裏僕小説その2

とうじょうじんぶつ

人魚姫 ユキ

人魚姫のいとこ ルカ
        ルゼ

人間の王子 カナタ
人間の姫  エレジー

人魚姫の父 タカシロ
人魚姫の祖母 カヤコ

魔法使い イスズ

裏僕小説その2

□裏僕で「人魚姫」
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ある海の底のお城では、人魚のユキと、ユキのいとこであるルカとルゼが、なかよく暮らしていました。

王さまのタカシロと、大妃である祖母のカヤコは、ユキをとても可愛がっていました。

ユキは、もうすぐ16才になります。

ユキは16の誕生日がくることを、とても楽しみにしていました。

海に棲む人魚たちは、16才になると、陸に上がって外の世界を眺めることができるからです。

ですが、過保護な王さまと祖母は、ユキが陸に上がることをとても心配していました。

悪い人間に可愛いユキが攫われないか。

陸の様子を見たユキが、突然反抗期になったらどうしよう。

王さまはユキをあの手この手で陸に上がらないよう説得をしましたが、「自分だけ陸を見れないのはおかしいです」と言って、断固として譲りませんでした。



そして、待ちに待った16才の誕生日がやってきました。

ユキは喜び勇んで、陸に出掛けて行きます。

王さまと同じくユキを心配していた、いとこのルゼとルカは、ユキをこっそりとつけていくことにしました。

「わあ、本当に空が青いんだなあ。…ん?あの人は誰だろう」

海から顔を出したユキは、見るものが全て新鮮で、空を飛ぶ鳥や、海の上を渡る人間の船に夢中になりました。

ユキは、一隻の豪華な客船の甲板に立つ、一人の男性を見つけました。

彼の名前はカナタ王子。

ある国の国王で、新婚です。

カナタは海をながめながら、ずっと溜息を吐いていました。

「どうしてあの人は、あんなに疲れた顔をしているのかな。なんだか気になるよ」

ユキはカナタに見つからないように、船の様子を眺めました。

カナタには、最近大きな悩みがありました。

それは、お見合いで結婚をした妃のエレジーが、とんでもなく金使いの荒い女だったからです。

カナタは第一印象から、エレジーのことが嫌いでした。

メイクは派手だし浪費癖があり、おまけに性格も悪いです。

カナタはどうしたらあの女と離婚できるのかと、ずっと悩んでいました。

「ねえ~、あなた。この船はもう飽きたわ。私、飛行機にのってドバイにショッピングに行きたいの」

妃の我儘ぶりに、カナタは辟易しています。

「おまえが新婚旅行に豪華客船で世界一周をしたいと言ったんだろう。行きたいのなら、帰ってからひとりで行け。ただし公費は使うな。自分の金で行け」

「冷たい人ねえ。お金なんて、ウジ虫の国民どもからむしり取ればいいでしょう?」

「おまえのそういうところが、僕は嫌いなんだ」

カナタとエレジーは、船の上で金銭感覚の違いから喧嘩をしてしまいました。

「ほんとに頭の固い男ね!いいから黙って私にお金を寄越しなさい!」

妃は突然キレて、隠し持っていたムチをカナタに振り下ろしました。

なぜ、妃がムチを持っていたかというと、妃の前職はSMクラブの女王様だったからです。

カナタはムチを避けきれずに、そのまま海に落ちてしまいました。

「大変だ!」

ユキは海に落ちたカナタを助けに行きました。

なんとかカナタを陸に上げたユキは、彼が息をしていたので、ほっとしました。

でも、カナタが目覚めるまでは心配だったので、ユキは岩陰からカナタが目覚めるのを待ちました。

しばらくすると、陸に上がった客船から、エレジーが出てきて、倒れているカナタを見つけました。

