裏僕小説その2
むかしむかしのおはなしです。
ある村に、ユキという働き者の木こりがおりました。
ある日、ユキは森のおくまで足をのばして、木を切りにいきました。
森のおくには、とてもきれいな大きな泉がありました。
「わあ、きれいな泉だな。お水もすごくすきとおってる」
ユキは、泉のなかをのぞいてみました。
「あっ!」
ドジなユキは、足をすべらせて、持っていたオノを泉のなかに落としてしまいました。
おもたいオノは、どんどんとしずんでしまい、すぐに見えなくなってしまいます。
「どうしよう、これじゃあお仕事ができないよ。あしたまでに『若宮森林組合』に納品しなくちゃいけないのに…」
ユキがとほうに暮れていると、きゅうに水面が光りはじめました。
そして、泉のなかから、軍服姿の妖精があらわれたのです。
「わたしはこの泉の妖精、レイガだ。おまえが落としたものは、ルカ=クロスゼリアか?それともルゼ=クロスゼリアか?」
「…えっ?」
ユキは目が点になりました。
「か、かなたさん…ですよね?」
泉の妖精は、ユキがおせわになっている『若宮森林組合』の組合長にそっくりだったからです。
「ちがう。わたしはレイガだ。しつもんに答えろ。おまえが落としたものは、ルカ=クロスゼリアか。それともルゼ=クロスゼリアか」
レイガの右側には、きれいな銀色の目をした男の人が、左側にはきれいな紫色の目をした男の人が、ユキをじーーーっと見つめていました。
「あの、僕が落としたものは…」
「ルカ=クロスゼリアか、ルゼ=クロスゼリアか」
「いえ、僕が落としたのはオノ…」
「ルカ=クロスゼリアか、ルゼ=クロスゼリアか」
「いや、だから」
「5秒以内に正直に答えなければ、両方をおまえにおしつける」
「えええっ!?いや、オノが」
「5,4,3…」
「ちょ、ちょっと待っ…!あの、ルカで!ルカ=クロスゼリアです!」
ユキがとっさに答えると、レイガはルカ=クロスゼリアをおいて、ぶくぶくとしずんでしまいました。
「………」
(わあっ…ルゼさんすっごいこっち見てる!すごくにらんでる!)
ルゼはさいごまでユキにガンを飛ばしながら、レイガといっしょにしずんでいきました。
けっきょく、オノはもどりませんでした。
ルカ=クロスゼリアを渡されたユキは、とほうに暮れています。
「えーっと…オノがないと、お仕事ができないのですが…」
「ユキ。おれがおまえのオノになってやる。おれを選んでくれて、ありがとう」
「あ、えっと。どういたしまして?」
「さっそく木を切りにいくぞ。おいで、ユキ」
「あ、はい…?」
さいごまで状況の呑みこめなかったユキは、オノのかわりに、ルカ=クロスゼリアを手に入れました。
そして、よくわからないまま仕事にもどりました。
ルカ=クロスゼリアはたいへん働き者で、ユキによく尽くしました。
ユキはルカ=クロスゼリアの力を借りて、村でいちばんの凄腕木こりになり、安定した収入と、暮らしを手に入れました。
後日、選ばれなかったルゼ=クロスゼリアが復讐にきました。
こうして、ユキはしあわせに暮らしました。
めでたしめでたし。
むかしむかしのおはなしです。
ある村の、となりの村に、クロトというツンデレの木こりがおりました。
ある日、クロトは森の奥まで足をのばして、木を切りにいきました。
森の奥にはきれいな泉がありましたが、クロトはたいしてきょうみもなく、もくもくと仕事にはげみました。
「ふう、そろそろ休憩するか」
クロトはようやく泉のほとりで休むことにしました。
気まぐれで泉をのぞいてみると、お水はとても透きとおっていますが、ふかくて底が見えません。
クロトが身をのりだすと、持っていたイザナギを泉の中に落としてしまいました。
