吉原編
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走って、走って
気付いたら吉原の前にいた。
やっぱり、私はここに帰って来るんだろう。私が生まれ、育った、ここに。
門番も、私のことはフリーパスだ。
余程の新入りでもない限り、私のことは知っているだろう。
ちらりと門番に視線を向け、通りすぎる。
通りの楼閣の様子をみてみると、ちょうど泊まった客の帰り時だろう。遊女が甲斐甲斐しく見送りをしている。
ああ、見知らぬ顔がいくつもある。私が来ていない間に売られたのだろう。
その者達は私の事を見て怯える者もいる。
しまった。そういえばフードを被るのを忘れていた。
なら、仕方ない。私の事を見て普通の遊女ならば怯えるのが当たり前だ。
そんな事を考えていると、何人かの百華が私の近くに集まって来ていた。
遊女達の邪魔にならぬよう、大通りから脇道へと移動する。
少し奥まった所に入った時に百華達が私に声をかける。
「貴様、何奴? フードを外せ!」
私はフードを少し上げ、髪の色を少し見せる。
それだけで百華の者達は少し後ろにさがった。ただ私だと分かっていなかったのだろう。
『ちょうど良かった。月は起きてる?』
私がそう聞くと、怯えながらも一人が教えてくれた。
「か、頭は今は当番じゃない。だから、どこに居るか分からない」
『ありがとう』
私はそう言い残し、その場を去る。月の居場所を知らないなら用はない。
日輪姉はまだ寝ているだろうし、非番の月を見つけるのは難しいだろう。なら、目的通り伝言だけ頼んで帰ろうか。
ゆっくり考えながら歩いていると、この吉原で一番大きな建物まで来た。この建物は夜王鳳仙がいる最高級の楼閣。
門の前には二人の門番がいた。
フードを取り、声をかける。
『私は宇宙海賊春雨、第七師団師団長補佐、夜狐。明後日、第七師団師団長が夜王殿に面会にくる。その旨の伝達、よろしく頼む』
「かしこまりました、夜狐様」
彼女達は私を見ても怯える事はない。この建物の守りを担う彼女達はここで起きた事を知っている。日輪姉の事、月の事、晴太の事、私の事⋯⋯
だから、彼女達は少しだけど、信用出来る。
私は彼女達に微笑み、フードを被り直し去った。
どこに行こうか、昼間から飲んでもいいな。そんな事を考えても、もし銀時達に偶然会ったら⋯⋯そんな事を考えると、どこに行くのも嫌になる。
結局、艇に戻って来た。団長達は明後日の朝に到着するはずだ。それまではゆっくりとしよう。
ポカポカと暖かい午後。急に窓から入る光が少なくなる。
窓に近づき、様子を伺う。
上には宇宙艇がいた。記されているマークは菱形に三本線、春雨の物だ。
その艇は徐々に高度を落とし、この艇の隣に着陸する。
そして、母艇の先端にある扉が開いた。あそこは格納庫だ。私の艇を仕舞えという事だろう。
艇を動かし、格納庫へと向かう。
艇全体が入りきると、後ろで扉が閉まる音がした。
着替えなど、この艇に乗る時に持ち込んだ物を持って艇を降りる。久しぶりの母艇の中はやはり落ち着く。とりあえず、この荷物を置くために自室へと向おう。
格納庫を出て廊下を歩いて行くと、久しぶり団員達と会う。団長の場所を聞くと、操舵室らしい。多分、太陽の光が強すぎて外に出られないから、いつもの様にそこでくつろいでいるのだろう。
お礼を言い、予定通り自室に戻る。いなかったのは二週間だが、かなり埃が溜まっている。後で掃除をしないと。そんな事を思いながら、荷物をとりあえず端に置き、再び部屋から出る。向かうのは操舵室だ。さっきは聞かなかったけれど、阿伏兎も多分そこにいるだろう。
操舵室に入ると、団長達はいつものテーブルセットの所にいた。団長はソファに寝転がり、阿伏兎はせっせと書類を書いている。
