裏僕小説その2

☆主な登場人物☆


ツヴァイレッド 蓮城焔椎真

ツヴァイブルー 碓氷愁生

ツヴァイピンク 叢雨十瑚 

ツヴァイパープル 叢雨九十九 

ツヴァイブラック 蓬莱黒刀

ツヴァイグリーン 降織千紫郎

ツヴァイオレンジ 音撫リア

ツヴァイイエロー 神命斎悧


ツヴァイホワイト 祇王夕月

ツヴァイシルバー ルカ=クロスゼリア


ツヴァイゴールド(所長) 祇王天白

ツヴァイレインボー ???


ツヴァイ博士 藤原彌涼

大学生 若宮奏多

夕月の同級生 神命大和  他


『第一話!九人目の戦士!?ツヴァイホワイト誕生』





―東京、黄昏研究所。


「…やはりレイーガと戦う為には、ツヴァイジャーの要である、ツヴァイホワイトの存在が不可欠だ…」

黄昏研究所の所長、祇王天白は、集まった八人の隊員を見渡した。

「我々の戦いは、もはや一刻の猶予も許されない。悪の組織「陰踏餌瑠縫棲(いんふえるぬす)」を打ち滅ぼし、全世界を救う為に君達に命ずる。彼を、ツヴァイホワイトを必ず仲間に引き入れるんだ。…手段は厭わない」

「…はい、所長」

八人のツヴァイジャー達は姿勢を正し、所長に一礼する。

だが、命令を受けるその表情は、内に秘めた使命感とは裏腹に、憂いを帯びていた。




「とうとうこの時がやってきたのね」

「出来れば、彼には戦いの事など忘れて、普通に生きて欲しかったのに」

「気持ちは分かるが、これは所長の命令だ。それに…夕月はきっと、この世界が滅ぶ事を望まない」

「そうね。きっとそう。夕月ちゃんは、そういう子だもの…」


―東京駅、構内。

「えっと、出口はどこだろう。それにしても、本当に人が多いなあ…」

忙しなく行き交う人々の流れに押されながら、祇王夕月は駅の案内掲示板を呆然と見上げていた。

高い位置にある時計を見上げれば、待ち合わせの時刻を少し過ぎてしまっている。

時間に余裕を持って出て来た筈なのだが、広大な駅構内の迷路にはまってしまい、指定された出口どころか、自分の立っている現在地さえ見失っている状況だった。

自分は東京駅の広さを、甘く見ていたのかもしれない。

夕月は鞄から携帯を取り出して呼び出しボタンを押そうとしたが、またすぐに鞄の中にしまい込んだ。

東京に来て早々、彼に頼ってしまうのでは恰好がつかない。しかしこの人混みの中では自分独りが世界から取り残されたような、不安な気持ちばかりが募る。

(本当に、僕はここで暮らしてゆけるのだろうか)

目的地へと向かう人々の中で、夕月は独り立ち止まった。

「わっ、すみませ…」

すぐに通行人と肩がぶつかり、邪魔だという様な視線を向けられ、夕月はよろめいて後方へ倒れそうになった。

「……っ?」

「大丈夫、夕月?」

危うく尻餅をつきそうになるが、誰かが夕月の肩を支えていた。聞き覚えのあるその声に振り向くと、久しぶりに会う彼が心配そうに夕月の顔を覗きこんでいた。

「奏多さん!ありがとうございます」

幼い頃から共に育ち、夕月が一番信頼を置いている年上の友人、若宮奏多はほっとした様に笑顔を見せた。

「ごめんね、僕が迎えに行けばよかったよ。独りで心細かっただろう?」

「すみません…僕方向音痴で…」

「東京駅は広いからね。すぐに君を見つけられてよかったよ」

奏多に手を引かれ、夕月はようやく人混みの中を抜け出したが、今度はそびえ立つ高層ビルの数々に圧倒されることとなる。青空の臨めない程の建物や、縦横にひしめく歩道を見上げては、夕月は感嘆の溜息を吐いていた。

「改めて見ると、東京ってすごいですね。奏多さんはここで毎日を暮らしてるんだなあ…」

「ははっ、少し脇に逸れれば、東京も静かな土地が多いんだよ。君がこれから行く所だって、確か閑静な住宅街のはずだから」

「そうなんですか。…奏多さん、大学の勉強で忙しいのに僕の我儘に付き合ってもらって、ご迷惑をおかけしてすみません…」

申し訳なさそうに頭を下げる夕月に、奏多は歩みを止めて優しく微笑んだ。

「なに言ってるの、君の頼みなら僕はいつでも聞くし、どこへだって飛んで来るよ。それに、今日は夕月にとって大事な日だろう。君が新しい生活を始めるための、第一歩なんだから」