「しまった!仕方ない。『伽藍鍛冶屋』に行って、あたらしい刀をつくってもらうか」
クロトは早々に刀をあきらめて、家にかえることにしました。
その時です。
「クロト、ちょっとまちなさい」
泉の中から、甚平姿のおじいさんがあらわれたではありませんか。
「じいさん!?こんなところでなにをしているんだ。年寄りが冷たい水に浸かっていたら、からだに毒だろう」
おじいさんは『伽藍鍛冶屋』の刀職人にそっくりでしたが、お年寄りにやさしいクロトは、いちばんにおじいさんのからだを心配しました。
「ふぉふぉふぉ。わしは兼業で泉の妖精もやっておるのじゃ。さあ、クロト。おまえが落としたものはセンシロウか?それともおぼろか?」
「じいさん、耳がとおいのか?ぼくが落としたのはイザナ…おっ、おぼろーー!」
クロトはものすごくおどろきました。
妖精の左側には、むかし行方不明になった、大親友のおぼろがいたからです。
クロトは右側のセンシロウには目もくれず、まよわずおぼろを選びました。
「ふぉふぉ。大切にしておやり。ほら、イザナギもかえそう」
「ああ、かんしゃする。じいさん」
クロトはおぼろをつれて、家にかえりました。
のこされたセンシロウは、去っていくクロトをうらめしそうに見つめています。
「どうするね、センシロウ。わしと一緒にかえるかね?」
「いや、じいちゃん。おれは選ばれなかったけど、クロトを追いかけるよ」
「そうか、がんばりなさい。さて、わしもかえるとするかの」
センシロウは妖精とわかれて、泉をあとにしました。
クロトとおぼろは、久々の再会をよろこびました。
行方不明になっていたあいだは、どこにいて、なにをしていたのかと訊いたら、ずっと出番をまっていたといいました。
クロトはよくわかりませんでした。
なにはともあれ、ふたりは末永くしあわせに暮らす……はずでした。
しばらくして、となりの敷地に『ふるおり和菓子店』が、引越しのごあいさつにおとずれました。
センシロウは、あの手この手その手を駆使して、おぼろからクロトをねとりました。
こうしてクロトとおぼろとセンシロウは、昼ドラなみの愛憎劇をくりひろげながら、劇的な人生を終えました。
めでたしめでたし。
むかしむかしのおはなしです。
ある村の、となりのとなりの村に、シュウセイという木彫りの彫刻家がおりました。
ある日、シュウセイは木彫りにつかう木を切るために、森の奥まで足をのばしていきました。
シュウセイは、愛用のオノ…ではなく、クライ・クロウという剣をつかって木を切っていきました。
何時間もまじめにはたらいたシュウセイは、ようやく休憩をとることにしました。
「ふうーっ。さすがにつかれたな。今夜は自治会長のあつまりがあるし、まったくいそがしいよ」
シュウセイはおもっていたよりも、疲労がたまっていました。
そのせいで、だれかが仕掛けたバナナの皮に気がつかずに、うっかり足をすべらせて、持っていたクライ・クロウを泉に落としてしまったのです。
「ああ、しまった。仕方ない、もぐってとりに…」
その時でした。
泉の中から、きんぱつの男の子がうれしそうにあらわれたのです。
「っしゃあ!!まってたぜシュウセイ!さあ、おまえが落としたものは、このほそい剣か?それともこっちのほそい剣か?」
「いや、それ、ふたつで一組だから。どっちもおれのだ」
「えっ、そうなのか。ごめん」
「いや、ひろってくれてありがとう」
「どういたしまして…?」
「じゃあ」
シュウセイは、剣をうけとってさっさと泉をあとにしました。
「っておい!せめて、おまえはだれだ、とか訊いてけよ!まだほうびもやってねえじゃんか!」
「いらないから」
こうしてシュウセイは、なにごともなかったように家にかえり、仕事の続きをしました。
めでたしめでたし。
