裏僕小説その2
ナレーター ユキ
「みんな~、あつまったかな~?」
「は~~い!」
それでは。はじまりはじまり~。
むかしむかし、江戸という町の長屋に、トオコとツクモという、それはそれは仲のよい姉弟がすんでいました。
ある日、トオコはコインランドリーに洗濯に、ツクモは農協に出勤……と見せかけて銃密売製造の裏仕事に、それぞれ出かけて行きました。
トオコが洗濯をおえて、剣のお稽古に向かう途中のことでした。
隅田川の川上から、ばーみやん、ばーみやんと、大きな桃が流れてくるではありませんか。
「わあ!とっても大きな桃!ツクモは果物が好きだから、持って帰ったらきっと喜ぶわ」
引き揚げた桃は、成人男性の体重位に重かったですが、存外に力もちなトオコは、せっせと担ぎ上げて長屋までお持ち帰りをしました。
「わあ、大きな桃だね、トオコちゃん」
「でしょでしょ?あたしじゃ重くて運べないから、ご近所のりなちゃんとまゆちゃんに手伝ってもらったの」
本当は余裕で一人で運べるのですが、いつの世も女の子は、か弱いところをアピールしたいものなのです。
「じゃあさっそく切りましょうか。これだけあれば、缶詰にもお菓子にもできるわ」
トオコはお稽古で使う『エオン』という大きな剣を振りかざすと、真ん中を目がけて一気に振り下ろしました。
「せいやぁぁー!」
「ばかやろー!危ねえだろうが!」
なんということでしょう。
桃を割ると、中から金髪の男の子が現れて、トオコの剣を真剣白羽どりをしていたのです。
「なんだこの女!桃は皮からむけよ!危うく頭がまっ二つになるところだっただろうが!スプラッターになったらこの話終わっちまうだろうが!」
「すごい、トオコちゃん。中から人が出てきたよ」
「…………いっ、いやああぁぁ~!変態よーー!」
桃から生まれた男の子は、全裸であそこもあんなところもモロ出しだったので、トオコに殴られたうえに公然わいせつで警察に連行されました。
こうして、取り調べやら保釈金やらとなんやかんやありましたが、月日はそれなりに流れていきました。
「桃から生まれたからホツマにしよう」
「え……なんで??」
地区の自治会班長のタカシロに名づけられたホツマは、もとから大きかったのでそれ以上はたいして成長せず、16歳になったホツマは中華料理店のチェーン店で働いていました。
そんなある日のことです。
「あーあ。なんかガッツリしたことねえかなあ。マジ退屈なんだよ」
「なんだ?ガッツリしたことって」
店長のシュウセイが、閉店後の掃除でなにやらぶつぶつ言っているホツマに聞きました。
「俺さあ、桃から生まれたから鬼退治に行かなくちゃなんねえんだけど、このご時世に鬼はいないだろ?だからちょうヒマでしょうがねえんだよ」
「なに言ってるかよくわからないが、要は人助けをしたいんだな?」
店員の思いをくみ取った店長は、店の入り口に貼ってある一枚の広告を指さしました。
「ああ?んだよこれ」
『デュラスの城でデュラス退治をしませんか。一緒に戦ってくれる職員を募集中。(報奨金有)主に犬、サル、キジが望ましい』
「おお!これだよ、コレ!こーゆーのをまってたんだ!」
それは、最近社会問題になっている、新たな人類による公害の撲滅を促す広告でした。
デュラスというのは、空中に浮かぶでっかいどこでもドアでやってきた、ものすごく超美形の、デュラスという人だか鬼だか悪魔だかのことです。
そのあまりに超美形なために、江戸の女性と男性はことごとく骨抜きにされてしまい、気に入られた人々は、さらわれたり愛人になったり奴隷になったりで、江戸は急速に少子化が進んでいたのです。
人々は、はびこるデュラスを退治しようと何度も討伐隊を送りましたが、ことごとく行方不明になっていたり、返り討ちにあったりしていました。
「まてホツマ。おまえがそんな危険なばしょに行く必要はない。おまえの身になにかあったら、育ててくれた叢雨さんに申し訳がたたないだろう」
一応従業員を預かっている店長としては、店員になにかあれば責任を問われかねません。
しかしシュウセイの心配をよそに、ホツマはやる気マンマンです。
「これはモモから生まれた俺の宿命なんだよ。俺は行くぜ!まってろシュウセイ、さくっと退治して、お宝をたんまりと強奪してくるからな!」
「それじゃあどっちが悪役だかわからないだろう。……わかった、俺も一緒に行ってやる」
「マジで!?やっぱり持つべきものは店長だよなあ!あ、でも、この張り紙にはイヌサルキジが望ましいって書いてあるぜ。なんでだろ??」
「そうしないと物語が進まないからだ。おまえは気にするな」
「???なに言ってんのかわかんねーよ」
なにはともあれ、ホツマとシュウセイは、デュラス城にデュラス退治に行くことになりました。
しかし、シュウセイが、イヌサルキジの役目を拒んだので、しかたなくホツマがサルになることにしました。
こうして、桃太郎の主人公は、シュウセイにチェンジしました。
家に帰ったシュウセイとホツマは、トオコとツクモにデュラス退治に行ってくると告げました。
「シュウセイとホツマだけじゃあぶないわ。あたしも一緒に行く!サルは嫌だから、キジになるわね」
「トオコちゃんが行くなら俺も行くよ。別にイヌでもなんでもいいし」
「では、決まりですね。皆でデュラス退治に行きましょう」
こうしてツクモは犬の被り物を被り、トオコはキジの羽をつけ、ホツマはサルの尻尾と耳をつけて、江戸城に面接に行きました。
無事に面接を受けた四人は、討伐隊の命令を受け、新幹線とフェリーを乗り継いで、デュラス城に向かいました。