「はい…そうですね」

奏多の言葉は嬉しいが、夕月には胸を占める心配事がいくつもあった。


今日は夕月が父親の兄、伯父と暮らす最初の一日だ。

地方の高校に通い、両親と暮らしていた夕月はある日、それは来るべくしてやって来たのだが、両親の離婚を知らされた。

話し合いの末に、夕月は父方のもとに引き取られることが決まったが、父親は仕事で不在が多く、かと言って夕月に独り暮らしをさせるのも心配だということで、伯父のもとに預けられることになった。

「ご両親のこと、本当に大変だったと思うけど…」

気遣うような言葉をかける奏多に、夕月は無理に笑顔を作る。

「いえ、これでよかったんだと思います。お互いにいがみ合う両親を見るのも辛かったですし、これを機に、僕も自立して一人で生きていけるようにならないと」

「夕月…」

やり切れない気持ちはあるが、自分一人ではどうにもならないこともある。

「それに、僕には奏多さんがいてくれます。伯父さんと会うのに、奏多さんについて来てもらうなんて子供みたいですけど、ほとんど会ったこともない人に一人で会いに行くのは、やっぱり怖くて…」

伯父は長らく海外に住んでいたと、父親から聞かされていた。ちょうど両親が離婚を決めた時期に帰国が決まったらしい。

夕月は伯父とは面識がなく、記憶のない赤ん坊の頃に、数回家に遊びに来たという話を聞かされただけだった。それも夕月を引き取り、一緒に住みたいと提案してきたのはその伯父だったのだから、初めて話を聞かされた時は困惑したものだった。


「電話でお話した時は、優しそうな方だなって思ったんですけど、やっぱり緊張するなあ」

自分の父親よりも声が若く、驚いたことを覚えている。きっと見た目も若々しいのだろうか。

「君と一緒に暮らす人がどんな人物なのか、僕も見極めさせてもらおうかな。君のご両親なのだから悪人ではないのだろうけれど、もしも相性が合わないと思ったら、僕と一緒に暮らせばいい」

「奏多さん、ありがとうございます。すごく心強いです」

奏多の存在に、言葉のひとつにどれ程救われて来ただろう。常に一歩も二歩も先を行く奏多を、夕月はいつも尊敬の眼差しで見つめていた。

大学入学を機に上京をした奏多は、会える時間こそ減ったものの、いつも夕月のことを気に掛けていた。

いつも優しく、自分を導いてくれる本当の兄の様な存在。どんな我儘も快く受け入れてくれる。

夕月はいつも、奏多の様な兄が欲しいと思っていた。そして、その奏多に恥じない、彼の隣に相応しい人間になりたいと、常日頃から思っている。

(奏多さんに頼ってばかりじゃ駄目なんだ。もっともっと努力しないと)

「まあ、今日は簡単な顔合わせだけなんだし、気楽にしていいと思うよ。もしよかったら今日は僕の所に泊まるかい?二人で過ごすのも久しぶりだね」

「いいんですか?嬉しいです」

ようやくいつもの笑顔が戻った夕月に、奏多も安堵の眼差しを向けた。





そして、刻は残酷に、止まることなく、運命は廻り始める。


電車を乗り継いで、二人は閑静な住宅街を歩いていた。

平日の昼間だが人通りはほとんど無く、辺りは塀の高い高級住宅ばかりが軒を連ねている。

整備された広い歩道を歩きながら、夕月は周囲の景色と、伯父の住む住所が書かれたメモを交互に見つめていた。

「ここをもう少し行けば、君の伯父の家に着くよ」

「なんだか別世界に来たみたいです。さっきまであんなに人がいたのに…」

伯父は海外を飛び回る実業家だと聞いているが、彼の家も相当な敷地があるらしい。

自分は本当にここで暮らしていくのだと、今更になって現実感が湧いて来る。

「大丈夫。いつもの様に笑って。僕がついているから」

「はい…」



その時だった。

それはあまりに突然に、なんの前触れもなく、夕月と奏多を襲ったのだ。


「うわっ!」

どんっ!という衝撃音と共に、夕月の体が浮かび上がり、次いで地面に叩き付けられた。

あまりの衝撃に受け身を取ることも出来ず、全身を強く打ち付けた夕月は、痛みに顔を顰めながら起き上がる。

「…一体、なにがっ!」

数秒前まで夕月が立っていたその場所は、コンクリートの地面が抉られた様に深く穴が開いていた。空から隕石でも落ちてきたのだろうかと空を見上げ、視線を戻し…夕月は驚愕の表情を浮かべる。

