裏僕小説その2

とうじょうじんぶつ。

おやゆびひめ ユキ

おかあさん ツバキ

まほうつかい ウヅキ

カエル センシロウ&クロト

コガネムシ シュウセイ&ホツマ

ネズミ トオマ

モグラ サイリ

ツバメ タチバナ


はなのてんし タカシロ


むかしむかしのおはなしです。

ある国のある村に、ツバキという気の強い娘さんがいました。

ツバキは結婚適齢期になりましたが、お婿さんはなかなか見つかりません。

「わたしも姉さんみたいに、シングルマザーになろうかしら」

ある日、ツバキはふと思い立ち、村に住む植物博士兼魔法使いの、ウヅキのもとに行きました。

「なるほど…。けっこんはしたくない。でも子供はほしい。子作りもしたくない…と」

「そう。あんたもわかってるでしょ。わたし、男は嫌いなのよ」

無茶なお願いをされたウヅキは困ってしまいましたが、ツバキは怒らせるとこわいのです。

そこで、ウヅキはツバキだけに、椿の苗をあげました。

「この椿の苗を植えれば、あなた好みの可愛い男の子が育つでしょう」

「へえ~そうなの。じゃあさっそく植えてみるわ」

ツバキは椿の苗を庭に植えて、花が咲くまで大切にそだてました。




するとある日、椿の花から、とってもかわいい男の子が生まれました。

「いやだ、チョーかわいいっ!」

ツバキは男の子をユキと名付け、それはそれは大切にそだてました。

ユキは成長しても親指サイズしかありませんでしたが、ツバキにとっては、たいした問題ではありませんでした。

今どきの女性らしく、経済力もあるので、シングルマザーでも旦那がいなくても、なんら困ることはなかったのです。

ツバキは手先の器用なウヅキをこきつかって、クルミのベッドをつくらせたり、お姉さんのミヅキにお洋服をつくらせたりしました。

ユキは愛情をたくさん注がれて、こころ優しい男の子に育ちました。

でも、彼の体はとても小さいので、ツバキは悪い害虫や鳥たちにさらわれないよう、さいしんの注意をはらいました。

しかし、ユキがお昼寝をしている部屋のまどから、二匹のカエルがユキをじーーっとみつめていたのです。


「あれがうわさの親指姫だね。かわいいなあ。クロト、ひとめぼれしたでしょ」

近くの池にすむ、センシロウとクロトは、窓の外からユキをガン見していました。

どうやら黒いほうのカエル、クロトは、ユキに惚れてしまったようです。

「そんなに好きなら、いっそさらっちゃおうか。クロトのお嫁さんこうほだね」

「よっ、嫁だなどど。あいつは(小さいけど)人間の男だぞ!」

「じゃあ婿でもなんでもいいじゃない。じゃあ俺、さっそくさらってくるよ」

体の大きいカエルのセンシロウは、ユキが寝ていたクルミのベッドごと、窓からもちだして池にかえっていきました。



「あれ。ここはどこだろう」

目がさめると、ユキは蓮の葉っぱの上に寝かされていました。

「やあやあ、俺はカエルのセンシロウと、クロトです。さっそくなんだけど、うちのクロトのお嫁さんになってくれないかな」

「ええっ?そんな、困ります。お母さんが心配しているから、はやく帰らないと」

ユキは拉致された不安から、おめおめと泣き出してしまいました。

「な、泣くな。ほら、センシロウ特製のお菓子をやるから。お前が帰りたいというなら、返してやる」

クロトは惚れた人が泣いてしまうのはつらかったので、結婚はあきらめようとしました。

ですが、クロトは顔に出やすいので、心優しいユキは哀れにおもい、少しの間だけカエルの池ですごすことにしました。

クロトはとてもよろこびました。センシロウもよろこびました。


池のカエルたちはみんなとても優しくて、センシロウの作る料理もおいしいです。

でも、やっぱりユキはお母さんのことが心配でした。

お母さんは自分がいなくなっても、ただ泣くのではなく、さらった相手をふくしゅうするつもりで、しらみつぶしに自分を探しにくるだろうと思ったからです。

ユキはそろそろ帰らないと、カエル達の身が危ないと思っていましたが、お空の上から、二匹のコガネムシがユキの生活をのぞいてい

「………」

「おいホツマ。お前、ユキに惚れただろ」

「えっ、ちちちげーよ!」

コガネムシのシュウセイとホツマは、カエルたちの池で楽しくすごすユキが、自分たちのところにもきてくれたらいいのにと思いました。

きっと友達になれたら楽しい。

ユキに、自分のことを好きになってほしい。

