吉原編
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『地球か⋯⋯久しぶり。日輪姉や月は元気にしてるかな』
私しか乗ってない小型の宇宙艇。その窓からは青い星が見える。
今から行くのはあの星の常夜の国。男と女の駆け引きの国だ。家族がいるあの国に、仕事で行くことになる。
『今回は訪問の予定を伝えるだけだし、団長来るまではここで待機。しばらく暇だ、江戸の観光でもしようかな』
誰も居ないのは寂しいから自然と独り言も多くなる。着陸する所を探しながら私は言葉をこぼしてしまう。
まあ、いいか。他に聞く人も居ないんだから。
地上を映すレーダーを見ていると、いつも艇を停めている森が見えてきた。
時刻もちょうど日が昇る頃。朝焼けの中ならばあまり目立たずに降りられるだろう。
艇は地球に向かって降り始めた。
無事に着陸し、朝食を食べる為に江戸の街へと出る。さすがに朝早いのもあってか、家々の中は動いている音はするが、通りを歩いているのは僅かだ。
怪しまれても困るのでフードは被っていないが、さて、どこに行こうか。
ファミレスでもいいが、久しぶりに手の込んだ物が食べたい。
せっかくの地球だから、パンよりもお米がいい。向こうの通りの食堂にしようか。あそこは美味しいお粥があったはずだ。
少し近道をしようと裏路地に入る。すると、そこに銀色の塊が蹲っていた。
気にせず通ろうとすると、左足首を掴まれそうになる。私は避けてその塊の方に向き直った。
「おいおい、久しぶりに見た飲み仲間をほっとくのは酷いんじゃねえの」
『私、飲んだくれの後処理なんて面倒くさいからしたくないの』
「誰が飲んだくれだっての。ピンピンしてるわ」
そう言いながら、少しふらつきながらも何とかその塊が立ち上がる。
がりがりと天パの髪の毛を掻きながら、私の事をまじまじと見る。
「何ヶ月ぶりだ? ここ数ヶ月はまったく来なかったな」
『銀時、こっちにも色々都合があるの。それより、こんな所で倒れてたってことは朝食まだでしょ? 丁度食べに行くところだから一緒に行く?』
私がそう言うと、向こうはこっちの事をじっと見つめて、馴れ馴れしく近寄ってくる。
あの笑みは何か嫌な予感がする。
「いやー、神奈ちゃんがそうしたいって言うならそうするしかないかなー。寂しいならそう言えばいいのにー」
そう言って肩を組もうとした銀時のお腹に拳を軽く叩きこむ。4、5メートル程浮き上がり、表通りへと吹っ飛ぶ。
私はくるりと後ろを向き、見なかった事にした。
せっかくあった飲み仲間に朝飯を奢ってやろうかと思ったのに、あんな事をされては不快になる。しかし、それよりも朝飯だ。あそこは日の出から開いているし、こんな時間だから混んでもいないだろう。
ようやく裏通りを抜けようとしたあたりで、銀時がようやく追いついた。
「神奈、いや神奈様、朝飯奢ってー!」
そう言いながら土下座する銀時。ここがいくら早朝とはいえ、天下の往来であることは分かってるのだろうか。
『仕方ないな、分かった。光菊行くつもりだけど、いいよね?』
「え? は? 光菊? あのお高いので有名な?」
『嫌なの? あそこのお粥が食べたいから、光菊が嫌なら奢れないよ』
「いえいえいえ、ありがとうございまーす!」
『銀時、いちいちうるさい』
そう言って私は進む。
銀時はあの店が高いとか言うが、ならいつも団長が会食で食べる料理はどんだけ高級になるんだ。あの人はそれに量も食べるから大変な事になるのに。
私は溜息を零した。
確か、今日は団長達が交渉をしているはずだ。いや、団長というより阿伏兎か。いつも私も手伝ってないけど、上手くやってるかな?
