裏僕小説その2

あらすじ。

大学生の祇王夕月は、英語科客員講師のルカと運命的な恋に落ちる。

幸せな日々を送っていた二人に、前触れもなく、あまりに突然の悲劇が起こる。

ルカが事故死したという知らせに、夕月は絶望し、生きる気力をなくしていた。

悲しみに暮れていた夕月は、幼馴染の斎悧から告白を受けるが、ルカのことが忘れられず、新しい恋に踏み切れない。

それから数か月後。

夕月の兄だと名乗る人物が現れ、夕月にこう告げる。

「私はルカの死の真相を知っている」

そして、夕月の協力者だと名乗る冷呀から、夕月はある驚愕の事実を知らされた。

夕月の周りにいる人物、夕月が大切に想っていた人々が、ルカの死に関わっていたらしい。

夕月は、ルカの死の真相を探るべく、天白、冷呀と共に事件の調査にかかる。

そして、夕月が辿り着いた真実は、とても信じられないものだった。

「ルカは殺された。僕の大切な、あの人達に…」

夕月は、ルカの死に関わった人物に復讐を果たすべく、生来の自分を捨て、夜叉の仮面を被ることを決意する。


裏切ったのは誰なのか。

夕月の知った真実と、ルカの死の真相とは…。

(全120話)


主な登場人物。


祇王(桜井)夕月

大学生。
ルカと恋に落ち、親友の焔椎真、黒刀と共に充実した学校生活を送っていた。
穏やかで優しく、誰からも好かれる好青年だが、復讐を誓ってからは、心の奥底で憎しみを宿し、時に残酷な一面も見せる。
出生に秘密があるらしい。


ルカ=クロスゼリア

夕月たちが通う大学の客員講師。
世人離れした美貌から、大勢の女性に好意を持たれるが、夕月に出逢ってからは夕月一筋。
夕月と出逢う前は、ユキという恋人がいた。
クールで無口だが、内に秘めた情熱は全て夕月に向けられている。
夕月の出生の秘密を知っている。
大学構内で事故死。


神命斎悧

人気俳優。
夕月の幼馴染で、幼い頃から夕月に想いを寄せている。
ルカ亡き後、夕月に告白し、同棲を始める。


漣城焔椎真

大学生。夕月の親友。
ルカの死の調査に訪れた碓氷刑事と出逢い、恋愛関係になり、同棲。
一方で、夕月への想いに悩んでいる。


碓氷愁生

刑事。
ルカの死が、ただの事故死ではないと疑い、単独で調査を開始する。
調査の過程で焔椎真と知り合い、恋愛関係になり、同棲。
ルカの死に焔椎真が関わっていたことを知り、自分も一緒に罪を背負うことを決意する。


蓬莱黒刀

大学生。夕月の親友。
アルバイト先の和菓子店店員、千紫郎に想いを寄せられる。
千紫郎の独立を機に、二人は交際を始める。
一方で、夕月への想いを断ち切れずにいる。
常連客であるカデンツァから、ストーカー被害を受けている。