「なにっ…?」

視線の先には人が立っていた。

いや、人と言うべきなのか、その『人』には顔が無かったのだ。手足のある人間の形を模していても、まるで粘土を固めて作り上げた土人形が、こちらに向かって歩いて来る。

「奏多さんはっ!?」

夕月ははっとして隣を見るが、奏多の姿が無い。視線を巡らせると、離れた歩道に奏多が倒れていた。

「奏多さんっ!」

あの衝撃に奏多も巻き込まれ、同じ様に吹き飛ばされたのだ。震える足で駆け寄り、夕月はうつ伏せに倒れた奏多を抱き起す。

「奏多さんっ、しっかりしてください!奏多さん!」

何度呼びかけても返事がない。頭を打ったのか、完全に意識を失っている様だ。

土人形は不気味な音を立てて夕月に近づいて来る。だが奏多を置いて逃げることなど出来ず、夕月はただ、奏多を抱きしめて、震えていた。

(怖いっ!誰か助けて…!)

土人形がすぐ目の前まで迫った瞬間、夕月は奏多を背に庇い、覚悟を決める様に目を瞑った。

こんな所で、訳も分からないまま殺されてしまうのか。

せめて、奏多さんだけは。


「夕月ちゃん!」

凛とした女性の声が響く。同時に夕月の視界の隅で疾風が駆け抜けた。

土人形の前に、制服を着た女性が現れる。腰まで伸びた長い髪をなびかせ、彼女は土人形と対峙していた。

「あ、あなたは…?」

「もう大丈夫だよ、夕月」

女性の隣にもう一人、銀髪の男性が現れる。彼は夕月の傍に跪き、目立った怪我がないことを確認すると、涼やかな目元を緩ませ安心させるように微笑んだ。

「夕月ちゃんを狙うなんて許せない!行くわよ九十九!」

「うん、十瑚ちゃん」

九十九、十瑚と呼ばれた二人は、土人形の前に立ちはだかり、それぞれに指輪を嵌めた手を天にかざして、凛とした声で叫んだ。


「変身!」


夕月が瞬きをした一瞬の間に、二人の姿が眩い光に包まれ、身に着けていた制服から、全身タイツの戦闘服に変化していた。

「ツヴァイピンク、参上!」

「ツヴァイパープル、参上」

土人形に向かって決めポーズを取ったところで、十瑚が不満げに戦闘服を眺める。

「あ~ん、やっぱりダサいわ、この変身スーツならぬ変身タイツ!誰よ、こんな戦闘服考えたの!」

「十瑚ちゃん、十瑚ちゃんはなにを着ても可愛いよ。それよりも今はこっちを倒さないと」

「いやだわ九十九ってば、おだてるのが上手いんだから。って、そうね!一気に倒すわよ」

十瑚が迫って来る土人形の攻撃を素早くかわし、背後に回り込み、脇腹に華麗な蹴りを入れる。命中した土人形は胴体に穴が開き、更に九十九が一撃を喰らわせると、土人形は地に響く唸り声を上げて崩れ落ちた。

「やったわね!」

「まだだ、十瑚ちゃん」

ただの泥土と化した土人形はズズッ…と不気味な音を立てて盛り上がり、人の形に再生した。そればかりでなく、四方から土人形が増殖し、夕月達を取り囲む。

「数が多い…夕月だけでも逃がさないと」


「―ホッツマー・フレイム!」


「まさか、このネーミングセンスの欠片もない技は…!」

その時、夕月達に襲いかかろうとしていた土人形が炎に包まれた。

「遅いじゃない、二人共!」

「おめーらが先に行くからだろうが!」

土人形を一掃し、燻る視界の先に、十瑚達と同じブルーとレッドの戦闘服を着た男性が二人、こちらに向かって走って来る。

「怪我はないな、皆」

「俺達は平気。でも夕月の友達が…」

今まで呆然と戦闘を見ていた夕月が視線を上げると、ブルーの全身タイツを着た男性と目が合った。男性は穏やかに瞳を細めると、意識の無い奏多を抱きしめて震えている夕月の傍らに跪く。

