。もしもの時を想定して、戦闘要員は一人でも多い方がいい。我々はどんな手段を使ってでも、必ずレイーガを倒さなければならない」

「…それだけ…ですか」

斎悧は天白の言葉の裏にあるものを見抜こうと、瞳を眇めた。

ルカをこちら側に引き入れるのは、なにか別の目的がある。
だが、斎悧の疑うような視線にも、天白は微笑を向けるだけだ。

「幸い、あの男は今までも我々に協力的だった。上手く誘いをかければ拒否はしないだろう。そこで、夕月。君に任務を命じたい」

「はいっ…」

「夕月、君にはツヴァイシルバーを誘惑し、メンバーに正式に加入させてもらいたい」

「はい、頑張ります!」

力強く頷いた夕月に、天白は目を細める。

斎悧だけは最後まで納得がいかないと抗議していたが、天白の命令は絶対だということに逆らえなかった。

「では、世界の平和を護る為、これからも気を引き締めて活動してくれたまえ。解散」




「夕月、初めての任務だな!俺達もしっかりサポートするから、頑張れよ!」

肩を叩いて激励する皆を温かい気持ちで見つめながら、夕月はツヴァイシルバーに想いを馳せる。

(あの人は来てくれるだろうか。ううん、きっと彼は僕に会いに来てくれる気がする。僕には味方が、力になってくれる人がたくさんいるんだ)

斎悧が感じているように、天白はまだ自分たちに話していない隠し事があるのだと、夕月も感じていた。

ツヴァイジャーとして活動する度に、予期しなかった真実が見えてくるかもしれない。
戦うことで傷付き、心が引き裂かれるほどの悲しみに何度も対面するのだろう。

だが…夕月の中に、戦うことへの迷いはなかった。

それはこの世界を護る為という大きな使命感ではなく…大切な人を護る為。

兄のように慕っていた奏多、レイーガを救う為。

(奏多さんの迷いに、僕は気付いてあげられなかった。レイーガと戦うことになるとしても、皆が幸せになるような結末を迎えたい。だからその為に、今は僕が出来る精一杯のことをしよう)

夕月は再び彼と巡り会う為、決意を込め、前を向いて歩き出した。


彼らの物語は、まだ始まったばかり…。







次回「裏僕戦隊☆ツヴァイジャー!」
第二話「謎の戦士!ツヴァイシルバーを誘惑せよ!?」

続…かない!


「はいっ、カットー!お疲れ様でしたーっ!」

「お疲れさまでしたー!」

「いやあ、良かったよ夕月くん。最後の表情なんてホント素晴らしかったヨ、明日も期待してるからネ☆」

「ありがとうございます、橘監督」

「クロカタナよ、演技が上手くなったではないか」

「勿体無いお言葉です華殿津亜さん。僕など、ベテラン俳優の華殿津亜さんにはまだまだ及びません」

「十瑚ちゃん、このあとダンスのレッスンでしょ?終わったらご飯食べに行こっ?」

「いいわよリア。九十九も行く?」

「俺、この後雑誌のインタビューがあるんだ。残念だけど、また今度誘って?」

「みなさーん、差し入れにおにぎりを作って来ました~!抹茶クッキーもありますよ!」

「マジで!腹減りまくりだぜ!」

「俺はこれで失礼します。バラエティーの収録があるので」

「ねえ、仔猫ちゃん。仕事ばかりしていないで、たまには俺とデートしない?」

「困りますわ斎悧さん。私、お兄様と仕事の打ち合わせがありますの」

「週刊ウラボークの茉柴です!ツヴァイシルバー役のルカさん、ヘアメイクのゆうづきさんと、交際中との噂がありますが、事実ですか!?」

「ノーコメントだ。事務所を通せ」

「皆さん、撮影が無事に終わった記念に、写真を撮りませんか?」

「あ、いいね。みんな集まって~!」




「では、撮りますよー。大きな笑顔で~…裏僕戦隊」




「ツヴァイジャー!!」


♪♪すたっふろおる♪♪

原作・脚本・監督 祇王橘

総合プロデューサー 式部珀幽

音楽 黎泉狼

撮影 神命正宗

照明 碓氷熾束

美術 宇筑

録音・編集 呉羽冬解

音響 夜御

造形 朧

特撮 式部椿姫 

アクション指導 伽藍

アクション監督 神命迦耶子

ヘアメイク ゆうづき

衣装 吉野栞

協力 朝陽院院長

エキストラ 「劇団にーだとれひ」

ロケ地協力 アシュレイリゾート
      どごう弁護士事務所
      ホテル黄昏館
      旅館十六夜


宣伝 呉羽智秋・式部為吹

 


OP曲「u.ra.bo.ku」
作詞作曲編曲 祇王有王
歌 ジギル&ハイド

ED曲「Let it foo~ありのままDE~」
作詞作曲編曲 祇王有王
歌 式部観月
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