降織千紫郎

和菓子店店主。
客として訪れた黒刀に好意を抱き、独立を機に交際を開始。
夕月の策略によって一度は店を失うが、経営を立て直す。


祇王天白

祇王グループ本社社長。
夕月の兄だと名乗る人物。
夕月にあらゆる面から復讐の手助けをするが、その裏では別の目的があるらしい。


祇王冷呀

弁護士。
天白の従弟で、公私のパートナー。
天白と共に夕月に協力する。


叢雨九十九

叢雨生花店店主。
時折、夕月の行動や想いを知っているような素振りを見せ、夕月に忠告や助言をする。
物語のキーパーソン的存在。






前回のあらすじ―


『夕月への想いを抑え切れなくなった焔椎真は、愁生に別れを告げる。

しかし夕月にも斎悧という恋人がいる為、思い詰めた焔椎真は、夕月に心中をして欲しいと願う。

夕月は、愛する人と情死出来るのなら願ってもない、と了承し、二人は毒入りの酒を呷る。

しかし夕月は自分の分だけをすり替え、焔椎真は自殺と世間に片付けられた。

愁生は、焔椎真の死に夕月が関わっていたことを突き止め、雨が降る中、夕月を呼び出したのだった…』





雨は昨夜から止むことなく、降り続けていた。

夕月と愁生は身体に打ち付ける雨を避けようともせず、ただ向かい合い、佇んでいる。

「…焔椎真は俺の全てだった…!なぜ…なぜ彼を死に追いやった!」

がくりと膝をつき、愁生の衣服が飛び散った泥土にまみれる。

ザアザアと打ち付ける雨音が愁生の叫びを消したが、夕月の耳にはしっかりと届いていた。

「人聞きの悪いことを言うのですね。焔椎真くんは僕の誘惑に負けたんです。あなたよりも、僕に心が移った。それはあなたが想っているよりも、焔椎真くんがあなたを愛していなかったからです。そうでしょう?碓氷刑事」

震える拳が白くなっているのは、長時間を雨に打たれていたからか。自責の念からなのか。

だが夕月には、彼のくだらない感情の起伏など、どうでもいいことだった。

曇天の空と同じ、昏く濁った眼で、ただ見つめているだけだ。

「焔椎真くんはとても熱い眼で、僕を抱いていました。何度も身体中にキスをして、愛している…と。あなたもそんな風に、彼を抱いていたんですか?」

嘲るでもなく、責めるでもなく、夕月は淡々と、焔椎真と交わした行為を語る。

やがて愁生は慟哭の叫びを上げ、耐えられないと彼が頭を振ったとき、夕月は濡れた唇を僅かに上げた。

「愛する人を失う気持ちが、あなたにも理解出来たでしょうか。僕は焔椎真くんに、僕の愛する人を奪われた。だから彼を愛しているあなたにも同じ苦しみを…いえ、僕の味わったほんの少しの苦痛をあなたにも与えたかったんです」

「ルカを殺したのは焔椎真じゃない!」

「…そうですね。直接手を下したわけじゃない。あなたも共犯です、碓氷刑事。例え他人が大事な人を失うとしても、自分の愛する人を守りたいと思うのは当然の反応です。平気で隠蔽し、嘘もつく。…僕があなたの立場だったとしても、きっと同じことをしたでしょう」