「怖がらないで大丈夫。傷を診るだけだから」

「…どうだ、愁生」

愁生と呼ばれた男性は奏多を診察して、ほっとしたように息を吐いた。

「頭を打ったみたいだ。念の為に博士の所に連れて行こう。立てる、夕月?」

差し出された手を、夕月は取ることが出来なかった。

あまりに突然の襲撃に、自分たちを助けに現れた、正体不明の人物達。何故、自分の名前を知っているのか。

あまりに目まぐるしい事態の連続に夕月はついて行けず、ようやく絞り出した声は掠れて震えていた。

「あなた達は…?」

「俺達はツヴァイジャー。君の味方だよ」

味方、と言った愁生の言葉が胸に深く刺さる。

何故だろう。差し出された手を取れば、きっと日常には戻れない。

そう、夕月は思っていた。



誰かが自分の手を握っていた。

その温かさに誘われるように、夕月は瞼を上げる。

「ここは?」

「よかった夕月ちゃん!目が覚めて」

見知らぬ天井と、消毒薬の匂いが鼻を掠めた。

ぼんやりと瞬きを繰り返すと、十瑚と呼ばれた女性が夕月の手を握り、安堵の笑顔を浮かべていた。

「ここは黄昏研究所の医務室だ。具合はどうだ、夕月」

医務室のドアが開き、白衣を羽織り、黒縁の眼鏡をかけた男性がベッドの傍まで寄り、脈を計るからと手首に触れる。

よくよく見渡せば、先程自分を助けてくれた人物が部屋の隅に揃っていた。

夕月の意識が現実に引き戻され、意識を失う前の出来事が脳裏に蘇る。

「そうだ、奏多さんは!」

なによりも先に、ここにいない奏多の顔が浮かぶ。

起き上がり、ベッドから出ようとした夕月を、白衣の男性が慌てて制した。

「落ち着いて。君の連れも無事だよ。今は隣の部屋で眠っている。じきに目も覚めるだろう」

「そう、ですか。よかった…」

ほっとしたように息を吐き、夕月はようやく置かれた状況を問う余裕が出来る。

「あの、あなた達は?どうして僕の名前を知っているんですか?それに、さっきのあれは一体…」

「聞きたいことは山程あるだろうが、まずは自己紹介だな。俺は藤原彌涼、黄昏研究所の博士兼医師だ。皆からはツヴァイ博士と呼ばれているから、君もそのように呼んでくれ。で、こいつらが十瑚、九十九、愁生、焔椎真だ」

「よろしく、夕月」

軽く会釈をする愁生と、照れたようにそっぽを向いた焔椎真に、夕月も律儀に頭を下げる。

「詳しい説明は所長室で話そう。皆、君を待っている」

夕月は促されるままに、医務室を後にした。




黄昏研究所の敷地は、説明を受けただけでも相当な面積があるようだった。

研究所、というからには病院のような簡素な建物を想像していたのだが、所内はヨーロッパの古城を思わせるような高い天井と長い回廊が続き、壁や床も洗練された品のある装飾が施されている。

