吉原編
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眼下に見える人工的な灯り。女達の男を誘う声。上を見上げても、浮かんでいる筈の月は見えず、鉄の天井だけ。ここは常世の国、吉原。男と女の欲望が渦巻く場所。
「団長、すぐに夜王の所に行く?』
私は隣にいる団長に声をかけた。そちらを向くと顔は包帯で巻かれている。結局、団長の我儘でお昼すぎには吉原に向かう事になったからだ。でも、太陽の光に弱い団長は肌を曝すわけにはいかない。後ろに控えている阿伏兎と云業は傘だけだけど、団長は包帯もいる。
微かに包帯の間から覗く目がこちらを見る。いつものニコニコ顔よりも何倍も怖いな、と思っていると口元が動く。
「何か、旦那の土産になる物はないの?」
「団長、何かする気か?」
「ふふふ、ちょっとね。やりたい事があるんだ」
土産⋯⋯土産か。夜王が欲しいもの、なんだろうか。高い酒⋯⋯美味しい物⋯⋯。だめだ。思いつかない。
そういえば⋯⋯あれなら⋯⋯。夜王は今探しているはずだ、八年前に逃がした童を。
ここ数日は百華もその為に動いているはずだ。それを持っていったら土産にはなるだろう。
日輪姉の事が頭をよぎる。でも、私は今は春雨の夜狐、センカではない。
『今、夜王は童を探している。それなら土産になると思う』
「ふーん、童、子供か。そいつはどこにいるの?」
辺りの気配を読む。どこだ、どこにいる。
体を包んでいる膜をどんどん広げていく。
1メートル⋯⋯10メートル⋯⋯100メートル⋯⋯
まだまだ、もっと広く
200メートル⋯⋯300メートル⋯⋯500メートル⋯⋯1キロメートル
居た! 壁にあるパイプの上。他に気配は4つ。恐らく、月、銀時、神楽、そしてあの日会った青年だろう。
童を奪うだけなら容易い。
『居たよ。あそこの壁のパイプの上』
「なんでそんな所に居るんだよ?」
『阿伏兎、私に聞かれたって知らないよ。それより、ほかに気配が4つ。相手ではないと思うけど、童を守られたら面倒くさいね』
「突っ込めばいいだろ」
そう言って団長は駆け出した。
私達は慌てて後を追う。目の前で団長の包帯の端がヒラヒラとゆれている。
なるべく足音を消し、屋根の上を走っているからか、通りの人からは見られている様子はない。
隣を走る阿伏兎に何とか話しかける。
『作戦、どうする?』
「俺が先に行く。云業は下からだ。夜狐は団長と一緒に上で待機だ」
「了解」
『わかった。なら、団長は引っ張ってくね』
阿伏兎達と作戦会議を終えると、10メートルほど先を行く団長の横に向かう。
ふぅ、かなりのスピードだから大変だ。
何とか隣に着くと、作戦を伝える。
戦闘が出来ないから嫌そうな顔をしているけど仕方ない。童を殺したら元も子もない。
それに神楽が居るだろうから、どうせ団長は飛び降りて戦闘しに行くだろうし。
かなりのスピードで走っているせいか、もうパイプは目の前だった。先程の作戦会議通り、団長と共に上に向かう。
下を覗き込むと、月が銀時達と会話をしているようだ。
「夜狐、あの会話は聞こえる?」
『ちょっと待って』
耳を澄ませる。やはり、遠くて会話は聞こえない。なら、風の軌道を変える。そっとあの人達に気づかれないように。
声が風に運ばれ、会話が微かに聴こえる様になる。
『月⋯⋯吉原の治安部隊、百華の頭、月詠の過去話⋯⋯』
「それも終わりの方か。内容はほとんど分からないね」
『気になるなら後で話すよ。日輪から全て聞いた』
「まあ、別にいいや。それより、あいつがいるのか」
団長がじっと見つめるのは鮮やかな着物を着、髪を結っている女。聞こえる声からしても、あれは神楽だろう。
団長が何を思ってるのかは分からない。懐古か、憎悪か、呆れか、はたまた特に何もないのか。
ちらりと阿伏兎の姿が見えた。作戦が始まるのだろう。
月、銀時、神楽が迎撃体制をとる。阿伏兎が突っ込み、戦闘が始まる。
やはり、月と阿伏兎では比べものにならない。