「神奈ー、着いたぞー」
銀時の声を聞き、視線を上に戻すと、いつもの店の暖簾があった。中にお客はいなさそうだ。
そのまま店に入ると、いつもの女将が出迎えてくれる。
「あらあら、神奈さま、おはようございます。お久しぶりですね」
『最近は忙しかったから、なかなか来れなかったの』
「いえいえ、またお顔を見せて頂けた事だけでも幸いです。珍しいですね、お二人様ですか?」
女将は銀時の顔を見て私に問いかけた。
ああ、と頷きながら銀時を見ると、キョロキョロと周りを見回している。銀時ってこんな奴だっけ、と思いながら、座敷に案内してもらう。御品書きとお茶を置いて、女将は立ち去って言った。
『銀時ー、何にするの? 私はお粥定食にするけど』
「銀さん何にしようかなー? 鮭定食でもいいなー。いや、鯖もいいなー」
『じゃ、呼ぶからね』
「え、まだ決まってないんですけどー!」
私は机の端に置いてある鈴を鳴らす。ここの呼び鈴は漢字の通り鈴なのだ。
鳴らして数秒後には女将が来てくれた。
銀時が御品書きとにらめっこしているが私は知らない振りをして注文する。
『お粥定食で』
「はい、分かりました。そちらの御方は?」
「えーと、お、俺は、焼き鮭定食で」
「分かりました」
そう言うと、女将は下がっていく。
銀時の方を見てみると、窓から日本庭園の方を見ていた。
『銀時、最近何かあった? 変わったこととかないの?』
「あー、そういや神奈が居ない間に従業員が二人増えたからだな」
『二人も? 給料払えてるの? 毎回私に奢らせてる癖に』
「いやー、ちゃんと払えてるつーか、飯代が給料つーか」
銀時は苦々しい顔をしながらお茶を啜り始める。
食費が給料になるということは、大飯食らいなのだろうか。ということは、夜兎?
いや、そもそも、銀時の稼ぎ自体が雀の涙か。
なら、どんな人でもありうるのか。
「その従業員の一人がよー、夜兎っていう種族なんだが、こいつが白飯を五合食べてもまだ入るっていう奴でよー。こいつのせいで、せっかくの稼ぎも飯代に⋯⋯。そういや、神奈も夜兎だったか?」
案の定、私の予想は当たっていたらしい。
銀時は思い出して私に問いかけた。
『そうだよ。私も夜兎』
「なら、神楽って知ってるか? ピンクの髪をした青眼の女なんだけどよー」
今、銀時はなんと言った?
神楽、と言わなかったか?
あの団長の妹の神楽か?
江華の娘の神楽?
私の妹の⋯⋯神楽?
『銀時、後で万事屋にいく。本人か、確認しないと』
「お、もしかして知り合いだった感じかー。別に構わねーよ、来やがれ。お、朝飯が来たな」
銀時の声で通路の方を見ると、女将さん達が二人分の朝食を持っていた。
座敷に入り、配膳してくれる。
いつも通りのお粥定食だ。銀時の方には焼き鮭定食が並べられる。
「それでは、ごゆっくり」
女将が出ていくと、銀時は箸を付け始めた。私もお粥を食べ始める。
ああ、この味、落ち着く。だけど、神楽の事が気になる。本当に本物なんだろうか。本物だったら。すぐに謝らないと。
いつもより早くお粥を食べ終え、銀時と共に店をでる。
道中でもう一人の従業員の話もしていたみたいだが、まったく頭に残っていなかった。
万屋に着き、居間に入る。そこには誰もおらず、僅かな寝息だけが聞こえてくる。
「そりゃ、こんな朝早いもんなー。神楽も寝てるかー。どうする、寝顔を見てみるか?」
『うん、頼むよ』
私がそう言うと、銀時は押し入れに向かう。
は、押し入れ? そこは寝る所じゃないだろう。
しかし、銀時は迷いなく押し入れを開けた。そこにいるのはサーモンピンクの髪で薄ピンクの服を着、向こう側を向いた女の子。
顔を見なくても分かる、あれは神楽だ。
「おーい、神楽、起きれるかー?」
銀時が神楽を叩きながら起こそうとする。
寝言を言いながら、神楽は振り向き、銀時を殴ろうとした。
その時に顔がよく見えるようになる。やはり、そこにいたのは神楽で間違いなかった。
「うおっ、危ねーなー。神奈、悪いけど起こすのは無理そうだ」