「俺と焔椎真に復讐を果たしたと言うのか。…大事な人を裏切って!」

夕月は地面に両手をついた愁生を、殴りたい衝動に駆られた。

俯く愁生からは、夕月の濁った眼が一層昏さを増したことに気がつかない。

「ぐっ…!」

夕月は靴底で、愁生の右手を力一杯踏みつけた。

愁生は呻き声を上げるが、かわすことはしなかった。

焔椎真に触れた愁生の右手が潰れるように祈りながら、夕月は目尻を下げて笑う。

「裏切った…?よくもそんなことが言えますね。僕は大事な、大切だった人たちに二度も裏切りを受けたんです!この苦痛と悲しみは、生涯忘れることはない!」

愁生の右手は血が滲み、流れる鮮血が泥水に混じって溶けていく。

「だったら…俺も殺せ。それで夕月の気が晴れるのなら、それが懺悔になるのなら、この命で償う」

「碓氷刑事の命など、僕にとってはなんの価値もない。それに、僕の復讐はまだ終わっていません」

「まさか…君は黒刀まで…」

はっと顔を上げた先に愁生が見たものは、生きながらにして鬼の面を被ることを選んだ、一人の人間の顔だった。

泣いているように見えるのは、額から伝い落ちる雨粒のせいだろうか。

「僕は、僕からルカを奪った人達を決して赦さない。焔椎真くんは、自ら死を選ぶことで地獄に堕ちた。けれどあなたは、生きて、苦しみながら死ぬんです」

最後に夕月が笑っていたように見えたのは、愁生の視界が歪んだせいなのか。


地を打つ雨音はやけに大きく、夕月の足音が遠ざかっていく。


雨はまだ、降り続いていた。


「夕月、どうしたんだ、そんなに濡れて!」

玄関扉を開けると、タオルを抱えた斎悧が夕月の許に駆け寄ってきた。

雨に打たれたのは夕月だというのに、斎悧の方が青い顔をしている。

「ごめんなさい…お買い物の途中で、傘を無くしてしまったんです」

「電話をくれればすぐに迎えに行った。ちょうど沸いたところだから、すぐに風呂に入れ。風邪を引く」

ずぶ濡れになった夕月の髪を拭き、斎悧は着替えを取りに行くと言って踵を返す。

「まって、斎悧さん」

服の袖を掴んで引き寄せると、夕月は斎悧の胸に顔をすり寄せた。

「どうした。なにかあったのか?…こんなに冷えて、可哀想に…」

自分が濡れるのも構わずに、斎悧は夕月の華奢な身体を抱き締めた。

「斎悧さんも一緒に入りませんか?」

羞恥を含んだ甘い声で問い掛けると、斎悧の涼やかな目許が下がる。

「いいのか?洗うだけでは済まないよ」

夕月は顔を赤くして頷くと、冷えた唇を斎悧の頬に押し付けた。

「先に入って待っておいで。着替えを取りに行ってくる」

夕月を抱き上げ、脱衣所まで運ぶと、斎悧は額に口づけをして二階に上がって行った。

脱衣所のドアを閉め、無造作に上着を脱ぎ捨てると、夕月はポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押した。