「はあ、まったく。今死なれたら、遺産相続とかが面倒じゃないの。死ぬなら私が遺産を食いつぶしてからにしてちょうだい」

エレジーは面倒くさそうにカナタを担いで、船の中に戻って行きました。

ユキは、あの男の人が可哀想だと思いました。

そして、自分がなんとかあの人の力になれればと考えます。

「そうだ、魔法使いのイスズ先生に相談すれば、なんとかしてくれるかもしれない」

ユキはさっそく、海のお城に戻り、お城お抱えの魔法使いのもとに行きました。

ユキの様子を始終見ていたルカとルゼは、嫌な予感がしました。
お城に常勤している魔法使いのもとに向かったユキは、人間になりたいと相談をしました。

「僕はカナタさんという、人間の王さまの力になりたいのです。イスズ先生、どうか僕を人間にしてください」

ユキは、カナタを助けた時のことを、イスズに話しました。

イスズはユキのお願いを聴いて、ある薬を差し出しました。

「これを飲めば、きみは3年間だけ人間になれる。しかし、3年が経てば、きみは人魚に戻り、二度と人間の世界を見ることはできないよ」

ユキの答えは決まっていました。

「はい。構いません。例え短い時間でも、ぼくはあの人の傍にいたいのです」


しかし、ユキが人間になる薬を貰ったと聞いたルカとルゼは、猛反対します。

昔、いとこのルカは人間になって女性と恋に落ちましたが、人間の寿命は短いので、ルカは女性と死別してしまいました。

ルカとルゼは、大切ないとこに、同じ悲しみを味わあせたくなかったのです。

個人的にも、あの男が嫌いでした。

「ユキ、あの男は、鬼嫁にうっかり騙された馬鹿なやつだ。人間の男には、結婚に失敗しながらも、なんとか暮らしている夫婦が山ほどいる。お前がわざわざ出て行くことじゃない」

ルカとルゼは、ユキを説得しましたが、ユキの心を動かすことはできませんでした。

こうしてユキは、人間になれる薬を飲み、人間として3年間を暮らすことになりました。
陸に上がったユキは、まず、学校に通って心理カウンセラーの資格を取りました。

そして、厳しい面接を勝ち抜き、ついにお城での勤務が決まったのです。

ユキは、王さま専属の心理カウンセラーとして、苦労の多いカナタの心のケアにあたりました。

カナタはユキに絶大な信頼を寄せ、ユキもカナタと居られることを嬉しく思っていました。

「ユキ、きみは不思議な子だな。きみといると、僕の心が安らぐよ。でも、きみとはどこかで会っていたような気がするんだが…」

ユキは気のせいだと言いましたが、カナタが心のどこかで自分を覚えていてくれたことが嬉しくて、人間になって良かったと思いました。

ところが、そんなある日、妃の金遣いの荒さが原因で、お城は財政破たんに陥ってしまいました。

税金の無駄遣いに怒った村人たちが、一揆を起こすという噂まで流れます。

ユキは、カナタと妃を助けるべく、今度は弁護士と税理士の資格を最短でとって、彼らの危機を救いました。
その頃、海の底のお城では、王さまのタカシロが激怒していました。

可愛い一人息子が勝手に人間になって生活しているばかりか、どうやらユキはカナタという人間の王に想いを寄せていることを、ルカとルゼから聞いたからです。

「ユキはあのカナタとかいう人間にたぶらかされたのだ。今すぐ海の兵を集め、忌々しいあのお城をぶちこわしてユキを連れ戻せ」

人間と戦争を起こしかねないタカシロを、カヤコは止めました。

カヤコは、ルカとルゼを連れて、タカシロがキレる前になんとかユキを連れ戻せないかと、イスズに相談をしに行きました。

「そうだなあ。ユキが人間でいられる契約が終わる前に、カナタとかいう男を殺せばいい。そうすれば、ユキは強制的に人魚に戻れるだろう。だが、そのためにはユキ自身があの男を殺さないとだめだ」