そしてここは、東京のとある地区にあるらしい。

結界が張ってあるから地図などには載っていないと聞かされながら、夕月は所内の重厚な扉の前に案内された。

「さあ、ここが所長室だ。所長、入るぞ」

軽快なノック音と共に、ツヴァイ博士が扉を開ける。

「待っていたよ、夕月」

「えっ、この声は…」

聞き知っていた声に、夕月は耳を疑い、次いで目を瞠った。

昨日電話で話したばかりの、夕月がこれから一緒に暮らす予定で、今日会うはずだった伯父、天白が目の前に立っていたからだ。

穏やかだが、印象に残る独特の低い声。

何回か聞いた声を聞き間違える筈もないが、夕月がなによりも驚いたのは、伯父と呼ぶにはあまりにも若い、その容姿だった。

「あなたは…天白さん?」

父親よりもずっと若く見える天白に、夕月は伯父と呼ぶのを躊躇った。

そして彼の両隣には、男性が三人と女性が一人、それぞれが別の表情で夕月を見つめていた。

大勢の人間に囲まれて、敵意こそ感じないものの、夕月は動揺からその場に固まってしまう。

「驚かせてしまってすまない。私が君を迎えに行くべきだったのに、怖い思いをさせてしまったね」

「あの…僕、なにがなんだか…」

まるで夕月が体験したこと全てを知っている様な口ぶりだった。

天白は夕月をひどく優しい瞳で見つめてくる。

まるで昔から自分を待っていた様な温かい眼差しに、夕月は不思議な違和感を覚えた。

「ゆっきー、やっと逢えたね!私達、ゆっきーのことずーっと待ってたんだよ」

天白の隣にいた、クセのあるセミロングの女性が、待ちきれないとばかりに夕月の許に駆け寄り、思い切り抱き締めた。

「わあっ…?ゆっきーって、僕のこと?」

女性に抱き着かれた経験など無い夕月は、引き剥がすことも出来ずされるがままになっている。

この人達はどうして自分の名前を知っているのだろう。
それに、ずっと待っていたとは、一体…。

「リア、離してあげなさい。まずは自己紹介からだ」

「あっ、ごめんなさい!」

リアと呼ばれた女性は我に返った様に夕月を解放し、照れ笑いを浮かべて元の場所に戻った。

「順に紹介していこう。まず、ツヴァイグリーンの千紫郎、ツヴァイブラックの黒刀だ」

「よろしく、夕月くん」

「……」

背の高い眼鏡を掛けた温和な男性が夕月に握手を求める。

千紫郎は隣にいる黒髪の青年にも促すが、彼は夕月を一瞥しただけですぐに顔を背けた。

「素っ気ないなあ黒刀。気にしないでね夕月くん。彼は緊張しているだけなんだ、本当は夕月くんに逢えて、ものすごく嬉しいんだよ」

「はあっ!なにを言い出すんだ千紫郎!」

憤懣やるかたないと言った様子で怒り出す黒刀と、微笑ましく見守る千紫郎とのやり取りに、夕月はおろおろと慌て出す。

他の皆は慣れているのか、二人を無視して先に進めた。

「続いて、ツヴァイイエローの斎悧、ツヴァイオレンジのリアだ」

「よろしくね、ゆっきー」

「…よろしく」

明るく朗らかなリアとは対照的に、美麗な顔立ちの斎悧は夕月と目も合わせない。

冷たい、と言えばそれまでだが、どこか腑に落ちない態度に夕月は違和感を覚えた。

だが、初対面でその理由を訊くことも出来ず、夕月も頭を下げるだけに留めた。

「そしてツヴァイレッドの焔椎真、グリーンの愁生、ピンクの十瑚、パープルの九十九だ。大所帯だが、ゆっくり覚えていってくれ」

十瑚、九十九、愁生は改めて夕月に挨拶し、焔椎真も不愛想だが短く挨拶する。

皆、年が近いのだろう。

「あの、お名前は分かりました。でも、ツヴァイジャーというのは一体なんですか?」

「君も見ただろう。彼らの変身を。我々は悪の組織「陰踏餌瑠縫棲」からこの世界を守る為に戦っている戦士だ。そして夕月、君もその一人、君こそが我々ツヴァイジャーの要、ツヴァイホワイトなんだよ」

「僕が…ツヴァイホワイト…?」

告げられた衝撃の事実に、夕月は驚愕の表情を浮かべた。

どこまでも落ち着いた天白の声が、冗談でも嘘でもないことを物語っている。

「この人達が僕の味方だって言っていたのは、僕もそのツヴァイジャーという仲間だからですか?」

頷く天白に、夕月はそんな筈はないと首を振る。

自分はただの人間だ。普通の高校生で、彼らの様に戦う力があるわけでも、特殊な能力があるわけでもない。

なによりも自分の伯父である天白が悪の組織と戦っている事実は、到底受け入れられるものではなかった。

「『陰踏餌瑠縫棲』は既に世界征服に向けて動き出している。先程君を襲った土人形は、組織が君を消すために差し向けた手下達だ。奴らはツヴァイホワイトを消すために、また君を襲って来るだろう。君の身を守る為にも、夕月、私達とここで暮らさないか」

差し伸べられた手を、夕月は取ることが出来ない。

皆が自分を見つめている。

重苦しい沈黙が下りる中、十瑚が堪らずといった様に声を掛ける。

「ごめんなさい夕月ちゃん。いきなりこんなことを言われても混乱するだけよね。でも私達は命を懸けてあなたを守るわ。夕月ちゃんがいないと、私達はまともに戦うことも出来ないの。お願い、私達と一緒に戦って」

切実な訴えは、夕月に逃れられない選択を迫っていた。

全員の視線が突き刺さる中、夕月は俯いていた顔を上げる。

「ごめんなさい、僕は戦えません。きっとツヴァイホワイトというのも、人違いだと思います。僕にはなんの力もなくて…だから、天白さんと一緒には暮らせません」

「夕月ちゃんっ」

紡がれた否定の言葉に十瑚が声を上げるが、天白が手を上げて制する。

「君が動揺するのも無理はない。だけど一度、じっくりと考えてみて欲しい。…私達はいつでも、君を待っている」

答えは急かさないと言われ、優しい微笑を向けられて、ようやく夕月の肩から力が抜ける。

夕月はただ、はい…と小さく返事をするのが精一杯だった。

―翌日。夕月は地元に戻り、通っている公立高校でいつも通り授業を受けていた。

休み時間の、クラスメイトの賑やかな声、普段となんら変わりのない風景を、夕月はぼんやりと眺めている。

(昨日あった出来事が全て夢みたいだ。でもあれは紛れもない現実。僕の伯父さんはツヴァイジャーを束ねる長で、そして僕も…悪の組織と戦う戦士)