「ユキを俺たちのなかまにするか。地べたを這うだけのカエルどもより、空をとべる俺たちのほうがユキもいいに決まってる」

シュウセイとホツマは、なんやかんやと理由をつけて、ユキをさらうことにしました。


カエルたちとはひと悶着ありましたが、ユキはコガネムシにさらわれて、ブドウの葉っぱの上につれてこられました。

「コガネムシさん。ぼくはおうちにかえらないといけません。お母さんが心配して、コガネムシさんをやっつけにやってきます」

「少しの間でいいんだ。俺たちと暮らしてくれないか?そうしたら、家にかえしてあげる」

シュウセイは言葉たくみにユキをせっとくしました。

もちろん、かえす気などありません。

ホツマは大好きなユキが来てくれたことに大喜びです。

そうして二匹と一人の、新たな生活がはじまりました。

ユキはコガネムシの背に乗って、いろいろな場所をめぐりました。

「うわあ、ぼく、お空を飛ぶの、はじめてです!」

ユキをのせたホツマは、とっても得意げでした。

定住地をもたないコガネムシは、桜の葉っぱやリンゴの枝にお引越しをします。

そうして少しずつ、ユキが二度と帰れないように遠くに移動するのです。

コガネムシとの生活は、見たことのない世界が広がって毎日が楽しいです。

ですが、ユキはやっぱり家に帰りたくなりました。

そこでユキは書置きを残し、こっそりとコガネムシのもとを去りました。





その頃。

カエルにユキを誘拐されたツバキ。

コガネムシにユキを誘拐されたカエル。

書き置きひとつのこしてユキに去られてしまったコガネムシは、血まなこになってユキをさがしていました。


家にかえる途中、ユキは道に迷ってしまいました。

コガネムシが随分とおくに自分をはこんだので、帰り道がわからないのです。

やがて季節はふゆになり、ユキはとうとう行きだおれてしまいました。





「あれれ?ぼくの家のまえに人が倒れているぞ」

野ネズミのトオマは、家の前でたおれているユキを見つけました。

ユキはトオマに助けられ、あれこれと手厚く看病をされて、すっかり元気になりました。

「ネズミさん、どうもありがとうございました」

「いえいえ、あなたはどちらから来たんですか?」

ユキは、ネズミに今までのことを話しました。

ネズミは大号泣して、なんとかユキの力になりたいと思います。

ネズミは、家に帰れるように旅費をあげようとしましたが、ユキは助けてもらったうえに、お金までいただくのは心苦しいと言いました。

「よければぼくを雇ってもらえませんか。助けて戴いたお礼もしたいのです」

「わかりました。では、時給950円でユキさんを雇います。ぼくの家はレストランを経営しているので、ホール兼調理補助としてユキさんを雇用します」


こうして、ネズミのトオマと、ユキとの新しい生活が始まりました。

トオマの経営するレストランは、可愛いユキが加わったこともあり、大繁盛します。

ユキの時給もアップして、お金はどんどん貯まりましたが、ユキは今の生活がとても楽しいと感じていました。

トオマもユキと一緒に働けることがうれしくて、ひそかに帰らないでほしいと思っています。

そんなある日。

トオマのレストランに、契約農家のモグラ、サイリがやってきました。


「ユキさん、紹介します。契約農家で、野菜をおろしてもらっている、サイリさんです」

「おや。これは美しい姫…男だが、まあいい。かわいいお嬢さん、俺はモグラのサイリです。お近づきのしるしに、今朝とれたばかりのトウモロコシをあげよう」

サイリは少々キザで、女たらしと有名でしたが、サイリはユキにとても優しく接しました。

さあ大変。トオマにライバルが現れます。

それからモグラは、なにかと理由をつけて、よくレストランに顔を出すようになりました。

そしてある時、ユキはサイリに大人の関係を迫られます。

最高品質の野菜を提供してくれるので、ユキはむげに断るわけにもいきません。



そして、何回めかのお誘いで、ユキはとうとうサイリにお持ち帰りされてしまいました。

貞操をまもりたいユキと、ユキをものにしたいサイリの間でせめぎあいが起こります。

その時、二人のあいだに、一匹のツバメがおちてきました。

「うわあ~!ツバメさん、大丈夫ですか?」

ユキは危機を脱することができて、ほっとしましたが、倒れたツバメが心配でした。

「ぐふっ。ぼくはツバメのタチバナ。ユキくん、きみを迎えにきたよ」

ツバメは、ツバキお母さんが雇った探偵で、ユキを探し出して連れて帰るようにと雇われたのです。