一回目のコールで、相手はすぐに繋がった。

「…僕です。そちらは如何ですか」

斎悧と交わした甘い声音が跡形もなく消え去り、別人のように冷淡な声が夕月の口からついて出る。

「降織に例の写真を送っておいた。お前の望みも、もうすぐ叶うだろう」

「ええ。もうすぐ…復讐を果たすことができます。…あとは…」

「後悔していないのか。もっとも、そんな感情を抱いたところで、お前も私も行き着く場所は決まっている」

「僕の最大の後悔は、ルカを失ったこと。その先は地獄でもどこへでも、あの人達を道連れに堕ちて行くだけだ…」


「斎悧さんっ…!もっと激しく、僕を抱いてっ…!」

浴室から続いた情事は、ベッドへ移動してもなお、激しさを増して続けられていた。

乱れたシーツがより深い皴を刻み、汗でぬめりを帯びた身体が絡みあう。

キスを求めれば唇が塞がれ、強くとねだれば夕月の肌に紅い花が散る。

「夕月……好きだ、あなたが好きだ……」

夕月と情を交わしたあの日から、彼は何度も愛を口にするようになった。

自分自身に、夕月への愛を確かめるように。

決して彼が離れて行かないように、言葉の鎖で縛り付けるようにして。

「僕も大好きですよ。斎悧さん」

誰もが純真だと信じて疑わない彼の言葉が、偽りに満ちていることに一体どれ程の人間が気付くだろう。

揺さぶられる振動に、夕月は艶やかな喘ぎを放つ。

身体の奥を占めているものは、憎い相手の男根。

内臓がせり上がるような苦痛と共に、煮え滾る憎悪が湧き上がる。


夕月は背中に廻っていた両腕を斎悧の首元にかけ、弱い力で締め上げた。


自分の放つ淫らな熱の炎で、この男を焼き殺してしまいたい。

喉元にかけた両手で絞め殺し、喉を砕いて二度と愛などと言えぬように。


「斎悧さん…好き。このまま一緒に死んでくれますか」

斎悧の額から流れる汗が、夕月の目尻に落ちる。

彼が涙を流しているようで、斎悧は息を呑んだ。

「……いいよ。あなたが望むなら。死ぬほど乱れさせて、死ぬほど気持ち良くなって、あなたと一緒に死ねたらいいのにな」

細い指に力がこもり、斎悧は息を詰まらせた。

けれど、あなたから与えられる痛みさえ、愛おしい。

「愛してる。夕月」

真っ直ぐに貫かれる熱情に、夕月は怯えたように両手を放した。

肌を打つ音が一際強くなり、夕月と斎悧は数度目の熱を吐き出した。

身体中に精液がまみれ、体内に斎悧の種が浸透していく。

二人の行為に終わりがないと錯覚させるため、斎悧の両頬を包み、耳元に安価な愛を囁いて、再び彼の獣性を引き出していった。


「斎悧さん、もうすぐ僕たちの記念日ですね」

朝食時、夕月の淹れた珈琲を飲んでいた斎悧は、壁に掛けてあるカレンダーの印を示されて、わざとらしく首を傾げた。

「もしかして、忘れちゃったんですか?」

頬を膨らませる夕月が可愛らしいと思いながら、人差し指で空気の入った頬をつつく。

「まさか。きちんと覚えているよ。忘れるはずがない。夕月の方こそ、忘れないでいてくれたんだな」

「もちろんです。僕たちがお付き合いを始めた、大切な記念日なんですよ。お花をたくさん用意して、二人きりでお祝いをしましょうね」

ぴょんっ、と跳び跳ねる夕月の背後に回り、温かな身体を抱き締める。

柔らかな髪に唇を押し付けると、斎悧と同じシャンプーの香りが漂った。

「斎悧さん、遅刻しちゃいますよ。今日からドラマのクランクインでしょう?」

腰から前に腕を回せば、くすぐったそうに身を捩る夕月とじゃれあうように、頬をすり寄せる。

「今日は女優とのキスシーンが入っている。……夕月」

夕月はやれやれと溜息を吐き、斎悧専用のお決まりの文句を口にした。

「はいはい。僕はすごく嫉妬をするし、できれば誰にも触れて欲しくありません。でも斎悧さんは必ず僕のところに戻ってきますよね?……帰ったら消毒してあげます」

こうでも言わなければ、子供のような一面を持つ斎悧は夕月を放さない。

夕月が斎悧の右手を取って甲にキスをすると、斎悧はようやく両腕を解いた。

「忘れ物はありませんか?」

出勤する斎悧を玄関まで見送り、行ってらっしゃいのキスを交わす。

いつもならば、そこで斎悧は満足して出て行くのだが、彼はじっと夕月の瞳を見つめたまま、動こうとしなかった。

「斎悧さん?」

「夕月、あなたに渡したいものがある」

おもむろに玄関のタイルに膝をついた斎悧に、夕月は微かな動揺をみせた。

斎悧はコートのポケットから、掌にちょうど収まるサイズの正方形の包みを取り出して、夕月の目の前で中身を開けてみせた。

「これは……」

台座に置かれたシンプルなデザインの指輪に、夕月は言葉を失った。

「俺達に結婚というゴールはない。だが俺は、あなたと生涯を共にする覚悟でいる。エンゲージリングとはいかないが、受け取ってくれないか。誰に証明されなくとも、あなたと俺を結ぶ証が欲しい」