一旦天白と住むことは保留にして貰い、地元に戻ってきたものの、昨日のこと、ツヴァイジャーの存在ばかりが胸を占めている。

両親はこのことを知っていたのだろうか。
二人とも仕事で不在が続いているが、真実を確かめる勇気も出ず、夕月はずっと上の空で授業にも集中出来ずにいた。

「どうしたの夕月くん。今日はずっと溜息ばかり吐いているね」

「あ、大和くん。なんでもないんだ」

クラスメイトで親友の大和が、缶ジュースを持って夕月の顔を覗き込んでいる。

「なら、いいけど…。あ、そうだ、放課後空いてる?買い物に付き合って欲しいんだ」

「うん、いいよ」

親友との会話に、沈んでいた心が少しだけ晴れやかになった。

(そうだ、僕の居場所はここなんだ)

だから、何事もなかったように日常に戻ればいい。
自分には、関係のないことなのだから。



『君の味方だよ』



そう言って手を差し伸べた彼らの顔を、夕月は記憶の奥底に無理やり封じ込めた。




―放課後、夕月は大和との約束通り、街に買い物に出掛けていた。
兄の誕生日プレゼントを買いに靴屋に向かい、ファーストフード店で休憩を取り、帰宅する頃にはすっかり日も暮れ始めていた。

「ありがとう夕月くん、付き合って貰って」

「ううん、お兄さん、喜んでくれるといいね」

「本当はヘアスプレーの方がいいかなって思ったんだ。僕も兄さん譲りでくせ毛だし、兄さんも気にしているみたいだったから。でもプレゼントがそれじゃあ、あんまりかなって」

「あはは、そうなんだ」

買い物を済ます頃には、夕月はいつもの調子を取り戻し、すっかり元気になっていた。
朝の様子を心配していた大和は安心したように微笑み、ふと表情に影を作る。

「夕月くん、やっぱり転校するの?」

「そのことなんだけど…やっぱり地元に残ろうかなと思うんだ」

大和には両親の離婚と、転校の予定を伝えていた夕月だが、ここに来て自分の今後を考え直さなければならなくなった。

天白の許で暮らさないとなれば両親とも話し合い、やはり自立は覚悟しなければならないだろう。

「そっか、よかった!夕月くんが東京に行くって言った時は俺、すごく寂しかったんだよ」

夕月の心情とは裏腹に、大和は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「そっか。うん、僕もここを離れたくないし、大和君と別れるのも辛かったから」

「そうだね。……君が天白のところへ行ってしまったら、君を消す機会がなくなってしまうよね」

「…えっ?大和君、今なんて」

自分は大和に天白の名前を言っただろうか。
いや、それ以前に、不穏な発言が大和の口から発せられたことに夕月は耳を疑った。
夕焼けに照らされた大和の顔は、まるで何かに憑かれたように歪んでいる。
朗らかに微笑んでいた瞳には暗い影が宿り、大和から発せられる禍々しいまでの気配に、夕月は見覚えがあった。

まだ記憶の中に残っている。
忘れたくても忘れられない、身が震えるほどの経験を、つい昨日知ってしまっていたから。

「君は、大和くんじゃない。…アクマ…?」

『陰踏餌瑠縫棲』には、人間に憑りつき心の闇を餌にする、アクマと呼ばれる手下達がいると、昨日天白から説明を受けた。

「なんだ、知っているのか。そうだ、俺は大和であって、アクマでもある。ラッキーだったな、偶然こいつに憑りついたら、すぐ傍にはツヴァイホワイトがいるじゃねえか。レイーガ様の命令も、ちゃっちゃと遂行出来るってもんよ」

大和の声で、アクマは口元を上げてニヤニヤと笑っている。
昨日の襲撃といい、間を置かずしてやって来た二度目の襲撃に、自分は本当に狙われているのだと思い知った。
だが、一番の気がかりは大和のことだ。
何故彼が憑りつかれてしまったのか、どうすれば彼を助けられるのか、アクマと分かっていながら何も出来ない自分に、夕月は焦りと悔いを募らせる。

「あら、固まっちゃった。変身しないのか?ツヴァイホワイトってのは無力なんだな。まあその方が都合もいいし、さっさと消えてもらいますか」

「僕は…」

その場に縫い付けられたように足が動かない。
このままでは殺されると分かっていながら、夕月は呆然と目の前のアクマを見つめている。
大和の周りには何本ものナイフが出現し、切っ先は全て夕月に向けられている。

(僕は、なにも出来ない…)