ルカとルゼは、さっそくユキのもとに向かい、カナタを殺すようにと言いました。

「ユキ、この大剣、ロクサスをおまえに貸す。これであいつをぶっ刺すんだ。お前は人魚だ、早く俺たちのもとに戻れ」

しかし、ルカとルゼは、ユキがカナタを殺せないことを知っています。

そこで、ルカとルゼは自分たちで憎きカナタを抹殺しようと考え、イスズから薬を奪って人間になり、カナタのもとに向かいました。

ユキが殺さなければ人魚に戻れないなどと、そんなまどろっこしいことは無視して、俺たちがあの男を殺してユキを海に連れ戻せばいいと考えたからです。

ユキの活躍のおかげで、お城の財政はなんとか落ち着きました。

エレジーとは法的な手続きを取って、正式に離婚が決まります。

そんなこんなもあって、ユキの人間界にいられる3年は、あっという間に過ぎようとしていました。

もうすぐユキは海に帰らなければなりません。

そうしたら、もう二度と地上を見ることも、カナタにも会えなくなってしまいます。

「カナタさん。今までありがとうございました。ぼくはもうすぐ、実家に帰らねばなりません」

ユキはカナタに別れを告げて、退職届を出しました。

「どうして、ユキ。ずっとぼくの傍にいてくれないか。ぼくはきみのことが好きなんだ」

ユキは、カナタの想いを聞いて、とても嬉しく思いました。

そして、この人と離れたくない。ずっと人間として、カナタと暮らしたいと願うようになりました。



「いや、もうすぐと言わず、ユキは今すぐ返してもらうぞ」


その時、二人の前にルカとルゼが現れました。

「ルカ、ルゼさん!待って、ぼくはこの人が好きなんだ。だから、人間としてずっとここでカナタさんと…!」

「ユキ、お前の願いは叶わない。ここはお前の居場所じゃないからだ。死んでもらうぞ!ワカミヤカナタ!」

ルカはカナタの名前をフルネームで叫び、ロクサスを一気に彼に振り下ろしました。

「危ない!カナタさん!」

ユキはとっさにカナタを庇い、自分が盾になってルカに刺されました。

「ユキ!なぜだ!」

ユキの胸にはロクサスが深々と刺さり、致命傷を負ってしまいます。

ルゼは、ユキの傷の状態を見て、言いました。

「今、海に帰ってイスズの治療を受ければ、ユキは助かる」

ユキは帰りたくない、このまま人間として死んでいきたいと願いましたが、二人はユキが大切なので、聞き入れません。

「ユキ…きみは人魚だったのか。3年前、海から落ちた僕を助けてくれたのは、ユキだったんだね」

カナタはぽろぽろと涙を流し、たとえ人魚でもきみを愛していると言いました。

「頼む、ユキを救ってくれ。たとえもう会えなくても、ぼくはユキに元気で生きていて欲しい。それが僕の願いだ」

カナタはユキに別れを告げました。

海に戻ったユキは、イスズの治療のかいあって、一命をとりとめました。

ですが、ユキはタカシロの命令と、飲んだ薬のせいで、二度と陸に上がれなくなりました。

ユキは毎日毎日泣いていましたが、月日が経つにつれ、カナタとの思い出が優しく思いだされるようになりました。

たとえ会えなくても、いつもあなたのことを思っている。

人間になり、好きな人と過ごせた時間は、ユキにとってかけがえのない宝物でした。

「カナタさん、今頃はなにをしているんでしょう。幸せに暮らせていますか」

ユキは海の底から、いつもカナタのことを想いながら、人魚として日々を過ごしました。

「かなたさん、ねちゃったんですか?」

「ああ、ごめん。ちょっとうとうとしてたよ。夕月はねむくないの?ほかの子たちはみんなねちゃったよ」

奏多の布団に潜り込む幼い夕月は、閉じられた絵本の表紙を凝視して、ふるふると首を振った。

「ぼく、これきらい。だって人魚姫がしんじゃうから」

「そっか。かなしいおはなしだからね。じゃあ、明日はちがうおはなしをよんであげる。だからこんやはねむろうね」

あやすように胸に手を添えると、夕月は素直に瞼を閉じる。

奏多の読み聞かせに夢中になっていた子供たちは既に夢の中で、夕月だけがまだ、悲しいおとぎ話から意識を逸らせずにいる。

「かなたさん」

「ん?なあに?」

「ぼくもいつか、あわになってしんじゃいますか」

純粋な問い掛けは、まだ死というものを理解していない。

人はいつかは死ぬと解くべきなのだろうが、今の彼には必要のない恐れだろう。

「夕月は死なないよ。いつかすきなひとができて、きっとそのひととしあわせになれる。きみのまわりには、たくさんのきみがすきなひとがいてくれるよ」

「かなたさんも、ぼくのことがすきですか。ずっといっしょですか?」

「…そうだね。きみがおとなになるまでは」

胸にすり寄る温かな体温を両腕で包み、奏多はゆっくりと目を閉じた。
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