真剣に見つめる斎悧の眼差しは、一筋の不安を隠しきれずにいた。

どこか不安定なこの男に、夕月は笑い出したい衝動に駆られながら、小さく頷いてみせる。

「夕月……ありがとう」

夕月の左手を取り、指輪を嵌めようとしたところで、夕月の右手がふいに斎悧の右手に重なり、儀式を制する。

「待って。この指輪は、記念日の日に嵌めてくれませんか。斎悧さんのプロポーズを、その時にもう一度聴きたいです」

斎悧は笑って頷き、足取りを軽くして玄関を出て行った。

「……馬鹿な人」

掌に載る小さな箱と、恭しく鎮座する指輪を眺め、夕月は乱暴にゴミ箱に放り投げた。


「こんにちは、九十九くん。ダイニングに飾るお花が欲しいのですが」

店先に並べられた花々にも、春先の彩りが加わってきた。

淡く優しい花の香りが、夕月の心をほんの一時でも慰める。

「いらっしゃい、夕月。しばらくぶりだね」

叢雨生花店の店主、九十九は、チューリップの花束を抱えながら奥から顔を出した。

「わあ……綺麗に咲いていますね」

誰にでも好かれる、素朴で愛らしい花に、夕月は目を細めた。

「気に入ったなら夕月にあげる。……そういえば、聞いた?碓氷刑事が自殺したって……」

「ええ、昨日のニュースで。ほんの少しの間の顔見知りだったとはいえ、亡くなられたと聞いたときは、驚きました」

彼と多少なりとも関わっていたことなどおくびにも出さず、事前に用意しておいた沈痛の面持ちで俯く。

やはり彼も馬鹿な男だった。

愛した男の裏切りよりも、自己愛の消失に耐えられなかったのだから。

足元を見つめ、伸びる影に口元を歪ませる。

もっと壊れていけばいい。

相手の影になり、どこまでも追い詰めて、黒い影ごと呑み込んで、消してやる。

「……碓氷刑事の遺体の周りには、花蘇芳の花弁が散っていたそうだよ」

「花蘇芳……」

九十九の発言に、思考が現実に引き戻される。

あの日から何度も、切っても切れない縁で結ばれた、不愉快なその花の名に、夕月は一瞬顔をしかめた。

「彼はきっと最後に…なにかを伝えたかったのか、それとも…」

「さあ、僕には見当もつきません」

視線を戻せば、九十九が夕月の目をじっと見つめていた。

夕月は彼の目が苦手だった。

出逢った時から、その透き通った瞳を通して自分の心の奥底を見透かされているようで。

だがそれは、人の心に繊細な洞察を持つ彼に、鬼神を住まわせた愚かな自分を暴かれたくないための妄想なのかもしれない。

いずれにせよ、夕月にとっては過ぎたこと。これ以上深く踏み込まれる前に、何も存ぜぬと肩を竦めてみせた。

碓氷刑事の周辺に散っていたという、花蘇芳。

それが何を意味するのか。

彼にとって重要な、真実の扉を開けるための鍵に、果たして夕月は気付くのか。

「夕月。きみにこれを」

九十九が差し出したのは、純白の花弁に深紅を混ぜた、まだら模様のチューリップだった。

ピンクや黄色の柔らかな色をまとう花々の中で、その斑模様の一輪が、独立した存在感を放っていた。

まるで穢れのない、生まれたばかりの純粋な魂に、一滴の血を落としたような、見る者によっては恐ろしく、妖艶な輝きをもって人を引き付ける。

「まるで血が混じっているようですね……綺麗です」

これが薔薇だったのなら、棘に刺されて死ぬのだろうかと思いながら、夕月は受け取った。

「斑のチューリップは、疑惑の愛。今のきみにはよく似合うよ、夕月」

この銀髪の男は、まるで自分のなにもかもを知っているような口ぶりだ。

愚かな魂を導き、忠告を授ける彼は、果たして夕月の益となるのだろうか。

何も言わずにいる夕月に、九十九は気持ちを寄り添わせる。

「夕月、偽りの愛はいつだって真実の愛を見失わせる。俺は夕月の幸せを願っているよ」

「……九十九くん。九十九くんには、このチューリップが似合います」

夕月は九十九が抱える花束から、薄緑色の一輪を抜き出し、九十九の口許に持っていく。

「きれいな瞳。九十九くんだけは、その瞳を曇らせることのないように」





♪♪♪♪~~


♪ジャーパネットジャ~パネット~♪

夢のジャパネットとおま~

チャラララララララン♪




「みなさんこんにちは!ジャパネットとおまのテレビショッピングのお時間です!」

「今週の目玉はこちら!!藤原工業が開発した新製品圧力鍋、『奥さん、今夜は時短だけど愛情たっぷりの手料理を食べて子供をもうひとりつくろうか』の、ご紹介です!」

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「見てください、こちらの圧力鍋でカレーを作ると~、あら不思議!蓋を開けてみると、なんとハンバーグが出来ています!どうです?すごいでしょう~。他にも、シチューを作ったけどやっぱり豚の角煮が食べたかった、というお悩みもバッチリ解決しちゃいますよ~!」