『ああ、やっぱり神楽だ。地球なんかに来てたのか。悪いことをした』
「やっぱり合ってたのか。どうする? 俺はもう起こすのは嫌だぞー」
『起こすのは止めておく。夕方に用事があるだけで暇だから、目覚めるの待つよ。そういや、銀時で腹減ってるなら、神楽もそれ以上に減ってるんじゃ⋯⋯』
私の言葉を聞いて、どんどん顔が真っ青になっていく銀時。
とても嫌な予感がしながら、私は銀時に問いかけた。
『銀時、最後に神楽にご飯を、何をいつ、食べさせた?』
「え、えっとー、昨日の朝に酢昆布一枚?」
『ふざけるな!』
私は躊躇いなく銀時を殴る。
銀時も当然無抵抗なわけではない。木刀を使って私の拳を捌いてくる。
私は番傘を抜き、銀時を殴り始めた。
バシッバシッバシッ
狭い部屋の中で戦いが巻き起こる。
しかし、その戦いはすぐに終わることとなった。
「朝から何アル? うるさくて寝れないアルよ」
『「か、神楽」』
「おはよ、銀ちゃん、メガ⋯⋯ん、違う、神奈姉?!」
『おはよう神楽、久しぶりだね』
神楽は驚いたのか、こちらを向いて固まる。しかし、すぐに私の方に飛び込んできた。
何とか受け止め、抱きしめる。
「神奈姉、本当に神奈姉アルか?」
『そうだよ。ごめんね、あんなことしちゃって』
「大丈夫アル。仕方なかったのなら、しょうがないアル」
神楽は微笑みながら私を強く抱きしめた。
そんな私と神楽の感動的な再会シーンに銀時が横槍を入れてくる。
「あのー、お二人さん。出来ればどういう関係か教えてほしいんだけどー」
「神奈姉は私の姉アル」
「姉? え、神楽姉いたの? そういや、星海坊主が兄と姉がいるって」
銀時は驚いたのか、そんな事を口走る。
銀時はお父さんと会っていたのか。私としてはそっちの方が驚きだ。
『いや、姉というより義姉だけどね。血は繋がってない。私には本当の両親もいる。だけど、一時期、神楽達と家族として過ごしていたんだ。だから、神楽は姉と慕ってくれるし、星海坊主をお父さんと呼べる』
「ふーん、なるほどなー」
私と銀時がそんな会話をしていると、神楽が話かけてくる。
「そういや、神奈姉と銀ちゃんってどういう関係ネ?」
『ただの飲み仲間だよ。たまたま会ったから、朝飯奢ってあげたの。そういや、神楽って何も食べてないんじゃ⋯⋯』
私がそう言うと、神楽は私から離れて銀時に向かって殴り掛かる。
たいそうお怒りみたいだ。
「銀ちゃんだけずるいネ! 私もお腹減ったアル!」
「悪かった、悪かったから!」
『なら、出前頼もうか? お姉ちゃんがちゃんと食べさせてあげる』
私がそう言うと、神楽はすぐにこちらに向かって飛んできた。
また抱きしめて、頭を撫でてあげる。
やっぱり、久しぶりの妹は可愛い。
『お金は払ってあげるし、好きに何か頼みなよ。あ、でも、この時間開いている所あるかな?』
私が時計に目を向けると七時半。まだ、大抵の店は閉まっているだろう。
朝から宅配ピザは健康に悪いだろうし。
神楽を見ると、落ち込んだ顔をしている。
仕方ない、初めてだけど頼んでみるか。
『神楽、ちょっと待っててね』
私は神楽を優しく剥がし、携帯を取り出した。そしてある番号にかける。
『すいません、光菊さんですか?』
「はい、そうです」
『神奈ですけど、出前、お願い出来ますか?』
「え、神奈様? 少しお待ちください。女将に確認してまいります」
そう言って、電話の主が離れた音がする。
二人を見ると、銀時は驚きで顔が固まっており、神楽は嬉しそうな顔をしていた。
神楽の顔を見て満たされていると、女将が出てくる。
「お待たせして申し訳ありません。神奈様、出前なら可能です。何をどこへお運びすれば良いでしょうか?」
『えー、塩鮭、塩鯖、卵雑炊、煮麺をそれぞれ五人前。それとお粥を二人前。それを⋯⋯かぶき町の万事屋ってわかりますか?』
「はい、存じ上げております」
『じゃあ、そこにお願いします』
「はい、かしこまりました」
『よろしくお願いします』