アクマの掲げたナイフが振り下ろされ、勢いよく夕月に向かっていく。
鋭い刃がやけにゆっくりと、スローモーションのように映る。

だが、刃は夕月に刺さることなく、鈍い金属音を立ててコンクリートの地面に散らばった。

「くそっ、何者だ!」

イラついたアクマの声が聞こえ、夕月の視界が銀色に包まれる。

よく瞳を凝らせば、銀色の全身タイツを着た長身の人物が、夕月を庇うようにして佇んでいた。

「無事か、夕月」

「あ、あなたは…」

ツヴァイジャー達が着ている戦闘タイツとよく似ているが、微妙に違うデザインと、身に纏う雰囲気がどこか異なっている。
夕月に背を向けていた人物はゆっくりと振り返り、低く凛とした声で告げた。

「ルカ=クロスゼリア。お前の味方だよ、夕月」

「ルカ…さん?」

何故だろうか。
初めて逢ったのに、彼の姿には見覚えがある。
しかしそれがどうしてなのかは分からずに、戦闘スーツと同じ色をした、夜に輝く月のような瞳をじっと見つめていた。

「夕月!」

その時、血相を変えたツヴァイジャー達が夕月のもとに駆けて来た。
夕月ははっと我に返り、彼と見つめ合い止まっていた時が動き出す。

「こいつだな、アクマに憑かれている奴は」

黒刀、千紫郎、愁生、焔椎真の四人は夕月達を守るようにして戦闘態勢に入る。

「ありがとうシルバー、夕月くんを護ってくれて」

「礼はいい。さっさとアイツを倒すぞ」

千紫郎の口調から、彼はツヴァイジャーと旧知なことが窺える。
彼も仲間なのかと尋ねるより先に、夕月は大和を庇うようにして背に守り、ツヴァイジャー達と対峙した。

「倒すなんてやめてください!大和くんは友達なんです!」

「夕月!危ないからこっちに来い!」

ツヴァイジャーが夕月を引き戻そうとする中、背後の大和が昏い嗤い声を上げて夕月を捕らえる。

「ツヴァイジャーってホント馬鹿だな!これなら楽勝だぜ。おっと、動くなよ。大事な姫さんがどうなってもいいのか?」

「お前…卑怯だぞ!」

夕月を人質に取られたツヴァイジャー達は、動くことも出来ずアクマを睨んでいる。

「大和くんっ…」

夕月は必死に大和に呼びかけるが、人間とは思えない力で首を絞められる。

悲痛な声で自分の名を呼ぶツヴァイジャー達を視界の端に認め、夕月は焦燥を募らせた。

(大和君は友達だ。だから助けたい。僕に、僕にもっと力があればっ!)