と、おもったらところがどっこい。
数年後、仕事は順調ですが、どこか物足りなさをかんじていたシュウセイは、ある日、ふと思いたって、あのへんなヤツがいた森の泉にいきました。
森の泉はかわらずにきれいなままでした。
シュウセイはむかしとおなじように、クライ・クロウを泉の中に落としてみました。
すると、ぶくぶくと、あのきんぱつのヤツが、ものすごくうれしそうにあらわれました。
「おっせーじゃねえかシュウセイ!何年まったとおもってんだ!おれは泉の妖精ホツマだ!さあ、おまえが落としたものは金のオノか?それとも銀のオノか?」
シュウセイはため息をついて、しかたなく答えました。
「おれの落としたものはどちらでもない。落としたものは、クライ・クロウだ」
「おーそうか!そんな正直者のシュウセイには、ほうびをやるぜ!」
ホツマは、シュウセイに金と銀のオノと、クライ・クロウを渡しました。
しかし、シュウセイはうけとりません。
「それだけか?」
「あ?」
「せっかくこんなところまで、わざわざ足をはこんでやったんだ。ほかにも褒美はないのか?さーびすせいしんのないヤツだな」
「んなこといったって、もうあげられるもんなんかねえし…」
「おまえは?」
「え」
「おまえを褒美にくれないか。おれのこと、ずっとまっていたんだろう?」
シュウセイが手をさしだすと、、ホツマのひとみがきらきらとかがやきました。
「斧と剣なんて、おれひとりじゃ、おもくてもてないだろう。おまえがおれの家まではこんでくれ」
「わかった、まかせろ!」
こうして泉の妖精ホツマは、シュウセイの家に引っ越しました。
ホツマはシュウセイの弟子となり、のちに有名な窯焼き職人になりました。
ずっとずっと、大好きなひとをまちつづけてよかったとおもいました。
おもいの先には、しあわせな日々がまっていたのです。
めでたしめでたし。
むかしむかしのおはなしです。
ある村の、となりのとなりのとなりの村に、ツクモという心のやさしい木こりがおりました。
かれの本職はアニマルセラピストですが、副業で木こりの仕事もしていました。
ある日、ツクモは森の奥まで足をのばして、木を切りにいきました。
ツクモはどうぶつだけでなく、木々ともおはなしができるので、木に許可をもらってから切ることにしています。
「杉の木のよしおさん。ちょっと切らせてもらってもいいかな」
いいよ、とよしおがいったので、ツクモはオノ…ではなく、ネルという銃をつかって木を切り…撃ち抜きました。
それなりに仕事をしたツクモは、おやつの時間になったので、泉のほとりでひとやすみをすることにしました。
ツクモがお菓子をたべていると、あやまってチョコレートを泉のなかに落としてしまいました。
「あ、落としちゃった」
もったいないとおもいましたが、ツクモはべつのお菓子をむしゃむしゃとたべはじめました。
しばらくすると、泉のなかから、かみのながい女の子があらわれました。
「ごめんなさい、おそくなって。かみかざりを選ぶのに時間がかかっちゃったわ。こんにんちは、あたしは泉の女神、トオコよ。あなたが落としたものは、金のチョコレート?それとも銀のチョコレート?」
「トオコちゃん」
ツクモはあわられた女神さまがとてもかわいかったので、ひとめぼれしてしまいました。
「おれはトオコちゃんがほしいな。チョコレートはトオコちゃんにあげるよ。そのかみかざり、とっても似合ってる」
女神さまはかおをまっ赤にして、うれしそうにわらいました。
「やだツクモってば、ありがと!そんな正直者のツクモには、金銀のチョコレートと、あたしをあげちゃうね!」
「ありがと。じゃあ、いっしょにかえろうか」
「うん!」
こうしてツクモは、チョコレートと女神さまをいっぺんに手に入れました。