阿伏兎の様子を伺いながら近づくと、私が入った事に気付き、団長が声をかけてくる。
「夜狐、おつかれー」
『ありがとう、団長。阿伏兎が書いてるのって、始末書⋯⋯団長、また何かしたの?』
私がそう言うと、阿伏兎は無言で書類を半分ほど突き出してきた。
咄嗟に受け取って、中身を確認する。
するとすぐに阿伏兎はまた書類に向かう。
『⋯⋯⋯⋯はい?鹿鼓が絶滅した件について? 団長、またやっちゃったの?』
「だってあいつらなかなか言う通りにしてくれなかったから仕方ないだろ。それに少しは楽しめたし」
「だからってやっていい訳ねぇだろうよ。おかげでこんなに始末書書かなきゃなんねぇ。だから、夜狐手伝え」
団長が任務をしくじらせたから、こんなに阿伏兎は疲れているのか。確か、交渉は二日前だったはずだ。おそらく、ずっと書類書いていたのだろう。お疲れ様。でも⋯⋯
『阿伏兎、頑張ってね』
私はそう言って書類を机の上に戻した。
阿伏兎は驚愕の表情でこちらを見る。
『だって、こんな事が起こったのは、阿伏兎が団長の面倒を見きれなかったせいじゃん。それに、私も、団長が結局見ない報告書を書かないといけないし』
「ねぇ夜狐、それって俺が仕事もできない子供って言いたいの? 阿伏兎の手伝えって命令してもいいんだよ」
『いや、そんな事は言ってないよ』
まずい、何とかしないと。全部本当のことだけど、言いすぎた。このくらいなら流してくれるかなって思ったんだけどな。団長の顔見れないけど、多分ニコニコしてるよ。やりたい時の顔だよ、殺される⋯⋯
あ、そういえば。
私はそっと机の上にビニール袋を置く。そして団長の方へと押しやった。
訝しげに団長は袋を開けると、中にある団子を食べ始める。
「ムシャムシャどうしたの? ムシャムシャこのお団子? ムシャムシャ」
『この森の外れにお茶屋があって、そこで買ってきたの。(本当は私のおやつだったのに』
「ふーん、まあいいや」
さすが、団長。食べ物で見事に釣られてくれた。阿伏兎が団長をみて、失意のあまりに呆然としている間に部屋へ戻ろう。
団長はちらちらとこちらを見るけど、無視だ。二日間ぐらい休んでいたけど、働きたくない。あんな量の書類は手伝いたくない。まあ、阿伏兎ならちゃんと夕方までに終わらせるだろうから大丈夫、多分⋯⋯
部屋に戻り荷物の整理をしていると、扉がノックされる。
部屋の中をさっと見回し、恥ずかしい物がないか確認する。埃っぽいのは仕方ないだろう。
『どうぞ、誰?』
そう声をかけると、扉が開かれる。そこにいたのは団長だった。
要件も言わず、どんどん部屋の奥に入ってくる。ベッドに腰掛けている私の目の前で止まり、視線を合わしてくる。
『どうしたの、団長?』
「神奈、何かあったの?」
『いきなり何? 何もなかったけれど』
私がそう答えると、さらに二人の距離は近くなる。鼻がくっつきそうだ。肩を押さえられてるから逃げもできない。
ああ、駄目だ。神威に捕えられる。
「もう一回聞くよ、何があった?」
『⋯⋯師団の不利益になる事は何も⋯⋯』
「じゃあ、お前自身に何があった?」
私は力の入らない腕を無理やり動かす。そして、神威の肩を何とか押し返す。
とても弱い力だった筈なのに、特に抵抗する事もなく、神威は後ろに下がってくれた。
『それは関係ないでしょ。私だって話したくない事ぐらいある。』
「そう、ならいいよ。じゃあね」
そう言うと、神威は部屋から出ていく。
やけに最後はあっさりとしていた。なんだったのだろうか。
神威には関係ないから、銀時に正体がバレたかもしれない話をしなかった。だけど、今、考えればあそこに神楽も居たから、話しても良かった。
まあ、神威は去ったからいいだろう。
まぁでも、友達が私の周りから消えていくのが怖い、なんて話は、かっこ悪いからできないからいいか。