「こちらの圧力鍋を開発した藤原社長はなんと、あの世界的に有名な物理学賞、ノーベッヘル賞を受賞致しました!これぞまさしく日本が誇る世界でひとつの超高級圧力鍋です!どうですか、欲しくなってきたでしょう~?」

「短時間で、安全に、お料理のストレスをなくしたいあなた!お色は青と藍色と水色の三色からお選び戴けます!」

「そして気になるお値段、お任せくださいみなさん!今ならあの超人気俳優、『神木サイリさんがあなたのご自宅で圧力鍋を使ってあなただけに手料理を作ってくれる応募券』をつけまして、お値段なんと!

961万円(税抜き)です!

どうですか~お安いでしょう!!」


「お電話お待ちしております!さて、次回の放送は、美容研究家のゆうづきさんをお招きいたしまして、ELEGY化粧品から、ハリウッドセレブも愛用……かもしれない…の、オールインワンゲルをご紹介致します!それではみなさん、またお会いしましょう!」


♪♪♪♪♪

ジャーパネットジャーパネット~夢のジャパネットとおま~~♪♪♪♪



「夕月っ……」

「僕を抱きたかったんでしょう?黒刀くん。僕は今、黒刀くんのものですよ」

仰向けに寝かされた黒刀の上に、夕月が跨っている。

蠱惑的な微笑を浮かべる夕月に動揺し、快楽に痺れた身を起こすと、両手で胸を押されて再びベッドに沈められた。

「なにも思い煩うことなんてありません。僕の中は最高に気持ちが良いでしょう?」

反り立つ性器が夕月の中で動く度、ねっとりと絡みつく襞が背徳の念を失わせる。

思い焦がれたかつての親友が、自分の腕の中で淫らに腰を振る。

触れたら消えるのかと手を伸ばせば、汗ばんだ両手に包まれて、熱い林檎の頬にすり寄せられた。

流した視線に囚われる。今だけは、夕月の全てが自分のものになるのなら、なにもかもを失っても構わないと、黒刀は夕月の施した魔性に堕ちていた。

「愛してるって…言ってください」

早く言葉を出してしまえと、夕月が彼の細い喉を指でなぞれば、黒刀は天上の菩薩にでも巡り逢ったような微笑みを向けた。

「愛してる。夕月……」

夕月の身体が前に倒れ、黒刀にしなだれかかる。

口づけを請うと、どちらかともなく唇が近付いた時、唐突に寝室の扉が開かれた。


「黒刀!なにをしているんだ!」

けたたましい怒鳴り声と共に、仕事着のままの千紫郎が現れる。

黒刀は現れる筈のない男に驚愕し、夕月は唇の端を上げてみせた。

「黒刀から離れろ!夕月くん!」

恐慌に陥った千紫郎は、黒刀の制止も聞かずにベッドから夕月を引き摺り下ろす。

大袈裟に倒れてみせた夕月を、黒刀は情事の最中の身体のまま千紫郎から庇う。

「やめろ千紫郎!夕月に乱暴な真似をするな!」

「黒刀…きみは夕月くんに騙されているよ。あの写真を送ったのは、夕月くんなんだぞ」

「…なん…だと…」

黒刀と千紫郎が、一から築き上げた信頼と絆を崩壊させたあの事件、その一因になった写真も全て、夕月が仕組んだことだった。

呆然とする黒刀を横目に、夕月はさっさと衣服を身に着ける。

「来るのが遅いですね。千紫郎さん」

千紫郎が右手に握り締めているスマートフォンを見つけると、黒刀はハッとなって夕月を見やる。

夕月の右手にも、同様にスマートフォンが握られていた。

黒刀の目線に気付くと、夕月は可笑しそうに笑ってそれを床に投げ捨てる。