そう言って電話を切る。
切った途端、再び神楽が抱きついてきた。
「神奈姉、本当にいいアルか?」
『うん、大丈夫。でも量が沢山あるから、少し時間がかかっちゃうかもね』
「大丈夫アル!」
私は再び神楽をぎゅっと抱きしめた。
仕方なかったとはいえ、あの星に置き去りにして迷惑をかけたのだ。何とかして償いをしないと。
私たちの様子を見て、銀時がいつもの間延びした感じで問いかけてくる。
「そういや、用事があるって言ってたけどよー、何をするんだ? いつものあれか?」
「いつものあれって何ネ?」
『今回はいつものとは少し違うよ。いつもは私だけだけど、今回は上司も行くからその為のアポ取り』
「上司? 神奈姉、どこで働いているアルか?」
神楽はそう無邪気に問いかけてくる。
本当の事を言っては⋯⋯ダメだろう。神威と一緒に海賊をやってるだなんて。多分、神楽は神威の事を嫌ってるはずだ。
ちらりと銀時を見ると、いつもとは違う真剣な目でこちらを見ている。もしかして、
『今は、とある人の秘書みたいな事をしてるよ。その組織は色んな事をしてるから、一言で言うのは難しいかな。それより、神楽は私と別れた後、どうしてたの?』
そう言って何とか誘導する。単純な神楽なら、簡単に乗ってくれるだろう。
案の定、神楽はいとも容易く乗ってくれた。
「神奈姉が行った後、すぐにバカ兄貴も出てったネ。そして、マミーも亡くなった。ずっと一人であの星に居たけど、嫌になって出てきたネ。そうしたら地球について、色々あって銀ちゃんの所にいてやる事になったネ!」
「いてやるんじゃなくて、いさせて貰ってるんじゃねーか」
「何かいったアルか? この腐れ天パ」
そう言って殴りあいが始まる。
その光景を見て私は笑ってしまった。
『ふふふ』
「神奈姉、どうしたアルか?」
「人が殴られてるのが面白いのか、コノヤロー」
『だって、思ったよりも二人が仲いいんだもの。なんか、平和だなって思って』
「へーへーそうですかい」
銀時がそうやって項垂れていると、外から声が掛かってくる。
「私が行ってくるネ」
『あ、私も』
神楽の後を追い、玄関に着くと、そこには光菊の店員さんがいた。
「神奈様、大変お待たせしました。中に運べばよろしいでしょうか?」
『はい、お願いします。神楽、一応手を洗っておいで』
「分かったアル」
神楽は一旦奥の方へと入っていった。
店員は両手に料理を抱えて奥へと入ろうとする。しかし何度か分けるとしても、あれだけの量を頼んだからかなり辛そうだ。
私も手伝いながら、料理を居間へと運ぶ。
そこには既に待機している神楽がいた。
何とか料理を並べ、私は店員と共に玄関に戻り、会計を済ます。
『無理を言ってすまなかった』
「いえいえ、神奈様ですから。今後ともご贔屓に」
そう言って店員は乗ってきた車に乗り、帰っていった。
家の中に戻ろうとすると、階段から子供と青年が登ってくる。
ちらりとそちらを見ると、子供と目が合う。その瞬間、子供は固まった。
確か⋯⋯この子は⋯⋯
私の思考を青年の言葉が邪魔をする。
「あれ、お客様ですか? 銀さん、起きてるかな?」
『銀さん⋯⋯そういや、銀時が二人も従業員を雇ってるって』
「もしかして、知り合いの方ですか? なら、尚更起こさないと」
私がその言葉に答えようとしたその時、晴太から大きい声が飛び出た。
「な、なんで、あんたが、ここにいるんだ?
あんたがこんな所に何の関係があるってんだ、夜狐!」
その言葉を聞いて、完璧に思い出す。
この子は日輪姉の子の晴太だ。そういや、日輪姉と話している時に下から見ていた。
夜狐の名が出たのは不味い。神楽にも正体がバレてしまうだろう。
無理やり晴太の口を黙らせ、急いでその青年にいくらか金を握らせる。
『私は用事が出来たからもう帰る。このお金は神楽に渡して。好きに使っていいからって』
私は玄関ポーチから飛び降り、とりあえず走った。
後ろから二人の声が聞こえるが、無視だ。
とにかく遠くへ行かないと⋯⋯