しかし旅の途中でけがを負ってしまい、飛べなくなってしまいました。

せっかくのチャンスを台無しにされたモグラは怒って、ツバメにとどめをさそうとします。

「ブサイクなツバメに用はない。さっさと失せろ」

「えーっ、ひどいよモグラくん!」

ユキはツバメを庇って、モグラに言いました。

「このツバメさんはぼくが手当てをします。怪我をしたツバメさんに、とどめをさすようなサイリさんは嫌いです」

サイリはユキに嫌われて、大変なショックを受けました。

しかし顔には出さず、「勝手にしろ」と言って去って行きました。

ツバメは心の中でほくそ笑みました。


ユキはネズミに事情をはなし、怪我が治るまでのあいだ、ネズミの家で看病をすることにしました。

ユキは、ツバメのためにススキで作った毛布をプレゼントしようと思いましたが、ツバメは、

「ぼくは帽子がいい!うんと派手なやつね!」

と、ずうずうしくリクエストしてきました。

ユキは毛布をやめて、薔薇の花をあしらった帽子をつくりました。

ユキの看病と、ネズミの美味しい料理と、帽子のおかげで、ツバメはすっかり元気になりました。



「さーてと。怪我もなおったし、そろそろユキくんをつれて帰らないとね」

「ええっ!ユキさん、帰っちゃうんですか?」

ネズミは悲しみましたが、ユキにも家族がいます。

「じゃあさ、かっちゃんもぼくの背中に乗って行くかい?ユキくんといっしょに住めばいいじゃん」

ツバメの提案に、ユキは賛成しました。

「トオマさん、ぼくの家にきませんか?きっと、ツバキお母さんもいいよって言ってくれます」

ネズミはユキと離れたくなかったので、ふたつ返事でユキについていくことにしました。

なぜか、モグラもついてくることになりました。





そして、ユキとネズミとモグラは、ツバメの背にのって、帰路につきました。

ところが、飛行中に、一人と二匹を乗せたツバメが、何者かに撃ち落とされてしまいます。

「うわぁ~!誰ヨ!ぼくのぷりちーな羽に傷つけたのは!」

ユキは気が付くと、薔薇の花びらにのせられていました。

ほかの野郎どもは、その辺の雑草にのせられています。

「やあ、よくきたね。まっていたよ親指姫。わたしは薔薇の天使、タカシロだ」

ユキたちは、薔薇の天使の国に招かれました。

いい歳して薔薇の天使とか、ちゃんちゃらおかしい。歳を考えろ、と言ったツバメは消されました。


タカシロはあらためて、ユキに結婚を申し込みます。

「ここで会ったのもなにかの縁。ぜひ、この国で暮らさないか」

ユキはもちろんことわりましたが、タカシロはあきらめるどころか、ネズミとモグラを人質にとって、求婚をせまります。

その時、ピンチのユキを救う、ツバキお母さんとカエルとコガネムシが現れました。

「やっと見つけたわよユキ!もう、心配させて!さあ、帰るわよ」

ユキとツバキお母さんは、ようやく会うことができました。

しかし、ユキを執念深く追ってきたカエルとコガネムシもあきらめません。

「だったら、みんなでいっしょに暮らしませんか?」

ユキの提案に、みんなは賛成しました。


こうして、ユキとツバキとセンシロウとクロトとシュウセイとホツマとトオマとサイリと薔薇の天使は、みんな一緒にユキの家に行き、ユキを取り合いながら楽しく暮らしたそうです。

おしまい。

「…うーん…うーん…」

「おい、橘。起きろ」

ソファに寝そべり、うなされていた橘は、彌涼の声に反応して目を覚ました。

薔薇の花をあしらった帽子はずれ、額からはじっとりと汗が滲んでいる。

「ああ~よかった!なんかすごい嫌な夢を見ていたよ。起こしてくれてありがとね」

「ソファで寝るからだろ」

彌涼はやれやれとため息を吐き、橘の握りしめていた絵本を取り上げた。

「親指姫か。お前が童話なんて、似合わねえな」

「ソドムが、夕月くんがいないからボクに読んでくれって持ってきたんよ。でもソドムいないねえ?どこに行ったんだろ」

最後まで読んだ記憶が曖昧だが、途中で飽きて遊びに行ったのだろうか。

「しまった。お前が寝ている隙に、帽子をとればよかったか」

「ええっ?やめてよドクター。帽子の中はトップシークレットなの。なんか気分悪いし、お茶でも飲んでこよっかな」

「じゃあ俺の分も頼む」

「はいよー」

閉じた絵本をテーブルに戻し、橘と彌涼は談話室を出て行った。
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