「僕と黒刀くんの愛の睦言を聴いて飛んで来るとは…野暮な人ですね。でも、黒刀くんはとうに別れたあなたより、僕の方がずっと良かったみたいですよ」

花蜜のように甘い声音が一変して、嘲笑いながら響く声に、黒刀は憑物が落ちたように崩れ落ちる。

「黒刀をたぶらかして、あの店も失った…。俺はきみを許すことができない」

「誰があなたに許して欲しいと?馬鹿馬鹿しい。あなたも碓氷刑事も、まったく同じことしか言えないのですか。黒刀くんは自分の意志で、僕を抱いたんですよ。簡単に心移りをするほど、黒刀くんにとってあなたは一生を懸けて愛する価値もなかった。そんな単純な事実でしょう」

憎悪と嫌悪に駆られた背の高い男の眼に、夕月は柔和な目尻を冷淡に下げた。

「黒刀を返せっ。あのささやかで、温かい日々を返してくれっ……!」

みっともなく泣き喚く男に、夕月は不快な侮蔑の眼を向けた。

黒刀は放心のまま、どちらの男に声を掛けるべきか迷っている。

「……っ、せんし…ろ」


もしも黒刀があと数秒早く、千紫郎に手を差し伸べていれば、運命は変わっていたのかもしれない。

たとえば、たったひとつの些細な選択で、誰かが行動を起こしていたならば……。

千紫郎が握り締めていたナイフに気付けていたのだろう。


「ふっ……本当に脳のない人だ。いいですよ、それで気が済むのなら、どうぞ僕を殺してください。絶対に避けたりしませんから」

自分に刃先が向けられていても尚、夕月はなんでもないことのようにゆったりと構えていた。

激昂した彼を煽っているわけではない。事実を述べただけだ。

「きみはもう、愛に狂ってしまった。そして俺も……これ以上、きみが罪を犯すことのないように、俺が終わりにする!」

なぜなら、夕月は本当に、一歩たりとも動く必要などなかったのだ。

「駄目だ千紫郎!」

自分を愛し、身を挺して庇う男がいる。

絶対的な自信を持ち、夕月は黙って彼が近付くのを眺めていた。

一目散に夕月を目指して地を蹴った千紫郎は、夕月の心臓に狙いを定めて一気に刃先を突き刺した。


ズブッ…と、肉を突く重音の後、千紫郎、そして黒刀が床に崩れ落ちた。

「黒刀…っ…なぜ」

噴き上がった血飛沫が千紫郎のレンズに付着し、彼の世界を真紅に彩る。

なぜ?と問い掛けても、千紫郎の愛した人間は既に絶命し、二度と応えることはない。

僅かに血を浴びた夕月は無言のまま佇み、まるで映画を観るように傍観を貫いている。

「黒刀…ごめん…ごめんっ…すぐに追いかけるから、俺を許してくれっ…」

男の懺悔が虚しく響く。真紅に染まった両手で黒刀の頬を包み、そっと口づける。

千紫郎はもう一度ナイフを取り、刃先を喉元に突きつけた。

「俺は…黒刀に逢えるだろうか」

「さあ。僕には分かりません。彼岸に散った、人のことなど」

肩を竦めて答えてみせると、渇いた笑いがやけに大きく部屋を包む。

夕月は背を向け、この部屋にはもう用はないとばかりに踵を返す。

「そうか……そうだな。死んでみなければ、分からないことだ。きみの復讐の行方も、この世界からリタイアする俺にはもう関係がない。ルカも、同じ気持ちだったのだろうか……」

ぶつぶつと呟いた後、ズブッ…と、深く肉を刺す音がする。


夕月は一度も振り向くことなく、錆びた鉄の生臭い寝室を後にした。
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