*汚れつちまつた悲しみに
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「あ、今吸ってるでしょ。」
たばこ。
ハッ、って乾いた笑いが電話越しに、耳に息を吹きかけられたみたいになって聞こえた。
真っ白な息が夜空にのぼっていく様子が、ここには無いけど目の裏側で映像になって見える。
「当たった?ねえ当たったでしょ?」
「知らねぇよ。」
はぐらかすような軽い否定。
きっと今、彼は瞼を落として笑みを浮かべている。
会った時に蓄積されていった映像が声に反応して選ばれていくのはまるでAIのようで少し可笑しい。
わたしが笑うと電話の向こうで中也が長く煙を吐いた。
「今週は何してたの?」
一週間は思ってるより長い。
命がかかってようが、そうでなかろうが。
つまんない会議の数合わせか、
中也の大好きな殲滅業務か、
それともエリス嬢のお買い物の付き合いか。
…ちょっとそれはムカっとするかもだけど。
10歳とも思えないアンドロイドみたいな少女だけど、エリスは大人の女みたいに賢いんだもの。
「ていうかいつになったらあのケーキ買って来てくれるの?わたしにも。」
フルーツいっぱいのやつ。
ずっと待ってるのに。
すっかりエリスと出掛けたことになってるわたしの脳は嫉妬にムカムカ熱い。
中也はさっきと変わらない調子でうるせぇなとしか言ってくれなかった。
「てめぇこそ何してたんだよ。」
探偵社でつまんねぇ事務処理か?って。
いっそ馬鹿にしてるように中也は言う。
わたしはお腹いっぱいに息を吸った。
「はっはーん、さては気にしてるのね。」
わたしと太宰のこと。
ほんと、分かりやすいったら無いんだから。
「いいのよ?中也も寝返って。そうしたらもうココ探偵社じゃなくてマフィアだけど。」
「バァカ。」
「うふふ。」
だって皮肉で面白いんだもの。
まさかこんなことになろうとは、ってさ。
暗黙の了解でごめんねとは言わないけど、それと同じくらいの沈黙が流れる。
藍色の空に、灰っぽい雲がやってきた。
同じヨコハマなのに、きっと探偵社の上の夜空と、マフィアの上の夜空は色が違う。
光る観覧車が染める七色の夜空。
もっかい見たいって、そう思えばすぐに見れるのかもしれないけど。
「そうじゃないんだよねぇ。」
「あ?」
中也のその反応は本当に分からない時の返し方だ。
どんな夜空だって中也と見るのがわたしの望みだけど、嘘をついてまで同じ空を見たくはない。
それならこの声で十分だ。
そう思っては柄にもなく寂しくなったりして。
「中也のちっちゃい脳じゃ分かんないからいーよ。」
「はあ!?」
「うるさいなあ。そっちと違って探偵社は静かなとこにあるんだから、大きな声出さないでよ。」
中也は中也の居たい場所に、わたしはわたしの居たい場所に。
それが正しい。
近くて遠い、遠い遠い関係。
それが、納得の上で細い信頼の糸で繋がってる。
もしここにあるのが糸電話だったら、綱渡りしてそっちに行ける?
時々言いたくなるけど、自分で選んだ道だから絶対に言わない。
11月の風に、初めての白い息が舞った。
「なあ。」
「うん?」
しゃべる度に、電波の中にあるゴミが音を立てた。
「やっぱなんでもねぇわ。」
「何それ。」
わたしの呆れた笑い声も、ガサガサしながら届いているのかな。
「ねえ今度さ、東京行こうよ。」
探偵社も最初は目新しかったけど、もう飽きちゃったしさ。
それくらい、わたしたち会ってないしさ。
「あのおっきいタワ-のいっちばん高いとこで、ディナーするの。中也のおごりで。」
わたしたちを誰も知らない大都会で。
600メートル、空と同じ高さから遠い遠いヨコハマを、テーブルを挟んだ近い近い距離で眺めるんだ。
「ね?」
いい案でしょ?
おやすみの前にそう言うと、電話の向こうにまた煙が見えた。
「はっ、どうせ探偵社の薄給に後悔してんだろ。」
行かねえよバァカ。
プツンと切れる前のその声が、目の奥に見える真っ白な煙の中で随分と温かく感じた。
END
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