「旅の途中はお腹がすくからね。はい、きびだんご風味のチョコレート」
(桃太郎の替え歌で)
♪シューセイくんしゅーせいくん。お腰につけたチョコレート、ひとつわたしにくださいなー♪
所要時間は二時間ちょっとで、四人はついにデュラス城に辿り着きました。
「こ、ここがデュラスの城か。……なんか、ディズ○ーランドみたいなごちゃごちゃした城だな」
悪名名高いデュラスの城では、たくさんの人間の奴隷たちが裕福に過ごしていました。
「きゃーっ!素敵なお城~。ねえ、ツクモ…じゃなかった、イヌさん、ちょっと遊んで行きましょうよ!」
「うん、いいよキジさん。じゃあサルとシュウセイ、ここからは別行動ね」
イヌとキジは喜び勇んで、デュラスの城に駆けていきました。
「おおぉぉい!!ちょっとまてやー!デュラス退治はどうすんだよ!」
「ち……。この役立たずの動物どもめ」
シュウセイは自分の計画どおりに行動しない人間が大嫌いでした。
「しかたない、ホツ…サル。俺達だけでデュラスの親玉を退治するぞ」
シュウセイは、お供のサルとともに、一日フリーパス券の料金を払って、ついに親玉のデュラス、レイガのもとに辿り着きました。
「よく来たな。わたしがデュラス一族の長、レイガだ」
レイガは玉座に座り、シュウセイとサルを手厚くもてなしました。
レイガの傍には、カデンツァというデュラスに捕らえられた、元従業員のセンシロウとクロトがいましたが、シュウセイはとりあえずどうでもいいと思いました。
「おまえがレイガか。奇抜な軍服なんかきて、路上を歩いてたら職質だぜ?」
「黙れサル。どうやら主役が違うようだが、まあいい。わたしに逆らうなど無駄なことだ。倒そうなどとは思わないことだな」
レイガは一番論理的に話ができそうな、シュウセイとだけ話をしました。
シカトされたサルは怒っています。
「それがそうもいかないのですよ。あなた方のせいで江戸は少子化が進み、このデュラス城に雇用が集中しているせいで、経済がやばいことになっているんです」
「ふははは。それこそがわたしの狙い。デュラスと人間の混血児をつくることで、世のブサイクな人間どもを排除する。少女漫画でもよくあるだろう。ブサイクとモブは早々に死亡フラグの法則だ」
「なるほど。あなたの狙いは分かりました。しかし俺も報奨金がかかっています。ここはひとつ、勝負しましょう。あなたが負けたら、デュラスは国におかえりください」
レイガに戦いを挑んだシュウセイを、サルは止めました。
「シュウセイ!本気か?やめておけよ、あーゆー地味な優男に限って、マニアックなエロ本を隠し持ってんだよ」
「心配するな。俺は報奨金を手にしたら、店長をやめておまえと暮らしたいんだ。俺の勝利を祈っていてくれ」
「シュウセイ……」
二人の間には強い絆ができました。
「ええー!ひどいじゃない、俺とクロトが結婚するって言ったときは、職場恋愛は禁止だってクビにしたくせに!」
「そうだ!ど贔屓の横暴な店長のせいで、僕はカデンツァの添い寝係に成り下がってしまったんだぞ!」
センシロウとクロトが何事かわめいていますが、シュウセイは無視しました。
「勝負はトランプ、神経衰弱でどうでしょう」
「わかった。受けて立とう」
こうして、レイガとシュウセイの、江戸の命を懸けた真剣勝負が始まりましたが、結果は何度やってもシュウセイの勝ちでした。
「くっ……なかなかやるな。おまえはトランプの柄を透視できるとでも言うのか」
「ええ、もちろん。俺は裏返したトランプの柄から今日のホツマのパンツの柄まで、なんでもお見通しなんですよ」
「まじで!?」
「では、あなた方は国に帰る。他の人間は……どうでもいいので煮るなり焼くなり抱くなりしてください。帰るぞサル」
「お、おう!」
こうして、江戸に平和が訪れました。
莫大な賞金とデュラス城を手にしたシュウセイは、ホツマを娶り、二世帯住宅を買って、トオコ、ツクモとともに末永く幸せに暮らしました。
どうしてホツマが桃から生まれる必要があったのかというと、それはシュウセイがレイガと手を組み、ホツマと必ず結ばれるように計画していたからです。
レイガとシュウセイは互いの利を求めて、くだらない茶番を仕掛けるとともに、江戸の街を牛耳っていったのでした。
めでたしめでたし。
「はい、おしまい。……」
「ええー!夕月お兄ちゃん、このおはなし変だよ、つまんない!桃太郎じゃないよぉ」
朝陽院のとある一室。
集まった幼児たちに紙芝居を読み聞かせていた夕月は、『NEW☆桃太郎』の奇天烈な話に苦笑いを浮かべていた。
「どーして鬼じゃなくてじゅらすなのー?」
「どーして男どうしでけっこんするのー?」
「こうぜんわいせつってなーにー」
話の内容とへたくそな絵に納得のいかない幼児たちは、口々に不満を夕月にぶつけている。
「う、うーん。院長先生のお知り合いから、新作の紙芝居を戴いたんだけど、みんなにはちょっと難しかったね」
絵に描かれている登場人物が、誰かに似ている気がするのだが、思い出せない。
「ごめん、このお話じゃなくて、普通の桃太郎にしようね」
夕月は紙芝居を床に置くと、桃太郎の絵本を取り出して、皆に読み聞かせた。
「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが……」
夕月の柔らかな声が、幼児たちの意識を引き付ける。
床に置かれた紙芝居が、いつの間にかなくなっていた。
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