五章
貴女のなまえは?
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週末の朝、シオンはさっそくいつもの丘でのんびりサンドイッチを食べていた。
ペットの鴉(カラス)の黒曜は、日本ではずっと森で過ごしていたようでほとんど現れなかったが、新学期近づいてくるとたまに手紙を咥えて来てくれるようになった。
教えていないのに、手紙を運ぶフクロウと同じ仕事ができるのだから、鴉って本当に頭がいいのだなと思う。
イギリスでも野生の鴉は平然と、人も食べ物やごみを荒らすらしくこちらでも厄介な存在らしいが。
鴉をペットにしているのはシオン一人なので最初は野生と勘違いされて女の子たちが怖がった。
野良との見分けがつくようになにか目印を付けた方がいいとマクゴナガルに言われたので、この夏からは首に白いリボンを巻くことにした。
首輪のようなものだ。
「おや、こんなところに人がいるなんて珍しいね」
シオンはビクッと飛び上がった。
滅多に人は来ない。
誰も来ない訳ではないが、来ても教職員くらいなので油断していて心構えが出来ていないので本当に驚いた。
「ルーピン先生」
正体は今年新しく赴任してきたルーピンだった。
「ここは君の秘密の場所みたいだね」
「はい。滅多に人も来ないので。先生は本当に珍しいお客さんです」
「ははは。君のお母さんも、ここはお気に入りの場所みたいだったよ」
「・・・お母さんを知ってるんですか?」
シオンは意外だった。
一、
二年生の頃はホグワーツで母の話題など出ることはあまりなかった。
スネイプに魔法薬で調合に成功するたびに「さすが、ミス・藤原の娘だな」と言われるくらいだった。
「ああ、一つ上だったけどね。東洋人はやはり珍しくてね。食事の席にもあまり長居することはなくて、ここで一人でいることが多かったよ」
「先生はどうして、お母さんがここに居たことを知ってるんですか?」
自分も知らなかった。
まさか自分が母と同じ行動をしていたなんて。
「僕たちは悪戯仕掛人と言われていてね?悪だくみは大勢のまえではしずらいから、人のいない場所を探して把握する必要があったんだ。でもここは、君のお母さんからお断りされたけどね」
“悪だくみを考える場所にはさせてもらえなかった”
ルーピンの悪戯そうな笑みを見て、シオンもつられて笑ってしまった。
きっとその日々は先生にとって、楽しい思い出なのだろうと感じ取られた。
「その話、もっと聞かせてもらうことはできますか?」
シオンの言葉にルーピンは一層嬉しそうに微笑むと、近づいてきてシオンの斜め向かいの芝生に座った。
悪戯仕掛人の話は本当に面白くて、まるで最新の小説を聞いているかのようにシオンは聞き入った。
明るくは無かった幼少期が、ホグワーツに来て出会った友達のおかげで人生の中で一番の思い出に変わった。
その中に、ハリーのお父さんも入っていたらしい。
しかし話を聞くうちに、少し気になることが、点と点が結びつくような思いでシオンは問いかけた。
「先生、もしかしてお母さんに魔法薬を調合してもらったりしていましたか?」
シオンの言葉に、にこやかだったリーマスの表情が一瞬で凍り付いた。
「・・・聞いたことがあるのかい?」
「はい。本で人狼って見つけて。お母さんに聞いたら脱狼薬を、学校で作って渡していた後輩がいたって話してくれました。先生のことだったんですね?人狼は危険って聞いてたけど、その子はとても優しくて信じられなかったって言ってましたよ」
シオンの言葉に、リーマスはまた安心したように嬉しそうに微笑んで「そうかい」と言った。
「その取り巻きの友達の方がずっと危険だったって。まるで黒い狼みたいにワイルドで自由で、いつもハリーのお父さんと問題を起こしてたって」
「ははは。彩夏には本当に世話になったんだ。脱狼薬は難しい薬だったけど、君のお母さんは本当に天才だったからね。セブルスに作り方を教えてくれたのも彩夏なんだよ」
「そうだったんですね」
「彼女に脱狼薬を作ってほしいとお願いしたのはダンブルドアだった。あの薬は高価なものだったから、当時なかなか手に入らなくてね。でも君のお母さんはいつも快く作ってくれていたよ。優しい先輩だった。シリウスが惚れるくらいね?」
「シリウスって?」
「やはり君は知らないんだね。安心したよ」
おもむろにリーマスはポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
それは新聞で、日本で母親が読んでいたものと同じ写真が載っていた。
ものすごい形相でこちらに突っかかってくる黒髪の男が動いている。
「この人・・・」
「シリウス・ブラック。殺人鬼と言われているけど、私の最愛の友人の一人だよ。」
新聞の顔を見て、そっと紙を撫でる横顔はとても寂しそうで。
シオンは夏休みの終わりに母に言われたことを思い出した。
「先生は、この人が殺人鬼だって思いますか?」
「誰も現場は見ていない。しかし証拠は十二分に揃っていた。・・・けど私は、無実だと信じているよ」
迷いのない声だった。
クラスメイト達みんな、新聞を見るたびに恐れおののいている様子を見て、シオンは一切友人たちの前でシリウスの話題には入らなかった。
けどこの人なら・・・
「お母さんも・・・そうは思わないって、言っていました」
バッと顔をあげたリーマスは、酷く驚いた顔をした。
たっぷり数秒、固まっていたリーマスは何かを考えるように視線を彷徨わせて、もう一度シオンと目を合わせた。
「君は、どう思う?」
「・・・・・・わかりません。みんなとても恐れているみたいだから・・・」
怖くない、と言えば嘘になるのかもしれない。
そのくらい、グリフィンドールの生徒たちは恐々としている。
そんな様子を見ていれば、嗚呼、それほど恐ろしい存在なんだな、“シリウス・ブラック”は。
しかし、母の言葉がその恐怖心に“待った”をかけているのも事実。
実際の所、それが正しいのかはわからないし、母は間違っているのかもしれない。
でも目の前のルーピン先生も、話を聞く限り母と同じ意見のようだ。
古い友人なのだから、母以上にシリウス・ブラックの味方でありたいと思うのは当然だろう。
「そうか・・・シリウスのことをそんな風に思っていてくれる生徒が居て、僕は嬉しいよ。あ、僕が人狼であることは」
「もちろん、誰にも言いません。魔法界では、恐れられているんですよね」
「君は賢い魔女だね。お母さんによく似ているよ。話を聞いてくれてありがとう。また授業でね」
そう言って、シオンの頭を一撫ですると、ルーピンは城の中へ入っていった。
「・・・黒曜、魔法界って、奥が深いと思わない?」
珍しく会話の間もずっとそばに居た黒曜は、問いかけられた主人に軽く頭をこすりつけると羽を広げて飛び立った。
気まぐれなので、じっとしていることは本当に珍しかった。
獣の匂いのするルーピンを警戒して、主人を守っていたのかもしれない。