「やむを得ない。…夕月の安全が第一だ。あいつを倒すぞ」

苦渋の決断をした黒刀の合図に全員が頷く。

「駄目です、待ってください!」

変身しようと指輪をかざす彼らを必死に制止し、夕月は心の中で強く願った。

(力が欲しい。大和くんを助ける力、僕を助けようとしてくれる皆を…護りたい!」



僕なら出来る。



どこか深い意識の奥底から響く声。
速くなる鼓動と共に湧き上がる熱い力。

「大和くん、目を覚まして!」

彼を想う一心で叫ぶと、夕月の体から眩いばかりの光が溢れた。

「夕月、力を解放したのか!今だ、変身するぞ、皆!」

光に包まれ、苦しみ出した大和は夕月を解放する。

一瞬の隙をつき、ルカが夕月を抱え、ツヴァイジャー達は今度こそ変身した。

「変身!」

四人の指輪から光が放たれ、全身タイツの戦闘服にチェンジする。

「ツヴァイレッド!」

「ツヴァイブルー」

「ツヴァイブラック!」

「ツヴァイグリーンだよ!」

誰も聞いていない、見ていないにも関わらず、四人はそれぞれに決めポーズを作る。

「ブラック!おめえは脇にいろよ、真ん中っつったら主役のレッドだろ!」

「誰が主役だ、派手なだけの奴こそ端に引っ込んでいろ!」

「小競り合いをするな!立ち位置なんかどうでもいいだろう」

「くっ…俺を無視するんじゃねえ!だっせえ戦闘服なんか着やがって」

アクマはよろめきながらもツヴァイジャーに攻撃を仕掛ける。

「先にアクマを解放するぞ!夕月、変身しろ、お前なら出来る!」

降り注ぐナイフの雨をかわしながら、黒刀が叫んだ。

「でも、僕は皆さんのように指輪がありません」

「大丈夫、君はツヴァイホワイトだ。変身!と、叫んで」

愁生に促され、夕月は頷いて、天に向かって右手を上げる。


「(少し恥ずかしいけれど)へ、変身!」


若干の羞恥を声音に乗せて夕月が叫ぶと、体が光に包まれ純白の全身タイツへと変化した。

腰のベルトには「夕」と書かれた装飾が施されている。
外見はともかく戦闘服を身に纏った夕月は、体の奥底からみなぎるパワーを感じていた。

「よし、アクマを解放するぞ。夕月、俺達に力を送ってくれ」

「分かりました!……いきます、ツヴァイパワー!」

夕月が両手を天に向けて叫ぶと、頭上に現れた光の洪水が四人のツヴァイジャーに降り注ぐ。

「ツヴァイパワー、解放!」

光の洪水は大和に向かって流れ出し、大和の体から黒い影が抜けた。

「くそっ、もう少しだったのに!」

「今だシルバー、奴を倒せ!」

「……夕月を狙いやがって…死ね!」

ルカが呪文と共に炎を放つと、アクマは断末魔の声を上げて消滅した。

「大和くんっ」

「大丈夫、気絶しているだけた。黄昏研究所に運ぼう。今日の記憶を消してもらう」

倒れた大和を千紫郎が抱え上げ、ツヴァイジャーは変身を解いた。

「どうして大和くんがアクマに…」

疲れ切ったように眠る大和を見つめ、呆然と呟く夕月に、黒刀が淡々と説明する。

「アクマは人の心の闇を好む。どんなに明るい人間でも、心の奥底では深い傷を抱えている人間も大勢いるんだ」

「いつも優しくて笑っていた大和くんが…。そういえば、お兄さんと喧嘩をしたって…お父さんともうまくいっていないって聞いていたのに。どうして僕はもっと大和くんに寄り添わなかったんだろう」

自分のことばかりで精一杯で、彼の隠された気持ちに気付くことも出来なかった。
悔やむ夕月に、愁生は気遣うようにそっと肩に手を置く。

「その子が憑りつかれたのは君のせいじゃない」

「でも、僕がツヴァイホワイトだから、大和くんが危ない目に遭ったんですよね」

「…そうだ。昨日聞いた通り、『陰踏餌瑠縫棲』の手下達は必ずお前を狙って来る。酷な事だと思うが、お前は僕達の所に来るべきだ。夕月がいなければ僕達はアクマと戦えないし、強敵と遭った時、強力な合体技も繰り出せない」

自分がツヴァイホワイトととして目覚めてしまった時から、この先の未来は確定してしまっていた。
ここで生き続ければ、大事な友人や家族までを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
変身し、戦う自分を知ってしまったから、もう逃げることは出来なかった。

「悪い。平穏な暮らしを壊しちまって。でも俺達はずっとお前を待っていたんだ」

ツヴァイジャー達もまた、夕月に日常の別れを告げなければならないことを申し訳なく思い、耐えていた。

(僕は…僕の大切な人達を傷つけたくない。だから…)

拳を握り締め、夕月は決意の表情で四人の顔を真っ直ぐに見つめる。

「戦わせてください。僕は皆さんと共に行きます」

「夕月…」

まだ迷いはあるが、その瞳は強い意志を宿していた。

「ありがとう。行こう、夕月」

差し伸べられた手を、夕月は今度こそ取る。
固い笑顔を浮かべた夕月は、そこで銀色の彼がいないことに気付いた。

「あれっ、あの人は?」

「またいつの間にかいなくなりやがったな」

いつものこと、と言うようにツヴァイジャーは気にした様子ではない。

「あの人…ルカさんもツヴァイジャーなんですか?」

「えっ、彼ルカって言うの?俺達には偽名使ってたんだね」

「あいつは…」

四人は複雑そうに顔を見合わせた後、黒刀が重々しく口を開いた。

「シルバー…ルカはかつて『陰踏餌瑠縫棲』の親玉、レイーガの配下だった」

「えっ…!敵だったってことですか?でもあの人は味方だって」

「あいつがそう言ったのか?」

夕月が頷くと、四人は更に複雑そうな顔になる。

「俺達は謎の戦士ツヴァイシルバーと呼んでいる。彼は時折俺達の前に現れて、協力してくれるんだ。そして戦闘が終わるといつの間にかいなくなる。風のように現れて、風のように去っていくんだ。俺達が知っているのは、これくらいかな」

「ルカさ…シルバーは『陰踏餌瑠縫棲』を裏切ったんですか…?」

「分からない。ヤツは何も話さないからな。だが、ツヴァイシルバーはまた現れるだろう」

「まあとにかく、詳しい話は研究所に帰ってからだね。もうすっかり日も暮れてしまった」

夜の帳が降り始める中、彼の瞳と同じ銀色の満月が浮かんでいた。

(また、逢えるのだろうか…ううん、きっとまた逢う気がする)

いくつもの想いを心に残して、夕月は新たな一歩を踏み出した。
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