月は受け流し、少し返すのが精一杯。一撃のダメージは阿伏兎の方が多い。
このまま長期戦になったら圧倒的に不利だ。
急にパイプの中から地響きが鳴る。パイプが割れ、云業が飛び出し、晴太を掴んだ。
気づくと、横の気配が無い。慌てて下を探すと、神楽に向かって突っ込んでいた。
クリーンヒット
あれでは神楽にかなりのダメージが入っただろう。
パイプが崩れ落ちる。私は晴太を回収するために飛び降りた。
「銀ちゃーん、みんなー!」
『動かないで』
首根っこを引っつかみ、動けないようにする。
こちらを見て、晴太は怯えていた。
「な、なんで夜狐が春雨の所に居るんだよ! お前は夜王の右腕なんだろ?」
『うるさい、童』
晴太を気にせず、団長の方を見る。ずっと神楽が落ちた所を見つめていた。
やはり、気になるのだろうか。
阿伏兎が下の様子を見て、しみじみと言う。
「少しやりすぎたかねぇ」
「大丈夫だよ。夜王は花魁様にご執心だから」
じっと下ばかりを見つめる団長が気になるのだろう。阿伏兎が聞く。
「誰か知り合いでもいたか?」
「いや、もう関係ないや」
団長の目は本当にどうでもいいような目をしていた。神楽が弱かったからだろう。強いか弱いか、団長にはそれだけだ。
『お土産も手に入れたし、夜王の元に行く?』
「うん、そうする」
『わかった。楼閣までは一緒に行くけど、私は夜王の所には行かないから』
私がそう言うと、阿伏兎が驚きの表情をする。
でも、何も言わない。ここには何も知らない云業がいるから。私が過去を広められるのを嫌っいるのを知っているから。
『それじゃあ、行こう』
歩き始めても、誰も話す事はない。
晴太は私から阿伏兎に移動し、俵担ぎをされている。遊女達は私達を見ても、反応しない。
ここでは子供が攫われているのは普通。
結局、誰も一言も話す事もなく、楼閣に着く。
門番達は私を見ると身構える。私達は春雨だから当たり前だ。
「春雨第七師団の皆様ですね。鳳仙様からお通しするように、と言われております。どうぞ、中へ」
門番が扉を開ける。団長達は中に入るが、私は外にいる。
「夜狐、入らないの?」
『私はここから別行動にする。あの御方によろしく』
神威は頷き、扉がゆっくりと閉められる。
私は門番達が閉め切るのを見守らず、歩き始める。向かうのは当然、日輪姉の部屋だ。
あそこは中から入ると、木の板を退かさねばならない。いくら団長達があの人を引き付けているとはいえ、見つかってしまう余計なリスクは減らしたい。
楼閣の屋根をつたい、窓から部屋へと入る。日輪姉は一人でお茶を飲んでいた。
『日輪姉、久しぶり』
「来ると思っていたよ。お茶の準備をしてもらってある。センカも一緒に飲もう」
『ありがとう』
低い机を間に置き、私は座った。日輪姉はお茶を湯のみに入れてくれる。
もうそろそろ、団長達はあの人と会うだろう。ああ、とても
「心配かい?」
日輪姉に今の気持ちを言い当てられ、動けなくなってしまう。
日輪姉は手を動かしながら言葉を続けた。
「言わなくても、顔に書いてある。心配だってね。殺し合いでもするんじゃないかとでも思ってるんだろう。あんたにはどんな未来の欠片が見えてるんだい?」
私は窓の外に視線を向ける。日輪姉の視線も私に釣られて外を向く。
天狐の力による、特別な能力。今の私には
『あの鉄の蓋が開くのが見える⋯⋯』
「それは、あの人が死ぬということかい?」
私は首を降る。私の力はそんなにすごいものではない。
『そうなるということだけ。他の事は何も分からない。でもあの蓋が開くのは運命だよ』
日輪姉は湯のみを持ち、どこかを見つめる。
その視線を追うと、そこにあったのは空の写真立て。そこには誰が居たんだろうか。
「あの蓋が開くという事は永遠の夜、夜王の支配が終わるという事。あんたが言うならそうなるんだろうけど、あの人が倒れるのは想像できないねぇ。あんたもそう思うだろう⋯⋯」
日輪姉の言葉は写真立てに吸い込まれていく。
もちろん、その問いかけに答える声はない。
しばらくの間、お茶を飲む音だけが部屋に響いた。