のちに、ふたりはいつまでも末永くしあわせに暮らしました。
正直者には福がくる。
これはそういうおはなしなのです。
めでたしめでたし。
むかしむかしのおはなしです。
ある村の、となりのとなりのとなりの、そのまたとなりの村に、サイリというカリスマ木こりがおりました。
ある日、サイリは森の奥の泉に、ものすごい美女がいるという、うわさを聞きました。
サイリは仕事ついでに足をのばして、さっそく美女にあいにいきました。
「ここがうわさの泉か。たしかに、美女がいそうなうつくしい泉だ。うわさによれば、オノを落とすとあらわれるらしいな」
サイリは泉のなかにいる美女を傷つけないように、そおーっとオノを落としてみました。
するとどうでしょう。
泉のなかから、着物をきた女の子があらわれたのです。
「おまちしておりました。わたくし、泉の女神をつとめさせていただいております、アヤと申します。あなたが落としたものは金のオノでしょうか。それとも銀のオノでしょうか」
「これはうわさどおり、うつくしい姫君だ。どちらのオノもいらないよ。すべてきみにさしあげる」
「まあ、それではこまりますわ。どちらかを選んでいただかなければ、あなたの落としたほんとうのオノもおかえしできませんもの」
「では、そちらもきみのものだ。どうだい女神さま。こんな泉にひとりきりではさみしいでしょう?おれの家にきませんか」
とつぜん口説きはじめた木こりに、女神さまはとてもこまってしまいました。
「花はひとに愛でられてこそ、うつくしく咲くんだよ。きみのそのオニキスの宝石のような髪に、ふれてもいいかな」
「えっ、あの」
「この愛らしい、ももいろのくちびるにキスをしてしまいたいな。きみの白魚のようなせんさいな御手に、武骨なオノなど似合わない。もつのなら、このおれの手を」
サイリは女神さまにぐいぐいせまって、口説き落としにかかりました。
「おれだけの女神になってくれるね…?」
「はい…」
みごと、女神さまを口説き落としたサイリは、お姫さまだっこをしてさっそく家にかえりました。
「こらー、サイリ!また女性をつれてきて!かわいい女の子を口説くクセはやめなさいっていったでしょう!」
「いやあ、ごめんリア。今日からここで働くアヤちゃんだ。かのじょには営業をたんとうしてもらおうかな。くわしい仕事ないようは、専務のマサムネから聞いてほしい」
「わかりました。よろしくおねがいいたします、リアさま」
「あ、うん!よろしくねー!ってサイリ、まちなさいっ!」
家にかえったサイリは、奥さんその1のリアに大目玉をくらいましたが、なんとかきげんをなおしてもらいました。
リアは夫の浮気グセにほとほと苦労していましたが、本気でないことがわかっていたので、いつもさいごはゆるしてしまいます。
こうして、サイリは『神命斎悧の森林保護環境コーポレーション』の事業をかくだいしながら、ときどきリアにキレられては、毎日をがんばって生きました。
めでたしめでたし。
「……っ!!」
「どうした、ルゼ」
異界(インフェルヌス)―。
ルゼはもたれ掛かっていたソファから身を起こし、顔を顰めながら頭を押さえた。
漆黒の髪に隠れた額から、うっすらと汗が滲んでいる。
「レイガ…いや、なんでもない。少し…夢見が悪かっただけだ」
「お前でも夢を見るのか。悪夢だったのか?」
「いや、よく覚えていないが…腹の立つ夢だった気がする」
まだ苦しそうに額を押さえるルゼを見つめ、冷呀は特に気に掛けることもなくその場を去って行った。
「まったく気分が悪い」
自分が夢を見ること自体が珍しいというのに、目覚めが悪かったのだからなんとも不愉快だ。
記憶の片隅に燻る夢の記憶を遮るように、ルゼもその場を後にした。